ボールスプライン軸受事件以降の均等論

2004年2月13日 日本知的財産協会 関東建設部会 研修会での講演内容を再構成したもの

2004年2月14日

弁理士 遠 山  勉

1.均等論についての最高裁判決

「無限摺動用ボールスプライン軸受事件」(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。

 「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合であっても、

(1)右部分が特許発明の本質的部分でなく、

(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3)右のように置き換えることに、当該発明をする技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という)が、対象製品等の製造の時点において容易に想到することができたものであり、


(4)対象製品等が特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時の容易に推考できたものでなく、かつ、
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、

右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」

理由:

 「けだし、

(1)特許出願の際に、将来のあらゆる侵害形態を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明かとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるのであって、

(2)このような点を考慮すると、特許発明の実質的価値は第3者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第3者はこれを予期すべきものと解するのが相当であり、

(3)他方、特許発明の特許出願時において公知であった技術及び当業者がこれから右容易に推考することができた技術については、そもそも何人も特許を受けることができかったはずのものであるから(特許法29条参照)特許発明の技術的範囲に属するものということができず、

(4)また、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなと、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないからである。」

2.均等論の前提となる「要件事実論」と「権利一体の原則」

 「要件事実」とは、権利の発生、障害、消滅等の各法律効果の発生要件に該当する具体的事実をいう。これら各法律効果の発生が認められるためには、その要件事実が欠けることなく存在する必要があるから、訴訟においては、証拠によってこれを立証しなければならない。立証できないときは、当該法律効果の発生が認められない。

 例えば、特許法第100条では差止請求権につき「特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる」と規定されている。

 差止請求権が発生するための要件事実は、

@    特許権者又は専用実施権者であること、

A    自己の特許権又は専用実施権を侵害するという事実又は侵害するおそれがあること、

である。

 そして、特許権等の侵害とは、

特許法第68条に規定された、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」に反して、特許権者の「専有」を侵す行為、すなわち、特許法第2条3号に規定された、発明の「実施」行為を権原なく行うことであり、最終的には、特許発明の技術的範囲に属するか否かにより決定される。

 特許発明の技術的範囲に属するか否かは、特許法第70条第1項により、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定められる。

この場合も、要件事実論に準じて、「特許請求の範囲」に記載された発明の構成要件が、あたかも、法律の要件事実と同様に扱われる。

これが、いわゆる「権利一体の原則」に通じる。権利一体の原則とは、請求の範囲の構成要件をすべて備えたとき、権利侵害が成立するとするもので、一部実施は特許発明の実施とならない。よって、請求の範囲の構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合は非侵害である。

 例えば、「ABCDからなる装置」という特許請求の範囲に対し、

 対象製品が「ABCdからなる装置」が製造・販売されたとする。

 D=dの場合、侵害である。D≠dの場合、構成要件の一つが異なるので、文言上は非侵害である。

 均等論は、上記のように、構成要件の一つが異なる場合で、しかも、Dの機能(作用効果)=dの機能(作用効果)とが同一である場合に問題となる。

3.均等論に基づく、技術的範囲に属するか否かの「要件事実」について

上記均等論に従って対象製品が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを決定するための「要件事実」は以下の通りである。

@(前提条件)特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存するが,それ以外の構成は同一である。

A(均等の第1要件)前記対象製品等と異なる部分は特許発明の本質的部分ではない。

B(均等の第2要件)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏する。

C(均等の第3要件)右のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)か,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものである。

 侵害を主張する原告特許権者は、上記4つの要件事実を立証する必要があります。

これに対し、被告は、上記4つの要件事実を反証により覆すか、さらに、均等の第4要件である「容易推考性がないこと」または、第5要件である「意識的除外等の特段の事情の存在」を抗弁事実とし主張・立証することで、均等の成立を覆すことができます。

4.均等の各要件とボールスプライン事件以降の判例

(1)第1要件:本質的部分についての判例

★本質的部分(1)

徐放性ジクロフェナクナトリウム製剤事件:H11.1.28東京地裁平8(ワ)14828号・148333号では、「(1)の要件について、特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当であり、対象製品との相違が特許発明の本質的部分に係るものかどうかを判断するにあたっては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか、それともこれとは異なる原理に属するものかという点から判断すべきある」とした。

