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2006年8月8日
気分転換
引退から3年後、サンプラスはテニスに戻る
文:Arash Markazi




ピート・サンプラスは、徐々に落ち着かない気分になっていた。ビバリーヒルズの自宅で妻のブリジット・ウィルソン - サンプラス、クリスチャンとライアンの2人の息子と暮らし、おしめを替え、妻の手助けをしつつも、サンプラスは朝目覚めて、子供たちとテレビアニメを観て、それからゴルフをするという日常に倦んできていた。

「自分をもっと忙しくさせたかったんだ」
今週で35歳になるサンプラスは語った。
「もう少し規律のある一日を望んでいた。それが、昨年の間に感じていた事だった。辺りを見回して、次は何があるのかを知ろうとしていたんだ」

3年前に引退した時、サンプラスは完全にテニスをシャットアウトした。ラケットを握らず、試合を見る事もせず、過去25年の間、彼の人生であったスポーツについて、1文たりとも読まなかった。
ピート・サンプラスはコートへと戻り、ワールド・チーム・テニスやエキシビション・マッチでプレーする。

「引退した時は、ただリラックスし、ゲームから離れる事を望んだ。テニスについて語る事も、読む事もしたくなかった。ただ離れたかったんだ。とても長いこと、それは僕の生活だったからね。引退後ほぼ3年間、ラケットを握らなかった。ジョー・モンタナみたいにね――彼が近頃フットボールを投げたりしているとは思わないよ。ただ先へと進むんだ」

だが、ゆっくりと、 SpongeBob SquarePants(訳注:スポンジ・ボブ/スクエアパンツ。アニメ番組) とゴルフというスケジュールにうんざりするにつれて、戸棚にしまってあるウィルソン ProStaff Original ラケットについて、サンプラスは考えるようになっていった。

「充分な時が経つと、少しばかりそれが懐かしくなるんだ。ライフスタイルを恋しいとは思わないが、メジャー大会がやって来て、そして過ぎていくと、血が騒ぐ感覚が懐かしくなる。それで数カ月前に『オーケー、少しボールを打って、どんな感じか見てみよう』となったんだ。かなり速く戻ってきたよ。いわば自転車に乗るようなもので、僕はあらゆる自転車を持っていたからね」

4カ月前、サンプラスはコートへと戻り、ヒューストンのエキシビション・マッチでロビー・ジネプリと対戦した。2003年の引退以来、初めての事だった。その時から、彼はワールド・チーム・テニスでニューポートビーチ・ブレーカーズに属してプレーし、さらにエキシビションでもプレーした。

月曜日の夜には、カリフォルニア州カーソンのホーム・デポセンターで開催された JP モーガン・チェイス・オープンの開始イベントとして、元ライバルのジム・クーリエと対戦した。
6-1、6-4で勝利したが、強烈なサーブと殺人的ボレーを備えたビンテージ・サンプラスだった。

「コートに踏み出す時は、いつも謎なんだ。自分がどんな風になるか、自分でも分からない。今晩は、いい感じだったね。ジムのゲームを知っているし、彼が何をしようとするか分かっていた。そして僕はリズムを掴んで、ビッグサーブを打ち、とてもいいプレーをした。へとへとになるほどではないが、僕は週に3〜4日練習して、体調を取り戻している。今夜のヒッティングの具合は、かなり励みになったよ。少しばかり、かつての自分みたいだった」

試合の間、7度のウインブルドン・チャンピオンであり、史上最高の男子テニスプレーヤーとも言われる男を観客が声援するなか、クーリエに出来るのは、サンプラスのあらゆるポイント後に、それを受け入れて頷く事と、帽子のつばに触れる事だけだった。試合中、サンプラスは笑い、ある時には観客を振り返って、「僕が皆の尻を蹴っ飛ばしていた頃、なんで誰も僕を応援してくれなかったの?」と言った。

彼がプレーしていた当時、テニスファンはサンプラスの偉大さを正当に評価しなかったかも知れない――14回のグランドスラム・チャンピオンは、コート上でビジネスライク過ぎる、孤高すぎると、しばしば批判された――が、彼がゲームへの味わいを再発見するにつれて、ファンを味方に引き入れ始めている。

「僕の子供たちが僕を見るという点だけをとっても、戻るのはいい事だね」と彼は言った。ATP ツアーに戻る事については、全くその気がないとは言うが。

「長男はそろそろ4歳になる。そして、パパはテニスをしていて、みんなは父親を見ているという概念を把握し始めている。僕には楽しい事だ。僕がウインブルドンや他の場所でプレーするのを、彼は見るチャンスがなかったという事を残念に思っているからね。だが僕は今、あちこちで少しばかりプレーしている。それで彼は、かつて僕がしていた事の一端を知るんだ」