皓々と輝く満月をかすめるように、薄い雲の断片が飛び去っていく。海面には白波がぽつぽつと目立ち始め、月光を反射してちらちらと銀色に輝いている。マウイ島の南の沖合い。遥か西の洋上を移動する巨大なハリケーンの縁に沿って、強風が吹き込んでくる。
 海面を黒々とした影がかすめたかと思うと、次の瞬間不気味な唸りをあげて突風が襲いかかる。低い衝撃音とともにセールがいっぱいに風をはらんで、船体が激しく右に傾いで急激に風上へ切れ上がっていく。一瞬まるで身体が海面に直立するような状態で、コックピットの風下側に足を突っ張って、両手で押さえつけるように力をこめてティラーを引き、メインセールをわずかに緩めて風を逃がし船体を引き戻す。ゆるやかにバランスを取り戻すと船は加速して波を切り始めた。

 見渡すとすでに無数の白波が見え隠れし、風速は30ノットはありそうだ。うねりはないがほんの数分の間に、波が急速に高くなってきた。波間に叩きつけられて失速しないよう、波を下る直前バウを風下に振って滑り降りる。船体が上下に揺れ波しぶきが盛大に吹き上がって、デッキに音をたてて降り注ぐ。海水がしみる目をこらしてデッキ越しに前方をうかがう間に、ブローを受けて船は再び大きく傾き横流れしながら波に向かって切り上がっていく。マストがたわみ風上側のステイが金属音を発してきしむ。今にも金具ごとはずれて吹き飛びそうだ。ストームジブをかすかにはためかせながら、バウが一気にせり上がって波の頂点から空中へ踊り出る。瞬間、斜めに揺れ動く視界に輝く月の姿が映った。風にあおられた薄雲が散り散りに流れていくのを除けば、上空は穏やかに晴れ渡り星々が静かにたたずんでいる。だが月下の海はこの世のものとも思えない暗いエメラルドグリーンに染まり、ざわめく波が一面に銀のきらめきを撒き散らす。疾風が悲鳴のような音とともに空間をつんざいて吹き抜けていた。

2004/9/02

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漆黒の闇に消えかかった焚き火がわずかな光をはなつ。海を渡る生暖かく湿った風が、肩をやさしく撫でて通り抜けていく。残り火が赤く輝き、かすかな音をたてて薪がはぜる。椰子のこずえはゆるやかに揺れ、こすれあう葉が乾いた音を響かせる。

ふと眼をあげると、天の川がゆるやかに向きを変えながら、遥か天空に横たわっている。ときおり流れ星が星空にひときわ鮮やかな光跡を描いて、現れては消えていく。またひとつ小さく火花を散らして、一瞬くっきりと輝き夜空を駆け抜ける。またひとつ、そしてまたひとつ・・・

小さくおだやかに打ち寄せる波が、闇にほのかに白く浮かぶ浜に、軽やかな砂のざわめきとともにすべるように広がっては、すーっと消えていく。おれたちは寄り添って座り、海を見つめている。ひんやりした砂が素足に心地よい。彼女は頭をおれの右肩にのせ、ゆったりと身体の力をぬいてもたれかかっている。Tシャツごしに肌のぬくもりがおれの手に伝わってくる。

・・・20億年後、膨張する太陽によって地球は灼熱の惑星に変わるらしい。さらにその10億年後、アンドロメダ銀河が突入してくる。20億年後の歴史の教科書に、現代についての記述はまったくないかもしれない。地球も太陽も銀河系さえ永遠には続かない。生命はそれを知り、宇宙版ノアの箱舟を実現するため、人類を生み出したのだろうか。おれたちはおよそ35億年前にこの惑星に誕生したか、流れ着いたかした生命を営々と受け継いできた。30億年後に起こる2つの銀河の衝突融合も、生き延びることができるのだろうか・・・

   
1977/7/?

・・梅雨入り前の火曜日の朝、周回道路沿いのコンクリート塀のわきに止めたバイクにもたれて、君は彼女を待っている。クラブハウス正面のドアをななめに見渡せる場所だ。約束の11時まであと数分、予定通りだ。彼女のために買ったヘルメットも、今日はちゃんと持ってきた。このあいだは持っていくのを忘れ、結局バスで街に出るはめになったっけ。さいわい彼女は気持ちのきりかえが早く、ツーリングがだめなら街に行こうよと言ってくれたので助かった・・・またやったら今度こそ減点だ。サングラスをはずすと、鮮やかな新緑が目にまぶしい。昨日の土砂降りが嘘のように初夏の太陽が輝き、若葉に反射してきらめいている。湿った地面からわきあがる芳しい萌え土の匂いを、胸いっぱいに吸い込み目を閉じる。南風がときおり吹き抜けては、フィールドの歓声をかすかに運んでくる。と、軽い靴音に反射的に目を開くと、クラブハウスの入り口に小走りに彼女が姿を見せる。ガラス張りのドアを片手でおさえ、ちょっと照れたように上目づかいにこちらを見ている。濡れた髪に手をやり、息をはずませながら。ふと風がやみおだやかに静まり返った空気を通して2人の視線が交錯する一瞬、時間が止まる・・・

・・・彼女を後ろに乗せバイクをゆったりと走らせる。クラブハウスを右折して桜並木のトンネルを抜けると、初夏の陽射しを浴びながら一般道を北上、埼玉スタジアム2002を目指す。途中、こじんまりした自然食レストランで昼食。バルコニーからは、けやき並木に挟まれた県道が見渡せる。うっそうと生い繁る新緑の合間に、明るい日射しに輝くアスファルトの道路が、白く一直線に伸びているのが見える。食後のハーブティを楽しみながら、話題はもちろん今日から始まるワールドカップ。彼女は小野が先発メンバーに選ばれたので有頂天になっている。そんな彼女をからかいながら、腕時計にちらっと目をやる。このぶんならキックオフの2時間前にはスタジアムに着けそうだ・・・


