侵害訴訟の実務(1)

特許権侵害の警告と対処法(警告をする側とされた側)

弁理士 遠山 勉
(05/01/31)


1.警告書を出す側の注意点

2.警告を受けた側の対処法


★特許権を行使する側(警告書を出す側の注意点)

 特許権を行使する側が予め準備しなけばならないことは侵害の事実関係調査と、自己の特許権の瑕疵の調査です。
侵害の事実関係の調査には、侵害行為・侵害品の特定と、特許発明の技術範囲への属否判定とが含まれます。

 侵害警告の動機付けとしては、
 (1)積極的に侵害品を見いだす場合(戦略的権利行使:ライバルの排他・ライセンスによる資金調達)
 (2)アイデア盗用の発見(受動的、防衛的に特許権を行使する場合)
 (3)その他
 があります。

 いずれにせよ、権利行使するにあたっては、実際問題として、侵害行為があったのか否かを冷静に判断し、瑕疵のない状態での権利行使が必要となります。
 よって、
 (1)侵害行為・侵害品の特定(侵害を立証する証拠の収集)
 (2)特許発明の技術範囲への属否判定
 (3)行使する特許権の見直し
 (4)他(省略)・・・
 をすることとなります。

 ここで、よくある話しですが、自己の特許権の権利範囲を過大に評価してしまい、相手方の行為が「特許権侵害」であると思い込んでしまうという事態です。
 特許発明の技術的範囲が事実上狭いにもかかわらず、発明のコンセプト(機能)のみをそこから取り出し、あたかもそのコンセプト(機能)自体が保護されるべきだとの思いこみです。
 よくよく専門家に相談し、自己の特許権の権利範囲(特許発明の技術的範囲)がどこまで及ぶのかを吟味する必要があります。

 このようなことは、侵害行為・侵害品の特定についても同様です。身びいきのため、相手方の行為から、「自己に不利な事実を差し引き、排除してしまう」ことです。これによって、その後の取るべき行為の決定にあたっての判断を誤らせることになります。

 最後に、特許権を行使する場合には、権利に瑕疵がないかをよくよく調査しなければなりません。特許庁の審査は、特許庁において「拒絶理由が見つからない」ことをもって「特許査定」するのであり、特許性が「完全」に担保されていることを保証するものではありません。瑕疵ある(無効理由のある)特許権の行使は、「権利濫用」であるとして許されないとの判例理論がすでに確立しています。場合によっては、事前に訂正審判により瑕疵を無くしておくことも必要です。権利行使する際には、慎重な事前調査と意思決定が要求されます。

 なお、特許権の設定登録前にあっては、出願公開がされていること、さらに出願にかかる発明の内容を記載した書面を示して警告することで、実施料相当額の補償金を特許権の設定登録後に請求することができます(特65条)。

★警告を受けた側の対処法

(1)初動対応の重要性(あわてず・騒がず・冷静に)
 特許権侵害の警告を受けた場合、初動対応としては、火災の場合の初期消火と同様、あわてず、騒がす、冷静に動くことが極めて重要である。その後の事態を有利に進めることができるか、悪化させてしまうかは、初動対応で決まってしまうといえます。

 当初の1週間乃至2週間で行うことは、
 @権利の特定(特許庁に原簿調査と包袋閲覧を行う)
 A自己の行為(何をもって侵害行為とされたか)の特定
 B依頼すべき専門家(弁理士・弁護士の選定:とりあえずは、侵害の有無を判断する必要から、弁理士に鑑定を依頼する)
 C他(省略)・・・
などです。
 通常、1週間とか2週間という期限を設定して、相手方が回答を要求して来ますが、そのような時間で、対処をすることはほとんど不可能です。よって、相手方にしかるべき猶予を願い出ておくのが通常であり、常識ある相手方であればこれを受け入れます。

