テニスクラシック
1995年10月号
負け試合でわかるサンプラス強さの真実
文:宮城黎子


ピート・サンプラスがいかにすばらしいテニスプレーヤーであるか、それは彼が負けた試合を見ればわかる。例えば、昨年のUSオープン4回戦。イサガ(ペルー)を相手にしたサンプラスの不調はだれの目にも明らかだった。セットカウント2-1でリードしてから、急激に動きが鈍くなり、タイブレークを落として2セットオール。ラケットを振るのも苦しそうな状態でファイナルセット必死の頑張りを見せてくれたが、力尽きて5-7。試合終了後、サンプラスはスタッフに抱えられてコートから退場した。

あるいはことしのフレンチオープン。ランキング24位のシャラー(オーストリア)と戦ってまさかの1回戦敗退。クレーコートでのグランドストローク戦を得意とするシャラーが、彼の人生最高とも思えるほどの好調ぶりでサンプラスに襲いかかった。1セットオールで日没。2日間にわたって5セットを戦い、サンプラスは敗退した。

この二つの負け試合を見てわかることは、サンプラスはどんな窮地に追い込まれようとも絶対に自分を見失わないということ。2年ほど前、「自分のポイントの取り方がわかってきたのでプレーが楽しくなった」と語っていたころから、サンプラスはどんな場面でも自分のイメージするテニスを完成させることだけを考えてコートに立っているように思える。最後の最後まで、反撃の糸口を見いだし、勝利への足がかりをつかもうとプレーを続けるサンプラス。「もうダメだ……」「ここまで頑張れば……」という弱者、敗者の精神構造など彼にはない。

あまりにもオーソドックスなプレースタイルで、どんなショットも簡単に打ち、淡々と勝ってしまう彼のテニスは見る人にあまりおもしろさを感じさせないかもしれない。テニスをショー・スポーツだとすれば、彼の演出家、あるいは花形スターとしての才能があまり評価されないのもしかたないだろう。しかし、わたしはサンプラスの負け試合に、真のチャンピオンであり続けるための彼の努力とさわやかさ、すがすがしさを見ることができる。USオープン、わたしはアガシより、サンプラスを応援したい。



※1994年USオープン4回戦……負けた試合でも見たいと感じた、初めての試合でした。あの夏、ピートはウインブルドン準決勝・マーチン戦で芝に引っかかって足首を挫き、決勝では右足首にサポーターを付けていました。テレビで観ていた限りでは、プレーに影響は全くないように思えましたが、決勝には練習をせずに臨んだとずいぶん後になって知りました。その後デビスカップ準決勝・オランダ戦で再び足を痛め、夏の大会には1つも出場できなかった。4回戦の段階では足の裏の皮が全てむけて、血が滲み出ていたそうです。第5セットでランニング・フォアハンドを打った後、体勢を保てずにそのままコートに仰向けに倒れ込み、荒い呼吸をしていた姿が忘れられない……。

コートでの練習が殆どできず、USオープン前に数時間だけエドバーグとヒッティングをしたそうです。エドバーグだけは密かにピートの状態を知っていたのかなあ。そういえばプロ初期の頃も、エドバーグはよくピートと練習をしてくれたそうですね。