問題点1:知識のインプットのみに終始する
上記を見ると、受験勉強時間の多くが知識のインプットのみに費やされ、知識のアウトプットの訓練はわずかに答案練習で行うにすぎません。そして答案練習会では、「何を書くか」が最大の問題となっており、「どのように書くか」の指導は殆ど無い現状です。
試験に合格するためには、
(1)知識のインプットと、
(2)知識のアウトプット
の双方に長けている必要があります。
これを詳細に分析すると、
@知識を吸収し、理解する、
A得た知識を基に問題に応じた論理構成を組み立てる、
B構成した論理を論文として出力する、
ということになります。
どのように出力するか、については後記します。
問題点2:基本書の読み方の問題
通常とられる勉強方法には多くの無駄があり、必要以上の労力を費やしております。
例えば、青本と特許法概説(吉藤)を比較すると、意味内容は90%程同じで、単に表現形態が異なっているに過ぎません(青本を読みながら特許法概説と突き合わせ、青本にない「理由づけ」を探してみると、ほとんど「無い」ことに気づくことでしょう。これらの本をそれぞれ読むということは、同じ内容のことを異なる表現で2回読むことになります。さらにレジメ等の暗記を含めると同じ内容を3つの表現形式で覚えなければならないことを意味します。
人間の頭脳をコンピュータのメモリと同視してみるなら、同じことの記憶のために3倍のメモリが必要となることを意味します。人間の頭脳がコンピュータと異なるのは「人間は忘れる」という点で、これを防ぐため、本を繰返し読んで、再入力することが必要となります。その場合、上記方法ですと、同じ内容で異なる表現のもの再度それぞれ読まなければならないことを意味します。
異なる表現で同じ内容の3つの教材を別途それぞれ1回づつ読むのであれば、同じ内容で同じ表現のものを3回読んだ方が「覚える」という点でよほど効率がよいといえましょう。このような観点からすると早期合格のためには「受験教材を必要最小限にする」必要があるといってよいでしょう。受験生にとって、他の受験生が様々な資料を持っていると、自分が乗り遅れないか不安になって、つい同じ資料をコピーしたりしてどんどん資料が増えていってしまいます。不安であることは理解できますが、上記趣旨からできるだけ、資料を少なくすることに心がけるべきでしょう。
必要最小限受験教材として何を選んだらよいかについては、後記します。
問題点3:レジメ暗記の弊害
この問題は昔からいわれていますが、最近の受験生の話を聞いてみると、ますますひどくなっているようです。すなわち、レジメを暗記するだけで、答案構成における論理展開や、条文の理由付けについて、自ら考えていないという点です。
昨今受験団体から充実した内容のレジメが発行され、昔に比べてレジメ作成の労力が少なくなりました。そのようなレジメの内容は、質もかなり高く、参考にする価値は充分にあります。但し、これらレジメを参照する場合、以下のような落とし穴があることに注意する必要があります。
@定義・趣旨・理由づけ等に誤りがあっても、すでに合格している弁理士が書いたレジメであるから、そのまま信用してしまい、自ら考えずに丸暗記してしまう。
以下、そのような例の一つを示します。この例はある著名な受験団体のレジメですが、よく考えると誤りがあります。
設問:意匠法の目的について説明せよ
(1)意匠法は、意匠の保護及び利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする(1条)。
(2)意匠は、物品の美的外観であり(2条1項)、それ自体需要者の視覚に訴えて購買意欲を喚起し、需要を増大せしめる機能を有する。
従って、かかる意匠の需要増大機能を保護することで、工業的生産が拡大され、もって関連産業の発達が図られることになる。
そこで、産業政策的観点から需要増大機能を発揮しうる意匠の創作を保護奨励すべく最近の立法例にならって法目的を第1条に規定した。
本回答例は、一見して正しいように思えます。しかし、以下の点が考慮されるべきでありましょう。
☆「かかる意匠の需要増大機能を保護することで、工業的生産が拡大され」という点
