クレーム解釈の裁判例と明細書


  ここでは、実際の訴訟で、クレーム解釈がどのようになされたのかを振り返り、明細書のあるべき姿を検討してみましょう。

 クレームの解釈に当たっては、解釈原則を同じように適用しても、保護範囲がクレーム文言の内容を充実させてゆく場合と、逆に狭く限定される場合の双方の解釈があるということがわかると思います。

☆人工ダイヤモンド製造装置事件(東京地裁 昭和59.10.26)では、「明細書の記載は、発明者が創作した技術思想を説明したものであるから、その文言には発明者自身が発明の内容と認識したところが表現されているものであるところ、客観的立場にある当業者が、明細書の記載から、記載された技術思想を越えてより上位の技術思想に容易に想到し得ることもあり、また、明細書に記載された記載の構成のうち、重要な一部分のみでも、同様の目的を達することができることに、容易に気づくこともあると考えられる。しかし、このような場合に、明細書が当業者の立場において解釈されるべきであるとの故をもって、より上位の技術的思想や構成の重要部分のみが発明の内容であると解することは許されない。当業者が容易に想到し得る以上、右の上位の技術思想等は別個の特許たる要件を欠くものであるが、そのことを、右の上位の技術的思想等が当該発明の技術的範囲に含まれるか否かとは、別の問題であって当該発明の技術的範囲は明細書の発明の詳細なる説明及び図面に開示され、特許請求の範囲に記載されたところに基づいて確定されるべきは当然である。」としています。

 特許請求の保護範囲的機能からすれば、このような解釈とすべきことは、大原則でありましょう。

☆アクリルアミドの採取方法事件(東京地裁 昭和51. 5.26)では、さらに「特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ、特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないことになっているから、ある方法が、ある特許発明の技術的範囲に属するか否かの判定に当たり、特許請求の範囲の記載によって表現されている当該特許発明の構成要件それ自体とは別個に、その本質的な要件というものを抽出し、あるいは、構成要件につき軽重の差を設けて重要でないものとするものを捨てたうえ、これらとの対比を行って、ある方法が当該発明の技術的範囲に属する旨判断することは許されないことであり、当該特許発明の構成要件とされているものすべてとを対比し、上記要件を充足するときはじめてある方法が当該特許発明の技術的範囲の属する旨判断できるのである。」としています。

☆ナリジクス酸事件(東京地裁 昭和51. 7.21)では、「特許請求の範囲に記載のないものは、その記載がなくとも特許請求の範囲の記載自体から記載が省略されていることが当業者であれば誰がこれを見ても分かるような場合は別として、その記載があるものとして、それによって特許発明の技術的範囲を定めることは出来ないものである。」としています。

 「当業者がみれば、だれが見てもわかる」というようなことは、つい明細書で説明し損なうことがあります。特にクレームに記載した技術用語の定義が「当業者用語」であった場合、その意味が後に第3者にとって不明となる可能性があるので注意を要するでしょう。

 「明細書は、当業者にさえわかればよい」とするのではなく、その分野の門外漢にもわかるように平易に書くことが、後の争いをなくす上で重要でしょう。

☆電気かみそり事件(大阪地裁 昭和61. 3.14)では、「明細書の登録請求の範囲の文言の意味の内容を解釈確定するに当たっては、その文言の言葉としての一般的抽象的な意味内容のみにとらわれず、詳細な説明の欄に記載された考案の目的、その目的の手段としてとらえられた技術的構成及びその作用効果をも参酌して、その文言により表された技術的意義を考察したうえで、客観的、合理的に解釈・確定すべきである。」としています。 よって、詳細な説明に記載した当業者の認識の限度で、クレーム文言が解釈されてしまう場合があるので、この点を考慮し、常に、認識した限度以外にも、同じ作用をする他の構成があるのでは?等の疑問を持ちつつ、できるだけ広い範囲でのクレーム化と、詳細な説明での記載を心がける必要があるでしょう。

☆柱等保護具事件(大阪地裁 平成 1. 5.30)は、「明細書を参酌してクレームにおける「鋭角」をもって、厳密な意味での「鋭角」であるとせず、明細書の記載及び対象物件との作用効果の対比の上で、鋭角に準ずる角度(90°)に近い角度もこれに含まれる」と解釈して侵害を肯定したものです。

