【特許請求の範囲】の記載要件(平成6年改正特許法)

(01/06/01改訂)


 特許請求の範囲には、特許の対象として独占したい発明を、開示した発明の範囲の中で特定します。

 特定にあたっては、様々な要件が要求されますが、特に、以下の3つについて、注意していただきたいと思います。

(1)   発明の目的を達成するための効果を奏するにあたって、必要最小限の構成を特定していること。

必要最小限の構成

(2)   技術的に完結していること(発明が一つの技術として自立していること)。

発明自立性の担保

(3)   従来技術を回避することを条件にできるだけ広い範囲(上位概念)で特定すること。

最上位概念化

 

  特許請求の範囲はどのように記載するかにあたっては、さらに以下の記載要件を理解しておく必要があります。

 平成6年改正特許法36条5項及び6項に規定されている特許請求の範囲の記載要件は以下の通りです。なお、特許法36条5項及び6項についての解説は、平成12年12月28日に公表された改訂「特許・実用新案審査基準」に基づくものですので、詳しくは、特許庁のホームページにて確認して下さい。なお、ここでは、できるだけ審査基準を忠実に引用し、わかりやすくするために強調文字でタイトルを付けたり、重要な部分を強調化した。また、【コメント】として筆者の意見を付加した。

 (T)特許法36条第5項

特許法36条第5項には、 「第3項第4号の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。この場合において、一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。」と規定されております。

  その趣旨は以下の通りです。

■発明特定事項(必須構成要件)をすべて過不足なく記載(主観でよい)

  本項前段は、特許出願人が発明特定の際に、まったく不要な事項を記載したり、逆に、必要な事項を記載しないことがないようにするために、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明を特定するための事項を過不足なく記載すべきことを示したものです。

どのような発明について特許を受けようとするかは特許出願人が判断すべきことであるので、特許を受けようとする発明を特定するために必要と出願人自らが認める事項のすべてを記載することとされています。

■請求項毎に一発明

本項の後段は、一の発明については、一の請求項でしか記載できないとの誤解が生じないように確認的に規定されたものです。

■請求範囲を請求項が特定

出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項を記載するのが請求項であることを明示することにより、各請求項の記載に基づいて特許発明の技術的範囲が定められるべきこと、各請求項の記載に基づいて認定した発明が審査の対象とされるべきことが明らかにされています。

■拒絶、異議、無効理由ではない

特許を受けようとする発明を特定するために必要十分か否かを判断するのは出願人の責任においてなされるべきことであって、いったん出願人が必要十分として記載した事項について、その事項が不要であるとか、さらに必要な事項があるとかを審査官が判断することは適切ではありません。よって、本項は拒絶理由、異議理由又は無効理由とはされていません。

■機能的記載の許容

  旧法では、「発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載すべき旨が規定されていましたが、改正により、発明が明確であり当業者が実施できるように発明の詳細な説明に記載されている限り、発明の構成にとらわれない表現方法が可能となりました。

  物の発明については、物の結合や構造の表現形式を用いることができることはもちろんのこと、作用・機能・性質・特性・方法・用途・使用目的その他の様々な事項を用いて物を特定することも認められます。

  方法の発明については、方法(行為又は動作)の結合の表現形式を用いることができることはもちろんのこと、その行為又は動作に使用する物、使用目的その他の事項を用いてその方法を特定することも認められます。  このような記載方法が従来認められていなかったかと言いますと、旧法下であっても、発明の本質を特定でき、しかも、そのような表現以外に特定する用語がないときなどは、実質的に機能的・作用的表現でも認められていたといってよいでしょう。但し、積極的に機能的・作用的記載を認めていた訳ではありません。今回の改正により、この点が緩和されたのです。

  また、同一発明について複数の請求項で記載してもよいことは旧36条6項と同様です。

   (U)特許法36条第6項

  特許法36条第6項には、 「第3項第4号の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。 

 一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。

 二 特許を受けようとする発明が明確であること。

 三 請求項ごとの記載が簡潔であること。

 四 その他通商産業省令で定めるところにより記載されていること。」と規定されております。

    以下、各号について順次説明してまいります。

U.1 第 36 条第6 項第1 号

発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば、公開していない発明について権利を請求することになるので、これを防止することとしています。

【コメント】@はじめに発明の開示ありきです。特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とが矛盾している場合、発明の詳細な説明の記載が優先すべきと解すべきでしょう。

A発明の詳細な説明の記載で、「請求項1の発明は・・・・。また、請求項2の発明は・・・・。」と記載した明細書があるが、上記観点から、法的にみて論理的ではありません。

 

U.1.1 第 36 条第6 項第1 号違反の類型

(1) 記載も示唆もない

 発明の詳細な説明中に、請求項に記載された事項と対応する事項が、記載も示唆もされていないことが明らかである場合。

例1 :発明の詳細な説明では、具体的な数値については何も記載も示唆もされていないにもかかわらず、請求項では数値限定している場合。

例2 :請求項においては、超音波モータを利用した発明についてのみ記載されているのに対し、発明の詳細な説明では、超音波モータを利用した発明については記載も示唆もされておらず、直流モータを利用した発明のみが記載されている場合。

(2) 用語が不統一

請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明りょうとなる場合。

例3 :ワードプロセッサにおいて、請求項に記載された「データ処理手段」が、発明の詳細な説明中の「文字サイズ変更手段」か、「行間隔変更手段」か又はその両方を指すのかが不明りょうな場合。

 

U.2 第 36 条第6 項第2 号

 

(1) 発明に属する具体的な事物の範囲(「発明の範囲」)が明確であること。

 特許請求の範囲の記載は、審査の対象となり権利範囲を特定するという点において重要な意義を有するものであり、一の請求項から発明が明確に把握されることが必要です。よって、本号は、特許を受けようとする発明が明確に把握できるように記載しなければならない旨を規定しています。

発明が明確に把握されるためには、発明に属する具体的な事物の範囲(以下、「発明の範囲」という。)が明確である必要があり(注1 )、その前提として、発明を特定するための事項の記載が明確である必要がある。

(注1 )新規性・進歩性等の特許要件の判断や、特許発明の技術的範囲の理解は、通常、発明に属する具体的な事物の理解を手がかりとして行われることによる。

【コメント】なお、旧審査基準では、発明に属する具体的な事物の範囲(発明の範囲)を「発明の外延」と説明しておりました。

 

(2) 一の請求項は一の発明

また、請求項の制度の趣旨に照らせば、一の請求項に記載された事項に基づいて、一の発明が把握されることも必要である(U.2.1(4)を参照)。

【コメント】反対解釈をすれば、一つの請求項に2つの発明が認識される場合、不明瞭とされるということでしょう。

 

(3)詳細な説明・図面・技術常識の参酌可

発明の把握は、請求項の「発明特定事項」に基づくが、その意味内容の解釈は、明細書の特許請求の範囲以外の部分(以下、「明細書」という。)及び図面の記載並びに出願時の技術常識(注2 )をも考慮する。

発明の把握に際して、請求項に記載のない事項(用語)は考慮の対象とはならないが、反対に、請求項に存在する記載事項は、必ず考慮の対象とします。

(注2 )技術常識とは、当業者に一般的に知られている技術又は経験則から明らかな事項をいう。したがって、技術常識には、当業者に一般的に知られているものである限り、実験、分析、製造の方法等も含まれる。当業者に一般的に知られているものであるか否かは、その技術を記載した文献の数のみで判断されるのではなく、その技術に対する当業者の注目度も考慮して判断される。なお、技術常識は、周知・慣用技術よりも広い概念の用語である。

