ドイツからの二通の手紙

炉辺夜話情報科学編第11夜

ドイツに留学した,ある同級生の話である.

彼は大学を終えると,国内の大学院ではなく,ドイツで勉学を続けることを望み,指導教官と相談して,留学先の大学を選んだ.彼は旅立ち現地に落ち着いたところで,多くの人がそうするように,先生と友人に手紙を認めた.先生には配慮を謝し,友人にはその先生への不満を書き嘆いたのである.

ところが,一週間後,彼は先生からお叱りの手紙を受け取った.びっくりした彼が事情を悟るのに,さして時間は掛からなかった.何と,彼は二通の手紙をそれぞれ逆の封筒に入れてしまったのである.

手紙と封筒とは,元来,別の物である.手紙は伝えるべき内容であるし,封筒はそれを然るべき所へ送り届けるための入れ物である.手紙の冒頭には「某様」,末尾には「誰某より」と書くことが多く,封筒の表裏には,宛先と差出人を書く.通常それらは,対応しているが,そうでなければ配達されない訳ではない.だから,同級生が冷や汗をかくことになったのである.もっとも,窓付き封筒にすれば,それらは必ず一致するが.

インターネット上の電子メールも同じような仕組みで動いている.従って,自分宛でない宛先の手紙が届くことがある.

電子メールを届ける仕組みには,普通 SMTP (Simple Mail Transfer Protocol,簡易配信手順) が使われている.手紙はメッセージ,封筒はエンベロープと呼び,エンベロープには,必ず,差出人と宛先が書かれている.勿論,宛先が正しくなければ電子メールは届かないが,差出人が本人かどうかは必ずしも定かではない.通常,メール・ソフトを通じて読むのは,メッセージだけである.

エンベロープ

MAIL FROM: わたし

RCPT TO: あなた

(メッセージが始まる印)

DATA

メッセージ

ヘッダ

Subject: 主題

From: わたし

To: あなた

(空行=ヘッダが終わった印)

 

本文

前略

・・・

草々

(ピリオド=メッセージが終わった印)

メッセージはヘッダと本文からなり,ヘッダ部分に「某様」と「誰某より」を書くことができる.前者は To: フィールド,後者は From: フィールドと呼ばれている部分である.他に,Date: フィールドや Subject: フィールドは,お馴染みであろう.

通常,メール・ソフトを使って電子メールを出す場合は,上図の二つの「あなた」部分にはメール・ソフトの「宛先」に書いたメール・アドレスが書き込まれ,二つの「わたし」部分にはメール・ソフトに登録した自分のメール・アドレスが書き込まれる.だから,それらは必ず一致するのである.

しかし,DMを出す場合は,どうだろう.何万通と出すのに,普通のメール・ソフトなど使っていないに違いない.おそらく,専用のソフトを使うのだろうが,手抜きを考えれば,メッセージ中の「わたし」と「あなた」は省略するか,適当なメール・アドレスを入れておくだろう.エンベロープの「わたし」にも,適当なものを入れて誤魔化し得る.正しいメール・アドレスを入れなければならないのは,エンベロープの「あなた」部分だけである.しかも,このような手抜きプログラムを書くのは,極めて簡単なことである.

インターネット上の DM は,安直に使われることが多く,ネットワークの渋滞を招き,決して好ましいものではない.しかし,万止むを得ず使うにしても,通常の郵便物における配慮程度のことはして欲しいものである.

因みに,メールによる情報サービスも多種あるが,その To: フィールドがどうなっているか,調べてみるのも一興であろう.受信人のメール・アドレスを入れているところ,xxx-readers あるいは xxx-members などとしているところ,発信人と同じになっているところなど,様々である.何となくその企業の姿勢が見えてくるようである.