 この解釈では、権利者にとって幸いにも有利に解釈されましたが、このような角度限定をする場合や、その他温度や各種数値限定をする場合、特定の数値に限定することは危険であることを念頭において下さい。これと同様な場合として、直角、U字状等の形状の特定なども、発明の本質からみてそのような特定でよいのか再検討しておく必要があります。

☆風力推進装置(ウインドサーフィン)事件(東京地裁平成 2.12.14)では、「本件明細書において、「ユニバーサルジョイント」の語が記載されている箇所として、特許請求の範囲の項、発明の詳細な説明の各記載箇所および図面の簡単な説明の項の記載を引用した結果、「ユニバーサルジョイント」として具体的に構造が示されているものは、実施例である三軸線ユニバーサルジョイントのみである。本件の特許請求の範囲の項における「該ブームをにぎる前記使用者が前記帆を前記波乗り板で回転及び起伏させることができるように前記円柱を前記波乗り板に連結する「ユニバーサルジョイント」との記載は、「ユニバーサルジョイント」の作用ないし機能を説明したに過ぎないものであって、これが如何なる構造のものであるか、その構成については何ら説明するものではない。本件明細書においては、その実施例として、唯一、三軸線「ユニバーサルジョイント」の構成が説明及び図面によって示されているに過ぎない。以上によれば、被告製品に用いられるジョイントは、本件発明ユニバーサルジョイントに該当しない。」とし、作用的記載の限界を示しています。

 クレームの文言があまりにも抽象的であるとき、あるいは、クレームの用語の概念が広すぎ、発明の本質からして、その発明の成立上で必要である具体例も必要でない具体例も含むような場合、実施例に限定解釈されるおそれがあります。

 従って、クレームの用語はそれがどの範囲の具体的技術を含むのか、実施例レベルで多くの例示をして、できるだけ広い解釈が与えられるようにしておくことが重要となってくるでしょう。

☆多孔性成形体(発泡性ポリスチロール)事件(東京地裁 昭和48. 4.20)では、「この特許は、発明者乃至出願人が創作し認識した技術的思想の範囲内において、請求した限度について付与されるものである。」とし、「本件発明における易揮発性有機液体は、これに限定して出願されたものであり、発泡剤ブタンにまで及ぶという均等論を論ずるまでもない。・・・発泡剤として気体発泡剤をも出願発明の範囲に含ませようとするのであれば、容易にその旨を記載することができるし、また、特段の事情がない限りその旨明示するのが通常であるといえるから、前認定のとおり、本件特許発明の明細書がその旨うかがえる記載さえせず、特段の事情も認められないということは、発泡剤を一定の易揮発有機液体に限定し、これに気体を含ませないことを要旨の一部としているものというに少しの妨げもない」と判示しています。

 この判決も、クレームの記載が、実施例で十分にサポートされるべきことを要求しています。

☆自動車用スキーハンガー締輪取付装置事件(東京地裁 昭和51. 6.16)では、「本件考案出願当時の合成樹脂成型の技術分野においては、閉口部がテーパー状になっているものも、段部になっているものも共に、本件考案におけるような締輪取付装置に使用する場合には同一の効果をもつものとあらかじめ判断して設計を行うことが極めて容易であり、当時の成型技術者が直ちに採用し得る技術であると認められるが、そうであるとすれば、出願人が段部のものも本件考案に包含されるようにして出願できた筈である・・中略・・のに、本件明細書には段部のものも包含することを示唆するような記載は全くテーパー部を設けることのみが記載されているのであるから開口部の形状はテーパー状のものに限られるものといわねばならない」とし、クレームの「他端にテーパー部を設けたピン受け入れ」は段部を含まないとしています。

