発明の分析(特許明細書に記載する素材の解析)

(01/11/27改訂)


分析総論

1.発明分析の必要性(発明の本質を見抜くために)

 特許明細書に「何」を記載するかと言えば、それは開示すべき「発明」であり、その「実施の形態(実施例)」であります。この「発明」は、通常「目的・構成・効果(課題と解決手段)」からなります。
 平成6年改正特許法前の特許法第36条第4項には「前項第三号の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」とあり、その後、「前項第三号の発明の詳細な説明は、通商産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と改正されましたが、発明として、目的・構成・効果を有しないということになったものでも、そのような区分けがなくなったものではありません。
 このような発明を明細書の書式に合わせて記載することで、特許明細書が作成されます。そのためには、発明者が認識している発明を分析して、最適な特許を取得するために、その目的が何であったのか、構成はどのようなものか、効果としてはどのようなものかを再評価し直す必要があります。そして、得られた結果を明細書の書式に合わせてその各項目に配分して記載するわけです。

 ここで、最適な特許を取得するとは、「特許請求の範囲に記載すべき発明特定事項として何を選択するのが最適か」ということであり、それを支える実施形態、実施例としてどのような実例を記載するのが適切なのかということです。 そのために、発明の分析が必要となるのです。

 以下に説明する手法は、昭和58年(1983年)当時、ある会社の提案書を読みながら明細書を作成しているときに作り出した手法です。その提案書は、いきなり発明の構成の一つが説明されたと思うと、次に従来技術が出現し、と思えば発明の効果、実施例の構成、発明の問題点といったように、発明に関する情報が、従来例、本発明に関係なく入り乱れた、非常に読みにくい(いまだかつてあれほど読みにくい提案書はなかった)ものでした。

その提案書をしばらく眺めていた私は、おもむろにハサミを取り出し、提案書を切り裂き始めました。そして、その切った提案書片を、従来技術に関する記述、目的に関する記述、構成に関する記述、実施例に関する記述、効果に関する記述に分け、それらを並列に並べたのでした。これにより、発明の趣旨が明確になるとともに、発明者すら意図していない、特徴部分が浮かび上がってきたのです。目的・構成・効果は対の関係にあり、特に、発明者が企図した効果に着眼し、その効果を奏するために必要な構成を逆算することで、本来の発明が見えてくるのです。

2.分析にあたって必要な知識

 なにを発明としてとらえ、明細書に記載すべきかは、本来、特許法に従って、あるいは、企業をとりまく諸般の経済環境あるいは特許政策を考慮して、発明に係る技術情報を料理することで明かになるわけです。その結果、請求項に記載すべき発明特定事項のみならず詳細な説明の記載事項も決まってしまいます。

 ここで、まず考慮しなければならない条文は、特許法第36条第5項を始めとする特許請求の範囲の形式的記載要件です。

 特に、特許法第36条第5項には、「特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と定められております。

 明細書を始めて書く場合、最初にとまどうのが、「発明特定事項のすべて」とは何かという点です。これが「権利範囲」を特定する記載事項となります。

 次いで、考慮すべき法的事項としては、「発明の定義」、「発明の種類」、「産業上利用可能性」、「新規性」 、「進歩性」、「不特許事由」、「多項制」、 「補正の制限」、「権利解釈方法」などです。これらについては、別途さらに詳しく述べます。

   では、最も重要な、技術的思想を抽出して「発明特定事項」を決定する手法を説明します。

  分析各論

 発明の分析にあたってまず実行すべきことは、発明に関する技術情報の収集(発明の発掘)と従来技術の収集です。前者には、発明自体の情報と、発明を理解する上であるいは発明を明確にする上で必要な関連情報も含まれます。

1.情報収集工程1(発明の発掘)

 ここでは、既に発明した技術を特許明細書に書くということを課題としていますが、明細書を書くにあたっては、提示された技術から発明を抽出するという作業を伴いますので、ここでは、発明を見いだす手法から説明したいと思います。

 また、特許担当者という立場からすれば、開発現場で発明を発掘するという職務があるわけで、その際、特許的思考が大いに役立つこととなります。そこで、発明の発掘という視点から、出発してみたいと思います。

<機能中心主義>  発明の命は機能だ!