★本質的部分(2)

グラブ式浚渫船の移動方法事件 H11.5.31 東京地裁平10(ワ)17867

 「発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうちで、当該発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分、言い換えるならば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該発明の技術思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解することができる。

 右(二)(1)(ア)(ウ)の事実によると、本件発明の特許出願時において、二本のスパットを浚渫船の船尾に配置し、二本のスパットを交互に打ち込み、一本のスパットを中心に船を回動させながら前進させる浚渫船の移動方法は当業者に公知の技術として知られていたものと認められる。また、右の二本の移動用のスパットのほか、もう一本スパットを設け、これを固定用として使用することは、右(二)(1)(イ)(ウ)の事実等に照らすと、本件発明の特許出願時において、当業者が容易に推考することができたものというべきである。これらの事実に右(二)(2)(3)認定の事実を総合すると、本件発明は、二本の移動用スパットの他に固定用スパットを船体中央に設けたことにその特徴があるのであって、そのことによって、浚渫作業の障害になることなく、有効に船体を固定することができるという効果を生じるものと認められる。そうすると、固定用スパットを船体中央に設けたことは、本件発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分であるということができる。しかるところ、本件被告方法は、その部分が本件発明とは異なるから、本件特許請求の範囲に記載された構成中の本件被告方法と異なる部分が本件発明の本質的部分ではないということができない。」

★本質的部分(3)

生海苔の異物分離除去装置事件 H12.3.23 東京地裁平10(ワ)11453

「特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。

すなわち、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから、明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきであり、対象製品がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば、もはや特許発明の実質的価値は及ばず、特許発明の構成と均等ということはできないと解するのが相当である。

そして、発明が各構成要件の有機的な結合により特定の作用効果を奏するものであることに照らせば、対象製品との相違が特許発明における本質的部分に係るものであるかどうかを判断するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、特許発明を先行技術として対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか、それともこれとは異なる原理に属するものかという点から、判断すべきものというべきである。」

★本質的部分(

電話用線路保安コネクタ配線盤装置事件H13.5.22 東京地裁12()3157

「特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分,言い換えれば,当該部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。すなわち,特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきであり,対象製品がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば,もはや特許発明の実質的価値は及ばず,特許発明の構成と均等ということはできないと解するのが相当である。」

 この判決は、生海苔の異物分離除去装置事件と全く同一の基準である。

★本質的部分(5)

注射液の調製方法及び注射装置事件 H11.5.27 大阪地裁平8(ワ)12220

均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分でないことを要する。右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の作用効果を生じるための部分、換言すれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である

★本質的部分(6)

召合せ部材取付用ヒンジ事件H12.5.23 大阪地裁平7()1110、同()4251

特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付け、特有の作用効果を生じるための特徴的部分、換言すれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。そして、右の特許発明における本質的部分を把握するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された一部を形式的に取り出すのではなく、当該特許発明の実質的価値を具現する構成が何であるのかを実質的に探求して判断すべきである。この理は、実用新案権の場合でも同様である。

本質的部分(7)

抗凝血性綿撒糸事件」 H14. 4.30 東京高裁 平成13(ネ)2296

「本件特許の出願経過に照らすと、出願人は、拒絶理由通知に対する意見書(乙8)の中で、補正後の特許請求の範囲に記載された発明が引用例記載の発明とは区別され、新規性及び進歩性を有するものであることを説明して、「綿撒糸を製造した後、これら綿撒糸の1つ又は複数を注射器内に挿入します。・・・本願発明におけるこれらの多くの工程の組合わせは公知技術に見出すことはできません。」、「(引用例2には)綿撒糸を最初に凍結工程により製造し、次いで血液試料を採取(する)ために注射器中に挿入し、配置することを示唆する教示も全くありません。」(下線付加)等と主張していたことが認められる。綿撒糸を製造した後、これを注射器内に入れる旨の説明は、意見書中に繰り返し表れており、説明の趣旨自体は明確であって、不用意な言明とも認められないところ、その内容は、これを客観的にみると、「綿撒糸を製造した後、・・・注射器内に挿入する」という工程の組合わせないし「順序」が公知技術との相違点であるとして、本件発明の新規性及び進歩性を説明しているものであり、上記工程ないし順序が本件発明の特徴的部分であることを言明したものであると理解される。

