"I don't know why he saved my life. Maybe in those last moments he loved life more than he ever had before. Not just his life, anybody's life, my life. All he'd wanted were the same answers the rest of us want. Where did I come from? Where am I going? How long have I got?..."

  「彼がなぜ私を助けたのかわからない。あの最後の時、かつてないほどいのちを愛おしいと感じたのかもしれない。自分のいのちだけではなく、あらゆる人のいのち、私のいのちも。彼がずっと知りたがっていたのは、残されたわれわれが知りたいこととまったく同じだった。自分はどこから来たのか?どこへ行こうとしているのか?どのくらい生きられるのか?...」

                              
 From the movie "BLADE RUNNER"


 
  ひとりにひとつずつ、大切ないのち         
                                  テレビCMのコピーより   

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  丸一荘のすぐ向かいに別のアパートがあり、その大家さんが犬を飼っていました。一階の入り口付近に小さな犬小屋があり、そこに一日中鎖でつながれていました。ほとんど散歩もさせていない様子で、当時そのアパートの住人だったクリス・マックが、見かねて勝手に散歩に連れ出したこともありました。私はその犬のことなど眼中になくあまりよく覚えていないのですが、中型の雑種でまるで自分の運命を受け入れているかのように、おとなしい犬でした。印象の薄いその犬のことを今になってなぜ書くかと言えば、一度だけ心に残る出来事があったからです。

 1985年が明けてまもない冬の夜、御狩野で夕食を食べようと、彼女と一緒にアパートから出ました。すると犬小屋の方から、つぶやきのような声が聞こえてきたのです。そっと近づいてみると、あの犬が子犬を産んでいました。7,8匹いたように覚えています。冷たく澄んだ冬空の下、子犬たちは押し合いへし合いしながら、母親の懐にもぐり込んで無心に乳首を吸ったり、しきりに甘え声を出したりしていました。母犬は僕たちが近づいても警戒する様子もなく、横たわったままこちらに鼻面を伸ばし、うれしそうに尻尾を振っています。その姿は何だか誇らしげに見えました。僕はそっと一匹の子犬を抱き上げて、膝に手をあてて前かがみになって子犬たちを見つめる彼女の靴の上に乗せました。暖かい母親の懐から突然引き離された子犬は、きゃいいん、きゃいいんと心細げに鳴きながら、靴の上にうずくまりただぷるぷると震えています。撫でてやっても鳴き止みません。あせって抱き上げ母犬のところに戻すと、子犬はすぐに鳴き止みました。そして仲間を押しのけるようにじたばたともがいて、暖かい居場所にもぐり込んで行きました。母犬は安心させるかのように、その子犬をやさしく舐めてやっていました。

 その後子犬たちは成長し、しばらくは近所で遊んでいるのを見かけたのですが、いつのまにか一匹も姿を見なくなっていました。僕もそのまま特に犬たちのことを気にもかけることもなく過ごし、卒業後まもなくアパートを引き払ったのです。あれから18年が過ぎ、丸一荘もクリスがいたアパートもまだ残っていますが、犬小屋はもうありません。

 あの犬はあれからもアパートの一角で、終日鎖につながれたまま一生を終えたのでしょうか。そして子犬たちは? 今になって、クリスのようにあの犬を散歩に連れて行ってやれば良かったと思い、せつない気持ちになることがあります。誇らし気に子犬たちを懐に抱いていた姿が、なぜか忘れられません。そして彼女の靴の上で震えていた暖かい小さな命のことも・・・

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