2002/6/4

まもなく梅雨が明け今年も夏が来る。サマースクールで英語を勉強するため、梅雨が明ける頃、15歳の君はオアフ島に渡る。9月にはカイルーアのハイスクールに入学する予定。サマースクールの初日、アグネスと運命的な出会いを果たす。20歳になったばかりの彼女はモデル業を引退して、この夏カイルーアハイのボランティアをやっている。

日本を離れる決心をした少年、華やかなモデル業界に疲れた美女。見失った自分を探し求める2人の軌跡は、常夏の島の小さな街で交錯する。ハイスクールの2学年下には、後にウィンドサーフィンの帝王となるロビー、7年後に日本の航空会社のキャンペーンガールとなるキャンディ、3学年下には地質学者サムの息子キアヌがいる。カイルーアの人々が織りなす人間模様とからまり合いながら、2人の軌跡はやがて重なり収斂していく。多重宇宙の1976年夏、物語は始まる。

1976/7/4

例年なら北上する梅雨前線が南下、北の高気圧が列島をすっぽり覆い、盛夏の空気は遥か南の太平洋上に停滞したまま、8月もすでに半ばを過ぎようとしている。オホーツク高気圧の夏。冷たく透明な輝きをたたえた日射し、よそよそしく吹き抜ける涼しい風。通りすがりの異邦人のように、時間だけがひそやかに、足早に流れ去っていく。そして、多重宇宙のカイルーアは永遠の太平洋高気圧に覆われ、時を止め使者の訪れをひたすら待ち続ける。

2003/8/17

風の3月。冬と変わらぬ冷たい風が絶え間なく吹き、澄み切った虚空をまるで巨大なパイプオルガンのように震わせていました。それでも、明るい陽射しを受けて咲き誇るバカ山の梅の花は、ほんのりとピンクがかった宝石のように柔らかく輝いて、春の訪れを告げています。

2003/3/22

キャンパスはひんやりと湿気を含んだ空気に包まれ、暗闇からにぎやかな虫の音が響いてくる。雨に濡れたアスファルトが、街灯の灯りを反射して鈍く輝いている。ふと目を上げると閉館時間直前の図書館の明るい室内には、もうほとんど人影がない。こうして穏やかに深まりゆく秋の雰囲気は、20年前とまるで変わっていない。

2002/9/17

暗闇につつまれた滑走路の桜並木は、ひっそりと静まりかえっている。遠く街道を通るかすかな車の音が、かえってあたりの静けさを強調するかのようだ。ときおり花冷えの夜風が通りぬけ、かすかに萌え土の匂いを運んでくる。街灯のほのかな灯りに、開いたばかりの花を抱えた枝々が優しげに揺れている。本当に静かだ。1億年後、この場所はいったいどうなっているのだろうね。何はともあれ、今年も春が来る。

2001/3/27

この夏は日曜日ごとに、夕暮れのICUでボールを蹴って遊んでいます。涼しい風が絶え間なく森を揺らし、深い芝生には木々の濃い影が落ちています。ふかふかの芝生に転がり、暮れなずむ夏の匂いに包まれながら、ひぐらしの鳴き声に耳を傾けていると、時の流れも止まるかのようです。

2000/8/11

真夜中過ぎ、寒冷前線が列島を横断。強風が断続的に吹きすさび、灰色の雲が夜空をちぎれ飛ぶように次々に通り過ぎていく。生暖かく湿った風が運んでくる、むせかえるような新緑の匂いに包まれ、濃密な闇の中にいつまでも坐っていた。

2004/5/?

  黄色っぽい街灯の光が、駐車場のあちらこちらを三角錐状にぼんやり照らしている。他に車の姿はなく、あたりは静寂に包まれ涼しい風が吹き抜けていく。ダイアモンドヘッドの中腹にあるコミュニティ・カレッジ。駐車場の端に座って遥かに広がる夜の海を見下ろす。アスファルトに残る日射しの熱は、すでにかすかな温もりに変わっていた。足元にはまばらに草の生えた斜面がなだらかに続き、ふもとを左右に走る幹線道路をへだてて、濃い緑に囲まれた住宅街が広がっている。その先には椰子の森が海岸線に沿ってうっそうと生い繁り、夜風にゆるやかに揺れている。椰子の木立の彼方、わずかに丸みを帯びた水平線上に巨大な満月が浮かんでいた。月光の帯がさざ波にきらきら反射して海面を明るく染めている.

・・・数千年前の光景を思い出す。一面に広がる密林に豊満な月の光が柔らかく降り注いでいた。賑やかな虫の音、ひときわ高く断続的に響くトカゲの鳴き声、肉食獣の低く獰猛な唸り声、風に運ばれて来る遠くかすかな太鼓の音・・・

 今もこの惑星の上で、同じ衛星が放つ穏やかな光に包まれながら僕は金色に輝く海を眺める。

1989/?/?

「俺は俺の弱さが好きなんだよ。苦しさやつらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そんなものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。君と飲むビールや・・・」
                              村上春樹 「羊をめぐる冒険」
よりより

I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I watched C-beams glitter in the dark near Tannhauser Gate...All those moments will be lost in time...Like tears in rain.

お前たち人間には想像もつかない光景をいくつも見てきた。オリオン星雲のかたわらで、燃え上がる戦艦の姿を。タンホイザー・ゲートのたもとで、暗闇にきらめくCビームのまたたきを見つめていたことも・・・そんな瞬間も時がたてば、何もかも消え去る・・・雨にかき消される涙のように。

                              From the movie "BLADE RUNNER"