研究テーマ

◆新規投与形態に基づく肝臓内特定部位への薬物送達システムの開発

長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科
(生命薬科学専攻 臨床薬学講座 薬剤学研究室)

 癌治療においては、エタノール直接注入や経カテーテル動脈塞栓療法などの様々な投与形態の工夫が試みられています。一方、静脈内投与や経口投与などの一般的な投与方法では、肝疾患治療薬の全身および肝臓内の非病巣への分布による重篤な副作用が、薬物治療の大きな障壁となっています。これらの問題を解決する有効な手段として、薬物を肝臓表面から肝細胞内部へ浸透させる投与形態は、臓器中の病巣部位近傍に薬物が滞留する可能性が極めて高いと推測しました。例えば、肝癌の外科的切除後に、抗癌剤を含有させた生体内分解性の粘膜付着性製剤を肝切除部分に直接貼付し、抗癌剤を持続放出させることにより、肝癌の再発や合併症の防止、肝切除後の肝臓再生促進などが期待できます。しかし、臓器表面からの薬物吸収に関する報告例は、その当時見当たりませんでした。そこで、新規な投与方法により病巣部位に効率よく薬物を集積させる薬物送達システムを確立することを目的として、肝臓表面からの薬物吸収メカニズムおよび肝内分布を様々な角度から検討し、さらに臨床応用の可能性を考察しました。

・肝臓表面からの薬物吸収メカニズムおよび肝内分布

 腹腔内投与後の薬物体内動態に与える投与部位の影響について、予備的に検討しました。従来の小腸近傍への腹腔内投与と比較して、肝臓表面近傍へ投与した場合では、腹腔内からの吸収性および肝臓移行性が有意に高くなる可能性を示しました。そこで、円筒状のガラス製拡散セルを試作して、ラットの肝臓表面から薬物を直接投与することにより、吸収部位が肝臓表面のみに限定された実験系を確立しました。吸収性を評価するモデルとして用いた有機アニオン系色素は、肝臓表面投与6時間後までに投与量の半分以上が吸収され、肝臓表面からの薬物吸収を初めて証明することができ、関連領域に多大なインパクトを与えたと思われます。
 また、モデル薬物の肝臓表面からの吸収メカニズムに関して、投与量依存性や輸送阻害剤の影響が認められなかったことから、特殊な輸送系の寄与が小さいことを示唆しました。一方、タンパク結合により肝臓表面からの薬物吸収が大きく抑制されることを明らかにしました。そこで、分子量の異なるデキストランを用いて、吸収性と分子量との相関性について考察したところ、分子量が肝臓表面からの吸収を規定しており、吸収される分子量の限界が7万程度であると推定できました。さらに、肝臓表面投与後の拡散セル直下の投与部位における薬物濃度が、投与部位以外および非投与葉と比較して有意に高く推移したことから、臓器表面投与により薬物が投与部位近傍に高濃度で分布する可能性を報告しました。また、癌化学療法への本投与法の応用を目的として、抗癌剤5−フルオロウラシルを用いて、本投与法の有用性に関しても新しい知見を得ております。

・肝臓表面投与を臨床応用するための基礎的検討

 実際の臨床において、肝臓表面近傍での薬物の局所滞留性や徐放性を向上させることは重要な課題です。そこで、臨床応用可能な肝臓表面適用製剤を開発する最初の段階として、肝臓表面からの薬物吸収動態に及ぼす投与薬液の容量や適用面積、および粘性添加物などの製剤条件を検討しました。さらに、肝臓表面適用製剤の生体膜付着性を調節し、薬物の高分子化修飾などによる肝指向性増強の手法と組み合わせることで、理想的な肝内薬物分布を得ることができると考えられます。
 また、肝臓表面に対する実際の投与形態として、継続的な微量注入を試み、薬物の部位選択的な局在化を高められる可能性を明らかにしました。一方、アンチセンスやプラスミドDNAなどの遺伝子医薬品を臓器内特定部位へ選択的に導入するための手段として、臓器表面への投与が有用である可能性を報告しています。本投与法を利用して、高い細胞特異性を与える糖鎖認識機構を具備したキャリアー/プラスミドDNA複合体を用いることで、特異性のより高い遺伝子発現が期待できます。また、臓器障害性を有する毒性物質やその遺伝子を標的化する手法として応用し、肝臓内の特定部位が障害されている動物モデルの作製について基礎的な知見を得ています。
 初めての試みとして肝臓に着目しましたが、臓器表面への薬物の直接投与は他の腹腔内臓器においても可能であり、腎臓、胃漿膜、盲腸漿膜および小腸漿膜表面からの薬物吸収性や臓器分布についても検討を加えています。腹腔内臓器表面からの薬物吸収特性は、生理学的見地からも興味深く、腹腔内投与された薬物の吸収に対する各臓器表面からの吸収の寄与を考慮して、腹腔内投与後の薬物体内動態の再構築を試みています。このような生理学的な基礎的知見は、近年注目されている腹膜透析における腹膜機能低下の原因究明にもつながると考えられます。

