ESPN.com
2007年10月15日
ストリングス技術の革命は、テニスの力学を変えている
文:Joel Drucker


プロテニスの世界において、21世紀初頭は用具の革命を特色としてきた。この7年間に起こった事は、過去25年間とは比べようもない技術的変遷を示している。現在起きている事と同じくらい大きな影響を与えたものを探すには、オーバーサイズ・ラケットの登場まで遡らなければならないであろう。

今回の革命は、ラケット・ストリングスの世界で起きている。

プロがガットでプレーしていた時代、弾性の高いストリングスは、かなり古びたラケットフレームにも飛びの良さとコントロール力を加えた。スピンは確かに活用されていた。しかし全体において肝要なのは、ボールを打ち込み、攻撃に向けて鋭いショットを生み出す事だった。ポール・ゴールドスタインのコーチを長年務めてきたスコット・マッケインや多くのプロは、これを「直線的なストローク」と述べた。

プロになったばかりの頃のロジャー・フェデラーも、従っていた典型だった。「ロジャーがツアーを回り始めた2000年頃のプレーを見ると、彼は明らかにピート(サンプラス)をモデルにしてゲームを組み立てているようだった」とマッケインは語った。「彼は片手打ちで、ボールをブロックでき、優れたフォアハンドを持ち、そして攻撃のチャンスを狙っているようだった」

その後、ルキシロンと呼ばれるストリングスが現れた。過去の生きたストリングスとは異なり、ルキシロン――産業用の繊維とストリングスを作る会社――は、いわば死んだストリングスである。プライオリティ・ワン社はフェデラー、 レイトン・ヒューイット、フェルナンド・ゴンザレス、ノバク・ジョコビッチといったプロのためにストリングスを張る会社だが、チーフのネイト・ファーガソンによれば「それは完全な移行である。ストリングスが活性を失っているがゆえに、プレーヤーは自由に、そしてハードにスイングできる。結果として、よりいっそうの緩急や鋭さ、パワーが生じる」

「得られる回転は、ガットとは劇的に違う」とゴールドスタインは語った。「ボールは跳ねて、信じられないほど揺らぐ。アウトしそうに見えて、それから石のように落ちる――それを皆は『ルキシロン・ショット』と呼ぶ」

「今は放物線を描く」とマッケインは言った。彼はラケットグリップのサイズもかなり小さくなったと付け加え、現代のテニスをピンポンにたとえた。

「かつては、ラケットが手の中でよじれるのを好まなかった。従って可能な限り大きいグリップを使用した」とファーガソンは語った。

ロイ・エマーソンやトニー・トラバートといった偉人は、しばしば円周5インチを超えるグリップを使用した。今日では、ラファエル・ナダルのように堂々とした肉体の男でも、41/4インチのグリップを使用する。ラケットをワイパーのように振り回すためである。あるベテランのコーチは、スペイン人は「肉屋」だと冗談を言う。向かってくるどんなボールをも、貪欲に叩きのめすからだ。(ナダルはルキシロンを使用していないが、類似のシンセティック・ストリングスを張っている)

マッケインや多くの者は、現在のフェデラーはキャリアの初期ほど攻撃的にプレーしない事に注目してきた。現在のフェデラーのゲームは特別な、辛抱強さ、賢明なディフェンス、強力なオフェンスが高レベルで効果的に融合したものである。

「全体がスローダウンしていると気づいたんだ」と、USオープン決勝戦の後にフェデラーは語った。「新しいストリングスの登場は、リターン、パッシングショットをより簡単にした。ある意味で、攻撃する方が難しくなった」

ルキシロンのようなストリングスが有効となった要因の1つは、コートサーフェスのスローダウン傾向だった。ビッグサーブと強力なサービスリターンのせいで、ファンの関心が低くなったという90年代の批判に応えて、世界じゅうのトーナメント・ディレクターがコートスピードを劇的に遅くし始めたのだ。室内の滑りやすいカーペットは、より遅いコートに道を譲った。屋外イベントのセメントコートも、以前の滑らかさを失った。そしてウインブルドンさえも時流に乗った。ネットプレーヤーには天国、不規則なバウンドに悩まされるグラウンド・ストローカーには地獄だった生きた芝生は、この5年間でほとんど似ても似つかぬものとなった。

「今やウインブルドンでは、ベースラインでプレーができる」とゴールドスタインは言った。

速いバウンドのコートは、コートそのものとボールが行き交う速さに助けられて、速いテンポとボールスピードを提供する。ジョン・マッケンローはこの見事なモーター・ビリヤードにおいて卓越していた。しかしマッケンローの陰には、ほんの一撃も加えられず、そして消えていった多数の選手が存在した。さらに、過去20年間におけるテニス勢力としてのヨーロッパの台頭――スポーツの経済面でも、コート上でも――により、成り行きとしてその大陸で最も人気の高いサーフェスが好まれるようになった。すなわちスロー・クレー。そしてクレーは、その上でペースを生み出すにはいっそうの努力を要するサーフェスである。出でよ、ルキシロン。

現在のプロにとって、ルキシロンの使用は実用的な必須事項である。マッケインによれば、ストリングスのおかげで守備的なベースライン・プレーヤーが、彼が「大いなるいかさま師」と名付けた強力なカウンター・パンチャーへと変わる事に、ピート・サンプラスは驚いていたという。

しかし最近は、 サンプラスのような典型的なネットプレーヤーさえもが、ルキシロンとガットの混合を使用し、時流に手を出してきた――フェデラーや多くのプロも用いる組み合わせである。

だが長期的には、ルキシロンが選手の寿命にどんな影響を与えるかは不明である。「常にこうしたビッグヒットを続けるのは、肉体的な負担となる」と31歳のゴールドスタインは語った。「肉体にはずっとタフだ」
例えばナダルはまだ21歳だが、過去3年間にわたって、例外的な身体の活動力によって引き起こされた可能性のある怪我を負ってきた。しかしまた、選手がどんな用具を使おうとも、怪我は起こり得るものだ。

さらに草の根レベルでは、プロを見習おうとする子供たちが、死んだストリングス、生きたラケット、大きいスイングのブレンドを活用するためには真に必要な技能を身につけないまま、ルキシロンを使うだろうとマッケイン等は危惧している。それはどちらが早く崩壊するかを見るレースともなり得る――肉体か、ストロークか。

「今でさえ」とマッケインは言った。「ロジャーやラファのレベルにおいてさえ、肝心なのはコート内にボールを入れる事なのだ」