日本教育工学会ニューズレター, No.59, pp.8-9, 1993-09-10



先生のための   コンピューターの歴史  入門



 1 石器時代

 コンピューター,つまり「計算する器械」のルーツを辿ると,ローマにまで至る.そこでは,アバカス(abacus,「数えるための板」の意)が使われていた.また,中国では,元の時代(13〜14世紀)に,そろばんが広く使われていたという.日本には,17世紀の始めの頃に伝来したらしい.

 それよりちょっと遅れて,ヨーロッパでは,計算尺が発明されている.

 これらの計算器械(器具)は,いずれも,計算のための操作のほとんどを,人が行なう.つまり,筆算を,紙の代わりに,器具の上で行なうものであり,「自動計算」ではない.もっとも,計算尺は,掛け算や割算を一挙に行なうので,部分的に「自動的」といえるかも知れない.

 この点を考慮して,コンピューターを「自動的に計算する器械」と考え,そろばんなどをコンピューターに含めない人達もいる.しかし,逆にいえば,コンピューターとは,まさに「自動そろばん」に他ならないということである.

 今日では,単にコンピューターといえば,ディジタル・コンピューター(「数える」ことを基本として計算する方式のもの)を指すが,その最も基礎的な原理は,そろばんと何も変わらないのである.

 また,アナログ・コンピューターは,数値を物理量に置き換えて(つまり,アナロジー),物理法則を直接的に利用して計算する方式のコンピューターであるが,計算尺もまた数値を長さに置き換えて(このとき対数を使うのは,ご承知の通りである),「木片を継ぎ足すと,その長さはもとの木片の長さの和になる,」という法則を利用している.数値を物理量に置き換える方法や,利用する法則は様々であるが,基本的な考え方はアナログ・コンピューターも計算尺も変わらない.

 この意味で,これらの「計算器具」は,今日のコンピューターの原点といえるだろう.



 2 古代

 十数世紀続いたコンピューターの「石器時代」は,17世紀の中頃に,パスカルが歯車式の「加算機」を発明したとき,ようやくその幕を下ろした.同じ17世紀に,ライプニッツは,乗除算もできる四則計算機を製作している.このとき,人類は,生まれて初めて,「速くて,正確で,手間の掛からない」三拍子揃った計算器械を手に入れたわけだ.

 ライプニッツは,乗除の計算を加減の繰り返しに還元することによって,自動計算を実現している.いかにも,分析好きの西洋人らしい考え方である.

 この機械式計算機は,その後さまざまに改良されて,20世紀中頃まで広く使われた.今でも,「アイディアル計算機」や「タイガー計算機」の名に郷愁を覚える人もいるに違いない.

 しかし,この時代の計算機は,機械式であるがゆえに,四則演算が精一杯であった.19世紀には,バベッジが,計算の手順を指示すれば,より高度な計算を自動的に行なう計算機の製作に挑戦したが,無念の涙を飲んでいる.しかし,その先進的な構想の多くは,一世紀の眠りを経て花開くことになる.

 同じ機械式でも,穿孔カードを用いた統計計算用の機械は,19世紀末のアメリカ国勢調査の集計作業のために開発され,大いに貢献した.この頃の歴史には,後のIBMやバロースなどの名がしばしば登場する.当時の沸き立つような熱気は,新しい技術を手に入れたときの人類の興奮の様を示す好例といえるだろう.



 3 中世

 前章の「統計機械」は,その後改良を加えられ,指示された計算手順に従って計算を行なう計算機 MARK I(マーク ワン) がハーヴァード大学とIBMによって,1944年に開発された.MARK Iは,リレーを使用する半機械半電気式の計算機であった.また,ベル電話研究所でも,1946年に,リレーを使った「電気計算機」を製作している.

 更に,同じ1946年に,ペンシルヴァニア大学では,ENIACと呼ばれる,真空管を用いた「電子計算機」を完成させた(第1世代).ENIACは,電気的な回路を組むことによって計算手順を指示し,1秒間に5000回の演算を実行できたという.ちなみに,現代のコンピューターの速さは,MIPSで示され,1MIPSは1秒間に百万回の演算ができることを表している.

 この時代は,技術の進歩によって,「計算機」の可能性が大きく広がった時代であった.このような時代にあって,計算機の機構に関するフォン・ノイマンの報告書が公表され,その後の計算機の発展を決定づけたのであった.



 4 近世

 フォン・ノイマン報告書以後,様々な計算機が登場する.

 1949年に完成したケンブリッジ大学のEDSACは,その嚆矢ということができる.EDSACは,計算手順(プログラム)を,電気回路によらずに,処理すべきデータと同じように,内蔵する方式(ストアード・プログラム方式)を実現した.

 1951年には,トランジスターを使った(第2世代)最初の商用大型計算機 UNIVAC I(ユニバック ワン) が発表されている.



 5 近代

 それまでの様々な方式の集大成として,IBMは,1964年にIBMシステム/360を発表した.トランジスターの代わりに集積回路(IC)を用い(第3世代),マイクロプログラム方式を採用.また,同じ形式で機種のラインナップ(普及機から最高速機まで)を揃えるというファミリーマシンの考え方を導入した.

 以後,今日に到るまで,システム/360は,計算機の標準として,大きな位置を占め続けている.

 なお,マイクロプログラムというのは,四則演算などの機械命令を実行するためのコンピューター内部のプログラムである.普通のプログラムが「AとBを足せ,それにCを掛けろ」などと記述するのに対し,マイクロプログラムは,「足す」にはコンピューターの「このスイッチを入れ,ちょっと待ってからあのスイッチを切れ」などというように,コンピューター内部の各要素の具体的操作を記述する.記述の単位が小さいので,マイクロプログラムと呼ばれる.このように,電気回路をプログラムに置き換えることで,設計が容易になるのである.

 こんな所にも,コンピューターの階層性を見ることができる.

 計算機の理論的な解明が進み,電子技術が大きく発展するに従い,情報処理の中央にデンと設置されてガラスの箱に入った「汎用計算機」から,ミニ・コンピューター,パーソナル・コンピューター,ワーク・ステーションなどが,分化してくる.

等など.



 6 現代

 コンピューターが炊飯器や洗濯機の中にも入っている現代社会.銀行のオンラインが停止して,半身不随となる情報化社会.人間の感性までも取り込もうとしている情報処理技術.

 かつての技術革新がいつでもそうであったように,その技術が社会に受け入れられ,社会の福利に活かされるまでには,長い時間が必要である.今日の情報化の危うさは,技術の発展の速さとそれを社会が認知する速さの,圧倒的なギャップに起因している.情報処理技術が,既に,社会のインフラストラクチャーとなり,一方で,未だに情報倫理を模索している現代においては,情報技術が人に優しい技術に育つように,すべての人が見守っていく必要があるだろう.



 参考文献
  1. 岩波情報科学辞典”
  2. 三輪 修:“計算機構成論”
(小林 修)

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