 以上、臓器表面からの吸収を利用した斬新な薬物送達システムは、従来の薬物投与法の既成概念にとらわれないユニークな発想に特色を持ち、独創性が高く、生理活性物質やゲノム製剤などの臨床治療薬の適用を拡大し、新しい疾患に対する治療法や標的細胞に選択的な遺伝子治療の確立に寄与できると大きく期待しています。

◆薬物療法の個別化 (病態時・各種治療時)

長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科
(生命薬科学専攻 臨床薬学講座 薬剤学研究室)

体に投与された薬は、体内に吸収され、様々な部位に分布し、一部は代謝され、最終的に体外へ排泄される。このような体内での薬の動きは、薬の効果や副作用と密接な関係にある。何故なら、薬が体に有益な効果を発揮するには、最適な濃度範囲(治療域)があるからである(図)。治療域に達しない場合は効果を示さず(無効)、逆に治療域より高い濃度では、薬は体にとって毒になり、副作用の原因となる。
 薬が作用する部位の濃度が、治療域にしっかり収まることが、薬物治療の第一条件となる。しかし、患者の病気や併用薬などの影響で、薬の動きは変化しやすいために、重篤な薬物相互作用や副作用を招く例も後を絶たず、薬物療法の個別化が望まれている。
 そこで私たちは、病態時(肝・腎疾患)や各種治療時(低体温療法、腹膜透析)における薬物の体内動態の変動を薬物速度論的に解析し、最適な投与計画が行うことができるように、系統的な検討を行っている。

◆結膜上皮細胞膜におけるジペプチドトランスポーターPepT1 isoformの生化学的特性の研究

文部省在外研究員 University of Southern California, School of Pharmacy, Prof. Vincent H.L. Lee, Department of Pharmaceutical Sciences

 βラクタム系抗生物質やACE阻害剤などのジペプチドが腸管や腎臓で効率よく取り込まれることは良く知られています。近年の分子生物学的研究により、その輸送にジペプチドトランスポーター(PepT1, PepT2)が関与していることが明らかとなりました。
 眼科領域においてもジペプジド性の薬物は治療上重要な役割を果たしています。これまでの研究で、結膜上皮細胞にもPepT1およびPepT2が発現していることが明らかとなりました。さらに、PepT1やPepT2とは異なるisoformが存在するのではないかと推測されました。第一の目的は、PepT1 isoformの存在を確認し、その生化学的及び輸送特性を明らかにすることです。

◆腸内細菌での代謝を利用したサリチル酸プロドラッグの開発

長崎大学薬学部 医療薬剤学講座 薬剤学研究室

 腸内細菌は薬物を代謝する活性を有するため、薬理学的に重要な役割を果たしている。グリシン抱合体が腸内細菌で脱抱合を受けることは、様々な種において確認されている。これまでに、サリチル酸のグリシン抱合体が、ウサギ、ラット、イヌにおいて、大腸に存在する腸内細菌によって代謝されサリチル酸を生成することを明らかにした。そこで、サリチル酸のプロドラッグの開発を目的として、アミノ酸部分をアラニン、グルタミン酸、メチオニン、チロシン、グルシルグリシンに変えた抱合体を合成し、腸内細菌を利用したプロドラッグとしての有用性をウサギにおいて速度論的に評価した。

◆高分子薬物の肝臓移行動態とその制御に関する研究

京都大学薬学部 薬剤学講座 博士課程

 薬物の体内動態の制御に高分子化修飾の方法論を利用する試みが以前より盛んに行われていますが、高分子薬物の体内動態を決定する因子の内、最も重要な肝臓での取り込みと分解に関して、高分子特性との関連を系統的に検討した報告はほとんどありませんでした。そこで、高分子薬物の肝臓移行を規定する電荷などの物理化学的特性あるいは糖残基の導入などの基本的要因を整理することを目的として、研究を開始しました。

