技術分野別の明細書

 
 明細書の書き方について、総論において、情報収集・分析・文章化について説明しましたが、その手法は、すべての明細書、すべての技術分野において共通しているといってよいでしょう。
 しかし、手法は同じであっても、技術分野によって、分析の着眼点や表現の方法が大きく異なる場合があります。そこで、各論として、技術分野毎の特質を、具体例を参照しつつ、明細書の書き方について説明してみたいと思います。
 
 ここでは、技術分野として、以下の分野について検討してみたいと思います。
 
日用品等(物の簡単な機械的構造)
機械装置
多数の装置の組み合わせ(製造ライン)
土木・建築構造物
制御装置
電気・電子回路
油圧制御
 
1.日用品等(物の簡単な機械的構造)
 
(1ー1) 皆さんの身の回りの品々には、様々な創意・工夫がなされ、発明品として提供されています。明細書は、日用品に始まり日用品に終わるといわれるように、日用品についての明細書を書くということの中には、様々な明細書作成技法を学ぶ機会を提供してくれます。
 特殊な技術分野になればなるほど、専門的な知識と用語が必要となる反面、表現はそのような専門的な知識や用語で事足りてしまうという点が往々にありますが、日用品に関しては、構成部材の特定を自らの知恵を働かせて行わなければならないという面があり、そこに、培われた表現技能が要求されるのです。
 
(1ー2) 日用品の特徴
 日用品と言われる範囲は極めて広く、何をもってその特徴といってよいかを特定するのは難しいところですが、あえて言うならば、一体物が多いという点でしょう。また、そのほとんどが図面で表現可能であるという点も日用品の特徴でしょう。さらに、部材の専門的用語がほとんどないというのも特徴です。また、実用新案の部類に入るような、いわゆる進歩性の程度が若干低いことが一般的であると言えましょう。また、発明品として、消費者間に流通するという点が特徴です。
 まとめますと、
  一体物が多い
  図面で表現可能
  部材の専門用語がない
  進歩性の程度が低い場合が多い
  消費者間に流通する
 では、これらの特徴と明細書の書き方について、さらに説明したいと思います。
 
 @まず、「一体物が多い」という点につきましては、一体物としての表現が必要であるということです。一体物の場合は、総論で説明した表現方法のうち、「AにBを立設するとともに、このBの先端にCを設け、このCにDを取り付けて形成した物品X。」といった、順次列挙形式(方法的記載)が最も多く使用されております。これは、部材同士が物理的に結合しているが故、構成列挙式等に比べ、表現から発明品をイメージしやすいという点があるからでしょう。もちろん、他の表現形式を使用しても何ら問題ありませんが、要は、その発明の特徴を表現する上で、最も適した表現を見つける目を養うということが重要になります。
 
 A次に「図面で表現可能」という点です。
 このことは、図面の出来不出来が発明表現に極めて重要な地位を有するということを意味します。特徴部分が一見してすぐわかるよう心がける必要があり、そのためには、斜視図が多用されるでしょう。
 一方、図面が重要であるが故、請求の範囲の特定にあたり、図面すなわち実施例に引きずられやすいという点も特徴です。総論で述べた発明分析手法により、十分検討することが必要です。上位概念的構造を導き出すため、多くの機械要素を集めた、メカニズム辞典などを参照するとよいかもしれません。
 また、日用品は、具体的物品の意匠として把握できることが多いので、意匠出願も意識し、六面図をもって開示することも検討されるべきでしょう。
 
 B「部材の専門用語がない」という点は、部材にそれぞれ名称をつけながら特定していくという作業が必要になるということを意味します。この点もある種のセンスを必要としますが、一般的には、その部材がもつ機能を優先し、例えば、回動するのであれば、回動部材というようにし、そのような特定ができないのであれば、舌片状部材等、形状による特定を使用します。
 
 C次に、「進歩性の程度が低い場合が多い」という点ですが、日用品の場合、簡単な構造のため、ややもすると進歩性が低くみられがちです。この点、従来例との差異きわだたせる表現の工夫が重要となります。課題を解決するために、通常のルートとは異なる、一歩ひねった発想がそこにあったことを印象付けるような表現が重要です。
 また、日用品の場合、できるだけ特許性を確保するため、認識できる構造はすべて記載し、それら各構造につき何らかの技術的意義を記載しておくことが、将来の拒絶理由通知に対処する上で重要です。
 
