判例1

医療行為・治療方法が産業上利用できる発明であるか否か

(2003年1月22日:弁理士 遠山 勉)

H14. 4.11 東京高裁 平成12(行ケ)65 特許権 行政訴訟事件

1.結論: 請求棄却(特許庁勝訴)
 
2.事実関係
 本件は、平成10年審判18303号事件についての審決取消請求事件である。

 特許請求の範囲(請求項1)
 本願出願に係る特許請求の範囲は,請求項1ないし18から成り立つ。そのうちの請求項1は,次のとおりである。
「外科器具(31)を用いて行われる手術を再現可能に光学的に表示するための方法であって,
 外科手術を行う人体一部分の断層写真情報をデータ処理装置(21)のデータメモリに記憶させ,
 断層写真情報から手術個所の位置データを特定し,
 外科器具(31)を三次元的に自在に可動な担持体(16)に取り付け,
 外科器具(31)の位置データを座標測定位置(1;50)を用いて決定してデータ処理装置(21)に送り,外科器具(31)の位置データを手術個所の位置データに関連付け,
 この関連付けに基づいて外科器具(31)を手術個所に対して指向させるようにした前記方法において,
a) 外部から接近しやすい少なくとも3つの測定点(42)を参照点として人体一部分に特定または配置すること,
b) 人体一部分から,測定点(42)を含む断層写真(41)を作成して,データメモリにファイルすること,
c) 座標測定装置(1;50)を用いて測定点(42)の空間的位置を検出し,その測定データをデータメモリにファイルすること,
d) データ処理装置(21)が,断層写真(41)に含まれる測定点(42)の画像データと座標測定装置(1;50)によって検出した測定点(42)のデータとの関係を求めること,
e) 座標測定装置(1;50)を用いて,三次元的に自在に可動な外科器具(31)の空間的位置を連続的に検出し,その位置データをデータ処理装置(21)に送ること,
f) データ処理装置(21)が,断層写真(41)の画像情報に外科器具(31)に位置データを重畳させること,
g) データ処理装置(21)が,断層写真(41)の画像内容と人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置とを重畳させた重ね合わせ画像(43)を生じさせること,
h) 出力装置(22)上に,人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置を,外科器具(31)が存在している領域の断層写真(41)とともに重ねあわせ画像(43)として表示させること,
i) 外科器具(31)がその変位により表示されている断層写真(41)を離れたときに,データ処理装置(21)により出力装置上に,それまで表示されていた断層写真の代わりに外科器具(31)が変位したところの断層写真を生じさせること,
を特徴とする方法。」(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)

 審決では、本願発明は,「人間を診断する方法」に該当する,と認定し、医療行為であるから特許法29条1項はしら書にいう「産業」に該当せず,したがって,本願発明は,「産業上利用することができる発明」に当たらない,とした。

3.争点

 「人間を診断する方法」(医療行為)は特許法29条1項はしら書にいう「産業」に該当するか否か

4.裁判所の判断
1 「人間を診断する方法」(医療行為)は「産業」に該当しない,との誤った解釈、について
(1) ・・・「産業」とは,一般的な用語方法に従えば,「生産を営む仕事、すなわち自然物に人力を加えて、その使用価値を創造し、また、これを増大するため、その形態を変更し、もしくはこれを移転する経済的行為。農業・牧畜業・林業・水産業・鉱業・工業・商業および貿易など。」(広辞苑第四版)といった意味を有するものである。しかし,・・・特許法において,その目的が,発明を奨励することによって産業の発達に寄与することとされていることからすれば,一般的にいえば,「産業」の意味を狭く解しなければならない理由は本来的にはない,というべきであり,この点については,被告も認めているところである。