・薬物の肝臓移行動態を評価する肝灌流実験解析系の確立

 研究の第一段階として、薬物の肝臓移行動態の定量的把握と機構解明を可能とする肝灌流実験解析系の確立を試みました。急速投与に基づくラット肝灌流実験では、モデル非依存的なモーメント解析法を適用し、投与後初期の肝臓への薬物取り込み過程における分布、消失過程を分離評価し、定速注入肝灌流実験においては、取り込み過程を結合と内在化過程に分けた生理学的組織モデルを組み立てて、平衡状態における薬動学的パラメータの算出を可能としました。さらに、全身レベルや遊離肝細胞を組み合わせた実験・解析系を確立し、以降の薬物体内動態の解析へ応用しました。

・高分子の肝臓移行動態に及ぼす電荷の影響

 高分子の肝臓移行動態を支配する要因の一つと考えられる電荷の影響を明らかにするために、分子量約7万のデキストランおよびアルブミンを基本骨格に持つ電荷の異なる高分子を合成しました。電気的に中性あるいは負電荷を持つ高分子の肝臓への移行は極めて低く、ほぼfluid-phase endocytosisに相当する速度で肝臓へ緩徐に取り込まれたのに対し、正電荷を有する高分子は高度に肝臓へ取り込まれ、肝臓の実質細胞、非実質細胞の両者に、血漿との接触表面積に応じて非特異的に分布することを明らかにしました。また、正電荷を持つ高分子が肝細胞膜表面に存在する負電荷との静電的な相互作用に基づき強く結合した後、徐々に肝細胞内ヘadsorptive endocytosisにより取り込まれる機構を明らかにし、生理学的にも興味深い知見を得ることができました。正電荷は細胞への遺伝子導入効率を向上させる重要な要素であり、遺伝子医薬品の開発に関しても注目されるべき研究成果です。さらに、電荷を有する高分子キャリヤーの長所を考慮して設計された、抗癌剤マイトマイシンCとデキストランとの結合体について、肝臓移行に対して同様な電荷の効果を得ており、臨床における治療効果も確認できました。

・アルブミンの肝臓移行動態に及ぼす糖修飾の影響

 次の段階として、糖タンパク質の糖鎖構造を認識する機構を利用した肝臓ターゲティングの可能性を明らかにするために、ガラクトース基を末端に有する牛血清アルブミンの誘導体(ラクトース−BSA結合体、Lac-BSA)を合成し、肝臓移行動態を検討しました。ラットの静脈内へ投与後、Lac-BSAは速やかに血中より消失し、ガラクトースを認識する受容体が存在する肝実質細胞へ特異的に取り込まれました。薬動学的解析の結果、結合サイト数や解離定数が天然に存在するアシアロ糖タンパクの値にほぼ等しいこと、さらにLac-BSAの内在化速度が、肝取り込みcapacityが大きい正電荷を持つ高分子と比較して、はるかに速いことを明らかにしました。
 したがって、肝細胞膜表面への送達をもたらす正電荷と並んで、糖残基の導入が肝細胞内への特異的かつ速やかな薬物ターゲティングの有力な手段となる可能性を示しました。生理活性タンパク質および高分子化医薬品の開発に有用な分子設計の指針を与える業績として、これらの研究成果は高く評価されています。

◆肝灌流実験系を用いた薬物の肝胆系輸送評価に関する研究

京都大学薬学部 薬剤学講座 修士課程

 薬物の肝胆系輸送過程は遊離肝細胞,単離肝臓,全身を用いた実験系などによって検討されているが、その多くは複雑な過程の一面だけをとらえており、単一の実験系を用いてこれらの過程を総合的に研究した例は少ない。そこで、モーメント解析を肝灌流実験系に応用して、薬物の肝胆系輸送評価のための新しい実験・解析法を開発し、有機アニオン系薬物である肝内動態を詳細に検討した。

◆シクロデキストリンと血清タンパクとの相互作用

京都大学薬学部 薬品物理化学講座 四回生

◆リポソームの凍結保存時におけるグリセリン誘導体の保護効果

京都大学薬学部 薬品物理化学講座 四回生