判例3

意匠の基本的構成態様及び具体的態様が,周知・公知部分あるいは機能上必然的に決まる形態である場合でも,意匠法における類否判断においてこれらを考慮すべきとした例
(2003年2月4日 弁理士 遠山 勉)


◆H15. 1.16 東京高裁 平成14(行ケ)381 意匠権 行政訴訟事件
<主文>
特許庁が無効2001−35383号事件についての審決を取り消すとした。
<事実関係>
 特許庁における手続の経緯
  意匠登録第1062965号の意匠「建築構造材用継手」についての無効2001−35383号事件につき、特許庁は平成14年6月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
  審決の理由は,本件意匠と,原告が頒布したカタログ「ヤザキのプラスチックス ERECTOR イレクター仕様書」(1979年印刷)において商品番号「J−16」として示されているものの意匠とは,
  ア 基本的構成態様において,全体が,正面視左方に,上方が開口した略Cの字状の管(C型管)を配し,その右方に,短円筒状の管(円形管)を,やや間隔を開けて平行に配し,その二つの管の底部を接線方向に,管壁と同厚の平板により接合し,また,C型管の正面視右側の切断面から円形管の接線方向に,管壁と同厚の平板により接合している点(以下「本件基本的構成態様」という。),
  イ 具体的態様において,@C型管と円形管の長さを同長とし,その長さが,外径の略2倍のものである点,A平面視において,その縦横比が,略2:3のやや横長長方形状のものである点,BC型管と円形管について,その内径及び外径,また,管壁の厚さがほぼ等しい点(以下「本件具体的態様」という。)
  で共通するとしつつ,他方,
  ウ @C型管の開口部について,本件意匠は,左右の切断面の高さが同じであり,開口部が真上に向いているのに対して,甲号意匠は,左側の切断面の高さが右側の切断面より高く,開口部が,正面視やや右向き(内向き)に配置されている点,A本件意匠は,C型管の左側面,また,円形管の平面及び右側面に,その全長にわたって,管外径の略1/4幅の帯状平面部を形成しているのに対し,甲号意匠は,そのような平面部が形成されていない点,
 に差異があるとした上で,共通する点は,看者の注意を引かない微弱なものであるのに対し,ウの@の点は,類否判断に及ぼす影響は微弱であるものの,ウのAの点は,十分な意匠的効果があり,類否判断に及ぼす影響は大きいものであって,前記共通点は,この相違点を埋没させるほど強力な印象をもたらすものではないから,結局,両意匠は類似しない,として,原告主張の無効理由を排斥するものである。
 
<争点>
 意匠の基本的構成態様及び具体的態様が,機能上必然的に決まる形態である場合に,意匠法における類否判断においてこれらを考慮すべきか否か。
 
<当裁判所の判断>
 
1 本件意匠及び甲号意匠の共通部分の評価のあり方について
  (2) ある意匠において,周知ないし公知であり,ありふれたものとなっている部分が,当該意匠の要部,すなわち,看者の注意を最も強く引く部分となることはいくらでもあり得る。ありふれた部分を含む意匠を全体的に観察する際,ありふれた部分も,何らの美感をも与えないというわけではなく,よくあるものであるとの印象(これも一つの美感である。)を看者に与えることは当然であり,当該意匠中の他の部分に,ありふれた部分が与えるこの印象(美感)を超える美感を生じさせるだけの力がない場合には,結局,ありふれた部分が,最も強く看者の注意を引く部分,すなわち,当該意匠の要部ということになるのは,当然である。ありふれた部分であるからといって,当然に,看者に与える印象が微弱であって,要部に該当しないということはできない。誇張していえば,むしろ,現実に世にある多くの意匠の大半は,このようなものであるということも許されるであろう。
 