例えば、特定の意匠によりある物品が他の意匠の同一物品より50個よけいに売れるようになったとします。すなわち当該意匠は、50個分需要増大機能を有するわけです。この需要増大機能は当該意匠創作者でない侵害者が当該意匠を販売しても損なわれることなく、そのまま保持されます。だからこそ、侵害したくなるのです。すなわち、意匠の需要増大機能は法の保護の対象ではありません。
そのような侵害を放置しておくと、意匠創作者の創作意欲を減退させるので、法は、意匠自体を保護し、意匠の創作を奨励するようにしたのです。その結果、需要増大機能を有する意匠が数多く提供されるようにし、工業的生産が拡大されるのです。意匠法は、あくまでも「意匠」を保護するのであり、その「需要増大機能を保護する」というものではないのです。
また、意匠の創作を間接的には保護するといってよいでしょうが、条文中で「意匠の保護」とは規定しても、「意匠の創作」を保護するという条文はありません。よって、簡単に「意匠の創作を保護奨励」といってはいけない場面があります。(青本で、「意匠」と言う文言と、「意匠の創作」と言う文言を使い分けている理由を考えてみて下さい)。
いずれにせよ、レジメを鵜呑みせず自ら考えてみる姿勢が合格のためには必要でしょう。また、このことは、弁理士になった後必ず役に立ちます。
A受験団体やゼミでは「赤信号、みんなで渡れば恐くない」方式を採用し、説が分かれている点や、正確な理由づけが分からない点などについて、無難な回答案を提供している。
自説を展開してもなかなか合格することができないので、無難な回答を皆が申し合わせて書くこと自体は推奨されることです。しかし、その「無難な回答」について本当にそれでよいのか、自分が考え、納得しているのか、ということをはっきりさせておく必要があるでしょう。
問題点4:多枝と論文の勉強方法が異なる
多枝選択式試験のため、多枝用問題集を大量にこなすという勉強方法をとる方がいます。時間に余裕の無い方にとって無駄な重複時間を費やしてしまいます。
また、多枝用の勉強をしている間に、論文の感覚が鈍ってしまうという問題もあります。よって、論文用多枝用の双方に役立つ勉強法にすべきでしょう。
問題点5:選択科目の準備が遅れる
工業所有権法についての勉強が一応済んでから選択科目の試験勉強を始めるという方がいます。このような方法では、いくら特許法等で合格点が取れても、未だ選択科目は不合格という結果になってしまいます。すなわち選択科目の勉強を始めた時が本来の受験勉強開始日となり、その日から3年等の年月がかかるということになってしまうのです。選択科目の準備は必須科目と同時に行うことが必要です。
問題点6:ゼミの問題点
ゼミに入ることは極めて重要です。独学ではどうしても見識が浅くなり、情報も少なく、勉強の進度は否応なく遅れてしまいます。ゼミを選択するときは、以下の点に注意を要します。
@自分より勉強の進んでいる人がいること
Aよきライバルがいること
Bよき指導者がいること
ゼミでは、各種論点について討論する訳ですが、ゼミでの討論において注意する点があります。
討論に勝とうとするあまり、自らの誤りに気が付かない場合があるという点です。自説と対立する人がいたら、相手が何を言いたいのかよく聞くことが重要です。討論に勝っても試験に合格できる訳ではありません。後で客観的に振り返ると、声の大きい方や、答案練習会での成績上位者が討論に勝っているにすぎない場合であったりします。
一方、多枝選択では、条文の解釈、条文同士の関連性、条文の穴、などが問われます。従って、多枝においても、設問に対して瞬時に条件反射的に条文自体及び条文の体系が頭に思い浮かび、しかも、個々の条文の語句の意味、理由が思い浮かばなければなりません。
勉強の手始めは、@、Aに必要な資料作りです。
(1)まず、杉林先生の四法対照式条文集を用意する。最近、法改正が急で四法対照式条文集の改訂版が手に入らないのであれば、自分でオリジナルに作成するのがよいでしょう。
(2)四法対照式条文集の各条文を読みながら以下のことを行います。
@ その条文の立法趣旨は何か。それを一言で表し、条文の傍らに記載する。
A 条文を各分節毎に区切り、文節中の文言の定義、理由を言えるか確かめる。
理由は一言で表し、その文言の傍らに記載する。
B 四法の相違点を探す。その相違の理由を考え、一言で表す。