 ただし、相手方との直接交渉は避けるべきで、相手方の感情を損ねたり、不用意な情報を提供してしまったりすることがないよう、早急に専門家への相談が望まれます。本人が回答を出さざるを得ない場合は、「警告を拝見したこと、事実関係の確認と対処方を検討するので、回答の期限延長をお願いしたいこと」を丁重に返答しておくのが無難です。

 ここで、やってはいけないこと。
 ●相手方に直接連絡し、「不当な警告だ」等述べて、相手の感情を逆撫ですること。
 ●大騒ぎして取引先等に不安を与えないこと。
 ●事件を隠蔽して解決を先送りにしてしまうこと。

(2)専門家への早期相談
 初期消火を速やかに行うためには、何はともあれ、弁理士・弁護士への早期相談が望まれます。適切なアドバイスを受けましょう。

(3)侵害とされた行為・製品の特定
 相手方が何をもって侵害としてきたのか。警告を受けた側の行為・製品を特定します。
 ここで注意すべきこと
 ●事実を忠実に把握し、真実を隠さないこと。・・後になって、本当は・・・だったのです・・・といわれても。

(4)技術的範囲の属否判定(鑑定書)
 侵害であると指摘された行為や製品が、当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを客観的かつ冷静に判断する。
 この判断がその後の事件の対処方法を決める上で極めて重要です。
 通常は弁理士の鑑定書を取ります。信頼できる複数の弁理士の鑑定書を取り、客観的に判断するのがベストでしょう。
 依頼すべき弁理士としては、技術論と侵害論を組み立てられる弁理士であることが要求されます。
 
 ここで、やってはいけないこと。
 ●自己に有利な鑑定結果を出してくれる弁理士のみをショッピングすること。
 技術的範囲の属否判断(権利侵害かそうでないか)は、人により意見が異なりるのは確かですが、客観的に見れば自ずと白黒は明らかとなります。白黒はっきりしないグレー・ゾーンの場合もありますが、ともかく客観的に判断し、最初から自己に都合のよい鑑定を求めることは避けなければなりません。その後の傷口を広げるだけです。
 侵害を避けられない場合、リスクマネジメントとして、どのレベルで相手に譲歩すべきかを予め想定しておく必要があるでしょう。

(5)侵害回避策の検討
 鑑定の結果、白黒が微妙である場合や黒である場合、または、紛争を抱えるよりも、避けた方がビジネス上有利と思われる場合(例えば、商品は試作段階で、新聞に公表しただけの場合など)、侵害とされた行為を直ちに停止し、侵害を回避するように設計変更するのがよいでしょう。
 設計変更にあたっては、変更後の製品が特許発明の技術的範囲から除外されるか否かを弁理士に相談し、確実な侵害回避策を練る必要があります。

(6)無効理由の調査
 鑑定の依頼と並行して直ちに無効理由の調査を開始するのが常道です。特に、特許庁での調査が及ばない可能性がある、異なる分類の類似技術や、海外の公知文献等を調査するのがよいでしょう。また、国会図書館等に行って出願(優先日)前の雑誌等を検索するのも一つの手です。

(7)抗弁事由の存否調査と証拠収集
 先使用権の存在等抗弁事由がある場合は、それを立証する証拠を集めておきます。

(8)交渉ストーリーのシミュレーション
 技術的範囲の属否判断及び無効理由の有無をベースに、交渉ストーリーをシミュレーションします。交渉の落としどころをどのようにすべきか、専門家を交えて予め決めておきましょう。

(9)コスト・マネジメント
 コスト・マネジメントも重要です。真のコスト・マネジメントは、最小限の費用で、最大の効果を生むことです。その意味で、技術的範囲の属否判断(鑑定)と並行して直ちに無効理由の調査をすることにはコストをかけましょう。この2つの作業をきっちりやった場合とそうでない場合とでは、後の事態に大きな差異が出ます。
 当初の判断ミスが、大きな怪我となり、多大なる損害賠償を請求されては元も子もない結果となります。