(本ホームページで明細書作成方法を学ぶ方、および、私の明細書作成講座の受講生の方々へ)
2005年7月20日
弁理士 遠山 勉
1.はじめに
発明という事実行為をしただけでは直ちに保護されず、保護を求めて特許出願をしなければならない。特許出願とは、発明を国家に開示し、その代償として特許権の付与を求める様式行為であるが、換言すると、事実行為としての発明の創案を法的な発明へと構成しなおし、法的主張として、適正な権利範囲の特許権設定登録を国家に対し要求する行為であるとも言える。そこでは、最適で最大限に広い権利範囲を国家が自動的に認めてくれるわけではなく、出願人自らが、保護されるべき権利範囲を主張・立証する必要がある。
適切な発明の保護を確保するために出願人に負わされる責任や義務は、次の通りである。
@ 発明が実在することの立証(実施例・臨床試験等)
A 適切な情報開示(第3者の利用への便宜)
B 要求する権利範囲の特定
C 要求する権利範囲が適切であることを立証する証明責任
出願人は、これらを、特許出願の際、願書に請求項、明細書を添付することで行う。
明細書の作成演習では、これら責任や義務を果たして、適切な明細書を作成できる能力を身につけることを目的とする。
2.明細書の作成
特許明細書を作成する際には、出願の目的や、発明が置かれる経済環境を考慮しつつ、特許法に基づいて上記責任や義務を果たしつつ、最適な特許権を取得できるように努力する必要がある。そのためには、次のようなことをしなければならない。
a) 出願目的の確定(特許戦略の確定):何のために特許出願をするのかを明らかにする。防衛のための出願と市場優位性確保のための出願とでは、自ずと書き方が異なる。
b) 発明に関する情報の収集・・従来技術、発明の前提となる関連技術、周辺技術、実験データ、市場での流通経路、実施形態など
c)明細書を作成する上で必要最小限とされる特許知識の習得(特許要件、開示要件等)
d)最適と思われる権利範囲の確定(上記a,b,cを考慮して決定する)
e)適切な文章表現、図面による開示
3.明細書の作成に必要な能力
上記の各a〜eの作業を行って、適切な明細書を書くには、次のような能力が要求される。
a)発明の把握能力
事実行為としての発明は何であったのか、そこに潜在している発明の本質は何かを把握する能力。事実行為としての発明を分析し、発明の本質機能を見いだし、その機能を達成する構成要素は何かを特定する。その最大範囲が最も広い権利範囲となる。発明を理解できる技術的素養、論理性、客観的な発明分析力が要求される。
※ 化学分野では、事実行為そのものを法的な発明として特定せざるを得ない場合があります。(上位概念化不可能な発明)
b)請求項特定能力
把握した発明に基づき、要求する権利範囲として、特許請求の範囲に発明を特定する能力。特許法の知識を必要とする。
c)表現能力(文章の論理性、表現技術、国語の問題)
※ より詳細に区分して述べると以下の通りである。
a)技術を理解する能力
c)事実関係を多角的に見る目(注1)
d)気配り・目配り
e)法的空間での抽象化された議論(発明思想と具体的技術との立て分け)
f)論理思考(技術的論理思考と法的論理思考)
g)表現能力
(注1)
多角的な目(視野の広さ)とは、よくあるクイズであるが、例えば、下記のような問いに答えられる能力がある方がよい。
以下に示す9個の●を4本の直線で結べ。どの時点でも紙面からペンを離してはいけないが、描いた直線を横切ってもよい。
少なくとも、6面図から立体構造を頭の中に構成できる能力は必要である。
演習では、事実行為としての発明から法的な発明を捉え直す手法を学び、ひいては適切な特許権を取得する実務を学ぶ。上記した能力を習得したかを作成された明細書から評価する。下記の評価ポイントを見ればどの様な能力が欠けているのかが理解できるでしょう。
特許明細書作成演習における評価ポイント 弁理士 遠山 勉 |
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(1)請求項の評価ポイント |
要求される能力 |
評価 |
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A |
構成要件が必要かつ最小限に特定されているか。(前提として、発明の把握ができているか。明細書記載の解決課題や解決手段も併せて参照する。) |
発明の把握力・分析力・技術的知識 |
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B |
構成要素の上位概念化(クレームの拡大)等ができているか |
分析力・技術的知識 |
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C |
各構成要素間の関連(有機的結合関係)が十分に記載されているか |
表現技術 |
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D |
antecedent basis 構成要素を予め先行詞として宣言した上で、順序に従い説明する手法(構成があらかじめ定義されることなく突然出てくると、読み手が理解できない) |
表現技術 |
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E |
図面を参照しなくとも、請求項の文言から図面で特定している構成が浮かぶか |
表現技術 |
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F |
表現が機能的にすぎて、構成が不明瞭となっていないか(客観的構成で特定する) |
表現能力・発明特定能力・技術的知識 |
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(2)明細書の評価のポイント |
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G |
目的・構成・効果の対応関係がずれていないか |
論理性 |
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H |
請求項の発明特定事項を実施形態の項で説明したか |
注意力 |
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I |
請求項での上位概念化に対応して実施例の水平方向への拡張がされたか |
技術的知識 |
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J |
実施に必要な情報は開示したか(実施可能要件の充足性) |
技術的知識・開示要件の法的知識 |
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K |
ストーリー展開の論理性 |
論理性・表現能力 |
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(3)請求項・明細書共通の評価のポイント |
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L |
部材や構成の名称の付け方、適切な文章表現、用語の統一性 |
国語力・表現能力・注意力 |
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M |
特許法・審査基準の考慮(特許要件の考慮等) |
特許法の知識 |
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※ 他のチェックポイントも多数あるが上記を満足すれば形式的な意味で、十分な明細書といえよう。
なお、ソフトウェア関連発明やビジネスモデル関連発明では、プログラムにて発明を実現するため、ソフトウェア関連発明それらを機能実現手段として特定する作業が必要となる。詳細は特許庁ホームページの特定技術分野の審査基準 コンピュータ・ソフトウエア関連発明を参照されたい。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm