補正の制限と明細書(平成5年改正特許法による補正の制限)
明細書・図面は技術文献及び権利書としての意義を有するため、出願当初より正確かつ完全であることが望ましいものです。
しかし、無形思想たる発明を完全な文章で表現することは容易でなく、特に出願を急ぐ先願主義の下はなおさらです。また、当初完全であると思っても、拒絶理由通知や特許異議申立を受けた場合、対抗手段として補正したい場合もあります。
このような場合、補正を認めて出願人を保護する必要がありますが、無制限に補正を認めると出願処理の円滑な進行を妨げるとともに、補正が遡及効を有することから先願主義に反し第三者に不測の損害を与えかねません。
そこで、法は一定の期間的、内容的制限の下に補正を認めることとしています。
ところで、平成5年改正特許法により、出願後における明細書の補正の許容される範囲が大幅に制限されることとなりました。そこで、明細書を作成するに当たっては、この補正の制限を十分理解し、将来補正を必要としないように、できるだけ完全な明細書を作成することが要求されます。
平成5年改正特許法による補正の制限
補正は出願人が任意に行う場合もありますが、通常審査の段階で拒絶理由通知に対抗して行われることが多いものです。
平成5年の法改正により、審査において拒絶理由通知は通常、「最初の拒絶理由通知」と「最後の拒絶理由通知」の2回となりました。
そして、補正範囲を最後の拒絶理由通知の前後で異ならしめてあります。
最初の拒絶理由通知に対して、あるいは、最初の拒絶理由通知を受ける前には、開示範囲内でクレームを自由に補正できます。そして、明細書の補正にあたり、新規事項の追加は禁止されております。
最後の拒絶理由通知に対しては、新規事項の追加禁止のみならず、非限定的減縮の補正が禁止されています。すなわち、クレームの限定的減縮、請求項の削除、誤記の訂正、審査官が指摘した不明瞭な記載の釈明を目的とする補正のみ許されるのです。
以下、補正の制限について説明します。この補正の制限は、国際的ハーモナイズを考慮してあり、欧米、特にヨーロッパ特許法での扱いに近いものです。今回の説明では、ヨーロッパとの比較もしてみました。
補正のできる範囲
(1)新規事項の追加禁止 補正は最初の開示範囲に限られます。
何が新規事項となるのか?=「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的にかつ一義的に導き出すことができない事項」です。
(1−1)クレームの補正
(例1)クレームの構成要件が「A+B+Cからなる装置」であったとします。明細書中にはCの下位概念に属する実施の形態としてC1、C2が記載されていたとします。この場合「A+B+C1からなる装置」「A+B+C2からなる装置」にクレームを補正可能です。しかし、Cの下位概念であっても、明細書に開示されていないC3をクレームに追加できません。すなわち、「A+B+C3からなる装置」に変更することはできません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例2)「弾性体」の例としてスプリングが記載されていたが、ゴムは記載されていなかった場合、ゴムが弾性体として当業者に周知であっても、ゴムは新規事項となりクレームの弾性体をゴムにする補正はできません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例3)例えば「AとBからなり、前記Aはa,b,c,dの中から選ばれる1であることを特徴とする・・・」といったマーカッシュ形式のクレームは構成要件(a,b,c,d)のいずれかを削除することができなくなる場合がある。
Aの選択枝として、a,b,c,dを例示列挙し、しかもクレーム化していたが、dとBとの具体的な組み合わせ実施の形態がなかったとします。審査でa、b,cとBとの組み合わせ例が引用され、dとBとの組み合わせに限定しようとしてもこのような補正は許されません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例4)当初のクレームに「20℃から40℃の温度で加熱し」との記載があった。30℃から50℃で加熱する例が引用された場合、「20℃から30℃未満」の範囲に限定しようとしても、その範囲に限定することの意義が当初の明細書に記載されていない場合、そのような補正は許されません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例5)除くクレームとする補正は新規事項の追加ではない=補正前のクレームはそのままにしてその一部(先行技術部分)を除外することを明示する補正
ヨーロッパ:同様の扱いです。Disclaimer(一部放棄)の制度
(1−2)発明の詳細な説明の補正