 我が国の特許制度は,・・・昭和50年法律第46号による改正により,医薬やその調合法を,飲食物等とともに,不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした(同改正前後の特許法32条参照)。
 このような状況の下で,医薬や医療機器に係る技術については,これらが,「産業上利用することのできる発明」に該当するものであることは,当然のこととされてきている。
 従来,医療行為の特許性を否定する根拠の主たるものとして挙げられてきた,医療行為は,人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであるから,特許法による保護の対象にすることなく,人類のために広く開放すべきであるとの議論は,必ずしも,十分な説得力を有するものではない。医療行為が人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであることは明らかであるものの,人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものは,医療行為に限られるわけではなく,特許性の認められてきているものの中にも多数存在する,人の生存あるいは尊厳に深くかかわり,人類のために広く開放すべきであるとされるほど重要な技術であるからこそ,逆に,特許の対象とすることによりその発達を促進すべきであり,それこそが最終的にはより大きく人類の福祉に貢献すると考えた方が,特許という制度を設けた趣旨によく合致するのではないか,少なくとも,医薬や医療機器に特許性を認めておきながら,医療行為のみにこれを否定するのは一貫しない,と考えることには,十分合理性があるというべきである。
 現在における医療行為,特に先端医療は,医薬や医療機器に大きく頼っており,医療行為の選択は,たといそれ自体を不特許事由としたところで,医薬や医療機器に対する特許を通じて,事実上,特許によって支配されている,という側面があることは,否定し難いところである。このような状況の下で,医療行為のみを不特許事由としておくことにどれだけの意味があるのか,医療行為自体には特許を認めないでおいて医薬や医療機器にのみ特許を認めることになれば,医薬や医療機器への依存の度合いの強い医療行為を促進するだけではないのか,との疑問には,正当な要素があるというべきである。
  これらのことを併せ考えると,医薬や医療機器に係る技術について特許性を認めるという選択をした以上,医薬や医療機器に係る技術のみならず,医療行為自体に係る技術についても「産業上利用することのできる発明」に該当するものとして特許性を認めるべきであり,法解釈上,これを除外すべき理由を見いだすことはできない,とする立場には,傾聴に値するものがあるということができる。

(2) しかしながら,医薬や医療機器と医療行為そのものとの間には,特許性の有無を検討する上で,見過ごすことのできない重大な相違があるというべきである。
  医薬や医療機器の場合,たといそれが特許の対象となったとしても,それだけでは,現に医療行為に当たろうとする医師にとって,そのとき現在自らの有するあらゆる能力・手段(医薬,医療機器はその中心である。)を駆使して医療行為に当たることを妨げるものはなく,医師は,何らの制約なく,自らの力を発揮することが可能である。医師が本来なら使用したいと考える医薬や医療機器が,特許の対象となっているため使用できない,という事態が生じることはあり得るとしても,それは,医師にとって,それらを入手することができないという形でしか現れないことであるから,医師が,現に医療行為に当たろうとする時点において,そのとき現在自らの有する能力・手段を最大限に発揮することを妨げることにはならない。医師は,これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか,などということは,全く心配することなく,医療行為に当たることができるのである。
  医療行為の場合,上記とは状況が異なる。医療行為そのものにも特許性が認められるという制度の下では,現に医療行為に当たる医師にとって,少なくとも観念的には,自らの行おうとしている医療行為が特許の対象とされている可能性が常に存在するということになる。しかも,一般に,ある行為が特許権行使の対象となるものであるか否かは,必ずしも直ちに一義的に明確になるとは限らず,結果的には特許権侵害ではないとされる行為に対しても,差止請求などの形で権利主張がなされることも決して少なくないことは,当裁判所に顕著である。医師は,常に,これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか,それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか,どのような責任を追及されることになるのか,などといったことを恐れながら,医療行為に当たらなければならないことになりかねない。医療行為そのものを特許の対象にする制度の下では,それを防ぐための対策が講じられた上でのことでない限り,医師は,このような状況で医療行為に当たらなければならないことになるのである。
 医療行為に当たる医師をこのような状況に追い込む制度は,医療行為というものの事柄の性質上,著しく不当であるというべきであり,我が国の特許制度は,このような結果を是認するものではないと考えるのが,合理的な解釈であるというべきである。そして,もしそうだとすると,特許法が,このような結果を防ぐための措置を講じていれば格別,そうでない限り,特許法は,医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にないというべきである。ところが,特許法は,医薬やその調合法を,飲食物等とともに,不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした際にも,医薬の調合に関する発明に係る特許については,「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬」にはその効力が及ばないこととする規定(特許法69条3項)を設ける,という措置を講じたものの,医療行為そのものに係る特許については,このような措置を何ら講じていないのである。
 特許法は,前述のとおり,1条において,・・・29条1項はしら書きにおいて,・・・そこでいう「産業」に何が含まれるかについては,何らの定義も与えていない。また,医療行為一般を不特許事由とする具体的な規定も設けていない。そうである以上,たとい,・・・「産業」の意味を狭く解さなければならない理由は本来的にはない,というべきであるとしても,特許法は,上記の理由で特許性の認められない医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」とはしないものとしている,と解する以外にないというべきである。
 医療行為そのものについても特許性が認められるべきである,とする原告の主張は,立法論としては,傾聴すべきものを有しているものの,上記のとおり,特許性を認めるための前提として必要な措置を講じていない現行特許法の解釈としては,採用することができない。