☆ブロック玩具事件(大阪地裁 昭和43. 5.17)では、「第三者の製品が登録実用新案の明細書の登録請求の範囲に記載の要件の一部を欠如するときは、右記載が考案の詳細な説明に記載された考案の構成の欠くことができない事項のみを表現している限り、第三者の製品の特徴と登録請求の範囲の記載との間に共通する部分があっても、一般には権利侵害の問題を生ずることはない。それは、登録請求の範囲に記載の構成要件は一体となって有機的に結合し、1つの纏まった技術思想を表現しているのであるから、全体として保護を受けることができるのであって、その各要件が独立して保護されるものではないからである。しかしながら、第三者が実用新案の考案の作用効果を低下させる以外には他になんらすぐれた作用効果を伴わないのに、専ら権利侵害の責任を免れるために、殊更考案構成要件からそのうち比較的重要性の少ない事項を省略した技術を用いて登録実用新案の実施品に類似したものを製造するときは、右の行為は考案構成要件にむしろ有害的事項を付加してその技術思想を用いるにほかならず、考案の保護範囲を侵害するものと解するのが相当である。」とし、不完全利用(改悪実施)論を適用しております。

☆断熱材事件(福島地裁郡山支部 昭和59. 4.26)では、「一般に第三者の製品が、@実用新案登録にかかる考案と同一の技術思想に基づきながら登録請求の範囲のうちの一つで比較的重要度の低いものを省略し又は他の構成と置換したものであって、A右考案に基づいて、右省略ないし置換することが当業者にとって極めて容易であり、B右省略、置換により他に格別の効果をもたらさず、却って当該考案よりも効果の劣ることが明白であり、したがって技術的完全を期する限りそのような省略、値化をするはずがなく、結局登録請求の範囲を知ってこれを回避するために敢えて技術的に劣る右のような手段を採ったと推認されてもやむをえないものであり、Cそのような改悪によってもなおかつ当該考案の目的とする特別の作用効果を奏し得ているときには、右製品はなお当該考案の技術的範囲に属するのが相当である。けだし、これにより当該実用新案権の保護を全うならしめるとともに、第三者の法的安定性を害することもないからである。なお、付言するに、実用新案登録請求の範囲には考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならないとされ(実用新案法5条4項)、したがって、登録請求の範囲の記載はいずれも必須不可欠の要件から成るものであって、当該考案の技術的範囲を確定するに際し、ある構成要件を無視、除外することは許されないところであるが、このことは一つの考案を構成するいくつかの構成要件相互間にその重要性の度合に差異がある場合のあること、そして技術的範囲を確定するにあたり右重要度の差異を考慮することを排斥するものではない。」としております。

☆ドアノブ飾り事件(東京高裁 昭和59. 4.25)では、「不完全実施論ないし改悪実施論の容認は、請求の範囲中に考案の構成に必須でない事項があることを認める結果となり、公開された公報に客観的に公示された請求の範囲の記載の一部を無視して技術的範囲の確定を求めることになるから、右の考えは現行法上採用に値するものとはいえない。」とし、均等の適用除外の解釈をしております。

☆空気調和材取付金具事件(大阪地裁 昭和63. 5.12)では、「そもそも、発明や考案の各構成要件要素の間に軽重の差を設けることができるか否かということ自体問題の存するところである。」としております。

☆炭車トロ事件(最高裁 昭和37. 12. 7.)は、「特許請求の範囲の文言を解釈するにあたっては、解釈の結果、公知技術が特許請求の範囲に含まれるような解釈を行ってはならない。」とし、公知技術参酌の原則を示しております。

☆液体燃料燃焼装置事件(最高裁 昭和39. 8. 4)では、「出願者は、その登録請求の範囲の項中往々考案の要旨でなく、単にこれと関連するにすぎないような事項を記載することがり、また逆に考案の要旨と目すべき事記の記載を遺脱することもある」「『登録請求の範囲』の記載の文字のみに拘泥すること無く、すべからく、考案の性質、目的または説明書および添付図面全般の記載をも勘案して、実質的に考案の要旨を認定すべきである。」としております。

☆精穀機の自動停止装置事件(大阪高裁 昭和60. 5.28)では、「同一の技術が出願前既に公知であったにもかかわらず、誤って公告又は登録されている特許発明の技術的範囲確定またはクレーム解釈に際し、格別の配慮をすることは首肯できるとしても、異なる公知技術と比較して当該発明が特許法第29条2項規定の進歩性を欠くと判断することはそれ自体、司法裁判所がクレーム解釈に名をかりて、結果として特許庁の裁量的専権を行使するに等しく相当でない。」としております。