 D最後に、「消費者間に流通する」という点です。
 日用品は消費者間に必ず流通します。このことは、どういうことを意味するでしょうか。もし、発売した商品が、他人の特許を侵害することとなったら、どうでしょうか。消費者間での混乱を避けるため、デパート等では、その取り扱いに慎重にならざるを得ません。他人の特許を侵害してはならないのは他の分野でも同様ですが、日用品は消費者レベルでそれが取り沙太される関係上、それが直ちに売り上げに響くことになります。そこで、日用品の出願では、防衛出願的要素が多く含まれるという点が大きな特徴となります。従って、明細書に添付する図面は、試作品ではなく、最終的に製品として消費者に提供される商品を記載すべきです。実際に売っている商品自体について、特許出願がされていることを、商品の取り扱い業者や消費者に印象付け、安心して販売し購買できるようにするためです。
 
2.機械装置
 
 機械装置は、日用品よりも大型で、複雑な機械的構造を有する構造物となります。日用品の明細書をばかり書いていた人が、機械の明細書を書くようになると、当初、どこまで詳しく書けばよいのか戸惑うこととなるでしょう。
 日用品の場合、細かい点にまで技術的意義をむりやりつけるというような書き方をしますが、機械装置の場合、そこまで細かいことにとらわれていると、木を見て森を見ずということになりかねません。もちろん、技術的特徴のある部分に関しては、すべて記載しておく必要があることは当然ですが、さらに、細部にまでこだわる必要がない場合が一般的です。
 どこまで書くかは、発明の本質にかかわるか否かということに加え、最後は、書く人のセンスの問題となりますが、可能な限り、詳しく書いておいた方が、後ち後ち有利となることが多いといえます。但し、それも程度問題で、あまり発明の本質から外れたことを長々と述べることは、ピンぼけとなって発明の特許性を希薄なものとしてしまうでしょう。
 
 機械装置の書き方は、様々で、総論に述べたクレーム形式を、発明の本質に合わせて選択することなります。
 機械構造の基礎的土台、発明の論理的前提部分等をどのように見いだすかが、キーポイントとなるでしょう。
 
3.多数の装置の組み合わせ(製造ライン)
 
 機械装置といっても製造ライン等を構成する装置は、複数の装置が組み合わさって成り立つという点で、単独の装置の場合に比較して、当初は取り付きにくいかもしれません。見た目でかなり大がかりな装置であるというイメージが先行するからといってよいでしょう。
 例えば、装置の組み立てラインや、物品の製造ラインなどでは、搬送装置の上流から下流にかけて、原材料の供給装置、一次加工装置、二次加工装置、検査装置、容器等への充填あるいは収容装置、ラベル付け装置、ラインからの取り出し装置等が存在するわけです。
 そこで、そのような各構成のすべてをクレームに書かなければならないのか、各構成の詳細をどの程度限定して特定すればよいのかという点で当初戸惑うでしょう。
 
 まず、注目すべきは、発明の特徴部分です。その発明の特徴部分の構成を含み、特徴部分が少なくとも1つの効果を奏するために必要最小限の構成は何かを考えれば、自ずと最小単位の発明構成が見えてきます。それが、例えば、ラインを構成する1つの装置、上記例でいえば、検査装置であれば、検査装置としての請求項をまず作ります。そして、その検査装置が、その製造ラインに特有でそれ自体特許性があるというのであれば、そのような特徴部分を含む製造ライン自体も特許性を有するということができるので、製造ラインとしての請求項も作ります。
 製造ラインの請求項を作るとき、必ずといってよいほど、発明の特徴部分とは関係はないが、製造ラインという上で必要な構成が入ってきます。例えば、搬送装置です。その場合、不用意にそのような装置を特定してしまうと、権利範囲が狭くなってしまうことがあります。搬送装置としてベルトコンベヤと当初から決め付けてはいないでしょうか。発明の論理的前提としてベルトコンベヤが必要である場合を除き、そのような特定は極めて不利な特定です。
 
 また、製造ラインでは、その発明の本質が、その製造対象となっている物に限定されるものかということも検討すべきでしょう。半導体を製造しているからといって、直ちに半導体製造装置としないで、他の製造装置に適用できるかを検討すべきでしょう。
 