 そして、出願人が特許請求した発明の特徴について、出願手続中で提出した意見書等において自ら説明し言明した事項は、通常、特許請求された発明の内容を、出願人自身の認識に基づいて、最も端的に表現したものということができるのであるから、均等論の適応が問題となる場面で、当該発明の特徴的部分がどこにあるかを把握するに当たっては、これらの言明を参酌して、出願に係る発明の特徴的部分を出願人の説明どおりのものとして理解することが、一般に合理的であると考えられる。本件においては、意見書の記載内容自体に照らしても、拒絶理由通知で指摘された公知技術との関係においても、特許出願手続の過程における出願人自身の言明に反して、綿撒糸を製造した後注射器内に入れるという「順序」が発明の特徴的部分ではないと理解すべき事情は認められない。

 そうすると、本件発明(1)において、綿撒糸を製造し、その後に綿撒糸を注射器内に入れるという工程ないし順序は、本件発明(1)を特徴づける発明の本質的部分であると解するのが相当であり、この工程ないし順序を踏まない被告方法を本件発明(1)と均等のものということはできない。」とした。

 「また、引用例との関係において発明を限定する必要がなかったと事後的に評価することができる場合であっても、出願人自身が自ら発明の特徴について述べていた事項は、均等論適用の場面で当該発明の特徴的部分を把握するうえで、重視されるべき解釈資料と位置づけられるのであり、本件においては、控訴人の上記主張を勘案しても、発明の特徴的部分を出願人の言明どおりのものとして把握することを不合理とする事情は存在しないというべきである。」とした。

 「出願経過記録を検討する第三者は、出願手続の過程で提出された出願人の意見書等の中でなされた表明に依拠して特許請求された発明を理解し、その技術的範囲についての予測を形成することも多いという事情を考えるとき、出願手続中で出願人自ら発明の新規性及び進歩性を基礎づける特徴として説明していた事項が権利成立後、権利行使の場面において、発明の本質的特徴に係わる事項ではないと主張され、均等論の適用が求められた場合に、これを安易に認めることは相当でないというべきである。本件においては、特許権取得の過程において、出願人自身が発明の特徴を主張することにより本件発明(1)を限定する趣旨とみられる言明をしているのであり、そのことからすると、均等の成立を妨げる特段の事情が存在するというべきである。」とした。

★本質的部分(8)

重量物吊上げ用フック装置事件 H14. 4.16 東京地裁 平成12(ワ)845

  「 ア 要件@(本質的部分)に関して,本件明細書Aの記載とそこにおいて先行技術とされた本件特許発明@(ただし,出願時未公開)との技術の相違からすると,本件特許発明Aの本質的部分は,フック装置抜去のために,フック支持体が反転して開口部を開放した状態でフックとの位置をロックする抜去用ロック機構を設けたことであり,ロックの具体的構成や配置は本質的部分には当たらないと考えられる。

「この点,本件特許発明Aに係る出願の平成8年1月11日付け拒絶理由通知書(乙1)において引用されている実願昭61−163379号(実開昭63−67585号)のマイクロフィルムには,荷重を地面に降ろすとフック部が反転して自動的にワイヤーロープを外す装置である自動はずしフックの考案が収録されている。そして,上記マイクロフィルム中の図面(特に第1図,第4図)には,開口部を開放した状態でフックとフック支持体の位置関係をロックするロック体(位置保持手段15)をフック支持体側に設け,係止部(係止段部14)をフックの側に配設した具体的なロック機構という点において,本件特許発明Aの抜去用ロック機構と同様の構成が開示されている。しかし,これは,ワイヤーロープが外れた後に,フックが揺動することを防ぐためであり,フック装置を抜去するためのものではなく,また,フックが自動的に反転して荷重を開放し,しかもその時はフックが下向きになっているため,フックの抜去という問題は生じない。したがって,上記の考案は本件特許発明Aと解決するべき課題を異にするものであって,上記ロック機構が存在することは,本件相違部分が本質的部分か否かについての前記判断を左右するものではない。