 では、どうすれば「発明を発掘」できるかです。ここでは、発掘=発見というつもりで考えるとよいでしょう。

 発明は、目的、構成、効果からなると先にいいましたが、発明がなぜ有用かといえば、それが新しい機能を提供するからです。特許法は、その新しい機能を提供する「発明」を特定させるために「構成」が何であったのかを要求します。このようなことからすると、「構成」を認識する前に、「機能」を特定する必要があるといって良いでしょう。

 このような点からすれば、発明を発見するためには「機能」を発見すればよいことがわかります。発明は新しい機能を提供するところに価値があります。そこで、「新しい機能」を発揮するものを探すことが重要となります。 ここでは、集めた発明に関する情報、とくに対象技術がどのように動作し、機能を発揮するかを把握し、その中から、従来にはない新たな機能を見いだし、その機能を発揮する構成を抽出してみましょう。

 「機能」を達成しうるすべての構成を発見できれば、最も広い範囲で権利化を図ることができ、いわゆる均等論の問題は回避できます。

<一機能一発明>

 一つの機能を発揮するということは、それに対応する構成が必ず存在するわけであり、新しく発見した機能があれば、それが一つの発明を構成している可能性は非常に高いといえましょう。その意味で、一機能一発明であるととらえて発明の発掘にあたることが望まれます。

<機能と機能の組み合わせ>

 機能を抽出し、他の機能と組み合わせてみる。2つの機能を組み合わせた場合、それが元の機能しか発揮しない場合は、単なる組み合わせとして特許されませんが、元の機能以上の新たな機能や効果を発揮すれば特許される可能性があります。現場にあるものの2つの機能を組み合わせてみるだけですので、以外に容易に発明を見いだせるかもしれません。

<権利一体の原則を利用した発明の発掘>

権利一体の原則を利用すると、発明の発掘が容易になります。

権利一体の原則=構成異なれば別発明

 構成要件の一部を欠くものは、他の構成要件を具備するか否かを論ずるまでもなく技術的範囲に属しない、とする原則です。米国における「オールエレメント・ルール」に共通する概念です。この原則は極めて重要ですので、ここに詳細に説明します。
 この原則によれば、権利解釈に当たって、特許請求の範囲の各請求項に記載された発明の発明特定事項(構成要件)が、すべて一体として揃ったとき、権利に抵触するものとして扱います。

 例えば、

     @ Aと、Bと、Cと   を備えた装置

という発明、あるいは、公知技術がすでにあったとします。これに対し、

     A Aと、Bと、Cと、Dとを備えた装置、 あるいは、
     B Aと、Bと、   Dとを備えた装置

を新たに開発したとします。これらA、Bの発明は、@の発明と構成が異なるので別発明として特許を受けることができます。但し、Aの発明は@の発明のすべての構成要素を備えているので、いわゆる利用発明となります。
 このように、従来技術、先行発明などに新たな構成を付加したり、構成を交換することで新たな発明とすることが可能です。

 ところで、第3者が、構成要素A、B、Cからなる装置を実施したら権利関係はどうなるでしょうか?
 この実施は、@の発明の特許権を侵害します。すべての構成を実施しているからです。しかし、Aの発明の特許権を侵害することにはなりません。Dの構成を実施していないからです。このように、権利に抵触しているというためには、すべての構成要素を備えていることが必要であることを「権利一体の原則」といいます。
 この観点からすると、ABCDからなる発明の実施は、Aの発明のみならず、@、Bの発明の特許侵害となります。この点はAの発明の特許権者も同様であり、Aの発明者は特許は取得できてもその特許発明を実施すると同時に@、Bの特許発明を実施したこととなりこれら特許権を侵害する結果となります。これを解決するため、特許法ではクロスライセンス制度を設け、権利調整をしています。
 また、ABのみの実施はいずれの特許発明にも抵触しません。従って、構成要素の少ない発明の方が、権利範囲が広いということが言えます。

2.情報収集工程2(先行技術調査)

