明細書の文章化技術

(02/02/10 改訂)


 発明の分析により明細書に記載すべき情報の何たるかがわかるので、得られた分析結果を明細書の様式に合わせて出力すれば、最終的な明細書が完成します。動的分析結果は明細書全体に反映され、静的分析結果は実施の形態に反映されます。

ここでは、情報を読み手に理解しやすいように、かつ、正確に表現しなければ、発明の適正な保護を確保できません。その意味で明細書における以下のような表現方法(出力手法)が問題となります。

明細書表現方法

 ここでは、表現方法として、(1) 部材の名称の付け方、(2)図面不参照の原則、(3)有機的結合関係記載の原則、(4)後記内容の参酌禁止の原則、(5)分散説明禁止の原則、(6)不意打ち禁止の原則、(7)一文・一意の原則について説明します。

<部材の名称の付け方>

 明細書のストーリーを決定する場合、まず、図面を作成します。図面を作成しながら、各部材の名称を付していきます。そのとき、以下のように名称をつけていきます。

@原則として技術用語による

A一般名の無い部材の名称は、その部材の機能や性状でつけるか又は形状で特定する。

   機能で特定した例・・・押圧部、当接部、吸引体、

   性状で特定した例・・・多孔質部材、弾性部材、可撓性部材

   形状で特定した例・・・立方体形状部、U字状溝、コ字状部、舌片状部

 ただし、形状でつける場合は、その形状ではないが、同等の機能を有する他の部材が考えられるか検討する必要があります。そのような他形状・同機能の部材が出願時に思い浮かばなくとも、第三者によりそのようなものが考えられる場合があるので、できれば機能で部材名を特定した方が得策でしょう。これは請求項で用いる名称、実施形態で用いる名称双方に共通します。

 例えば、ボールスプライン事件では、U字状溝と一対の円形溝との異同が問題となりました。

 学会等で命名法が決められている場合は、それに従います。

<図面不参照の原則>

図面を参照しなくとも頭の中で構成が浮かぶ(figure out)ことが 可能な表現を心がけます。

用意した図面を見ながら、請求項の発明特定事項を文章で特定し、その後、一度書いた図面を参照せずに文章を読み直し、その文章に従って図面を書いてみます。元の図面と一致しましたか?

<有機的結合関係記載の原則>

 発明の構成及びその実施の形態を説明する上で、構成要素間の有機的結合を説明しておかないと、構成不明瞭、実施不能といった評価を受けかねません。そこで、構成要素間の構成上での関連性(有機的結合関係)を記載する必要があります。これは、当該構成の前に説明した構成を受けつつ当該構成を説明することで表現できます。例えば、AはB、BはC,CはDというように、直近(できれば直前)の文章中の用語を受けて、順次構成を説明して行くことで、構成要素間の有機的結合関係を表現できます。

<後記内容の参酌禁止の原則>

 明細書における文章で、これから言うべきことを引用して説明することは、理解を困難にする原因となるのでできるだけ避ける。これから説明しようとしていることを念頭に理解することは困難だからです。

 このことは、発明やその実施例の説明は、現在書いている文章(読み手がすでに読んだ内容)に存在する情報は、それだけで一つの情報として理解できるように完結していなければならないことを意味します。

 例えば、「部材Aは、a,b,cに加え、後記する部材Bの端部に係合する係合部を有している。」という文章は避けるべきであります。このような文章は、構成として部材AとBがあり、2つの構成間に何らかの有機的結合関係がある場合に、記載してしまいがちです。

 そのような場合でも、有機的結合関係は後から述べる部材Bのところで延べ、部材Aのところでは述べないようにします。

 前記例では、「部材Aは、a,b,c、及び係合部を有する。部材Bは、d、e、fを有するとともに、前記部材Aの係合部に係合する係合端部を有する。」というようにします。

<分散説明禁止の原則>

 これは、特に実施例の説明において、一つの構成要素の説明を、明細書の各所に分散して説明することなく、できるだけ一つの項や節にまとめて説明すべきであるとするものです。