(「周知技術」とは、その技術分野において一般に知られている技術であって、例えば、これに関し相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、或いは例示する必要がない程よく知られている技術をいう。また、「慣用技術」とは、周知技術であって、かつ、よく用いられている技術をいう。)

【コメント】請求項の解釈において、明細書の記載や図面・技術常識を根拠することが可能であるため、これらを根拠に補正の制限を回避したり、技術的範囲の属否を判断することができます。ただし、何が出願当時の技術常識であったかの立証は極めて困難な場合が多いので、出願時にそのようなことを示す資料が存在するのであれば、明細書中に記載しておくのげ賢明です。

 

(4) 明細書中に請求項の用語の定義がある場合の取り扱い

 

具体的には、請求項の記載がそれ自体で明確であると認められる場合は、明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し、その定義又は説明によって、かえって請求項の記載が不明確にならないかを判断する。例えば、請求項の用語についてその通常の意味と矛盾する明示の定義がおかれているときや、請求項の用語が有する通常の意味と異なる意味を持つ旨の定義が置かれているときは、請求項の記載に基づくことを基本としつつ発明の詳細な説明等の記載をも考慮するという請求項に係る発明の認定の運用からみて、いずれと解すべきかが不明となり、特許を受けようとする発明が不明確になることがある。

 請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は、明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し、その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項中の用語を解釈することによって、請求項の記載が明確といえるかどうかを判断する。その結果、請求項の記載から特許を受けようとする発明が明確に把握できると認められれば本号の要件は満たされる。

【コメント1】手順としては以下の通りになります。

 

 @請求項の記載がそれ自体で明確であるか

→@No 明細書中の定義により、出願時の技術常識から請求項の記載が明確であると判断できれば36条6項違反でないとする。

→@yes A明細書中の定義と同一の意義か

 

→Ayes 36条6項違反でない
→ANo B請求項の記載に基づき、いずれと解すべきかが不明となるか否かを判断

→Bで不明となる場合は発明不明確として36条6項違反

 →Bで不明でない場合は36条6項違反でない

 

【コメント2】請求項記載の用語の意義と明細書記載の用語の意義との齟齬が問題となった事例として、H12. 6. 8 大阪地裁 H10(ワ)4498 打球具特許事件があります。ここでは、以下のように、侵害しないとされました。

原告特許権の特許請求の範囲に記載された本件発明の構成要件の分説(特公平5−33071参照)

(1) 全体の形態がゴルフクラブであって、

(2) ゴルフボールを打撃するクラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときの該クラブヘッドのメカニカルインピーダンスが、一次の極小値を有するように構成し、

(3) 該一次の極小値が、前記ゴルフボールのメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数の近傍の周波数領域に有り、

(4) さらに、該クラブヘッドのメカニカルインピーダンスが、周波数領域600Hz〜1600Hzに於て、一次の極小値を有すること

(5) を特徴とする打球具。

 

争点

 主たる争点は、被告製品が本件発明の構成要件(4)を充足するか否かであった

【原告の主張】

 構成要件(4)における「メカニカルインピーダンス」の意義について、被告は、一般的な学術的定義に基づく主張を展開する。しかし、本件発明における「メカニカルインピーダンス」の意義は、本件明細書の記載から当業者が容易に理解できる意味に解釈されなければならない。すなわち、本件明細書では、加振力をF、応答速度をVとすると、メカニカルインピーダンスZを「Z=F/V」と定義した上、速度Vは打球具1の加速度A2を積分して速度V2を求める一方、加振力Fは直接測定するものではなく、加振機12の加速度A1をまず測定し、そこから加振力F1を求めるものとしている。

したがって、特許請求の範囲の記載に用いられる「メカニカルインピーダンス」の意義は、加振機12の加速度A1から求められた加振力F1を用いて得られるメカニカルインピーダンスであると解釈しなければならない。

 次にA1をF1に換算しインピーダンスZを求める必要があるが、本件明細書には換算方法は特に記載されていない。しかし、かかる換算式としてニュートンの運動方程式であるF=mA(mはゴルフクラブヘッドの質量、Aは加速度)が用いられるべきことは当業者の常識であり、また明細書の記載全体からも必然である。

 

【裁判所の判断】

1 本件発明の構成要件(4)の「メカニカルインピーダンス」の意義を明らかにするに当たっては、「願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する」(特許法70条2項)必要があるところ、明細書の「発明の詳細な説明」は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない」(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項)とされている。

 そこで、以下、「メカニカルインピーダンス」の語が当業者間で一般に有する意味を検討し、それと本件明細書で使用されている意味との異同を検討する。

2 「メカニカルインピーダンス」の一般的意義について

(1) 後掲各証拠によれば、一般的な技術文献において、「メカニカルインピーダンス」の語は、次のような意味で使われていることが認められる。

ア 乙2(岩波書店「理化学辞典」第3版増補版・1985年2月15日発行)

 「機械インピーダンス」の見出しの下に、「機械振動系に作用する交番力とその点の振動速度の力の方向の成分の比で複素量である。」

イ 乙3(日本工業規格の機械振動・衝撃用語 JIS B0153−1985年)

 「機械インピーダンス」の見出しの下に、「単振動をする機械系のある点の力と、同じ点又は異なる点の速度との複素数比。」

 「自己インピーダンス、駆動点インピーダンス」の見出しの下に、「単振動をする機械系の同一点の力と速度との複素数比。」

 「伝達インピーダンス、相互インピーダンス」の見出しの下に、「単振動をする機械系のある点の力と他の点の速度との複素数比。」

ウ 乙4(「工業振動学」第2版・1986年4月11日発行))

「機械インピーダンス」の項において、「機械インピーダンスを次のように定義することができる。Z…=励振力の複素振幅/定常振動の速度の複素振幅」

エ 乙5(「振動工学ハンドブック」昭和51年11月20日発行)

「機械インピーダンスは、試験体を小形振動発生機で励振したときの励振力をF、その結果生じた速度をVとすると、 z=F/V で与えられる。通常、図14・27のように振動発生機と試験体との間にインピーダンスヘッド(impedance head)と呼ばれる変換器を挿入し、これを介して励振力が伝達されるようにする。インピーダンスヘッドの出力として、励振力Fおよび加速度Aを得る。これらの信号を・・・対数変換する。対数変換された信号を演算し、

     logz=logF/V   (14・54)」

オ 乙6(株式会社國際機械振動研究所発行「IMV VIBRATION & TEST QUARTERLY」No.3・1972年)

 「駆動点メカニカルインピーダンス;外力Fと外力が加わった点のメカニカルインピーダンスZを次のように定義する。Z=F/V」

 「伝達メカニカルインピーダンス;外力F1を加えたとき、系の任意の一点の速度をV2とすれば、伝達メカニカルインピーダンスは次のように定義される。Z12=F1/V2」

(2) これらの文献によれば、振動工学の分野で「メカニカルインピーダンス」という場合は、通常Zの記号が当てられ、物体に外力(励振力)Fを加えたときに振動によって物体に生じる速度をVとした場合に、Z=F/V で表される概念を意味し、外力Fが加えられた点に生じる速度を考える駆動力メカニカルインピーダンスと、外力Fが加えられた点以外の点に生じる速度を考える伝達メカニカルインピーダンスの2種類があるという点で一義的かつ明確であり、これ以外の意味で使用されることがあることを認めるに足りる証拠はない。

 また上記(1)エからすると、メカニカルインピーダンスは、通常、インピーダンスヘッドを用いて加振機の励振力Fと加速度Aを測定し、加速度Aから積分により速度Vの値を求めてF/Vを計算することによって測定されるものであることが認められる。