 新技術開発、発明の抽出に当たっては、関連する先行技術調査が重要となります。明細書で強調すべき発明の特徴をどのようにとらえたらよいのかという点や、特許請求の範囲をどの程度まで限定したらよいのかということは、すべて、先行技術と発明との関係で決まるからです。

 既に存在する先行技術と同一の発明・考案は新規性なしとの理由で権利化できず、また、新規性があっても先行技術から容易に案出できたものは進歩性が無いとの理由で権利化できません。

 また、昭和63年1月より、産業上の利用分野及び解決課題が同一の発明は1つの願書、1つの明細書で出願できるようになりました。しかし、先行技術のいかんにより、解決すべき課題が変わって来るので、先行技術をどこまで調査したかにより、1つの願書で複数の発明を出願できる範囲が決定されます。

 この先行技術調査には、パトリスなど各種データベースの利用が望まれます。

 

3.発明分析工程

 次に、発明の分析工程について説明します。

 ここでは発明に関し得られた情報を基に、技術思想としての発明がなんであったかを評価し、明細書の様式に合わせて記載する上で必要な情報を際入手し、採取的な明細書作成工程に備えるという工程を行います。

 発明を前記明細書に著すについては、発明に関する情報を分析し、明細書の形式に合わせてどのように表現するかを検討しなければなりません。

 発明に関する情報とは、@発明自体の技術内容のみならず、A先行技術が何かということも含まれ、さらにはB発明の応用範囲についての情報も必要となる場合があります。

発明に関する情報とは、

@発明自体の技術内容

A先行技術

B発明の応用範囲

 これらを前提として、発明の分析手法について述べてみます。発明者が発明をした場合、発明者が認識している発明は、その発明の単なる一実施例である場合が往々にしてあります。従って、明細書にする場合には、その実施例から発明である技術的思想にまで高めていただきたいと思います。

 この作業は、発明の範囲を広げ、優れた明細書を書く上で非常に重要なことなので、その具体的手法を以下に述べます。

 

(1)発明の静的分析(事実認定)

(a)「目的」「構成」「作用・効果」の項目を有する1枚の紙を用意する。

1枚の紙を用意

 目 的

構 成

作用・効果

 

 

 

(b)用意した用紙の各項目に発明者が認識している発明(新規技術・新規機能)を最小部材毎にありのままに記載する。ここで、発明者が認識している発明とは、実は、発明が化体した一実施例にすぎないのである。

 発明者が発明であると認識している技術を最小構成部材(構成要素)毎に事実としてありのままに記載

ありのままとは・・・・・見たとおりのまま・・・・・何らの加工をしないということ。各構成要素の価値を評価せず、事実行為の結果として平等に扱うということ。事実認定は、客観的に、冷静に・・・・。

(これが今後の分析において、とても重要です)

 @目的の欄:発明者が認識している目的をありのままに記載

  開発テーマ、従来の問題点

 A構成の欄:その目的を達成するための具体的にどのようなことをしたか現実に完成した装置や物を最小構成部材毎に箇条書する。

  あるいは、現実に行った方法をその手順に従って箇条書にする。

 B効果の欄:どのような効果が得られたのかを記載する。

 目 的

構 成

作用・効果

@目的1

A目的2

(従来技術)

 

@実施例の構成部材1

A実施例の構成部材2

・・・・・・

 

@部材1の作用

A部材2の作用

作用が総じて生じる全体の効果

 

(2)発明の動的分析(評価)

 各項目に記載した事項を客観的に眺め、以下の点を導き出すため動的分析を行います。

@発明特定要素(構成要件)の上位概念化
A目的達成のための必須要件の抽出と従属的特徴点の抽出
B権利一体の原則を応用し、各構成要件の順列組み合わせによる複数の発明の抽出(物と方法の発明双方)
C上位概念化に伴い空洞化した実施例の補充(明細書作成のための補充データ)
D副次的効果の発見と、それに対応する副次的目的の設定
E分析結果から導き出される新規研究開発テーマの発掘(これはおまけ)