 例えば、実施例の構成として、

 構成A,B,C,Dを有し、構成AはA1,A2,A3、構成BはB1,B2,B3,構成CはC1,C2,C3,構成DはD1,D2,D3を有するものとします。

 その説明にあたって、

 「 構成AはA1とこのA1に係合したA2を有している。また、構成BはA1に対向してB1を有している。構成CはA1とB1との間にC1を有している。構成DはD1,D2,D3を有する。また、構成Aに戻るが、この構成Aは、A3を有し、構成Cは、C2,C3を有していて、構成Bに設けたB2,B3とにそれぞれ係合する。」

 という文章では、各構成の情報が入り乱れ、非常に理解しにくくなります。

 そこで、例えば、「実施例は、構成A,B,C,Dを有する。

 この構成AはA1を有するとともに、このA1に係合したA2を有している。また、A2から離れた位置にA3を有している。また、構成Bは、A1に対向してB1を有し、さらにB2,B3を有している。構成CはA1とB1との間に設けたC1と、構成BのB2,B3に対応してそのそれぞれに係合するC2,C3を有している。さらに構成DはD1,D2,D3を有する。

 というように、一つの構成をできるだけまとめて説明し、読み手の頭に論理的に入っていくように文章構成を組み立てる必要があります。

<不意打ち禁止の原則>

 antecedent basis = 先行詞、がないような表現は、意味が伝わりにくいものです。従って、先行詞を予め説明してから部材・構成の説明を行いたいものです。

 例えば、「液体を収容可能な容器本体と、この容器本体の取手の反対側側面に設けた液体注出出口とを設けた散水容器」という表現の場合、

 容器本体の「取手」はそれ以前になんらの説明もなくいきなり不意打ち的にでてきます。このような表現は、できるだけ避けるようにすることがわかりやすい明細書を作成する上で望まれます。

 特に米国では、このような記載は「antecedent basis = 先行詞」がないとして、拒絶理由とされるので注意を要します。

 上記の例の場合、「液体を収容可能であるとともに一側面に取手を有する容器本体と、この容器本体の取手の反対側側面に設けた液体注出出口とを設けた散水容器」という表現に改めることが必要です。

 以上は、すでに「欧米とのクレーム形式の相違点」(37頁)で説明しました。

<一文・一意の原則>

 特に、実施例において、一つの文章は1つの意味しか持たせないように、短く書く方が、理解しやすいでしょう。

 例「前記本体の端部において、前記したアーム部両端に設けた部材Aと部材Bとの間に位置するように、部材Aと部材Bとに交互にそれぞれ係脱して、その係合時に自らの動きを停止する係合用回転部材を軸で回転自在に設けてある。」

 という文章があったとします。この文章でも理解できないわけではありませんが、このままでは非常に読みづらく、理解に時間がかかるおそれがあります。

 そこで、以下のように、一つの文章で一つの情報のみを伝えるように書くとわかりやすくなります。

 「前記本体の端部に係合用回転部材が軸で回転自在に設けられている。この係合用回転部材は、前記したアーム部両端に設けた部材Aと部材Bとの間に位置している。そして、係合用回転部材は、前記部材Aと部材Bとに交互にそれぞれ係脱して、その係合時に自らの動きを停止する。」 ここでは、係合用回転部材を設ける位置関係の情報と、係合用回転部材の機能のみの情報とに分けることで、読みやすくすることができます。

 ただし、読者に文章をリズミカルに読ませた方がよい場合もあります。その場合は、文と文とを対にして連結します。

 例:「本体の一方の端部に係合用回転部材が軸で回転自在に設けられている。また、本体の他方の端部に係止部材が固定されている。」→「本体の一方の端部に係合用回転部材が軸で回転自在に設けられているとともに、他方の端部に係止部材が固定されている。」

 

構成部材の位置関係の特定手法

 

