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1996年9月6日 病めるサンプラスの勇気は、彼を高みへと上げる 文:David Miller |
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まずは、アトランタ・オリンピックの*ケリー・ストラッグ。今、USオープンのピート・サンプラス。蒸し暑いアメリカの夏、スポーツ界の勝利への追求には、英雄的行為が満ち満ちている。 訳注:ケリー・ストラッグ(Kerri Strug) アトランタ・オリンピック体操女子団体戦で、足首を捻挫しながらも最終種目の跳馬を見事にやり抜き、この種目でアメリカに初の金メダルをもたらした。 もし100歳まで生きるとしても、あの第5セット・タイブレーク以上の、屈服に対する勇敢なる拒絶を目撃するとは思えない。ディフェンディング・チャンピオンのサンプラスは、胃の不調により視界が霞むほどの状態で、スペインのアレックス・コレチャを破ったのだ。 時にマラソン・ランナーは、もがくように己をゴールラインまで引きずっていく。 *トラウトマンは*FA カップ決勝で、首の骨を折りながらもゴールを守り続けた。そしてアリは、砕けた顎でノートンを倒した。 訳注:ベルト・トラウトマン(Bert Trautmann) 外国人として初めて、イングランドのフットボーラー・オブ・ジ・イヤー(1956年)に選ばれたドイツ人ゴールキーパー。戦時捕虜として英軍に捕えられ、そのままイギリスに留まった。1955・1956年と連続してFA杯決勝に進出。56年には首の骨を折りながらもゴールマウスに立ち続けて優勝を勝ち取った。 訳注2:FA カップ サッカー発祥の地イングランドにおける、世界最古とも言われるクラブチームのカップ戦。 |
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サンプラスは抑えきれずにコート上で嘔吐しながらも、22歳のコレチャを下した。コレチャは全てのセットでセットポイントを掴み、クライマックスではマッチポイントも得ていたのだ。 サンプラスは今にも倒れそうだったが、不運なコレチャがサンプラス2度目のマッチポイントでダブルフォールトを犯し、救われた。 コレチャはガックリして膝をついた。一方サンプラスはネットにもたれかかり、自分をここまで追いつめた対戦相手との握手を待っていた。 7-6、5-7、5-7、6-4、7-6という準々決勝の勝利は、両者を歴史の1ページに刻み付ける。 |
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女子体操団体戦におけるストラッグの名高い跳躍が、抜歯の際に気を引き締めるような一瞬の意志の力であったとすれば、サンプラスの抵抗は、魂を探究し、すべてが失われたと思えた時に未知の力を見いだす、人間の天性を示していた。彼はひどく具合が悪くて、自分が何をしているかほとんど分からなかったのだ。その光景は共感と称賛の嵐の中、フラッシングメドウの人々を立ち上がらせた。 スポーツの英雄的行為には、たいてい2人の関係者を必要とする。コレチャはバルセロナ出身の世界ランク31位で、チャンピオンが準決勝に進むべく、おとなしく引き下がると思われていた。スタジアムコートの外には、ナイトセッションのチケットを持つ人々が既に群がっていた。 お目当てはステファン・エドバーグ対ゴラン・イワニセビッチのナイトマッチ。イワニセビッチがストレートセットで勝ち、エドバーグのグランドスラム・キャリアを郷愁へと導いたが、力量の差はわずかであったと分かる対戦となる。 |
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コレチャはこれまでグランドスラム大会の準々決勝に進出した事がなかったが、4時間以上にわたって3度のUSオープン・チャンピオンにプレッシャーをかけ続けた。サービスエースは同数の25本で、2セット対1セットのリードを掴む際には、徹底的にサンプラスを振り回した。 それから、第4セット第3ゲームで、サンプラスは逃げ道を見いだした。プレッシャーの下で本能的に放ったハーフボレーのドロップショットは、ネットを越えてポトリと落ちた。そしてクロスボレーでサービスブレークを果たし、2-1のリードを得た。彼はそのリードを守り、試合をイーブンにした。 しかし最終セットに入ると、様相は万華鏡のように目まぐるしく変わった。先にサービスゲームを行う利を得たのはコレチャで、試合は1-0、2-1、3-2と進行した。彼が予想外の勝利に少しずつ近づく中、サンプラスは厳然とついてきた。第6ゲームでは、サンプラスは2回デュースまで持ち込まれた。 |
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4-5で自分のサービスゲームを迎えた時、サンプラスはまずタイムを取り、ウェアを替えて戻ってきた。激しい乱気流に揺れる飛行機の乗客のようなやつれた顔つきで、虚しく何かを呟いていた。 彼は*ゲームポイントでエースを打ち、5-5とした。コレチャは自信をもってラブゲームでキープし、6-5リードとした。試合時間は3時間52分になっていた。サンプラスの頭は、いつでもポイント間はうなだれているが、かつてなく下がっていた。彼もラブゲームでキープし、祈るように目を上空へと向けた。 訳注:実際は、エースは40-15としたポイントで、ゲームポイントではボレーウィナーを決めた。 |
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USオープンで採用されている第5セットのタイブレークは、球技における究極のロシアン・ルーレットである。 サンプラスがまずミニブレークして1-0とするが、次に彼のサーブでパスを決められ、1-1となる。彼は胸元を掴んで身をかがめ、胃が空っぽにもかかわらず嘔吐する。 彼は次のサーブを打つべく手探りするように前へ進んだが、奇妙な事に、主審は彼に遅延の警告を与える。互いにもう1本ずつミニブレークを奪い、3-3イーブンとなる。サンプラスはエースで4-3リードとするが、バックハンドがオーバーして4-4となる。 コレチャはフォアのショットに追いつこうとしてベースライン上で倒れ、5-4とされるが、次に*フォアのパスを決めて5-5とする。 訳注:実際はフォアのボレーを決めた。 |
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サンプラスはスマッシュを打ってマッチポイントを掴むが、フォアをネットにかけて6-6となり、さらにラリーでポイントを失い、相手にマッチポイントが行く。ほぼ2万人の観客は魔法をかけられたように固唾をのみ、*コレチャがとどめのサーブを放つのを見守る。 訳注:実際はサンプラスのサーブで、彼の放った1stボレーにコレチャがクロスのパスを打った。 サンプラスがリターンし、コレチャはクロスのフォアハンドを打つ。そしてどうにか、制御不能になった車のハンドルを掴む男のように、サンプラスは身体を伸ばして、やみくもボレーウィナーを放つ。観客は息を呑み、そして幾多の感情を重苦しい夜の空へと発散させる。 サンプラスは吐き気に襲われながらも今ひとたび自分を奮い立たせ、2ndサーブのエースで8-7リードを掴む。最も残酷な事態がコレチャに降りかかり、彼はダブルフォールトを犯した。「僕のキャリアでベストの試合だった」と彼は言うだろう。「そして最悪の」と。 |
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