ロサンジェルス・タイムズ
2003年5月15日
サンプラスがフレンチ・オープン、ウインブルドンを欠場
文:Bill Dwyre


今日、テニス・レジェンド、ピート・サンプラスは、フレンチ・オープンとウインブルドン欠場を発表し、周囲が将来を憶測してきた日々を終わらせた。

長い間サンプラスは優勝から遠ざかっていたが、昨年9月、長年のライバル、アンドレ・アガシを下しての劇的なUSオープン優勝により、世界を唖然とさせた。その年の終わり頃、次のシーズンかさらにそれ以上、プレーを続けるつもりであると発表していた。

しかしそれから、サンプラスは予定されていた大会を欠場し続け、当初の計画とは違い、彼は戻ってこないのではないかという憶測が高まっていた。今日の発表で、31歳のサンプラスは、彼が再び競技テニスをする事は、ありそうもないと明確にした。

「僕は100パーセント、ドアを閉じるわけではない」と、彼はビバリーヒルズの自宅で答えた。「だが競争の世界にいるためには、何が必要か知っている --- トレーニングと準備、そして1週間毎日専心する事だが、いま僕はそういうところにいない」

昨年のUSオープン・タイトルは、サンプラスの14個目のメジャータイトルで、テニスの歴史上、他のいかなる男子選手よりも2つ多いものである。2000年、7回目のウインブルドン・タイトルを獲得し、オーストラリアのロイ・エマーソンと共有していた12回の優勝記録を破った。

もしこのまま引退したら、サンプラスは762勝222敗、獲得賞金総額4,320万ドルで、キャリアを終える事になる。南カリフォルニアのパロス・ベルデス・ペニンシュラのジュニア選手だった彼は、1988年、プロに転向し、1990年のUSオープン初優勝(計5回優勝)でスターダムに達した。そして苦手とするクレー大会であるフレンチ・オープンのタイトル以外、ほとんどあらゆる目標を達成した。