 ここでは、本質的部分の確定は、従来技術との対比で決定されるべきことを示すとともに、同一構造であっても、課題の異なる従来技術は本質的部分の確定にあたって考慮すべきでないことを示した。

★本質的部分(9)

筋組織状コンニャクの製造方法及び製造装置事件 H14. 4.16 大阪地裁 平成12(ワ)6322

   「ア ここにいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付け、特有の作用効果を生じさせる特徴的な部分、言い換えれば、その部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。

イ 本件発明は、上記2記載のとおり、多数本の糸状こんにゃくをそれぞれが互いに接触する部分でのみ接着させて集束一体化することにより、風味、歯切れ等が改良された筋組織状こんにゃくを得る製造装置につき、本件発明の構成を採ることにより、簡略な装置によってその製造を実現したものであり、(※1)本件発明の本質的部分は、目皿から吐出された糸状こんにゃくのりが、圧力開放により膨張して、糸状こんにゃくのり同志が外力を加えることなく接して一体化するようにするために、こんにゃくのりの押出し孔間隙を3o以下の、又は押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を3o以下の小さい傾斜ノズルとした多孔のノズルを押出装置に設けたことにあるというべきである(ただし、前記3(2)ウで認定したように、本件証拠として提出された実験結果からすると、押出し孔(主孔)の直径が1.2oで、押出し孔(主孔)間隙が1oを超える場合には、糸状こんにゃくのりの一体化が不完全にしか生じないから、押出し孔の直径が1.2o程度の場合において、本件発明特有の課題解決手段を基礎付け、特有の作用効果を生じさせるというためには、押出し孔間隙を1o以下に限定してとらえる必要がある。)。(※2)」

【コメント※1】本発明の特徴として「本発明は、要は・・・である」という形で表現している。・・・これは明細書を書く上でも参考になる。要は・・・なのだ。と主張しておくことで、本質的部分を意識的に宣言できる。

【コメント※2】ここでは、実験結果から、本質的部分を限定的に解釈している点が注目される。

被告の主張は通常採用されない条件下における単独孔目皿と連通孔付目皿との間の作用効果の差異を主張するものにすぎないが、そのような通常採用されない条件下における作用効果の差異をもって、単独孔目皿と連通孔付目皿の各構成の上記差異部分が本件発明の本質的部分であるとすることはできないというべきである。※3」

 【コメント※3】通常採用されない条件での作用効果を主張して本質的部分であるとすることはできない。

(2)第2要件:置換可能性(同一目的、同一作用効果)

(3)第3要件:置換想到性

筋組織状コンニャクの製造方法及び製造装置事件 H14. 4.16 大阪地裁 平成12(ワ)6322

「本件発明の各構成は、本件特許出願に係る特開昭62−201555号公開特許公報(公開日:昭和62年9月5日、乙1添附資料9)に掲載されたものである。なお、本件発明に対応する同公開特許公報の特許請求の範囲第3ないし5項においては、構成要件Cにおける「圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して」との構成はなく、構成要件Cにおける「外力を加えることなく接して一体化する」との構成は「接する」と記載されていたものであるが、上記構成は、同公開特許公報の〈問題点を解決するための手段〉の項(2頁左下欄18〜20行)、〈作用〉の項(2頁右下欄12〜15行)に記載されていた。

 さらに、被告代表者の陳述書(甲60)によれば、被告は、平成4年5月ころから平成7年2月ころまで連通孔のない単独孔目皿の製造販売をしていたことが認められること、上記のとおり、被告製造装置の「主孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズル」の構成が特段の作用効果を奏するものではないことを併せ考えれば、被告が被告目皿の製造販売を開始した平成6年6月ないし平成7年2月当時、被告目皿を使用して、本件発明の「(孔間にスリットのない)多孔のノズル」を、被告製造装置の上記構成に置換することは、当業者が容易に想到することのできたものというべきである。」