☆食品収納容器事件(大阪地裁 昭和62. 9.30)では、「進歩性の判断は出願時の技術水準を把握した上で、公知技術から当該考案を極めて容易に予測できたものであるか否かを検討してなされなければならないことに鑑みると、実用新案権侵害訴訟において、裁判所が進歩性の有無を判断することは通常困難であるといわざるを得ず、進歩性欠如が明白な場合はともかく、一般には進歩性の欠如を理由とする主張は容れることは許されないものと解するのが相当である。」としております。

☆メラミン事件(富山地裁 昭和45. 9. 7)では、「被告は、本件特許出願の手続きの経過の面に現れた原告の意志なども勘酌して温度条件の上限を画すべきもののように主張するけれども、すでに明細書全体を検討し、出願当時の技術水準に照らしてみて温度条件を明かにすることができる以上、本来一般の知るを得ない特許出願手続きの経過面に現れた出願人の意思などのごときを考慮する余地はない」、「本件特許発明の目的とするところは上記のとおり溶剤等を使用しないで容易にメラミンを得ようとするものであるけれども、そのことのみをもって直ちに加熱の方法を限定しているということはできない」、「被告方法が用いている加熱方法を本件特許優先権主張日当時においては考え出すことは決して容易な事柄ではなかったと認められるけれども、このような加熱の手段方法として優れる点があって、それが新規に特許の対象足るべき発明にあたる場合であるにせよ、本件特許発明にいわゆる加熱であることには変わりがない」とし、出願経過を当然には参酌しえないとした。

☆ナリジクス酸事件(東京地裁 昭和51. 7.21)では、「詳細な説明の参酌は、特許請求の範囲自体では技術的範囲を画然とは定め得ない場合についてのことであって、詳細な説明に記載されているからと言ってその記載を参酌して、特許請求の範囲に記載がなくても当然記載されてあるものとして技術的範囲を定めることはできないのはもちろん、出願経過その他から出願人の意思を探究して特許請求の範囲に記載のない事項を記載されているものと解釈することも許されない」、「出願人が特定化合物の製法につき特許権付与を求める主観的意図を有していたことは推認できるが、特許請求の範囲が一義的に明白なときには、主観的意図や特許庁の見解などを参酌として権利範囲を定めることはできない」、「特許請求の範囲には置換基Qに相当する記載がない」としております。

☆ゴルフ手袋事件(東京地裁 昭和47. 9.18)では、「明細書の記載に基づいてその技術的範囲を確定し得るものであるから、その解釈のために出願の経過を参考にすることはそもそも相当でない」としております。

☆選穀機事件(大阪地裁 昭和57.11.30)では、「疑義のあるときはこれを明瞭にするために無効審判での特許権者の開陳見解を参酌することも許される」としております。

☆殺虫性組成物事件(東京地裁 昭和47. 1.31)では、「ポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ポリスチレン、スチレン−アリルアルコール重合体樹脂及びジスアクリル樹脂のうちから選択された分子量1000以上の個体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質を含有するものであること」、「固体状有機巨大分子物質及び一般式…を有する殺虫性有機燐化合物を含有する殺虫性組成物」、「5種の担体を除いてすべて削除してしまった」、「担体について右5種の物質以外のものにまでわたってこれを含ましめる意思を明らかにしてない」、「限定は出願人がこれを意識的にしたものといわざるを得ない」とし、意識的限定論を適用しております。

☆石油燃焼器具用芯事件(大阪地裁 昭和57.10. 5)では、「ある考案の出願から登録に至る過程において、登録出願人が、特許庁による拒絶理由通知、拒絶査定に対する意見、登録異議の申し立てに対する答弁、さらには補正書などで、右拒絶理由、異議の理由に対応して、意識的に登録請求の範囲に限定を加えた場合には、出願までに存していた公知公用の技術、出願から登録に至る過程で特許庁が示した見解などと共に、登録出願人が示した限定意図をも参酌した上で、当該考案の技術的範囲を定めるのが相当である」としております。