(例6)前記例1において、発明の詳細な説明にCの例としてC3を追加することは許されません。すなわち、下位概念であっても、追加できません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例7)前記例2において、「弾性体」の例としてゴムを詳細な説明に追加することは許されません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例8)クレームに「AとBからなる組成物」とあり、「A」の例として、A1、A2、A3を使用できる旨の記載があったとします。しかし、実施の形態としてA1とB、A2とBの組み合わせは記載されていたが、A3とBとの組み合わせは記載されていなかったとします。この場合、A3とBとの組み合わせの実施の形態は追加できません。
原則として実施の形態の追加や、実験データ、物性等の追加は新規事項とされます。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例9)Aという目的、A’という効果のみ記載されているとき、Bという目的、B’という効果に変更できません。(旧法下では、引例との関係で目的、効果の交換をすることが技術分野によってはけっこう多かったが新法では許されません)
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例10)詳細な説明中にAという記載があり、一方このAと矛盾するBという記載もあった。いずれが正しいか明細書、図面からは判断できないとき、その整合をとるような補正は新規事項の追加であり、許されません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例11)詳細な説明に、発明開示の一貫としてある学会誌に発表された論文名のみを引用したとします。この文献の内容を補充する補正は新規事項の追加です。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例12)作用の追加は、実施の形態の作用、機能、図面などから直接的、一義的に導き出せる場合可能です。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例13)単なる文献名の追加は新規事項ではない。しかし、その文献内容に応じて解決課題や効果を変更することはできません。
ヨーロッパ:同様の扱いです。但し、当業者が一義的に導き出せるものであれば課題や効果を追加できる。
(2)「最後の拒絶理由通知」に対する補正
最後の拒絶理由通知に対しては、クレームの限定的減縮、請求項の削除、誤記の訂正、審査官が指摘した不明瞭な記載の釈明を目的とする補正のみ許されます。
クレームの限定的減縮とは、以下の各要件を満たす場合です。
(2−1)特許請求の範囲の減縮であること。
(2−2)補正前請求項に記載された「発明を特定するために必要な事項」 の全部または一部の限定であること。
(2−3)補正前後で「解決しようとする課題」と「産業上の利用分野」が同 一であること。
(2−4)独立して特許可能であること。
以下、具体例を上げて説明します。
(例14)直列的に記載された構成要件の一部の削除は減縮ではありません。
詳細な説明にA+Bが開示されていても、クレーム「A+B+C」を「A+B」に補正できません。最後の拒絶理由を受ける前に、特許の可能性のある構成の組み合わせをすべてクレームアップしておく工夫が必要とされましょう。
ヨーロッパ:「A+B」に補正できる。但し「A+B」についての新たな調査料が必要。
(例15)構成要件の直列的付加は減縮補正ですが、補正は、補正前請求項に記載された「発明を特定するために必要な事項」の全部または一部の限定であることを要するので、詳細な説明にA+B+C+Dが開示されていても、クレーム「A+B+C」を「A+B+C+D」に補正することはできません。これに対する救済は分割出願によります。
ヨーロッパ:「A+B+C+D」に補正できる。但し「A+B+C+D」についての新たな調査料が必要。
(例16)「AとBからなり、前記Aはa,b,c、dの中から選ばれる1であることを特徴とする・・・」といったマーカッシュ形式のクレームにおいて、構成要件(a,b,c、d)に択一の要素(e)を付加して、「前記Aはa,b,c、d、eの中から選ばれる」とする補正は、たとえ詳細な説明中に(e)の記載があっても許されません。これを生かすには分割出願によります。
ヨーロッパ:「前記Aはa,b,c、d、eの中から選ばれる」とする補正可能
(例17)択一的記載の要素の削除は減縮であり許されます。よって、「AとBからなり、前記Aはa,b,c、dの中から選ばれる1であることを特徴とする・・・」を「AとBからなり、前記Aはa,b,cの中から選ばれる1であることを特徴とする・・・」(但し、新規事項の追加に該当しないことを要件とする)。
ヨーロッパ:同様の扱いです。
(例18)請求項を増加する補正は許されません。但し、n項引用請求項をn−1項引用形式に修正した結果の増加は許されます。例えば、「A機構を有する・・請求項1から3のいずれかに記載の・・装置」を「A機構を有する・・請求項1に記載の・・装置」と「A機構を有する・・請求項2に記載の・・装置」に分けることは許されます。
ヨーロッパ:請求項の追加は可能です。
(例19)上位概念から下位概念への変更は減縮であり許されます。例えば「弾性体」を「ゴム」に変更する補正です。
ヨーロッパ:同様の扱いです。