作用・効果からのフィードバックによる分析 

@各構成要素に着目・・・各構成要素が発明の効果を奏するためにどのような機能・作用を有しているのかを検討して、その機能と同一の機能・作用をする他の代替構成はあるのかを逆算する。★その代替構成と元の構成とを併せた上位概念の構成が本来の発明の構成要素である。 ★化学物質の場合、その機能や作用が不明確である場合が多い、その場合、 近似の物質が本発明にも使用できないかを検討する。

A 目的達成上の最小限の構成は何か、を検討するには、課題を解決するための前提となる効果は何かを考え、その効果を奏するために前提となる構成は何かを逆算する。その構成が課題(目的)を解決するための必須の手段である。

B同時に、作用・効果から応用品を考える。

C発明の種類を考える。物の発明の場合、その物を操査することで実現される方法の発明、その製造方法の発明が認識できるかを検討する。

  方法の発明の場合、方法の手順を前後変えても発明が成立するかを考える。

★物、方法、装置、用途、部品、原料等の各種発明を考える。

D必要データの補充 : 各構成要素の作用・効果を裏付けるに足る、すなわち、当該構成が発明を構成するであろうとの証明となる必要データがあるか否かを検討する(実施形態の補充)。

E構成要素の機能・作用から別の効果がないかを検討する。もし、別の効果があれば目的自体変更となる場合あり。 さらに、副次的効果から目的が変わるかを検討する。

F構成要素の機能・作用から本発明と異なる概念の別の開発テーマを見いだせるかを検討する。

G従来例を考慮して、発明の必須構成要素の限定を行う。

H分析結果で得られたデータを最終的に認識した目的対応で分類し、明細書の各項目に振り分け、明細書を構成する。

 

4.発明の分析と目的・構成・効果(まとめ)

 以上をまとめると、以下の@からKの手順となります。なれてくると、これらを同時に行えるようになります。

目的

@ 発明の必要かつ最小限の目的はなにか

  とりあえず発明者が認識している目的を記載

K 目的は従来例との関係で決まる。

  従来例を検討すると、発明者が認識していた目的と異なる場合がある。

  従来例に鑑み、構成要素を限定する。

構成

A 目的を達成するための具体的手段(方法の場合手順)を構成要素毎に箇条書

  C 各手段の機能、作用から、その手段と同一の機能を有する他の手段がないか考える。同一のものがあれば、そのものを含めて構成の表現を上位概念にする。

  D 方法の場合、手順の順序を逆にしても成り立つか考える。

  E 物、方法、装置、用途、部品、原料毎に発明が成立するか考える。

  F 各構成要素を縦横で眺め、どのような切り口(構成の組み合わせ)で発明が成立するか考える。

  G 切り口の捉え方で、目的も変わる。

  H 当初認識していた目的を達成する手段として、どの構成が必要最小限か? Gで新たに認識された目的があり、それに対応する構成が最初に認識した目的に対応する構成より広い場合、その広い構成を第1クレームとする。捉えた発明毎の実施例があるか確認する。なければ追加実験。

作用・効果

B どのような効果が得られたのかを記載する。 ここでは、構成に対応している必要がある。 目的に対応していない効果は、限定要素の効果である。

  I 前記CからHにあたり、各構成自体の機能を考えておく。

  J 各機能の組み合わせで、どのような効果が出るか考える。その効果が異なれば、それに対応する構成は、新たな発明である。これは前記F〜Hと同時に考える。作用・効果から応用品を考えることができる。副次的効果から目的が変わるか?

結論

 以上の分析結果から、動的分析の結果得た、最大限広い(すなわち少ない構成で、かつ可能な限り広い上位概念からなる)構成が、最終的に記載すべき「発明特定事項」であり、その構成に対応する目的が「発明が解決すべき課題」に記載すべき事項であり、その目的を達成するに必要な効果が、「発明の効果」に記載すべき事項となります。

 ここで、重要なことは、分析にあたっては、従来技術等を考慮にいれず、可能な限り広い概念を導き出すということです。可能な限り広い概念を導き出した後、始めて「従来技術」や特許要件等他の参照事項を考慮して、請求の範囲を「限定」すれば、最大限広い権利範囲に収束させることができます。


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