機能的あるいは抽象的クレームの解釈

☆ボールベアリング自動組立機事件(東京高裁 昭和53.12.20)(東京地裁 昭和51. 3.17)では、「本件発明における「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件の技術的意味も、図面及び明細書全体の記載から、そこに如何なる特定の技術的思想が開示されているか合理的に解釈して確定するほかはない。本件の構成要件はきわめて機能的、抽象的に表現されており、しかもその技術的意味内容が明細書の記載や技術的常識から明瞭であると言えない以上、明細書に記載されている実施態様に開示されている具体的な技術的思想を知ることによって、その意味を確定すべきものであり、これを一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定することは、当を得ないとしても、機能的、抽象的に表現された構成要件であることに事寄せて、本来その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に明細書に開示されていない技術的思想までも当然に含ませうるものであってはならないことは明らかである。

 以上の通りであるから、本件発明における「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件は、「計測手段と組立手段とが作動上相互に規制され、いわば1対1の対応関係をもって作動するという不可分の関連性を有している」ことであると解するのが相当である」としております。

クレーム解釈と均等論

☆発泡性ポリスチロール(スチロピーズ)事件(大阪地裁 昭和36. 5. 4)では、「均等物、均等方法とは、先行の特許発明の技術思想からみてある物質または方法が特許発明の技術要素と機能を同じくし、これを取り換えてみても同一の作用効果を生じ、いわゆる置換可能性のあることと、そのことが特許出願当時における平均水準の技術家にとって、容易に推考しうる場合であることを条件として特許発明との同一性を認める概念であるから、技術思想の基礎たる自然法則が異なり、初めから発明として別個のものに属するときは均等物、均等方法の概念を適用する余地もないものといわなければならない。」としました。

☆ポリエステル事件(大阪地裁 昭和42.10.24)では、「特許発明の均等方法とは、原告の主張するように、本質的に同一(本質的に同じもの)の原料を用いて同一の手段を施し、本質的に同一(その効果において全くひとしい)の目的物を生成する方法ではなく、特許発明の技術的思想からみてある方法が特許発明の技術要素と機能を同じくし、これを取り換えてみても同一の作用効果を生じ(置換可能性)、かつ、そのことが特許出願当時(または優先権主張日当時)における平均水準の技術家にとって容易に推考しうるような(予測可能性)方法であると解するのが相当である。」とし、また、「特許明細書による発明の公開が、一般人に対してではなくてその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者を名宛人としてなされるものであることは、特許法第36条4項の規定に照らしても明らかなところであるから、特許明細書の特許請求の範囲の項に明示されていない技術的思想であっても、右のような知識を有する者が明細書の全体を合理的に理解した結果、自己の専門知識と特許出願当時に公知であった穿孔技術とに基づいて、それが明細書の中に疑問の余地のないほどに明確に含まれていると容易に判断できるような場合には、かような技術的思想もまた包含されたものとして、特許権による保護の対象とされるといわなければならないのであって、特許権の保護が均等物、均等方法にまで及ぶとせられるのもそのゆえにほかならないのである。」としております。

☆ベルクロファスナー事件(大阪地裁 昭和47. 6.26)では、「一般的に均等物、均等方法であるというためには、当該物または方法が他の特許発明の構成要素と機能を同じくし、これを取換えてみても作用効果が同一であり、かつ特許出願当時の当該技術分野における平均的水準の専門家にとって右置換可能を容易に類推できる場合でなければならない。」としております。

☆原木皮はぎ機事件(旭川地裁 昭和58. 3.24)では、「実用新案の構成要件に一部を他の要素に置換した考案について、その要素が実用新案の構成要件と目的及び作用効果において同一であるがゆえに置換が可能であり、かつそのように置換えることが実用新案出願当時における当業者であれば容易に推考できる程度のものある場合には、その技術は均等として実用新案の保護範囲に含まれるものと解する。」としております。

☆風呂釜事件(東京高裁 昭和33.2.27)では、「前者がその接着部分において下部を逆載頭円錐形の拡大部とし、上部をこれに嵌合させ自動的にセンターリングを行うものであるのに対し、後者は上下両端を外方に打出してフランジとし、その間に石綿パッキング板を挟み、これらを予め嵌合してあった環状座金によってボルト、ナットで緊締したものである点即ちその接着手段において差異がある。然るにこれ等接着手段はいずれも管、筒その他の類似物の連接をする場合に普通に用いられる手段であることは当裁判所に顕著なところであって、状況その他によってそのいずれかを採用するも当業者の容易にし得るところと解されるから、両者はその差異に拘わらずその構造が類似していると認めざるを得ない。」としております。