3 本件明細書における「メカニカルインピーダンス」の意味内容について

(1) 甲2によれば、まず、本件明細書では、本件発明のメカニカルインピーダンスの一般的意義についての説明として、次の記載がある。

 「まず、機械系のメカニカルインピーダンスについて説明すると、『ある点に作用する力の大きさと、この力が作用した時の他の点の応答速度の大きさとの比である』と定義される。即ち、外部から加えられる力をF、応答速度をVとすると、メカニカルインピーダンスZは、Z=F/Vで定義される。」(本件公報4欄20ないし28行目)

 この記載によるメカニカルインピーダンスの定義は、先に見た振動工学における一般的なメカニカルインピーダンスの意義と同一であり、他に本件明細書において本件発明の「メカニカルインピーダンス」の一般的意義について上と異なる説明した記載は認められない。

(2) 次に、甲2によれば、「上記メカニカルインピーダンスZの測定方法を示す」(本件公報5欄9ないし10行目)として、次の記載がある。

「 即ち、12は加振機械であり、…打球具1としてゴルフクラブ8…を、その供試体取付台13に取付ける。具体的に言えば、この打球具1を構成する部材の内で、ボールを打撃する打撃部3を、その供試体取付台13に取付けて、該打撃部3に振動を伝える。…

 加振機12の供試体取付台13に第1加速度ピックアップ14を固着し、さらに、打球具1の打撃部3…には第2加速度ピックアップ15を固着する。第1加速度ピックアップ14からは、加振機12の取付台13の加速度A1−即ち外部から打球具1…に加えられ加速度−が出力され…る。第2加速度ピックアップ15からは、供試体であるところの…打球具1の加速度A2が出力され…る。…打球具1…に加えられる加速度A2を1回積分すると速度V2が求められる。他方、加振機12の加速度A1から加振力F1が求められ、周波数領域で演算してメカニカルインピーダンスZが、Z=F1/V2によって求められる。」(本件公報5欄10ないし44行目)

 この記載におけるメカニカルインピーダンスの測定方法を、先に一般文献の記載として述べたインピーダンスヘッドを用いて測定する方法と比較すると、加振によって生じた打球具の加速度A2を測定し、加速度A2から反応速度V2を積分計算により求める点は同じである。しかし、加振機の加速度A1をまず測定し、そこから加振機の加振力F1を求めることとされている点においては異なっており、しかも、加振機の加速度A1から加振力Fを求める方法については特に記載されていない。


(3) この方法について原告は、当業者であればF1=mA1(mはゴルフクラブの質量)によって加振力F1を求めていると容易に理解できるとし、それを前提として、本件発明における「メカニカルインピーダンス」とは、一般の学術的定義にかかわらず、このような測定方法によって得られるものを意味すると解すべきであると主張する。

 しかし、まず、メカニカルインピーダンスの測定において、加速度A1を測定し、そこから加振力F1を求めるという方法が、当業者の間で一般的に知られている方法であるとは認められない(少なくとも本件で提出された技術文献の中で、このような方法によってメカニカルインピーダンスを測定することを記載したものはない。)から、F=mAというニュートンの運動方程式自体は周知の事項であっても、メカニカルインピーダンスを測定する過程でそれを使用することが当業者にとって自明であるとはいえない。

 また、加振機の加振力F1がゴルフクラブに与えられた場合の振動系は、クラブヘッドのクラブフェース中心部(取付治具の取付部)、その周辺部及びクラウン部の3慣性系(加振機の稼働部を含めると4慣性系)から構成されるモデルとして把握するのが適切であり、振動解析を行う場合にはそれを考慮した運動方程式を用いることが必要であると認められる(乙8)ところ、ゴルフクラブの振動解析を行う場合にどのような運動方程式を用いるべきであるかが当業者の間で周知の事項であったと認められる証拠はないものの、ゴルフクラブのような複雑な形状の物体の振動解析を行う際に、少なくともニュートンの運動方程式のような完全な剛体を前提とする単純な式を用いることが適切でないことは、当業者であれば容易に理解し得ることであると解される。したがって、この点からすればむしろ、明細書中に明確に記載されていない限り、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いると当業者が容易に理解するとは認められないというべきである。

 さらに、先に見たように、ゴルフクラブの振動解析を行う場合には、3慣性系を前提とする運動方程式を用いることが適切であることからすれば、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いた場合には、一般的意義のメカニカルインピーダンスとは異なる指標を求めたことになる。しかし、これでは、先に(1)で見たような本件明細書におけるメカニカルインピーダンスの一般的定義の記載と整合しなくなるから、この点からしても、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いると当業者が容易に理解するとは認められないというべきである。

 以上からすれば、本件明細書において、加振機の加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いるとされているとは認めることができない。

(4) また原告は、本件発明において重要なのはメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す「周波数」であり、メカニカルインピーダンスの絶対値ではないのであって、本件発明の「メカニカルインピーダンス」は、A1をまず測定し、A1/V2に定数mを乗じたものとして理解し得ることは当業者にとって自明であると主張する。

 確かに本件発明は、ボールを打撃したときの反撥係数を増加し、ボール初速を最大に近づける打球具を提供することを目的とし(本件公報の目的欄参照)、そのために、打球具の打撃部のメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数を、ボールのメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数に近似させることによって、最大の反撥を得るという点にその特徴がある(本件公報の作用欄参照)ことからすれば、本件発明において重要なのはメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す「周波数」であり、メカニカルインピーダンスの絶対値ではないとの点は原告が主張するとおりである。

 しかし、それらの本件明細書の記載からしても、本件発明で重要な「周波数」は、「メカニカルインピーダンス」(F1/V2)が一次の極小値を示す周波数であって、「A1/V2」が一次の極小値を示す周波数ではないことは明らかである。

 もっとも、この点について原告は、本件発明におけるメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数は、一端固定他端自由の境界条件の下でのものを測定すべきであるところ、同境界条件の下でのメカニカルインピーダンス(F1/V2)の一次の極小値を示す周波数は、両端自由の境界条件の下での「A1/V2」の一次の極小値を示す周波数と等しくなるから、本件明細書では、後者を測定することによって、前者を測定しているのであると主張する。そして甲8及び13にはこれに副う記述がある。

 しかし、まず、本件発明の「メカニカルインピーダンス」が一端固定他端自由の境界条件の下で測定すべきものであることを示す記載は、本件明細書には存しないし、当業者間において周知となっていたことを認めるに足りる証拠もない。かえって、本件明細書においてメカニカルインピーダンスの測定方法を示す図とされているFIG.3Bでは、クラブヘッドを両端自由の状態で加振機に取り付けていると認められるから、本件発明の「メカニカルインピーダンス」は、両端自由の境界条件下で測定するものと理解するのが通常であると考えられる。

 また、一端固定他端自由の境界条件の下でのメカニカルインピーダンス(F1/V2)と両端自由の境界条件下での「A1/V2」の一次の極小値を示す周波数とが等しくなるということについて、本件明細書中には何らの記載もないし、当業者間において周知の事項となっていたことを認めるに足りる証拠もないから、本件明細書では、後者を測定することによって前者を測定するとされていると容易に理解することもできない。

 したがって、やはり、本件明細書において、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いるとされているとは認めることができない。

(5) そして、他にこの点を明らかにする記載が本件明細書にあるとは認められないし、当業者の自明な事項として存すると認めるに足りる証拠はないから、結局、前記(2)の本件明細書におけるメカニカルインピーダンスの測定方法に関する記載は、当業者が容易に理解できる内容を記載したものとはいえない。したがって、本件明細書の同記載部分において、本件発明固有の「メカニカルインピーダンス」の意義が示されているとの原告の主張は採用できない。