 以上、製造ライン等、複数の装置が集まって形成される装置発明の場合の注意点としては、
 発明の特徴点はどこか
 発明の最小単位はどの装置にあるか
 全体の装置として捉えた場合の必要最小限の構成要素は何か
 処理対象の範囲は
 
等が挙げられるでしょう。
 
 
4.土木・建築構造物
 
 土木・建築の分野は、基本的には機械的構造の部分が主ですから、これまで述べてきた分野と同様に考えてよろしいでしょう。
 ただし、土木・建築の分野では、現場用語が多く使用されるので注意が必要です。発明者は現場用語を多用しますので、その意味合いを正確に掴むことが必要となります。現場用語が学術用語としてどこまでの範囲をカバーしているのか、正確に認識し、現場用語に振り回されることなく、明細書を書くことが必要とされるでしょう。
 また、土木・建築の分野では、地球を相手にする場合が多いといえましょう。そのような場合、地球や地面を発明の構成要素とすると、形式的にみれば対象物を施工しない限り侵害が成立しないこととなります。そのことによって不利な状況にならないようにしたいものです。
 
 
5.制御装置
 
 機械装置自体の運転を制御する制御装置の場合、制御のどの部分に特徴があるのかに注意する必要があります。
 制御で問題となるのは、制御対象、制御パラメータ等、制御を構成する各部であり、これらの一つにでも新規性があれば、特許の可能性があるといってよいでしょう。
 
 例えば、フィードバック制御は、以下のような構成となっています。
 
                                外乱
                                 ↓
目標値→設定部(基準入力)→→動作信号→調整・操作部→操作量→制御対象
              ↑                 (制御量)
              ↑                  ↓
              ●←(主フィードバック量)←←←←←検出部
              ↓
             指示部→指示値
 
 
  目標値…測定値の目標となるべき値。この値を物理量に変換したものが基準      入力と呼ばれる。
  設定部…目標値を設定する部分
  動作信号…目標値(基準入力)と制御量との差
  調節・操作部…制御動作信号を増幅して制御対象に加える部分
  操作量…制御対象に対して偏差を修正するために与える物理量
  制御量…制御される物理量であって、
      サーボ機構では、位置,角度、
      プロセス制御では、温度,湿度,圧力,流量,液面、
      自動調節では、速度,張力,電圧,電流,電力,力率がある。
  外乱…制御量を目標値からはずさせようとする系の外部からの影響。
  検出部…制御量を適当な物理量に変換して、目標値と比較し制御動作をさせるための主フィードバック量をつくる部分
  主フィードバック量…目標値と比較するために、比較部へフィードバックされる量
  指示部…検出部によってつくられた主フィードバック量を指示値として出力する部分
 
 制御装置の場合、制御対象が新規でなくとも、制御が新しければ、特許性が認められる可能性があるので、どのような制御なのか、どの点が新規なのかを確認するとよいでしょう。
 
6.電気・電子回路
 
 電気・電子の分野では、発明の特徴点がどこにあるのかで、特定の仕方が異なります。回路構成を機能毎の単位で捉えて、機能ブロックの集合として特定する場合、
 素子の特徴を捉えて、例えば、トランジスタをスイッチング素子と言い換えて上位概念で捕らえる場合、
 実際の回路構成自体を特定する場合があります。
 等価回路での置き換え、同じ機能を奏する素子による置き換え、などを行うことで、できるだけ広い請求項を作る必要があります。
 実際の回路の説明においては、まず、ブロックを大きな機能ごと分けて概要を説明し、各ブロックを構成する素子がどのように有機的かつ電気的に接続され、どのような機能を発揮しているのかを明確にしていく必要があります。
 
7.油圧制御
 油圧制御の場合、機械的要素と電気回路的要素とがあります。油圧制御の制御回路は油圧回路であり、これを機械の明細書のように説明して行くと、どこまで説明しても説明が続くというような感じで、説明にきりがないという実感を持ちます。
 油圧制御の場合、機械的な構成を特定するというより、機能的に捉えて回路構成を特定していった方が発明を捉えやすく、しかも、不用意な限定を避けることができると言えましょう。
 油圧回路の内、発明の実施に必要な部分を抽出し、無関係の部分説明目は捨象しないと、説明がだらだらして締まりがなくなります。
 なお、エアーを駆動源とした駆動回路も同様です。

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