特許法では発明開示のために明細書を必要とし、この明細書を中心に発明保護の体系が組み立てられています。
特許法=明細書を中心に発明保護
それはなぜでしょうか?
ここで、明細書の役割を考えてみましょう。
特許法の保護対象は・・・・発明です。
発明とは・・・・・抽象的な技術的思想の創作です。
特許権は・・・・そのような創作である発明開示の代償として付与されます。
明細書は・・・・発明開示の媒体として機能し、発明利用に供します。
明細書は発明開示媒体(発明利用手段)
さらに、明細書は権利書として保護範囲確定するために使用されます。
明細書は権利書(発明保護手段)
明細書では、技術思想である発明を文章で表現(補助として図面添付)するのであり、特許庁において現物での発明開示は受け付けられません。
2. この点を他法と比較しますと・・・・特許法の特質が鮮明になります。
まず、特許法等が保護している利益(保護法益)と、その保護対象との関係について考えてみます。
@特許法
保護法益・・・・発明(技術思想の創作)
保護対象・・・・発明(技術思想の創作)
特許法では、保護法益と保護対象が一致しています。明細書には、保護法益である技術思想の創作を特定し、それを保護対象としています。
A意匠法
保護法益・・・・意匠の創作
保護対象・・・・意匠(物品の美的外観)
意匠法では、保護法益と保護対象は異なります。意匠法では、物品の美的外観自体(外形)を保護対象とし、それを通じて外観の創作を保護していくという法体系となっています。意匠のみの保護では創作全体を保護できないので、意匠の類似範囲も創作の範囲と考え、保護範囲としています。
B商標法
保護法益・・・・業務上の信用(GoodWill)
保護対象・・・・商標
商標法でも、意匠法と同様、保護法益と保護対象は異なります。ここでは、商標を登録することで商標に化体した業務上の信用を保護することとしております。さらに、業務上の信用を保護するためには、商標のみの保護では不十分であり、類似範囲も他人の使用を禁止して業務上の信用が害されないようにしています。
保護手法の相違
このようなことから、各法では、その保護のための手法が異なっております。
意匠法でいう意匠は、意匠の創作が物品上に具体化されたものであって、具体的な物品の外観として視認しうるものです。特許法でいえば、技術思想が化体した実施例に相当します。特許法では、保護法益(発明)を直接特定し、それを保護対象(発明)として保護することとしたので、類似概念は不要です。換言すれば、実施例を中心に保護を計るのではなく、技術思想という抽象概念を中心に保護体系を組み立てております。(特許法においても、意匠法のように、実施例を中心に保護を計るということも不可能ではないでしょうが、実施例を中心に、どういう概念思想を発案したのかを宣言させる方が、保護範囲がはっきりするというのでしょう。)
なお、保護対象を特定するために、明細書という文章による手段が、技術思想である発明を表現し特定する上で最も便利です。
3.上記した保護対象と保護法益を各法毎に対比すると以下のように図示されます。
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保護対象 |
発明 |
考案 |
具体的物品の外観 |
商標 |
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発明 |
考案 |
美的アイデア |
good will |
特許や実案法では、保護対象と保護法益が一致しています。特許では思想である発明・考案を直接保護しているのに対し、意匠法では、物品の美的アイデア(思想)を直接保護するのではなく、具体的物品の外観自体を通して間接的に保護しています。商標法も同様に、商標(マーク)を保護することで商標に化体した業務上の信用(good will)を間接的に保護してます。
この点が、各法の体系に大きく影響しております。
特・実
○○○○○●●●●●●●●●●○○○○○
|||||←←←実施例→→→→|||||
←←←←←←←発明/考案→→→→→→→→
←←←←←←←明細書→→→→→→→→→→
←←←←←←←審査の対象→→→→→→→→
←←←←←←←審査の範囲→→→→→→→→
←←←←←←←独占排他権→→→→→→→→
意匠
○○○○○●●●●●●●●●●○○○○○
|||||←具体的物品の意匠→|||||
←←←←←←美的アイデアの範囲→→→→→
|||||←←六面図→→→→→|||||
|||||←←審査の対象→→→|||||
←←←←←←←審査の範囲→→→→→→→→
←←←←←←←類似の範囲→→→→→→→→
←←←←←←←独占排他権→→→→→→→→
商標
○○○○○●●●●●●●●●●○○○○○
|||||←商品に関する標章→|||||
←←←←←←業務上の信用の範囲→→→→→
|||||←指定商品/標章→→|||||
|||||←←←審査の対象→→|||||
←←←←←←←←類似の範囲→→→→→→→
←禁止権→←←←独占排他権→→←禁止権→
上の図から明らかなように、
★特・実では、保護対象と保護法益が一致しているので、保護対象を明細書・図面に開示させ、特許請求の範囲に特定させる(特36条)ことで、それがそのまま、保護範囲として特定(特70条)されます。
審査は、明細書の特許請求の範囲についてなされ、新規性・進歩性の判断は、特許請求の範囲に記載された発明自体がその対象となります。
発明・考案は、その奨励・利用による産業の発達のため、その開示の代償として独占排他権が与えられますが、陳腐化した発明等を永久的に保護することは、かえって産業の発達を阻害するので、存続期間を定め、一定期間後は公衆に自由技術として解放されます(特67条)。
★これに対し、意匠では、美的外観(美的アイデア)を文章化できないので、原則として六図面で具体的物品の意匠を特定し出願し、審査の後、登録します(意6条)。しかし、意匠のみを審査しただけでは、美的アイデア(創作)の範囲全体を審査したことにはなりません。そこで、新規性の判断に類似概念を用い、公知意匠に類似した場合、その意匠は新規性なしとしています。
また、権利範囲についても、図面に特定された範囲のみならず、類似範囲にも独占排他権を認めており、創作の保護を図っています(意23条)。
意匠もまた、創作奨励・利用による産業の発達のため、その開示の代償として独占排他権が与えられますが、永久的に保護することは、かえって産業の発達を阻害するので、存続期間を定め、一定期間後は公衆に自由技術として解放されます(意21条)。
以上のことは、意匠法(及び青本)で、「意匠」という言葉と、「意匠の創作」という言葉を使い分けていることからも伺えます。
★商標では、出願に際し、商品と標章とを特定します(商5条)。審査は、指定商品と標章につき行われ、登録されますが、指定商品と標章のみの審査、登録のみでは、業務上の信用の範囲をすべて保護できません。そこで、類似概念を導入し、類似範囲は、業務上の信用が及ぶ範囲であると擬制し、審査の対象とし、保護範囲としました。但し、業務上の信用を蓄積するための使用の確保は、指定商品と標章の範囲で足りるので、独占権はその範囲のみとし(商25条)、類似範囲では、他人による業務上の信用の毀損行為のみを排除できればよいので、排他権(禁止権)のみを設定しております(商37条)。
さらに、業務上の信用が類似範囲を越えて拡大したときは、防護標章登録により禁止権の範囲を拡大できるようになっています(商64条)。
また、業務上の信用は、商標を使用している限り、維持・蓄積されるので、法は、存続期間を更新することで、商標権に永久権としての性格を与えております(商19条)。
以上のように、保護対象の特質に応じて法体系が構築されていることを理解していれば、法の理解がよりしやすくなります。
特許法では、明細書の記載=発明を中心に法体系が成立しているといってよいので、この意味において明細書の記載の重要性を理解していただきたいと思います。