 そして他に、本件明細書において、本件発明固有の「メカニカルインピーダンス」の意義を明らかにする記載は認められないから、結局、本件発明における「メカニカルインピーダンス」の意義は、前記(1)で見たことから、前記2での一般的意義と同じものとして解するほかなく、その測定方法も、インピーダンスヘッドを用いた一般の測定方法が適用されると解するほかはない。

4 被告製品の構成要件(4)充足性について

 被告製品のメカニカルインピーダンスの周波数特性を実験した証拠としては、甲4及び6と、乙1が提出されている。

 このうち甲4及び6は、原告主張に係る測定方法によって測定したものであるから、前記説示に照らして、本件発明におけるメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す周波数を認定するための根拠とすることはできない。

 他方、乙1(チャート1−1、1−2、2−1、2−2、3−1、3−2、4−1、4−2)は、前記のインピーダンスヘッドを用いて、両端自由の境界条件の下で、励振力Fおよび加速度Aを測定し、加速度Aから速度Vの値を求めてF/Vを計算することによってメカニカルインピーダンスを測定する一般的方法によるものであって、本件発明におけるメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す周波数を認定するための根拠とするのに適切であると認められるところ、それによれば、被告製品においてメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す周波数は、いずれも600Hz〜1600Hzの範囲外にあると認められる。

 したがって、被告製品はいずれも本件発明の構成要件(4)を充足しない。

5 以上によれば、その余の争点について検討するまでもなく、被告製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属しない。

 

【コメント終わり】以下、審査基準の解説に戻ります。

 

(留意事項)

@第36 条第5 項の「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載」すべき旨の規定の趣旨からみて、出願人が請求項において特許を受けようとする発明について記載するにあたっては、種々の表現形式を用いることができる。

例えば、「物の発明」の場合に、発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現方式を用いることができる。同様に、「方法(経時的要素を含む一定の行為又は動作)の発明」の場合も、発明を特定するための事項として、方法(行為又は動作)の結合の表現形式を用いることができる他、その行為又は動作に使用する物、その他の表現形式を用いることができる。

 

A他方、第36 条第6 項第2 号の規定により、請求項は、一の請求項から発明が明確に把握されるように記載すべきであるから、出願人による前記種々の表現形式を用いた発明の特定は、発明が明確である限りにおいて許容されるにとどまることに留意する必要がある。

例えば、物の有する作用、機能、性質又は特性(以下、「機能・特性等」という。)からその物の構造を予測することが困難な技術分野では、請求項が機能・特性等による物の特定を含む結果、発明の範囲が不明確となる場合が多い(例:化学物質発明)ことに留意する必要がある。また、請求項が、達成すべき結果や特殊パラメータ(注3 )による物の特定を含む場合も同様の留意が必要である。

(注3 )下記(i)又は(ii)に該当するパラメータをいう。

(i)当該パラメータが、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれにも該当しないもの。

(ii)当該パラメータが、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれかに該当するが、これらのパラメータが複数組み合わされたものが、全体として(i)に該当するものとなるもの。

 

【コメント】 機能的記載の可能性と限界をここでは述べています。

 

 特許庁HPに掲載された、「特許.実用新案 審査基準」(案)に関する主なQ&Aによりますと、以下のような問いと答えが掲載されています。

 

問】 請求項が機能.特性等による物の特定を含む場合、発明の明確性の要件である、請求項の記載に基づいて「具体的な物を想定」できるとは、どのように判断されるのですか。

 

【答】1.特許請求の範囲の記載は、これに基づいて新規性.進歩性等の特許要件が判断され、特許発明の技術的範囲が確定される点で重要な機能を有しています。今回の改訂では、特許請求の範囲の記載が上記機能を担保するためには、発明に属する具体的な事物の範囲(発明の範囲)が明確であることが必要である旨を明らかとしました。

2.当業者が、請求項の記載と出願時の技術常識に基づいて、当該機能.特性等を有する「具体的な物を想定」できる場合には、発明に属する具体的な事物の範囲は明確であると考えられますが、具体的には、当該機能.特性等を有する周知の物が思い浮かぶ場合、当該特定の仕方がその技術分野で慣用されている場合が、その典型例として挙げられます。

3.なお、明細書に記載されている実施の形態を見て初めて具体的な物が理解できる場合は、そのことをもって「具体的な物が想定できる」とはしません

【コメント終わり】

U.2.1 第 36 条第6 項第2 号違反の類型

出願が、第36 条第6 項第2 号に違反する場合の例として、以下に類型を示す。

(1)請求項の記載自体が不明確である結果、発明が不明確となる場合。

例えば、誤記や不明確な記載のように、日本語として表現が不適切となる場合。

 (2)発明特定事項の内容に技術的な矛盾や欠陥があるか、又は、技術的意味・技術的関連が理解できない結果、発明が不明確となる場合。

@発明を特定するための事項の内容に技術的な欠陥がある場合。

例1 :「40 〜60 重量%のA 成分と、30 〜50 重量%のB 成分と、20 〜30 重量%のC 成分からなる合金」

(三成分のうち一のもの(A )の最大成分量と残りの二成分(B ,C )の最小成分量の和が100 %を超えており、技術的に正しくない記載を含んでいる。)

 

A発明特定事項の技術的意味が理解できない場合。

例1 :「特定の数式X の特定の数値範囲で特定される着色用粉体」(特定の数式X は、単に得られた結果として示されるのみであり、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、その技術的意味を理解することができない。ただし、明細書中に、その技術的意味を理解できる程度にその数式を誘導した過程及びその数式の数値範囲を定めた理由等(実験結果から求めた場合も含む)が記載されていれば、技術的意味が理解できる場合が多い。)

例2 :「X 研究所試験法にしたがって測定された粘度がa 〜b パスカル秒である成分Y を含む接着用組成物」(発明の詳細な説明中には、X 研究所試験法の技術的定義や試験方法が示されておらず、また、出願時の技術常識でもない。)

 

B発明特定事項どうしの関係が整合していない場合。

例1 :請求項に「出発物質イから中間生成物ロを生産する第1 工程及びハを出発物質として最終生成物ニを生産する第2 工程からなる最終生成物ニの製造方法」と記載されており、第1 工程の生成物と第2 工程の出発物質とが相違しており、しかも、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して「第1 工程」及び「第2 工程」との用語の意味するところを解釈したとしても、それらの関係が明確でない場合。

C発明を特定するための事項どうしの技術的な関連がない場合。

例1 :特定のエンジンを搭載した自動車が走行している道路。

例2 :特定のコンピュータープログラムを伝送している情報伝送媒体。

情報を伝送することは伝送媒体が本来有する機能であり、発明を「特定のコンピュータープログラムを伝送している情報伝送媒体」とすることは、特定のコンピュータープログラムが、情報伝送媒体上のどこかをいずれかの時間に伝送されているというにすぎず、伝送媒体が本来有する上記機能のほかに、情報伝送媒体とコンピュータープログラムとの関連を何ら規定するものではない。

D請求項に販売地域、販売元等についての記載がある結果、全体として技術的でない事項が記載されていることとなる場合。

(注)商標名を用いて物を特定しようとする記載を含む請求項については、少なくとも出願日以前から出願当時にかけて、その商標名で特定される物が特定の品質、組成、構造などを有する物であったことが当業者にとって明りょうでないときは、発明が不明確になることに注意する。

(3)発明のカテゴリーが不明確であるため、又は、いずれのカテゴリーともいえないものが記載されているために、発明が不明確となる場合。

権利の及ぶ範囲が不明確になり適切でない。以下に発明が不明確となる例を示す。

 