 以下のような位置関係を念頭に表現すると、構成の位置の特定がしやすい。

                上方(物の上面から離れている)

                 上面

        端(左端)    上部      端(右端)

       ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    短↑

左方   一端■■■■■■ 中心(中央)■■■■■■他端  手|  右方

       ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    方|

側方      一端 部   中  央  部   他端部       向↓  側方

             中    間    部

                 下部

                下面

         長   手   方   向→

                 下方(物の下面から離れている)

<端>  一端・他端、先端・基端、上端・下端、左端・右端、前端・後端。

<側>  一側・他側、上側・下側、左側・右側、前側・後側。

<方>  一方・他方、上方・下方、前方・後方。

<部>  上部・下部、中心部←→中心、中間部←→中間、端部←→端。

<方向> 長手方向←→短手方向、長さ方向←→幅方向、縦方向←→横方向、高さ方向、厚さ方向、軸方向(長軸方向←→単軸方向)、垂直方向、直交方向、円に関連して、法線方向、半径方向、放射方向、接線方向。

<形状> 円形状、楕円形状、円弧状、三角形状、四角形状、長方形状、矩形状、方形、柱状、三角柱状、円柱状、筒状、円筒状、角筒状、管状、くさび形、立方体、直方体、U字状、コ字状。

<相対位置関係> 前後、左右、上下、表裏等相対的な位置関係は、基準位置をあらかじめ決定してから用いる。


<なにをどう表現するかということ>

 NHKの教育番組に「課外授業」というのがある。有名人が母校の小学校に行って、後輩達に自分の専門分野の授業をする番組である。2002年2月9日の放送は、中村有志氏による「パントマイムに挑戦」というテーマである。子供達に与えられた課題は、パントマイムで「物」を表現し、それを見た人が、自分の理解した「物」を持ってくる、ということです。
 子供達が挑戦した物のなかに、「氷」と「ゴミ袋」がありました。子供達は一生懸命表現しますが、アクションだけではなかなか説明できません。
中には泣きそうになる子供もいます。
 「氷」を表現しようとしたA君は、第1回目で失敗、宿題として家に帰り、お母さんといっしょに表現の手法をいろいろ考えます。
氷の特徴は何か。冷たい。かじれる。等を考えていると、A君が何かをひらめいた。そうだ、冷蔵庫から氷をコップに取り出し、水を入れて飲んだあと、残った氷をかじる。という一連の動作をパントマイムで表現する。この作戦は見事に成功した。
 「ゴミ袋」を表現しようとしたB君は、2回挑戦したが、なかなか通じない。両手で大きな四角を描くが、四角いものは色々ある。見るに見かねた中村氏がゴミが散らばっている状況からそれを集めてゴミ袋に入れるようにしたらどうか、とアドバイス。B君が床のあちこちに散らばるゴミを拾う仕草をし、ゴミ袋の口を左右の手で開く。集めたゴミを開いた口から中に入れ、口を閉じて捨てる。このパントマイムでようやく皆が理解できた。

 このパントマイムによる表現の難しさは、明細書作成の難しさに共通する。氷や、ゴミ袋を、「氷」、「ゴミ袋」という言葉を使わずに、相手に伝える。発明はこの世に初めて出現したものであるから、それを定義する言葉は未だ存在しない。そこで、発明を取りまく様々な情報を駆使して、発明を定義する。パントマイムで表現するのと同じである。発明自体を定義しようとするのだけでなく、発明の範囲(定義)の外側の情報を説明することで、発明自体がより鮮明になる。A君が、氷自体を説明しよとしても通じず、冷蔵庫から取り出し・・・・というように、氷を取りまく状況を説明したら、ようやく相手に通じた・・・。このことを明細書作成にも忘れないで欲しいものです。
(2002/02/10)

<参考文献>
わかりやすい文章の書き方を学ぶための最良の教科書として、「日本語の作文技術」本多勝一著 をお勧めします。

 


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