 ※特段の作用効果がないという点は、容易想到性判断の基準となる。

(4)第4要件:容易推考性がないこと

三脚脚立事件 H13.11.28 東京高裁 平13(ネ)2630 等

 本件では、均等の第4要件の基礎となる公知技術の範囲を実用新案法3条の2(特許法第29条の2)まで拡大した。

「ある登録実用新案が、その出願日前の他の実用新案登録出願であって当該実用新案登録出願後に出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された考案と同一であるときも、実用新案法3条の2本文の規定により、当該考案は何人も実用新案登録を受けることができなかったはずのものであることに変わりはないから、このような場合には、上記C′の要件に規定する場合と同様、これを登録実用新案の技術的範囲に属するとすることは相当ではない。したがって、対象製品が登録実用新案の先願に係る実用新案法3 条の2本文に規定する明細書又は図面に記載された考案と同一である場合には、出願時における公知技術に準じ、対象製品が実用新案登録請求の範囲に記載された構成と均等なものとしてその登録実用新案の技術的範囲に属すると解することはできないというべきである。」

(5)第5要件:意識的除外等の特段の事情

★支持真柱建込み工法および装置事件 H10.10.30 東京地裁 平6(ワ)4419

右拒絶理由に対して、手続補正書を提出して、特許請求の範囲を、前記第二の一1(一)記載のように(「360度回転自在」と)補正した。そして、意見書を提出して、本件引用例1、2においては、わずかな角度回動することが開示されているのみであるが、本件各発明においては、360度回転自在であるから、そのような360度回転自在である構成は、本件引用例1、2にはない旨主張した。

イ号方法及びイ号装置では、構真柱建込機は、中心角±8度のわずかな角度範囲でしか回動しないから、これらが本件工法発明の構成要件(イ)の「360度回転調節自在」、本件装置発明(ウ)の「360度回転自在」調節自在な構真柱建込機(イ号装置)を充足するとは認められない。」

「右3のとおり、構真柱建込機がわずかな角度回動するのみでは、支持真柱建込み装置を貫通させて支持真柱を吊り下げる前に芯出しを行わず、吊り下げた後に芯出しを行うことはできないのであるから、イ号方法及びイ号装置の右回動部分を本件各発明の「360度回転自在」に置き換えることが可能であるということはできないし、また、右1で述べたところからすると、イ号方法及びイ号装置のように、構真柱建込機がわずかな角度範囲でしか回動しないものは、特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものということができる。したがって、イ号方法及びイ号装置が、本件各発明と均等であるということもできない。」

脇の下用汗吸収パッド事件 H11.6.29 東京地裁 平8(ワ)5784

原告は、「曲率の小さな」との記載を「曲率半径の小さな」に訂正する旨の訂正審判を請求。一旦は、明瞭でない記載の釈明として容認された。しかし、被告が提起した訂正無効審判で、訂正は明瞭でない記載の釈明に当たらず、また、単なる誤記でもなく、訂正前の登録請求の範囲を変更するものであるとして、訂正無効審決がなされた。(曲率=1/曲率半径、という関係にある)

このような事実を背景として、判決は、

「このような本件明細書の記載からすれば、原告は、縁部の形状を彎曲連結部より曲率の大きな三つの彎曲を連ねたものとする構成を、本件考案の実施例を示す図面として自ら掲げているのであって、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」にその構成を記載することが可能であったにもかかわらず、これを記載せず、かえってこれとは異なる構成のみを記載したものということができる。

そして、前記のとおり、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」の記載を字義どおりに解しても、当業者において、その技術的意義を明確に理解でき、これを実施することが可能であることなどをも併せ考えれば、原告は、本件考案についての実用新案登録出願手続において、本件考案の技術的範囲を、袖添付け部と身頃添付け部の縁部の形状が彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねたものに限定したと外形的に解される行動をとったものというべきである。そうすると、本件考案の構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分において、被告製品は「曲率半径の小さな」である点で本件考案とその構成を異にするものであるところ、この点の相違については、前記25の均等の成立を妨げる特段の事情があるものというべきである。」とし、均等を否定した。