C 条文の上に、関連条文を記載する。例えば8条であれば、10条と記載。
この作業と同時に引用した10条の上に当該8条も記載しておく。
関連条文としては、「○条で準用」等準用条文も記載、条約、PCTの関連条文も忘れずに、関連条文はどのような理由で関連しているか考える。
D 関連する民訴、民法の条文をコピーし、貼っておく。
以上の作業をすることで、ある条文の頁を見れば、その条文についての情報がすべて1頁で視覚的に理解できることとなる。この頁を思い出すだけで、条件反射的に理由付けや法体系がその条文を窓口にいも蔓式に思い出されます。
@極太の万年筆を用意する。
Aインクは黒、あるいは濃紺とする。
採点者は年輩の方が多く薄い字では読みづらい。しかも、採点は通常の業務が終わった夜に行われる。読み易さは考慮されるべきである。
B答案用紙の枠からはみでる程の大きい字で書く。
理由は前記Aの理由と同じ。また、不思議なもので、自信の無い答案ほど字が小さくなるのである。答案を書いている途中で、自信が無い部分にくると字が萎縮しはじめる。自己の弱点をチェックする上でも大きい字で書くくせをつけるのが望ましい。
C一文をできるだけ短く。一つの文章は答案用紙3行から5行以内にすることを日頃から訓練する。読み易くするためである。
D一つの文章は一つの情報のみ表すようにする。「AはBであり、BはCにDという点で関連する。」という文章よりも、「AはBである。このBはCにDという点で関連する。」という方がわかりやすい。
Eできるだけ改行を多くする。具体的には5行おきくらいに改行が欲しい。見た目に読み易い印象を与える。
F改行幅は大きくとる。具体的には3文字から5文字下げる。
例「・・・・・・というのが本条の原則である。
しかし、○○という場合、原則を貫くとかえって発明の保護に欠けるという問題が生じる。」
このような大きな幅の段落をつけると読み易い。
G文章自体わかり易くする。(本多勝一氏の「日本語の作文技術」「実践・日本語の作文技術」(朝日文庫)を一読されたい。)
H答案構成時に書く項目毎に書く文章の量を自分の全体の出力を考慮して決定しておく。
例えば、自分の出力が1時間7頁であるとする。その場合の出力配分を事前決定すると、以下のようになる。
1.定義
2.趣旨
定義趣旨合わせて
2.0頁
3.各説
(1)主体 0.5頁
(2)客体 1.5頁
(3)手続 1.0頁
(4)効果 1.0頁
(5)問題点 0.5頁
(6)その他 0.5頁
合計 7.0頁
このように最初から配分を決めておくと、ある項目は書きすぎ、ある項目は書き落としてしまったというようなことがなくなり、バランスのよい答案となる。
各項目の配分をどのような量とするかは、その項目についての情報量、関連条文の多少、問題の主題との関連度などを考慮して記載する。重要な項目は密度を濃く書き、重要でない項目はさらりと書く。このためには普段から、ある項目についての理由を、長い詳しい文章でも書けるし、短い文章でも、さらには一言で言い表せるように訓練しておく。
具体的な試験のときは、設問に対する回答となる主条文を窓口に、上記した条件反射式に関連条文、趣旨、理由等を思いだし、それを、出力配分に振り分け、設問中での位置づけに応じて、出力の長短を決め、文章化する。
I接続詞は簡単に
使う接続詞の種類は少なくし、できるだけ短いものを使用する。
私の場合、以下の接続詞のみ使用しました。
しかし、 そこで、 また、 さらに、 加えて、 なお、 ところで、 一方、 他方、
ここで、「しかしながら」より「しかし」の方が書く時間が少ないので前者は使用しないこととしました。
理由づけにおいて、「なぜなら」「けだし」は使用せず、単に語尾において「・・・だからである。・・ためである。」としました。書く文字数を少なくするためです。
J以上のことを念頭に、あとは実践のみである。できるだけ、短時間で、多くの文章を書く訓練を必要とします。
前記Hの方法は答案練習会で行うこととし、普段は、定義趣旨を15分で書く訓練をするとよいと思います。
一度、文章を書いてみた後、不要な修飾語、わかりにくい言い回しなどが無いか自分でチェックし、表現のパターンを自分で作成するとよいと思います。