例1 :「〜する方法又は装置」

例2 :「〜する方法及び装置」

例3 :作用、機能、性質、目的、効果のみが記載されている結果、「物」「方法」のいずれとも認定できない場合(例:「化学物質A の抗癌作用」)。

なお、「方式」又は「システム」(例:電話方式)は、「物」のカテゴリーを意味する用語として扱う。また、「使用」及び「利用」は、「方法」のカテゴリーである使用方法を意味する用語として扱う(例えば、「物質X の殺虫剤としての使用(利用)」は「物質X の殺虫剤としての使用方法」を意味するものとして扱う。

また、「〜治療用の薬剤の製造のための物質X の使用(利用)」は「〜治療用の薬剤の製造のための物質X の使用方法」として扱う。)。

 

(4)発明を特定するための事項が選択肢で表現されており、その選択肢(注)どうしが類似の性質又は機能を有しないために発明が不明確となる場合。

(注)各選択肢を発明を特定するための事項と仮定したときの各発明のことをいう。以下、本章において同じ。

 

@本号の趣旨からみれば、一の請求項から一の発明が明確に把握できることが必要である。また、請求項の制度の趣旨に照らせば、一の請求項に記載された事項に基づいて、一の発明が把握されることが必要である。また、第37 条(出願の単一性)の趣旨からみて、一の出願で出願することができない複数の発明を一の請求項に択一形式で記載できるとすることは適切でない。

Aしたがって、特許を受けようとする発明を特定するための事項に関して二以上の選択肢があり、その選択肢どうしが類似の性質又は機能を有しない場合には、第36 条第6 項第2 号違反とする。

選択肢どうしが類似の性質又は機能を有するというためには、各選択肢を発明を特定するための事項と仮定したときの各発明が属する技術分野が互いに一致しているとともに、イ)出願時まで未解決であった、各発明が解決しようとする技術的課題が互いに共通していること、又は、ロ)発明を特定するための事項のうち解決しようとする課題に対応した新規な事項(主要部)が各発明の間で互いに共通していること、のいずれかを満たすことが必要である。なお、上記イ)及びロ)は 第37 条第1 号及び第2 号の運用と同じであり、これと同様に、必要以上に本要件を厳格に判断することは適切でない。また、発明が属する技術分野と、第37 条における産業上の利用分野とは、後者は発明の技術分野に直接関連性を有する技術分野をも含む点で相違することに留意する(「第2 章出願の単一性の要件」参照)。

以下の例は、各発明が属する技術分野が互いに一致していないので、上記イ)又はロ)に該当するか否かを問うまでもなく本号の違反となる。

例1 :「特定の部品又は該部品を組み込んだ装置」

例2 :「特定の電源を有する送信機又は受信機」

例3 :一の請求項に化学物質の中間体と最終生成物とが択一的に記載されている場合。ただし、ある最終生成物に対して中間体となるものであっても、それ自身が最終生成物でもあり、他の最終生成物とともにマーカッシュ形式の記載要件(B参照)を満たすものについてはこの限りでない。

B特に、マーカッシュ形式などの択一形式による記載が化学物質に関するものである場合、それらは以下の要件が満たされれば、類似の性質又は機能を有するものであるので、一の発明を明確に把握することができる。

(i)すべての選択肢が共通の性質又は活性を有しており、
かつ、

(ii)(a)共通の化学構造が存在する、すなわちすべての選択肢が重要な化学構造要素を共有している、又は、

(b)共通の化学構造が判断基準にならない場合、すべての選択肢が、その発明が属する技術分野において一群のものとして認識される化学物質群に属する。

上記(ii)(a)の「すべての選択肢が重要な化学構造要素を共有している」とは、複数の化学物質が、その化学構造の大きな部分を占める共通した化学構造を有しているような場合をいい、また化学物質がその化学構造のわずかな部分しか共有しない場合においては、その共有されている化学構造が従来の技術からみて構造的に顕著な部分を構成する場合をいう。化学構造要素は一つの部分のことも、互いに連関した個々の部分の組合せのこともある。

なお、マーカッシュ形式の選択肢の場合において、マーカッシュ選択肢の少なくとも一つが新規でないことが示される場合は、一の発明を明確に把握することができるか否か再考する。

上記(ii)(b)の「一群のものとして認識される化学物質群」とは、請求項に記載された発明の下で同じように作用するであろうことが、その技術分野における知識から予想される化学物質群をいう。

言い換えると、この化学物質群に属する各化学物質を互いに入れ換えても同等の結果が得られる、ということである。

 

(5)範囲をあいまいにする表現がある結果、発明の範囲が不明確な場合。

@否定的表現(「〜を除く」、「〜でない」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合。

A上限又は下限だけを示すような数値範囲限定(「〜以上」、「〜以下」)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合。

B比較の基準又は程度が不明確な表現(「やや比重の大なる」「はるかに大きい」、「高温」、「低温」、「滑りにくい」、「滑りやすい」等)があるか、あるいは、用語の意味があいまいである結果、発明の範囲が不明確となる場合。

C「所望により」、「必要により」などの字句とともに任意付加的事項又は選択的事項が記載された表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合。「特に」、「例えば」、「など」、「好ましくは」、「適宜〜」のような字句を含む記載もこれに準ずる。

このような表現がある場合には、どのような条件のときにその任意付加的事項又は選択的事項が必要であるかが不明で、請求項の記載事項が多義的に解されることがある。

D請求項に0 を含む数値範囲限定(「0 〜10 %」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合。

発明の詳細な説明中に当該数値範囲で限定されるべきものが必須成分である旨の明示の記載があるときは、当該成分が任意成分であると解される「0 〜10 %」との用語と矛盾し、請求項の用語が多義的になり、発明の範囲が不明確となる。これに対し、発明の詳細な説明に、それが任意成分であることが理解できるように記載されている場合には、0 を含む数値範囲限定を記載してもよい。

E請求項の記載が、発明の詳細な説明又は図面の記載で代用されている結果、発明の範囲が不明確となる場合。

例1 :「図1 に示す自動掘削機構」等の代用記載を含む請求項

(一般的に、図面は多義的に解されあいまいな意味を持つものであることから、適切でない。)

例2 :引用箇所が不明な代用記載

次の例のように、発明の詳細な説明又は図面の記載を代用しても発明が明確になる場合もあることに留意する。

例:合金に関する発明において、合金成分組成の相互間に特定の関係があり、その関係が、数値又は文章によるのと同等程度に、図面の引用により明確に表せる場合。

「図1 に示す点A ( )、点B ( )、点C ( )、点D ( )で囲まれる範囲内のFe ・Cr ・Al 及びx %以下の不純物よりなるFe ・Cr ・Al 耐熱電熱用合金。」

(6)機能・特性等により物を特定する事項を含む結果、発明の範囲が不明確となる場合(注1 )

(具体例は、事例集を参照。)

@ 発明を特定するための事項が、すべて具体的構造や具体的手段等である場合は、通常、発明の範囲は明確であり、請求項の記載から発明を明確に把握することができる。他方、請求項が機能・特性等(注2 )による物の特定を含む場合は、必ずしも発明の範囲が明確とはいえず、発明を明確に把握することができない場合がある。

機能・特性等による物の特定を含む請求項において、当業者が、出願時の技術常識を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できる場合には、新規性・進歩性等の特許要件の判断や特許発明の技術的範囲を理解する上での手がかりとなる、発明に属する具体的な事物を理解することができるから、発明の範囲は明確であり、発明を明確に把握することができる。

これに対して、当業者が、出願時の技術常識を考慮しても、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できない場合には、発明に属する具体的な事物を理解することができず、通常、発明の範囲は明確とはいえない。

しかしながら、想定できない場合であっても、当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないときには、想定できないことのみを理由に発明の範囲を不明確とすることは適当でない。この場合、当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できるときには、発明の範囲は明確として取り扱う(注3 )。

