特許明細書と他法との関係


 明細書を作成するにあたって、特に他法との関係に気をつけなければならない場合があります。

 その代表的な例が、PL法(製造物責任法)です。明細書の従来例に自社製品の従来品の欠点を記載する場合、製造物責任における問題が生じないような記載方法を検討する必要があります。

 製造物責任法(PL法)と特許

      

 製造物責任法(以下「PL法」という。)が、我国でも、去る平成6年7月1日に公布され、附則第1項の規定により、平成7年7月1日から施行されています。

 PLとは、Product Liabilityのイニシャルをとったもので、「通常備えるべき安全性を欠く製品によって、その製品の使用者または第三者が生命・身体または財産に被害・損害を被った場合に、その製品の製造・販売に関与した者、特に製造者が負うべき特別の損害賠償責任」のことです。

 この製造物責任法の概要を紹介し、明細書を作成するという観点からの注意点を考察してみたいと思います。なお、本項の作成にあたっては、竹山宏明弁理士がまとめられ、スターダスト・ニュースで平成7年7月20日に発表された「製造物責任法(PL法)の概要」を、竹山氏の了解の下に一部を引用させて頂き、これに加筆させて頂きました。

              PL法の内容

 PL法は、民法第709条の特別法で、全6条からなります。民法709条は不法行為責任について次の通り規定しています。

 

 

 

 

 故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル

損害ヲ賠償スル責メニ任ス

 本規定の要件のうち、「故意・過失」という主観的要件が、PL法によれば、「製造物の欠陥」という客観的要件に代わっております。

 PL法各条は以下の通りです。

第1条(目的)

 

 

 

 

 

 

 この法律は、製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が

生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について定めることによ

り、被害者の保護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な

発展に寄与することを目的とする。

第2条第1項(製造物の定義)

 

この法律において「製造物」とは、製造又は加工された動産をいう。

第2条第2項(欠陥の定義)

 

 

 

 

 

 

 この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見され

る使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該

製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いて

いることをいう。

第2条第3項(製造業者等の定義)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この法律において「製造業者等」とは、次のいずれかに該当する者をい

う。

1 当該製造物を業として製造、加工又は輸入した者(以下単に「製造業

 者」という。)    

2 自ら当該製造物の製造業者として当該製造物にその氏名、商号、商標

 その他の表示(以下「氏名等の表示」という。)をした者又は当該製物

 にその製造業者と誤認させるような氏名等の表示をした者

3 前号に掲げる者のほか、当該製造物の製造、加工、輸入又は販売に係

 る形態その他の事情からみて、当該製造物にその実質的な製造業者と認

 めることができる氏名等の表示をした者    

第3条(製造物責任)

 

 

 

 

 

 

 

 

 製造業者は、その製造、加工、輸入又は前条第3項第2号若しくは第3

号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥によ

り他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害

を賠償する責めに任ずる。

ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでな

い。

第4条(免責事由)

第4条第1号(開発危険の抗弁)

 

 

 

 

 

 

 

 前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明した

ときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。

1 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に

 関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識するこ

 とができなかったこと。

第4条第2号(部品製造業者の抗弁)

 

 

 

 

 

 

2 当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合にお

 いて、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する

 指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失

 がないこと。    

第5条(期間の制限)

第5条第1項(消滅時効と除斥期間)

 

 

 

 

 

 

 

 第3条に規定する損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損

害及び賠償義務者を知った時から3年間行わないときは、時効によって消

滅する。

その製造業者等が当該製造物を引き渡した時から10年を経過したときも

、同様とする。

第5条第2項(蓄積的被害等の特例)

 

 

 

 

 

2 前項後段の期間は、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとな

 る物質による損害又は一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害

 については、その損害が生じた時から起算する。

第6条(民法の適用)

 

 

 

 

 製造物の欠陥による製造業者等の損害賠償の責任については、この法律

の規定によるほか、民法(明治29年法律第89号)の規定による。

要件と立証責任

 