  (3) 本件意匠ないし甲号意匠を採用する物品(ジョイント)は,前記のとおり,いわゆるDIY製品であり,その需要者は,それを用いて種々の構造物を作るための部品としてみるのであるから,まず,本件基本的構成態様及び本件具体的態様に着目し,これに基づいて物品の取捨選択をすると考えられる。そうである以上,それがありふれた,周知のものであるからといって,そのことだけで,看者に与える印象が微弱なものであるということはできない。
    もっとも,両意匠の上記共通点(本件基本的構成態様及び本件具体的態様)が看者に与える印象が微弱なものであるとはいえないとしても,本件意匠と甲号意匠との相違点に係る部分,とりわけ審決の強調する「帯状平面部」の有無が,意匠の全体的観察において,看者に強烈な印象を与えるなどして,最も看者の注意を引くものとなり,全体として甲号意匠とは異別の印象を与えるだけの力のあるものであれば,両者は類似しないことになる。
    結局,両意匠の類否は,それぞれを,その各部の看者に与える印象の強さを総合考慮して全体的に観察して決すべき事柄であるという以外にない。しかし,その際,ありふれたものである本件基本的構成態様及び本件具体的態様が看者に与える印象は微弱なものである,との前提に立って判断することは,正しくないというべきである。
 
2 本件意匠と甲号意匠との類否判断について
 「帯状平面部」につき、
「丸棒や円管の表面を必要に応じ適宜削除することは,種々の分野において古くから行われてきた,ありふれた手法であること(弁論の全趣旨)から・・・看者の注意を引く力がそれほど強いものと認めることはできない。また,この帯状平面部は,DIY製品の機能・用途には,基本的に無関係なものと認められる。
 とし、
 「そうすると,・・需要者が,まず部品としての機能・用途により製品の取捨選択を決めることからは,本件基本的構成態様及び本件具体的態様がまず注目されると考えるのが合理的」とし、
 「丸棒や円管の表面を必要に応じて適宜削除することはありふれた手法であるとの事実,本件意匠が用いられる商品の性質,用途,一般的な需要者の製品選択のあり方などを総合考慮すると,それ(帯状平面部)が,最も看者の注意を引く部分,すなわち要部であると認めることはできない」とした。
 さらに、本件基本的構成態様及び本件具体的態様は,機能上必然的に決まる形態であるから,意匠法における類否判断をするに当たり考慮するのは相当でない,との特許庁の主張につき、
 「仮に,本件基本的構成態様及び本件具体的態様が機能上必然的に決まる形態であるとしても,意匠法における類否判断をするに当たり,これを考慮の対象から外すことに,何らの合理性も認めることはできない。意匠法において,二つの意匠の類否は,それぞれの意匠が全体として与える美感の対比により決定されるべき事柄であり,そうである以上,各意匠を構成する態様は,すべて,それが何に由来するものであろうと,考慮に入れられなければならないことになるのは,当然のことであるからである。」
 とした。
 
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 なお、東高昭和43年(行ケ)156号では、「物品の形状のみから成る意匠の全体的な形態がその意匠に係る物品の基本的形態として周知であるときでも,全体的な形態が絶対に意匠の要部(最も看者の注意を惹く点)になり得ないわけではなく,それが周知の形態でない場合に比べて,その重要性の比重が相対的に低下するにすぎないと解するのが相当である。したがつて,本願意匠に前記配置に基づく全体的な形態のほかに看者の注意を惹く点がないとすれば,右の全体的な形態がやはり本願意匠の最も看者の注意を惹く点であるといわねばならない」,としており、
 東高昭和54年(行ケ)201号でも,「意匠は,その各構成部分を総合した全体的なまとまりとして,視覚的に看者に印象づけるものであり,ある部分が看者の注意を特にひく部分かどうかについても,その部分が全体に対しどれだけ影響力を及ぼしているかを全体的に考究すべきものであることにかんがみると,意匠の類否判断にあたつて,公知ないし周知の構成部分をたやすく除外して類否の判断をするのは,相当でない。」,としている。
 
<実務での指針>
 意匠の類否判断にあたり、周知・公知部分あるいは機能上必然的に決まる形態部分を無視して、意匠の要部認定を安易にしてはならないということである。