(注1 )本項においては、機能・特性等による「物」の特定を含む請求項の取扱いについて説明しているが、方法、工程等、物以外のものを機能・特性等で特定している場合も同様である。

(注2 )原則として、物の特定に使用する機能・特性等は、標準的なもの、すなわち、J IS (日本工業規格)、I SO 規格(国際標準化機構規格)又はIEC 規格(国際電気標準会議規格)により定められた定義を有し、又はこれらで定められた試験・測定方法によって定量的に決定できるもの(例えば、「比重」、「沸点」等)を用いる。

標準的に使用されているものを用いないで表現する場合は、それが当該技術分野において当業者に慣用されているか、又は慣用されていないにしてもその定義や試験・測定方法が当業者に理解できるものを除き、発明の詳細な説明の記載において、その機能・特性等の定義や試験・測定方法を明確にするとともに、請求項中のこれらの用語がそのような定義や試験・測定方法によるものであることが明確になるように記載しなければならない。
(注3 )具体的な物を想定できない場合であっても、特殊パラメータや製造方法等による物の特定を含む請求項のうちには、それによらなければ明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないものもある。産業の発達に寄与する発明を保護するという特許法の趣旨からみて、このような場合にまで、具体的な物を想定できないことのみをもって発明を不明確とすることは適当でない。

ただし、このような場合であっても、当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できないときは、新規性・進歩性等の特許要件の判断や特許発明の技術的範囲の理解の手がかりが得られないことから、特許請求の範囲が有する機能は担保されるといえないので、当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できる場合に、発明の範囲は明確と扱うこととした。

A したがって、請求項が機能・特性等による物の特定を含む場合において、発明の範囲が明確であるか否かは、以下のように判断する。

当業者が、出願時の技術常識(明細書又は図面の記載から出願時の技術常識であったと把握されるものも含む)を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できる場合(例えば、当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示することができる場合、当該機能・特性等を有する具体的な物を容易に想到できる場合、その技術分野において物を特定するのに慣用されている手段で特定されている場合等)は、発明の範囲は明確である。

他方、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できない場合であっても、

(i)当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないことが理解でき、かつ、

(ii)当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できる場合は、発明の範囲が明確でないとはいえない。

技術水準との関係が理解できる場合としては、例えば、実験例の提示又は論理的説明によって当該機能・特性等を有する物と公知の物との関係(異同)が示されている場合等がある。

(i)、(ii)のいずれかの条件を満たさない場合は、発明の範囲は不明確である。

 

B発明の範囲が不明確とされる例

(i)物の有する機能・特性等からその物の構造の予測が困難な技術分野においては、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できないことが多い(例:化学物質発明)。この場合、明細書又は図面に当該機能・特性等を有する具体的な物の構造が記載されており、実質的に当該具体的な物しか記載されていないと認定できるときは、通常、当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないとはいえず、また、出願時の技術水準との関係を示すことも困難であるから、発明の範囲は不明確である。

(ii)請求項が達成すべき結果による物の特定を含む場合においては、当該達成すべき結果が得られる具体的な物を想定できないことがある。この場合、明細書又は図面に当該達成すべき結果が得られる具体的な手段が記載されており、実質的に当該具体的な手段しか記載されていないと認定できるときは、通常、当該達成すべき結果による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないとはいえないので、発明の範囲は不明確である。

(iii)請求項が特殊パラメータによる物の特定を含む場合においては、通常、当該特殊パラメータで表される具体的な物を想定できないことが多い。この場合、当該特殊パラメータによる物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないことが理解でき、かつ、出願時の技術水準との関係が理解できる場合(例えば、同一又は類似の効果を有する公知の物との比較が示されている、類似の構造を有する公知の物や類似の製法により製造される公知の物との比較が示されている、等。)を除き、発明の範囲は不明確である。

 

(7)請求項が製造方法による物の特定を含む結果、発明の範囲が不明確となる場合。

@ 請求項が製造方法による物の特定を含む場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)は、機能・特性等による物の特定を含む場合と同様、必ずしも発明の範囲が明確とはいえず、発明を明確に把握することができない場合がある。

製造方法による物の特定を含む請求項において、当業者が、出願時の技術常識を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該製造方法により製造される具体的な物を想定できる場合は、発明の範囲は明確であり、発明を明確に把握することができる。

これに対して、当業者が、出願時の技術常識を考慮しても、当該製造方法により製造される具体的な物を想定できない場合には、発明に属する具体的な事物を理解することができず、通常、発明の範囲は明確とはいえない。

ただし、想定できない場合であっても、当該製造方法による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないときには、想定できないことのみを理由に発明を不明確とすることは適当でない。この場合、当該製造方法により製造される物と出願時の技術水準との関係が理解できるときには、発明の範囲は明確として取り扱う((6)@(注3 )を参照)。

A したがって、請求項が製造方法による物の特定を含む場合において、発明の範囲が明確であるか否かは、以下のように判断する。

当業者が、出願時の技術常識(明細書又は図面の記載から出願時の技術常識であったと把握されるものも含む)を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該製造方法により製造される具体的な物を想定できる場合、発明の範囲は明確である。

他方、当該製造方法により製造される具体的な物を想定できない場合であっても、

(i)当該製造方法による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないことが理解でき、かつ、

(ii)当該製造方法により製造される物と出願時の技術水準との関係が理解できる場合は、発明の範囲が明確でないとはいえない。

技術水準との関係が理解できる場合としては、例えば、実験例の提示又は論理的説明によって当該製造方法により製造される物と類似の公知の物との関係(異同)が示されている場合(例えば、類似の製造方法により製造される公知の物との比較を示す等)等がある。

(i)、(ii)のいずれかの条件を満たさない場合は、発明の範囲は不明確である。

 

U.2.2 そ の他の留意事項

請求項中に用途を意味する記載のある用途発明(第U部第2 章1.5.2(2)参照)において、用途を具体的なものに限定せずに一般的に表現した請求項の場合(例えば「〜からなる病気X 用の医薬(又は農薬)」ではなく、単に「〜からなる医薬(又は農薬)」等のように表現した場合)については、その一般的表現の用語の存在が特許を受けようとする発明を不明確にしないときは、単に一般的な表現であることのみ(すなわち概念が広いということのみ)を根拠として第36 条第6 項第2 号違反とはしない。

ただし、発明の詳細な説明が第36 条第4 項の要件を満たすように記載されていなければならない。

また、組成物において、請求項中に用途や性質による特定がないものについては、単に用途や性質の特定がないことのみをもって、第36 条第6 項第2 号違反とすることは適切でない。

 

U.3 第 36 条第6 項第3 号

請求項の記載は、新規性・進歩性等の特許要件や記載要件の判断対象である請求項に係る発明を認定し、特許発明の技術的範囲を明示する権利書としての使命を担保するものであるから、第36 条第6 項第2 号の要件を満たすものであることに加え、第三者がより理解しやすいように簡潔な記載とすることが適切である。こうした趣旨から本号が規定されている。

36 条第6 項第3 号は、請求項の記載自体が簡潔でなければならない旨を定めるものであって、その記載によって特定される発明の概念について問題とするものではない。また、複数の請求項がある場合も、これらの請求項全体としての記載の簡潔性ではなく請求項ごとに記載の簡潔性を求めるものである。