 PL法第3条で規定されている製造物責任の要件を整理すると、次の4つの要件が必要となります。

 製造物責任の要件

@製造業者等が製造、加工、輸入又は氏名等の表示をした製造物であること。

 

 

 

A製造物の引き渡し時に欠陥があること。

B他人の生命、身体又は財産に拡大損害を生じさせたこと。

C欠陥と拡大損害との間に因果関係が存在すること

 被害者たる原告は、これらの要件を充足することを「立証」しなければなりませんが、この中でも、特に「製造物に欠陥があること」を立証するにあたり、特許明細書の内容、特に従来技術の説明や、出願手続き中で出願人が意見書などで述べた内容が問題となることがありうるのです。

 第4条第1号(開発危険の抗弁)では、特に、

 

 

 

 

 

 

 

 前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明した

ときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。

1 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に

 関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識するこ

 とができなかったこと。

 と規定されており、被告である特許権者が、この抗弁を訴訟で使用しようとした場合、すでに、特許明細書で、当該製造物の欠点を述べていたのであれば、その「欠陥があることを認識することができなかった」とはいいにくいものと考えます。

 してみると、自社製品を従来例として掲げ、この問題点を解決するものとして、当該発明を説明する場合には、従来例の欠点を強調するということはできるだけ避けるべきです。

 特に、油断してならないのは、拒絶理由や異議・無効理由に対抗して、意見書や上申書などを提出するに当たって、特許性を強調したいがため、不用意に従来製品を「けなす」ということのないように注意する必要があるものと考えます。

<具体例>

 @特許が証拠として法廷に提出することが認められたケース

 米国の場合を見ますと以下のような例があります。このような例が日本でも起こり得る可能性が充分あります。

 

 

 

 

 

例1  Johnson v.Colt Industries ケース

      連邦地裁,1986年判決

 ピストルを専用皮ケースに入れて運んでいたところ、ケースから滑り落ち、岩に当たった衝撃で暴発し、腹部を撃たれた。

 負傷した原告の弁護士は、

「回転式の銃は今回被告が被ったような、落下時のショックでの握り部分の強打による暴発"Drop-Fire"が生じやすいこと。そして、このような暴発事故は、安価な安全装置を取り付けることで回避できること。安全装置のなかったこの銃は、不当に危険な欠陥品であること。」を主張した。

 そして、この安全装置に関するいくつかの特許を、

「当時、業界が"Drop-Fire"の危険を知っていた証拠である。」

として法廷に提出することが認められた。

 これらの特許には、被告の特許も含まれていた。このケースでは原告が勝訴しました。

 

 

 

 

例2  Norton v. Snapper Power Equipment ケース

      連邦地裁,1987年判決

 原告は、1981年型の乗用タイプの芝刈機を運転していた。

 激しく衝突した時に、原告は投げ出され、回転刃に接触して指4本を失った。

 原告は、メーカーを提訴し、この芝刈機は、オペレータが所定の位置に離れたら、自動的に刃を停止させる安全装置が付いておらず、不当に危険な欠陥品である、と主張した。

 そして、被告が、1980年に出願したこの装置についての特許を証拠として提出することが原告に認められた。

 被告に対しては、1981年に利用可能となった当該安全装置は、同被告のこの芝刈機には取り付けできないことや、その他の理由でかえって危険であること、を専門家に証言させることが認められた。

 第一審は、原告勝訴の陪審評決を裁判官が破棄し、被告勝訴の判決(JNOV)を下した。

 しかし、高裁は、この判決を破棄した。

例3  Boyer v. Eljer Manufacturing ケース

      ミズーリ州高裁,1992年判決

 製材工場で働いていた被告は、回転ノコギリを使って材木を切っていたところ、切った破片が顔面に当たり、右目が失明した。

 原告は、このノコギリの設計欠陥及び警告の不備を主張した。

 原告は、被告のノコギリ・メーカがより安全な設計のノコギリの特許を持っていたことを証拠として提出することに成功した。

 しかし、第一審は、原告敗訴した。

 控訴審において、第一審判決は、破棄・差し戻された。

 A特許が証拠として法廷に提出することが認められなかったケース

 