5.機能的クレームと均等論

 特殊なクレーム形式、特殊技術分野における特許要件に関する諸問題、発明協会:特許審査・審判の法理と課題:竹田稔監修335頁には、機能的クレームについての均等論適用の可否が論じられている。その部分を引用する。

「適用否定説はその根拠として、@技術思想としての幅を初めから有する概念である機能表現を行う場合、その機能の範囲のみしか権利範囲は認められない。それが発明を思想として表現した機能表現クレームのリスクであり、むしろ公平の理念や法的安定性に適合する(江藤聡明「機能表現クレームの権利範囲−機能表現クレームへの均等論の適用はあり得るか」パテント1999.vol.52 103頁)、A機能的クレームは発明を作用で特定するところ、ある構成要件の作用が異なれば発明としても異なることとなるので、結局置換可能性の要件を満たさない。B物の形状等で構成要件を特定する場合と比べ、特定が容易であるため必要性がない、等を根拠とする。

これに対し、適用肯定説は、@権利範囲が広い分だけ先行技術の範囲も広がるわけで、公知技術等を含んでいれば無効にすればよく、そのような先行技術がない以上は広い範囲に権利を認めるべきであり、均等を認めない理由にはならない、A各構成要件の作用が変わっても発明の作用としては変わらない場合もありうる(松下正「機能表現と均等論」パテント1999.vol.52 NO.695)と反論する。」

この点につき、相田義明氏は「抽象的・機能的な表現を含むクレームの諸問題:知財管理Vol.51 No.12 2001 1845頁」で、「機能的クレームの文言を明細書に開示された発明の実質に照らして柔軟かつ制限的に解釈することは、まさに、日本においても技術的範囲の確定において裁判所が実践していることである。そうすると、均等論の考え方は機能的クレームの解釈に取り込まれているといえ、これにさらに均等論を重ねる余地はほとんどないものと思われる」としている。

思うに、本来特許発明がカバーしようとしていた機能範囲と、当該特許発明を特定した構成要件の用語の概念範囲とのずれを公平の観点から補填するための理論が均等論である、とするならば、均等論を機能表現クレームに適用する余地はないこととなろう。

しかし、相田氏も指摘するように機能表現クレームは、裁判所で、明細書に開示された発明の実質に照らして柔軟かつ制限的に解釈されているのが実情である。ただし、相田氏のいうようにこれにさらに均等論を重ねる余地はほとんどないかというと、以下の理由からその余地ありと考える。

先に紹介したように、日本の裁判例でも、米国と同様な、「逆均等:機能表現クレーム=開示された実施例とその均等物」のルールでその技術的範囲が確定しているならば、その結果は、いわゆる一般的なクレーム解釈論における、「文字通り侵害の有無」の段階であって、未だ、「均等論」の適用段階ではないことに注意しなければならない。

逆均等の理論を適用して、機能表現の構成要件を、実施例に開示された対応構成からある程度幅をもって特定された具体性のある構成要件に特定し直した場合であっても、その再特定された構成要件の一部に対象物件と異なる部分があったとき、その置換可能性、置換容易性等を判断するのが均等論の問題である。

そうすると、機能表現クレームにも均等論が適用される余地は、理論的に残っていることとなる。実際の事件において、「振動を吸収する手段」とクレームに特定され、実施例では、ゴム製のダンパが開示され、他の例が記載されていないとき、逆均等の理論により、振動を吸収する部材とは、ゴム製ダンパおよびその均等物として評価されたものとする。その均等物としては、せいぜい「スプリングを利用したダンパ程度」であるとする。

このように特定された「ゴム製ダンパおよびその均等物」が「特許発明の本質的部分」である場合は、もはや均等論を適用する余地はないが、特許発明の本質的部分」でない場合、ゴム製ダンパおよびその均等物と置換可能・置換容易な「空気層を利用したダンパ」が均等物であるとして、評価してもよい場合があろう。もちろん他の均等要件も検討すべきことは言うまでもない。

6.参考資料

知的財産研究所

平成14年度調査研究「特許クレーム解釈に関する調査研究(U)」資料

http://www.iip.or.jp/summary/equivalent.html