U.3.1 第 36 条第6 項第3 号違反の類型

出願が第36 条第6 項第3 号の要件に違反する場合の例として、以下に類型を示す。

(1)請求項に同一内容の事項が重複して記載してあって、記載が必要以上に冗長すぎる場合。

ただし、請求項には出願人自らが発明を特定するために必要と認める事項を記載するという第36 条第5 項の趣旨からみて、同一内容の事項が重複して記載してある場合であっても、その重複が過度であるときに限り、必要以上に冗長すぎる記載とする。請求項に記載された発明を特定するための事項が当業者にとって自明な限定であるということや、仮に発明を特定するための事項の一部が記載されていないとしても記載要件(本号を除く)及び特許要件を満たすということのみでは、当該請求項の記載が冗長であることにはならない。

なお、請求項の記載を発明の詳細な説明や図面の記載で代用する場合においては、請求項の当該記載と発明の詳細な説明又は図面の対応する記載とが全体として冗長にならないように留意する必要がある。

(2)マ ーカッシュ形式で記載された化学物質の発明などのような択一形式による記載において、選択肢の数が大量である結果、請求項の記載の簡潔性が著しく損なわれているとき。

請求項の記載の簡潔性が著しく損なわれているか否かを判断するに際しては、以下に留意する。

@選択肢どうしが重要な化学構造要素を共有しない場合には、重要な化学構造要素を共有する場合よりも、より少ない選択肢の数で選択肢が大量とされる。

A選択肢の表現形式が条件付き選択形式のような複雑なものである場合には、そうでない場合よりも少ない選択肢の数で選択肢が大量とされる。

なお、この類型に該当する場合においても、審査官は、請求項に記載された選択肢によって表現される化学物質群であって実施例として記載された化学物質を含むもの(実施例に対応する特定の選択肢で表現された化学物質群)の少なくとも一つを選び、これについての特許要件の判断を行うこととする。特許要件の判断を行った化学物質群は、特許要件の適否にかかわらず、拒絶理由通知中で特定する。

U.4 第 36 条第6 項第4 号

本号は、特許請求の範囲の記載に関する技術的な規定を、通商産業省令に委任するものである。

特許法施行規則第24 条の3

特許法第三十六条第六項第四号の通商産業省令で定めるところによる特許請求の範囲の記載は、次の各号に定めるとおりとする。

一 請求項ごとに行を改め、一の番号を付して記載しなければならない。

二 請求項に付す番号は、記載する順序により連続番号としなければならない。

三 請求項の記載における他の請求項の引用は、その請求項に付した番号によりしなければならない。

四 他の請求項を引用して請求項を記載するときは、その請求項は、引用する請求項より前に記載してはならない。

請求項はその記載形式によって、独立形式請求項と引用形式請求項とに大別される。独立形式請求項とは、他の請求項を引用しないで記載した請求項のことであり、引用形式請求項とは、先行する他の請求項を引用して記載した請求項のことである。そして両者は、記載表現が異なるのみで、同等の扱いを受けるものである。

 

U.4.1 第 36 条第6 項第4 号違反の類型

(1)引用形式請求項が後に記載されている請求項を引用している場合。

(2)引用形式請求項が、他の請求項をその請求項に付された番号により引用していない場合。

例1 :1 .外輪の外側に環状緩衝体を設けた請求項2 記載のボールベアリング

2 .特定構造のボールベアリング

3 .特定の工程による先に記載したボールベアリングの製法

U.4.2 請 求項の記載形式―独立形式と引用形式―

(1)独立形式請求項

独立形式請求項の記載は、その独立形式請求項に係る発明が他の請求項に係る発明と同一か否かに係わりなく可能である。

(2)引用形式請求項

@典型的な引用形式請求項

引用形式請求項は、特許請求の範囲における文言の重複記載を避けて請求項の記載を簡明にするものとして利用されるが、引用形式請求項による記載は、引用形式請求項に係る発明が引用される請求項に係る発明と同一か否かに係わりなく可能である。

請求項を引用形式で記載できる典型的な例は、先行する他の一の請求項の全ての特徴を含む請求項を記載する場合である。

このような場合に引用形式で請求項を記載すると、文言の繰り返し記載が省略できると共に、引用される請求項とそれを引用して記載する請求項との相違をより明確にして記載できるので、出願人の手間が軽減されると共に、第三者の理解が容易になるといった利点がある。

例1 :典型的な引用形式請求項

1.断熱材を含んだ建築用壁材

2.断熱材が発泡スチロールである請求項1 記載の建築用壁材

A上記以外の引用形式請求項

先行する他の請求項の発明を特定するための事項の一部を置換する請求項を記載する場合、先行する他の請求項とはカテゴリー表現の異なる請求項を記載する場合などにも、請求項の記載が不明りょうとならない限り他の請求項を引用して引用形式請求項として記載し、請求項の記載を簡明にすることができる。

例2 :引用される請求項の発明を特定するための事項の一部を置換する引用形式請求項

1.歯車伝動機構を備えた特定構造の伝動装置

2.請求項1 記載の伝動装置において、歯車伝動機構に代えてベルト伝動機構を備えた伝動装置

例3 :異なるカテゴリーで表現された請求項を引用して記載する引用形式請求項

1.特定構造のボールベアリング

2.特定の工程による請求項1 記載のボールベアリングの製法

例4 :サブコンビネーションの請求項を引用して記載する引用形式請求項

1.特定構造のねじ山を有するボルト

2.請求項1 記載のボルトと嵌合する特定構造のねじ溝を有するナット

(注)サブコンビネーションとは、二以上の装置を組み合わせてなる全体装置の発明や、二以上の工程を組み合わせてなる製造方法の発明等(以上をコンビネーションという)に対し、組み合わされる各装置の発明、各工程の発明等をいう。

B多数項引用形式請求項

多数項引用形式請求項とは、他の二以上の請求項(独立形式、引用形式を問わない)を引用して記載した請求項のことであり、特許請求の範囲全体の記載を簡明にするものとして利用される。

この形式による請求項は、通常の引用形式で複数の請求項に別々に記載する場合と比較して、記載面、料金面でのメリットがあるとしても、放棄、無効審判の単位としては一つであるため、まとめて放棄、無効の対象となる等のデメリットをも内包しているといえる。このため、通常の引用形式請求項とするか多数項引用形式請求項とするかは、このような点を十分比較考慮の上なされるべきものであり、その選択は出願人の判断に委ねられる。

多数項引用形式で請求項を記載するときには、他の二以上の請求項を択一的に引用し、かつ、これらに同一の技術的限定を付して記載することが、簡潔性及び明確性の観点から望ましい。(特許法施行規則様式第29 [備考]14 ニ、特例法施行規則様式第14 [備考]11 ニ)

例5 :多数項引用形式請求項で請求項を記載

1.特定の構造を有するエアコン装置

2.風向調節機構を有する請求項1 記載のエアコン装置

3.風量調節機構を有する請求項1 又は請求項2 記載のエアコン装置

他の二以上の請求項の引用が択一的でなく、同一の技術的限定を付していない場合であっても、次のような場合は、特許請求の範囲の記載が簡明となり、請求項の記載が不明りょうとならないので、その記載が認められる。

例6 :

1.特定構造のネジ山を有するボルト

2.特定構造のネジ溝を有するナット

3.請求項1 記載のボルト及び請求項2 記載のナットからなる締結装置

(3)請求項の記載形式に関する施行規則様式備考と拒絶理由との関係

多数項引用形式で記載する場合において、他の二以上の請求項の引用が択一的でなかったり、同一の技術的限定を付していないときは、特許法施行規則の様式備考中の請求項の記載形式に関する指示に合致しないこととなるが、この指示は法律上求められる要件ではないから、ただちに第36 条第6 項違反とはならない(例3 )。しかし、例1 又は例2 のような場合には請求項に係る発明が不明確となり第36 条第6 項第2 号違反となる。