例1 Pareker v. Freightliner Corp. ケース

      連邦地裁,1989年判決

 原告は、トラクタによって負傷した。

 この原告は、トラクタのシートの欠陥を主張してメーカを提訴した。

 原告は、被告の持つ特許において示された代替の設計を事故があった製品に適用することが可能であった、として、特許の証拠採用を求めた。

 しかし、これは、連邦証拠法第407条により否定された。

特許管理 1994年9月 「PL法と特許」の紹介

 

 特許管理の1994年9月の第1227〜1236頁に弁理士 菅原 正倫氏の「PL法と特許」と題された論説が掲載されています。

 大変に示唆に富む内容で、一読されることをお勧めします。

 簡単に紹介すると、米国のGeneral Mortors(GM社)のCorvair訴訟を例に挙げています。

 また、明細書に使用される用語を、PLとの関係で次の通り分類しています。

 

 @非常に好ましくない用語

危険である(dangerous) 

  A好ましくない用語

 

 

けがをするおそれがある(to cause injured)

「危険である」ことの理由付けに用いられた語

安全である(safe,safer)

当該技術が「安全」であるならば、その裏返しで

従来技術は「安全でない」ことが推定される場合がある。

 B比較的好ましい用語

 

 

安価に製造可(cheeper,inexpensive)

組立てが容易(easy tooling)

部品点数が少ない(less parts)

経済的(econmical)

 なお、従来例の欠点をあまり深く突っ込んで説明したくない場合、私(遠山)がよく利用する従来技術での言い回しとして、次のような表現を用いることがあります。

 本来は、従来例Xの欠点を解決するものとして、本件発明Yが開発された場合であったとしても、従来例Xよりさらに一段階前の課題を一般論として掲げ、この課題を解決するものとして、従来例Xが有用であったが、本件発明Yは従来例よりさらに一層有用であることを述べる、という書き方です。

 例えば、

 「 従来、一般的には、・・・・・ということが課題とされていた。この課題を解決するため、従来、Xという構成の装置が開発され提供されていた。

 このXは、前記課題を解決する上でかなり有用であったが、さらに有用な装置の開発が望まれていた。

 本発明はこのような観点からされたもので、・・・・により有効な装置を提供することを課題とする。」

 このような表現であれば、Xという装置に「欠陥があったことを認識していた」とは必ずしもいえないでしょう。

          他の工業所有権法との関係

(1)意匠法との関係

 発明品が美的外観として意匠の創作という側面から捉えることができるならば、発明品を意匠登録出願することができます。また、特許出願から意匠出願に変更(分割変更)することができます。但し、意匠出願に変更する場合、意匠を表すための6面図を作成する必要があります。特許出願における図面の開示が少ないと、変更出願における客体の同一性に欠けることとなりますので、意匠への変更が予想されるのであれば、最初から特許出願の図面を6面図としておくべきでしょう。

(2)商標法との関係

 明細書で何の断りもなく商標名を使用することは禁じられております。商標名を使用するときは、それが商標名であることを明示する必要があります。

不正競争防止法との関係

 旧不正競争防止法第6条では、工業所有権の権利行使による適用除外が規定されておりましたが、実際の運用では、たとえ工業所有権を有し、その権利行使であっても、不正競争行為類型に該当するときは、不正競争防止法の適用がされておりました。例えば周知表示に対して、商標権を取得した者が権利を主張できるのはおかしいということで、この条文の適用は除外されていた。そこで、現行法では、この条文は削除されています。

外国法との関係

 近年の国際化の波を受け、日本企業は世界各国に特許出願を余儀なくされ、特に重要なマーケットである、米国、欧州での保護にあり方を検討しなければなりません。従って、明細書の内容もこのような国際化に耐えうるものでなければなりません。


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