サンフランシスコ・クロニクル
2008年2月19日
達人からの楽しいレッスン
文:Bruce Jenkins


ピート・サンプラスがなぜ完全なカムバックをしないのか――サンノゼで月曜夜に行われたエキシビションで彼がトミー・ハースを簡単に下した後、多くの人々は疑問に感じた――を理解するには、彼のテニスキャリアにおける最も意義深い業績は何かを思い出さねばならない。

それは記録的な14のメジャータイトルではなかった。それによって史上最高のプレーヤーという妥当な称号を授けられはしたが。それはウインブルドンにおける7度の優勝ではなかった。19世紀にまで遡る記録に並んだ偉業ではあったが。それは連続6年間にわたる事実であった。その間サンプラスは、世界ナンバー1選手として1年を終えていたのだ。

それは想像も及ばないような専心による偉業である。比較的目立たないだけに、なおさら驚くべきものである。大方のファンにとっては、テニスは9月のUSオープンをもって終わる。12月に誰がナンバー1にランクされたかは、大して気に留めない。メディアの主流もまた、大して注目しない。

しかしサンプラスにとっては、それは世界を意味した。以前の記録は5年連続で、ジミー・コナーズが握っていた。そしてサンプラスが1998年にその記録を破った時、彼はスポーツ史における最も堅固で、集中した運動選手の1人であるという刻印を押されたのだ。

だから我々はサンプラスを、現在も年の割にとても活発な36歳の男を、かいま見て、若干の時を味わおうではないか。ハースに6-4、6-2の勝利を収めた愉快で陽気な試合は、SAP オープンと命名された大会の演目として HP パビリオンで催された。そしてサンプラスは強烈なサーブ、キレのあるボレー、そして歴史に彼の名を刻んだジャンピング・オーバーヘッドのかなり堅実なバージョンを披露した。

我々はサンプラスをそう長くは味わえないのだ。月曜夜のような試合、あるいは3月10日にマジソン・スクエア・ガーデンで予定されているロジャー・フェデラーとのエキシビション、それらが、彼が必要とするすべてなのだ。

「本当にカムバックするには、何らかの理由が必要だ」とサンプラスは語った。「僕には理由がない。妻と2人の子供がいて、素晴らしい生活を送っている。脚光を恋しいとは思わない。お金も必要としていない。引退した時(2002年USオープン優勝の少し後)、僕は感情的に疲れ切っていた。タンクには何も残っていなかった。そして未だに、目覚めて一番したくない事がテニスだという日もあるよ」

「プレーする事が楽しいかどうかだ」とサンプラスは続けた。「いくらかエキシビションでプレーできて、体調を維持し、競い合い、何かに集中する事。それが僕には楽しいんだ。挑戦だ。それだけだよ」

ほぼ満員となった8,812人の観客から熱狂的な喝采を浴びて、サンプラスはコートを去った。そして観客は達人を見られて興奮していた。サンプラスをかいま見る事には、いささかの郷愁がある。しかし彼の力強いサーブ&ボレースタイルは、男子ゲームからほとんど姿を消している。イボ・カルロビッチ、マックス・ミルニー、健康な時のテイラー・デントからはそれを見られるが、エリートレベルでは皆無に等しい。

「それは消えゆくゲームだ」とサンプラスは語った。彼はロッド・レーバーをアイドルとして成長し、両手バックハンドを早い時期にやめ、1950年代・60年代の偉大な選手たちのゲームを踏襲してきた。「なくなってしまった、本当に。誰も中へ詰めたいとは考えていない。ロジャーでさえ、彼がウインブルドンで僕を負かした時(2001年、ツアーにおける唯一の対戦)にはサーブ&ボレーをしていたが、それを止めてしまった。誰もがステイバックし、ボールをただ強打している。ネットへ詰めるリスクを冒さない。確かに簡単な事ではない――本当に完成するには何年も要する。だが見られないのは残念に思うよ」

ハースもまた、この試合の主眼はプレースタイル、および過去を一瞥する事だったと理解している。「史上最高と目されるプレーヤーとコートで向かい合うのは素晴らしい気分だよ」と、かつて世界2位のツアー・ベテラン、ハースは語った。「名誉な事だ。僕の考えでは、ピートは史上最高のサーブを有していた――ファースト・セカンド・サーブとも。そして素晴らしいボレーヤーだった。彼はそれを、今でもかなり上手くこなしている」

11月下旬に行われたフェデラーとの3試合にわたるエキシビション・シリーズを深読みしないよう、サンプラスは皆に忠告してきた。2試合にストレートセット負けを喫した後に、マカオで7-6、6-4の勝利を挙げた対戦の事である。事情通の者たちは、フェデラーはほとんど無理をせず、恐らくサンプラスに栄光の一端を贈ったのだと見ている。さらに2人の男はあらかじめ大まかな筋書を練っておいたとの想像も可能だ。

スナップ写真がさらに適切に物語っている。ハースに対する3回のチャンスでは、サンプラスはオーバーヘッド・スマッシュを炸裂させたが、回を重ねるごとに壮観なものになっていった。その光景は衝撃的で、爽やかだった。レジェンドゲームでジョージ・ガービンの指技を見るように、あるいはマスターズのファースト・ティーでアーノルド・パーマーの特徴的な所作を見るように。
訳注:ジョージ・ガービン。NBA で活躍した往年の名バスケットボール選手。1996年に殿堂入り。

「僕は引退に満足しているよ」と、この夜サンプラスは一度ならず口にした。それもまた賢明な判断である。ゲスト出演ならば、いつでも手を引けると彼は承知している筈だ。