6.実務での注意点

 本件の請求項の記載を見ると、この方法は、

データ処理装置(21)、データメモリ、手術個所の位置データ特定、担持体(16)、データ処理装置(21)、断層写真(41)を作成して,データメモリにファイル、座標測定装置(1;50)、測定点(42)の空間的位置測定データをデータメモリにファイル、断層写真(41)に含まれる測定点(42)の画像データと座標測定装置(1;50)によって検出した測定点(42)のデータとの関係を求めるデータ処理装置(21)、出力装置(22)などのハードウェアを備えたソフトウェア関連発明であり、医療装置の発明として特定し直すことができ、その限りのおいて、産業上利用できる発明として特許化が可能と思われる。
 例えば、
「外科器具(31)を用いて行われる手術を再現可能に光学的に表示するための装置であって,
 外科手術を行う対象部分の断層写真情報を記憶させるデータ処理装置(21)のデータメモリと、
 断層写真情報から手術個所の位置データを特定する位置データ特定手段と、
 外科器具(31)を三次元的に可動自在に取付ける担持体(16)と、
 外科器具(31)の位置データを決定する座標測定位置(1;50)と、
 外科器具(31)の位置データを手術個所の位置データに関連付けるデータ処理装置(21)と、
 この関連付けに基づいて外科器具(31)を手術個所に対して指向させる手段と、
 を備え、
a) 手術対象部分に特定または配置されるとともに、外部から接近しやすい少なくとも3つの測定点(42)と、
b) 手術対象部分から,測定点(42)を含む断層写真(41)を作成して,データメモリにファイルする手段と、
c) 座標測定装置(1;50)を用いて測定点(42)の空間的位置を検出し,その測定データをデータメモリにファイルする手段と、
d) データ処理装置(21)が,断層写真(41)に含まれる測定点(42)の画像データと座標測定装置(1;50)によって検出した測定点(42)のデータとの関係を求める手段と、
e) 座標測定装置(1;50)を用いて,三次元的に自在に可動な外科器具(31)の空間的位置を連続的に検出し,その位置データをデータ処理装置(21)に送る手段と、
f) データ処理装置(21)が,断層写真(41)の画像情報に外科器具(31)に位置データを重畳させる手段と、
g) データ処理装置(21)が,断層写真(41)の画像内容と手術対象部分内部での外科器具(31)のその都度の位置とを重畳させた重ね合わせ画像(43)を生じさせる手段と、
h) 出力装置(22)上に,手術対象部分内部での外科器具(31)のその都度の位置を,外科器具(31)が存在している領域の断層写真(41)とともに重ねあわせ画像(43)として表示させる手段と、
i) 外科器具(31)がその変位により表示されている断層写真(41)を離れたときに,データ処理装置(21)により出力装置上に,それまで表示されていた断層写真の代わりに外科器具(31)が変位したところの断層写真を生じさせる手段と、
 を備えたことを特徴とする手術の光学的表示装置。」とした場合はどうであったろうか。

 医療行為や治療方法をコンピュータ化した場合、方法としてでなく、人体から離れた、一つの独立した装置として捉えることで、「産業上利用できる発明」として認められる。くれぐれも、治療という用語は請求項で用いないことが重要である。