一出願で請求しうる発明の範囲 < 多項制 >
従来、特許法38条では一発明一出願を原則とし、特定の関係にある発明のみ併合出願が可能とされていました。これに対し、昭和62年改正特許法(昭和63年1月1日施行)第37条では、欧米並みの多項制を採用し、複数の発明について、一出願で出願できる範囲を拡大しました。
ある特定発明に対し次の関係を有する発明は、一出願で特許出願できることとなっております。よって、明細書を作成する場合、以下の要件を満たすか否かを考慮する必要があります。
第37条
@特定発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明
A特定発明と産業上利用分野及び請求項に記載する事項の主要部が同一である発明
B特定発明が物の発明である場合において、
■その物を生産する方法の発明
■その物を使用する方法の発明
■その物を取り扱う方法の発明
■その物を生産する機械、器具、装置その他の物の発明、その物の特定の性質を専ら利用する物の発明又はその物を取り扱う物の発明
C特定発明が方法の発明である場合において、その方法の発明の実施に直接使用する機械、器具、装置その他の物の発明
Dその他制令で定める関係を有する発明
以下、多項制についての審査基準の概要を説明します。
(1)第37条第1号、2号について
@特定発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明
A特定発明と産業上利用分野及び請求項に記載する事項の主要部が同一である発明
(基準1)産業上の利用分野の同一性
発明Xと発明Yの「産業上の利用分野」が同一であるとは、以下のいずれかに該当する場合をいう。
条件@ Xの技術分野とYの技術分野とが同一である場合
例◆「物」と「物」の場合
「六角形の鉛筆」と「消しゴム付き鉛筆」は、「鉛筆」という技術分野が同一
◆「方法」と「方法」の場合
「物質Xの製造方法イ」と「物質Xの製造方法ロ」は、「物質X」の製造という点で同一技術分野
条件A Xの技術分野とYの技術分野とが重複する場合
(XおよびYのいずれか一方の発明の技術分野が他方の発明の技術分野を包含する場合を含む。)
例◆「物」と「物」の場合
「鉛筆」と「筆記具」
◆「方法」と「方法」の場合
「蚊取線香の製造方法」と「殺虫剤の製造方法」
条件B Xの技術分野とYの技術分野とが技術的に直接関連性を有する場合
(a)XおよびYのいずれか一方の発明の技術分野の技術が他方の発明の技術分野に使用されるものとして、一方の発明の特許請求の範囲中に記載されている場合
例 「物」と「物」の場合
「金庫用とびら」と「金庫」
金庫用とびら が請求の範囲に記載あり
「方法」と「方法」の場合
「金庫用とびらの製造方法」と「金庫の製造方法」
金庫用とびら が請求の範囲に記載あり
(b)XおよびYのいずれかー方の発明の技術分野の技術が他方の発明の技術分野に使用することが極めて適切であると認められる場合
(当然、XおよびYのいずれかー方の発明の技術分野の技術が他方の発明の技術分野にのみ使用されるものと認められる場合を含む。)
例 「物」と「物」の場合
「とびら」と「金庫」
「方法」と「方法」の場合
「とびらの製造方法」と「金庫の製造方法」
(基準2)発明が解決しようとする課題の同一性
@ 例えば 従来技術としては、カメラの露光調節はすべて手動で行われていたときに、
「露光の自動制御を行う」という課題に関して、
◆「絞りを自動的に調整するという発明」と
◆「シャッタースピードを自動的に調整するという発明」
がなされた場合、発明が解決しようとする課題(すなわち露光の自動制御)
が同一であるからー出願が可能である。
二発明が一出願された場合、本条件を満たすかどうかの判断は二発明を包含する課題を考え、その課題が従来技術との関連において出願時において未解決であるか否か判断し、未解決と認められれば一出願可能となる。
A 従来技術として、シャッタースピードを自動的に調整する機構が既にある場合、
◆「絞りを自動的に調整するという発明」と
◆「シャッタースピードを高速で自動的に調整するという発明」