例1 :請求項の引用が択一的でないことによって記載が不明りょうとなる結果、特許を受けようとする発明が不明確となる例(U.2.1(1)違反)

1.特定の構造を有するエアコン装置

2.風向調節機構を有する請求項1 記載のエアコン装置

3.風量調節機構を有する請求項1 及び請求項2 記載のエアコン装置

例2 :引用される請求項に同一の技術的限定を付していても、異なるカテゴリーの請求項を含むことによって特許を受けようとする発明のカテゴリーが不明りょうとなる例(U.2.1(3)違反)

1.特定構造の人工心臓

2.特定工程による特定構造の人工心臓の製造方法

3.特定の安全装置を備えた、請求項1 記載の人工心臓、又は請求項2 記載の人工心臓の製造方法

例3 :択一的に引用される請求項が同一の技術的限定を付していないので様式備考の指示に合致していないが、請求項記載の選択肢は類似の性質又は機能を有しており、前記U.2.1(4)の違反にはならない例

1.特定の構造を有するエアコン装置

2.風向調節機構を有する請求項1 記載のエアコン装置

3.風量調節機構を有する請求項1 記載のエアコン装置、又はタイマー機構を有する請求項2記載のエアコン装置

(ただし、請求項3 においては、「特定の構造」が、各選択肢が共通に有する解決しようとする課題に対応した新規な事項(主要部)になっているものとする。)

V)請求範囲記載表現についての具体的考察 

 (1) 構成的記載の限界  旧法下、特許請求の範囲において、発明を「構成」で捉えて特定することとしたのは、「構成」が目的や、作用、効果より客観的であり、特許権が対世的効力を有することから第3者保護の観点からも好ましいと考えられていたからでしょう。  しかし、客観的構成でのみしか特定できないとすると、以下のような問題があります。

    表現に限界があり、勢い、堅苦しい、複雑な表現形式にならざるを得ない(明細書が読み辛いという批判の原因ともなる)。 発明の有する本来の機能を全て保護できない。すなわち、機能でカバーすべき保護範囲と構成でカバーすべき保護範囲とのずれが生じ、いわゆる均等論の問題を生じる原因となりがちです。

 (2)機能中心主義 

 a.平成6年改正法によりこのような問題を回避しうる表現方法が可能となったわけで、以上の点を考慮すると、私見ではありますが、特許請求の範囲における発明の特定は「機能中心主義」でいった方がよいといえましょう。

  機能中心主義とは、発明の本質を機能でとらえていこうという考え方です。発明を機能で特定すれば、発明者や出願人の意図した保護範囲を確実に特定できるということができます。

 b.機能的記載の限界 

 では、平成6年改正法により、機能的記載の限界がなくなったとみてよいのでしょうか?  この点、運用資料では、機能で特定した結果、特許を受けようとする発明を当業者が明確に把握できないことになる場合には、36条6項2号違反(発明の外延が不明確)となるとしています。 

 旧法下での機能的記載の限界につき、特許法概説(吉藤幸朔)では、『機能的記載は不可であるとすべきではなく、構成要件の記載が全体として明瞭である限り、機能的記載は許容されるべきであろう、とした上で、機能に止まる特許請求の範囲、例えば、「くいを無騒音で打込むようにしたくい打法」のようなものは、上述の理由により許されない。・・しかし、発明の構成要件を思想的に表現し発明保護の完全を図ろうとすれば、特許請求の範囲を機能的に表現せざるを得ない場合があるので、このような場合は機能的記載は許されるとし、上記例において、「くいに振動を与えつつ注水して地中に打込むことを特徴とするくい打法」は許容されるべきであろう』としている。  このことは新法でも全く同一であります。

 旧法と新法とでは、原則をどこに置くかの差に過ぎないのです。すなわち、   旧法:原則:「構成」で特定  例外:機能的に表現せざるを得ない場合は可 新法:原則:表現形式問わない 例外:発明の外延不明確の場合は不可   となったのであり、実際上の機能的記載の限界が広がったものではないと言えましょう。 しかし、原則として禁止されていた表現形式が、原則として許容されるようになったことは、「機能的記載禁止」の呪縛から解き放たれたことを意味します。従って、今後は機能的記載が増え、その結果いきおい従来よりも観念的に広い範囲で発明が特定されることとなるでしょう。この意味で事実上機能的記載の限界が広がっていくものと思われます。 

  c.機能的記載の実務上での注意点

   機能・作用で発明を特定した場合、以下の点に注意する必要があります。

   注意点1.機能的に記載したからと言ってそれが直ちに発明の保護範囲を拡大することを意味するものではない。

    機能的記載で特定した発明の保護範囲を広いものとするには、発明の保護範囲を支えるに十分な開示がされてるかが問題となります。この意味で、発明の詳細な説明で、実施の形態をできるだけ多種多様に説明しておく必要があるでしょう。請求項と詳細な説明との間の不一致として、36条6項1号違反とされる場合、権利化後におけるクレーム解釈上、実施の形態に限定解釈される場合などがあります。

   注意点2.適性保護範囲確保のチャンスを逃すおそれ

   これまで、機能的記載が原則として禁止されていたので、請求項で発明を特定するにあたっては、発明の機能を発揮することとなる客観的な「構成」を、可能な限り広い概念で表現しようとする「努力」をしなければなりませんでした。この努力をするが故に、明細書作成技術が磨かれるという面がありました。そして、「機能」と「構成」とがほとんど同義であるとき、最高の請求項として評価されるわけです。  機能的表現が是認されると、このような努力をしなくなる傾向が現れ、ともすると、請求項や「手段」の項で、発明の特定が機能的表現に止まり、思想としての発明を客観的構成で表現することを怠り、客観的な構成は、具体的技術である「実施の形態」になって初めて出てくるという現象が現れることとなりましょう。  このような明細書に対し、審査において、その実施の形態とは異なるが請求項の機能的表現に含まれる先行技術が引用されたとき、逃げ場は「実施の形態」における「構成」にしかありません。  従って、請求項を機能的表現で特定した場合でも、思想としての発明を客観的構成で表現し、具体的技術である実施の形態よりも上位の概念で保護範囲を確保できるようにしておく必要があるでしょう。

  (W) 請求範囲の法的性質

  (1)特許請求の範囲の構成要件的機能  「特許請求の範囲」には、発明の構成要件を特定する構成要件的機能がありますが、今回の改正でこの特許請求の範囲の構成要件的機能に変更があったのでしょうか?  旧法下では、構成要件的機能として、

   a 構成要件のすべてを記載すること 

   b 構成要件のみを記載すること の2点が上げられています(吉藤幸朔:特許法概説第10版 203頁)。  今回の改正で、bの機能がなくなったわけであります。

  これまで、「のみ」の記載が要求されていたため、特許請求の範囲の解釈にあたっては、全ての構成要件を発明成立の上で対等な地位に見て、イ号物件との対比において、構成要件の有無のみで技術的範囲に属するか否かを決定してしまいがちでした。これが、文言解釈を厳格なものにし、解釈の幅が極めて狭い印象を与えていました。  今回の改正により「のみ」を削除したことで、「のみ」に拘束されないで、発明の本質に即した柔軟な解釈の可能性を持たせたといってよいでしょう。 

  (2)特許請求の範囲の保護範囲的機能

  旧法下において、「特許請求の範囲」には、発明の保護範囲を画定する保護範囲的機能があり、その態様として、特許請求の範囲は、請求項に区分してあり、各請求項はそれぞれ構成要件的機能を有する一方、独立項であれ従属項であれ法的に別個独立した地位を有すること、同一発明であっても複数の請求項に記載できることがあげられています。  この点は、今回の改正でも引き継がれ全く同一であります。  


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