☆塩酸メクロフェノキセート事件(大阪地裁 昭和49.7.30)では、「特許発明にかかる新規物質を得る事を目的とし、特許方法中これに固有の発明的性格を有する新規部分を共通にし、その余の部分は特許の優先日当時、化学教育を受けた当業者であれば格別研究に値する努力をしなくても、公知の知識、当業者の常識に基づき特許方法から容易に推考し得る範囲の実施形式については、発明者において特許発明とともに、右実施形式も均等の技術として発明を完成していたと認めるのが相当である。したがって、特許公報により、新規な薬効を有する化合物の化学構造、融点等が教示され、その製造方法の実施例について当業者を含む一般に開示がなされるときは、前記の要件を充足するような均等技術についてはたとえ説明がそこまで及んでいなくても、当業者においてそれを推考することが容易である筈であるということができるのであるから、右発明の開示は右均等方法をも含めて暗黙裡に教示しているものと解しなければならない。そうすると出願人において右均等方法につき権利を主張しない旨を表明したこと、その他特許の保護範囲から右均等方法を用いる製法を除外して解釈すべき等特段の事情

がない限り、第三者が右均等手段を用いる製法を用いることは特許発明に属する技術を剽窃することに外ならず、これに因り特許権者の権利を害するものといわなければならない。」としています。

☆折畳みドア事件(東京地裁 昭和33. 4. 1)では、「数個の構成要素の結合した全体が実用新案権の権利範囲とされる場合には、各構成要素相互間の比重−当該実用新案権の構造における重要性−を理解するため、各要素と公知公用の型との関係を考察することは欠くべからざる事項といわざるをえない。しかして各要素と公知公用の型とを比較検討した結果、甲要素についてとくに公知公用の型との類似性が著しく、低度の新規性しか認めることができなくなったような場合には、当該実用新案権の権利範囲を確定するに際し、甲要素を全く除外することは叙上のように許されないけれど、他の要素と比較して弱い効力−重要部分ではないとの解釈作用を行うべきことは、図面及び明細書の合理的解釈として当然許されるべきところであると解する。」とし、クレームの要部認定による均等論を適用しております。

☆範囲確認審判審決ニ対スル上告事件(大審院判決 昭和 2. 6.11)でも、「特許ノ目的タル工業的発明ノ効果ガ数個の考案ヲ合成シテ初メテ之ヲ達成シ得可キ場合ニアリテハ……中略……之等ノ考案ハ各自相聚リテーノ工業的効果ヲ生ズルモノナリト雖考案各自ノ特質ニ従ヒ発明自体ノ工業的効果ニ対スル地位ノ軽重必ズシモ同様ナルモノニアラズ。之ヲ「其ノ間軽重無差別ナリ」トシ「其ノ何レモ主要ナリ」トナスベキニ非ザルヤ明ナリ。故ニ或ル工業的発明ノ数個ニ付其ノ異同ヲ比較セントスルニ当リテハ、徒ニ各発明ニ包含セラレタル考案各個ヲ対等ニ併観比照シテ其ノ結果ヲ得ベキモノニ非ズシテ、先蒸気発明中ニ夫々包含セラレタル各考案ガ発明ノ効果ニ対スル影響ノ軽重ヲ甄別シ、其ノ主要ナルモノニ付両発明ノ異同ヲ対較シテ初メテ其ノ相似セルヤ否ヤヲ定ムベシ」とし、要部認定による解釈を行っております。

☆菓子製造器事件(大阪高裁 平成1. 9.28)では、「しかしながら、実用新案においても、考案の構成要件の一部を他の要素に置換した技術が考案の目的及び作用効果において同一であるがゆえに置換が可能であり(置換可能性)、且つ、そのように置換すること自体が出願時における当業者ならば、登録請求の範囲の記載から当然に想到し得る程度のもの(置換自明(置換容易)性)であって、更にその置換部分が考案の重要でない部分、即ち、非特徴的(非本質的)部分である場合に限り、その置換技術(置換された形状、構造)は考案のそれと均等であるものとすることができる。」としております。