とは共通の未解決課題がないので一出願は不可となります。
(基準3)コンビネーション(全体:完成品)とサブ・コンビネーション(部分:部品)
完成品と部品のような関係にある発明同士を、コンビネーションとサブ・コンビネーションといいます。このような関係にある場合、双方を一つの願書で出願することができます。
発明a:
「光ファイバーの先端に円錐突起を有する金具を装着した雄型接続具と、
光ファイバーの先端に円錐孔を有する金具を装着した雌型接続具と、
からなる光ファイバー接続具(コンビネーション)」。に対し、
発明b:
「光ファイバーの先端に円錐突起を有する金具を装着した雄型接続具。」
(サブ・コンビネーション)及び
発明c:
「光ファイバーの先端に円錐孔を有する金具を装着した雌型接続具。」
(サブ・コンビネーション)
発明aと発明b :一出願可
発明aと発明c :一出願可
発明bと発明c :一出願可
発明aと発明bと発明c:一出願可
このように、コンビネーション(全体:完成品)に対し、サブ・コンビネーション(部分:部品)の請求項を作成して出願することは、部品のみを製造・販売する者がいる場合、これに対し侵害排除を行う上で重要となります。
サブ・コンビネーション同士は37条1号に該当し、一出願可能となります。
(基準4)最終生成物と一定範囲の中間体
次の例のように、製造過程における中間体とそれを用いた最終製品等の関係にある場合、37条2号の要件に該当することとなり、同一の願書で出願をすることができます。
発明a
式 X
で表される化合物(中間体)「抗ガン作用を有する物質の製造のための物質」と、
発明b
式 XX
で表される化合物(最終化合物)「抗ガン作用を有する物質」
(2)第37条第3号について
特定発明が物の発明である場合において、
■その物を生産する方法の発明
■その物を使用する方法の発明
■その物を取り扱う方法の発明
■その物を生産する機械、器具、装置その他の物の発明、その物の特定の性質を専ら利用する物の発明又はその物を取り扱う物の発明
新規物質を開発(発明)した場合、その物質が不安定な性質を有しているときには、その保存のための特別な取扱方法や取扱いのための物を同時に開発(発明)する必要が生じますが、このような発明も、物の発明と同一の願書で出願できます。例えば、次のようなものです。
例1 発明a 物質A (「物」)に対し、
発明b 物質Aを温度x℃以下、圧力y気圧以下で光を遮蔽し、希ガス(ネオン、アルゴン)の存在下で物質Bを添加し保存する方法(「その物を取り扱う方法」)
発明aの物質Aは工業用原料として有用であるが、非常に不安定であり、容易に分解する。
発明bの保存方法は物質Aに特に適した保存方法であり、物質Aの分解をほとんど防止することが可能となった。
例2 発明a 高分子Aからなるコンタクトレンズ(「物」)
発明b 成分B及びCからなるコンタクトレンズ保存液
(「その物を取り扱う物」)
発明aのコンタクトレンズは従来のものよりも酸素透過性が向上している(ただし、その低下が早いという欠点がある)。
発明bの保存液は特に発明aのコンタクトレンズと併用した場合に従来の保存液と比較して、その酸素透過性を長期間維持することができる。
(注)なお、例1においては、発明aの「解決しようとする課題」は、「物質Aの提供」であり、発明bの場合は「物質Aの保存」ですから、両者は異なります。さらに、両発明に構成上の共通点もありません。したがって、第1号、第2号の要件には該当しません。例2においては、発明aの「解決しようとする課題」は、「コンタクトレンズの酸素透過性の向上」であり、発明bの場合は、「高分子Aからなるコンタクトレンズの酸素透過性の維持」ですから、両者は異なります。さらに、両発明に構成上の共通点もありません。したがって、第1号、第2号の要件には該当しません。
(3)37条4号「機械、器具、装置その他の物の発明」について
特定発明が方法の発明(新規物質の製造方法等)である場合において、その方法の発明の実施に直接使用する「機械、器具、装置その他の物」の発明(新規物質の製造方法に用いる触媒・微生物等)を特定発明とともに一出願することができます。
(4)37条5号「その他政令で定める関係を有する発明」について
本号に基づく政令(特許法施行令第1条の2)によって、「一の特定発明との間に第1号または第2号の関係を有する発明」に対し、さらに、第3号または第4号の関係を有する発明については、同一の願書で出願をすることができます。
例 第一項 チタニウム合金を用いることを特徴とするメガネフレーム(物)
第二項 窒化物をコーティングしたチタニウム合金を用いることを特徴とするメガネフレーム(改良物)
第三項 チタニウム合金を一体成形することを特徴とするメガネフレームの製造方法(物の製法)
第四項 チタニウム合金を一体成形した後に窒化物を蒸着させることを特徴とするメガネフレームの製造方法(改良物の製法)
以上、多項制についての詳細は、改正特許法解説 新原浩朗著(有斐閣)をご参照下さい。
発明の単一性(米国・欧州との比較)
新原浩朗氏 改正特許法解説(有斐閣)によりますと、日米欧において、一出願で出願できる発明の単一性の範囲は以下のようになります。
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以上のことは、概ね正しいと言ってよいのですが、若干の補足説明が必要なようです。
米国の場合、単一性を満たさないとき、限定要求(restriction requirement)が出されます。限定要求は、複数のクレームの中から審査すべきクレームを選択する場合(elec-tion)と、複数の実施例の中から審査すべき実施例とそれに対応するクレームを選択する場合(スピーシーズの選択)とがあります。
特に、物とその製法を同時に出願すると、必ずといってよいほど、限定要求を受けます。物とその製法が一出願できる場合は、その製法でその物以外製造できない場合です。限定要求が出されたとき、それにobjectionを唱えることも可能ですが、これはとりもなおさず、その製法でその物以外製造できない場合であることを認める=権利範囲が狭くなる、ことを意味しますので、そのような「自白」をしたくないのであれば、限定要求に応じざるを得ないということになります。
また、コンビネーション(A+B)と、サブコンビネーション(A、または、B)との関係ですが、欧州でこれらが一出願できるか否かは、コンビネーションに特許性があるというのは当然の前提でありましょうが、それよりはむしろ、発明のコンセプトが共通しているかいなかという点であるらしく、ケースバイケースに判断され、簡単には割り切れないようです。
従属形式(多数項引用形式の請求項の問題点)
多数従属項を引用する多数従属形式(multiple-on-multiple)は日本、および欧州では認められております。しかし、米国では認められておりません。
クレームの数を減らして出願費用を節約するためには、上記のような従属クレームは必要です。そこで、欧州あるいは日本で出願する場合、多数従属項を引用する多数従属形式を採用し、米国への出願に際して従属関係の修正を施すのが最適でありましょう。
請求項の数と手数料
EPでは、クレーム数が10までは、基本手数料で出願できますが、10を超えるクレーム毎に追加手数料を必要とします。その場合、クレームの数については、独立、単独従属および多数従属のいずれであっても、1クレームとします。
また、USでは、クレーム数が20までは、基本手数料で出願できますが、20を超えるクレーム毎に追加手数料を必要とします。また、独立クレーム数が3を越える毎に追加独立クレーム手数料を必要とします。
多数従属クレームは、引用するクレームの数だけクレームがあるものとして数える。例えば、「1〜3のいずれか1項」という形で引用した場合、クレーム数は3となります。
以上のように、クレームの数で出願料金が変わりますので、この点を考慮することで、リーズナブルな出願が可能となりますが、料金を気にするあまり、クレームを十分に設けず、保護が薄くなるというのでは、本末転倒になりますので、ケースバイケースで対処すべきであろうと思います。