☆リンクバンド事件(東京高裁 昭和44. 6.2)では、「この本件物件が連結片確保の構造を異にすることによる本件特許発明との作用効果上の差異については右に検討したとおりであって、かかるきわめて僅少の差異はさきに認定した本件特許発明の本質からすれば、もとより二義的なものであることは明らかであり、そして他方本件特許において、その結合湾曲片の確保手段をどこにどのように設けるかは、その本質のかかわることではないとともに、本件特許発明は、鞘、湾曲片、板発条の三部材のみから成るもので、右確保手段もこの三部材のいずれかに設けざるを得ないことは自明であって、この点について、本件特許発明の前記の構造が開示されている場合に、本件物件の前記の構造を採択することは、当業者の容易に考えるところといわねばならないから、単に本件特許発明における前記の確保手段を他の部材に移したにすぎない右の構造上相違は、結局単なる設計上の微差たるにすぎないものというほかなく、これによって本件物件が本件特許発明の技術的範囲に属しないとすることはできない。」としております。

☆スパイラルスプリング事件(東京高裁 昭和36. 5.23)では、「一般に設計とは、ある要求があり、それを満足する具体的手段を考案することであるが、これを特許についていえば、当該発明の要旨とする技術的思想を、公知の手段により、時には新規の手段によって具体化することを意味するものであって、その手段を均等物の置換(材料の変換)または常用技術の転換によって他の手段に変えることが、正当な意味におけるその発明の設計変更であるというべく、いかように設計変更されても、当該発明思想の具現されたものである以上、その権利範囲に属することについて異論をみないところである。これに反し、当該発明思想に包含されないものは、たとえこれから設計的に発明力を要せずして導き出されるものであっても、その発明の権利範囲に属するということはできない。けだし、あるものがある特許権の範囲に属するかどうかは、それがその発明の内容とする技術的思想に含まれているかどうかの問題であって、その発明から発明力を要することなく容易に実施できるかどうかの問題とは、明らかに区別して考うべきであるからである。」としております。

☆気房を有するプラスチック布帯事件(大阪地裁 昭和44. 5.30)では、「均等方法を用いることによる特許権の侵害は、特許発明が採用している具体的解決原理(あるいは技術思想)と同一原理に基づく構成あるいは実施方法とみられる範囲内においてのみ成立するのである。イ号方法が全体として特許方法は採用している原理あるいは技術的思想と全く異なるときは、たとえ出発物質、目的物質において同一性が認められるときでも、原理あるいは技術思想相互間において均等の法理を用いることが許されないことは言うまでもない。」としております。

☆スパイラル紙管製造機事件(大阪地裁 昭和51. 8.20)では、「本件特許公報中に、基点プーリーを設ける技術的意味につき、一個の基点プーリーを設けることによる作用効果が終始強調されているだけで、一個の基点プーリーに代え、二個の駆動プーリーを用いることについては、なんら触れられていないし、これを示唆する記載はない。要するに、本件特許公報、殊に特許請求の範囲の記載から『基点プーリー』について、二個の駆動プーリーを用いる本件機械の構成をも含む技術思想は引き出せない。本件特許発明において、一個の基点プーリーを設けるとの構成は、二本のベルトの巻芯に対する巻き掛け方法についての構成と緊密な関連を持ち、両者が本質的特徴をなす技術思想であることは既に述べたとおりである。したがって、一個の基点プーリーなる構成を具えてない本件機械における対応構成に対し、右代替はこの種機械の設計上慣用せられる技術手段であり、両者は自由な選択範囲に属する設計上の微差であるとか、出願時の技術水準からみて当業者に容易に実施し得る均等の手段あるいは本件特許権の追求から免れるための手段として成された改悪であるなどを理由として、原告が主張するところは、畢竟、本件特許発明の本質的特徴について変更を来さしえるものであって、採用することはできない。」としております。

<参考文献>

 以上、クレーム解釈に関する判例の調査研究 平成3年3月 財団法人 知的財産研究所からの抜粋要約


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