機能的クレームに関する判例の変遷と実務

                             2002年10月20日

弁理士 遠山 勉

 機能的記載のクレーム解釈につき、裁判所の判断がどのように変遷しているかを振り返り、実務上における機能的記載のあり方を考察してみる。

【判例1】 「貸ロッカー」事件(S52.07.22 東京高裁 昭和50年(ワ)2564)

 この事件の考案の請求項の内容(実用新案登録第1029038号)は、「鍵2の挿入または抜取りにより硬貨投入口8を開閉する遮蔽板9を設けたことを特徴とする貸ロッカーの硬貨投入口開閉装置。」である。

 この事件では、「鍵2の挿入または抜取りにより硬貨投入口8を開閉する遮蔽板9」の意義が争点となった。

 裁判所は、以下の理由を示して被告製品は非侵害とした。

 「本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載されているところは、・・・課題の提示のみであるというべきである。・・・右各手段についての表現は、抽象的であり、右各手段が具体的にいかなる中間的機構を有すれば、鍵の挿入又は抜取りという動作と遮蔽板の作動という動作とを連動させることが出来るかについては、実用新案登録請求の範囲の記載のみによっては知ることができないから、右のような抽象的な記載をもって、何ら右課題の解決を示したものということはできない。・・・(略)・・・本件考案の技術的範囲を定めるためには、右明細書の考案の詳細な説明の項及び図面の記載に従い、その記載のとおりの内容のものとして、限定して解さなければならない。したがって、本件考案の構成要件を具備した装置がすべて本件考案の技術的範囲内にあるものということはできない。」とし、原告考案における「鍵の挿入又は抜取りという動作と遮蔽板の作動という動作とを連動させる中間的機構」を明細書記載の実施例に限定解釈し、被告製品における中間的機構はこれと異なるとして、侵害を否定した。

 この例では、機能的記載の構成要件をいきなり「実施例」に限定解釈してしまっている点で次に紹介する「部品の自動選択及び組み立て装置」事件と異なる。

【判例2】「部品の自動選択及び組み立て装置」事件

53.12.20 東京高裁 昭和51年(ネ)783 

(原審・東京地裁 昭和44年(ワ)6127)

.本件特許(特許第267420号)

発明の内容

特許請求の範囲「内側部品の外側に面する協力面の臨界寸法を外側部品の内方に面する協力面の対応する寸法と自動的に比較するため及び夫々異なる寸法範囲の中間部品を含む複数の供給手段のうちの選んだ一つから寸法を比較して予定数の中間部品を選出する計測手段を制御するための検査手段を備え、選出した中間部品は計測手段と協力する組立手段により、検査された内外両部品と組立てられることを特徴とする内外の軸受環及び軸受のような協力する内外及び中間の部品を自動的に選択して組立てる装置。」

2.訴訟における争点

 特許請求の範囲に記載の「計測手段と協力する組立手段」の解釈

3.裁判所の判断

以下の理由を示して被告製品は非侵害とした。

『「計測手段と協力する組立手段」という表現はきわめて機能的、抽象的であって計測手段と組立手段とがいかなる態様で協力すれば、本件特許発明における「協力する」関係となりうるかは、特許請求の範囲の記載自体から知ることができないし、・・・本件特許発明の明細書中には右の「協力する」ことの意味を直接明示した記載は存在しない。また、「協力する」という言葉が本件特許発明の属する技術の分野において特定の技術的内容を摘称する用語として理解され使用されていることを認めうる証拠もない。

ところで、このような機能的、抽象的に表現されている構成要件は、その技術的な意味内容が明細書の記載や技術常識から直ちには明瞭でない場合でも、明細書及び図面にその具体的な構成として、その作用とともに開示されているはずのものであり(もし、それが開示されていないとすれば、単に発明の課題を提示したにすぎないことになろう。)、その構成、作用により示されている具体的な技術的思想において、これを、明瞭な内容の構成のものとして解すべきものである。これは、本来、発明の詳細な説明には、その発明の目的、構成及び効果を記載し、かつ、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないものであり、また、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは、矛盾してはならず、後者は前者の内容の説明として十分なものでなければならないことにしても明らかである。したがって、本件特許発明における右の「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件の技術的な意味も、図面及び明細書全体の記載から、そこに如何なる特定の技術的思想が開示されているかを合理的に解釈して確定するほかはない。・・・(略)・・・右構成要件は、きわめて機能的、抽象的に表現されており、しかもその技術的な意味内容が明細書の記載や技術情報から明瞭であるといえない以上、明細書に記載されている実施態様に開示されている具体的な技術的思想を知ることによって、その意味を確定すべきものであり、これを一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定することは当を得ないとしても、機能的、抽象的に表現された構成要素であることに事寄せて、本来、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明細書に開示されていない技術的思想までをも当然に含ませうるものであつてはならないことは明らかである。』

4.実務上の指針

<判例のポイント>

 「部品の自動選択及び組み立て装置」事件は、米国特許法第112条第6パラグラフに定められた、いわゆる「逆均等」の理論と同趣旨の結論を示したものであり、その後の判例も、この判例に準じた解釈を行っている。

 米国特許法第112条第6パラグラフは、「An element in a claim for a combination may be expressed as a means or step for performing a specified function without the recital of structure, material, or acts in support thereof,and such claim shall be construed to cover the corresponding structure,material,or acts described in the specification and equivalents thereof.コンビネーション(組み合せ)クレームの構成要素は、その構成要素を裏付ける構造、材料又は作用を詳説することなく、特定の機能を実現するための手段又は工程として表現することができる。そのようなクレームは明細書に記載された対応する構造、材料、作用及びそれらの均等物をカバーするものと解釈される。」

 これは、機能実現手段で特定したクレームは、その機能全体をカバーするものではなく、その機能を実現する具体的な実施例を中心として、その均等物を限度としてその権利範囲が及ぶとするものです(いわゆる逆均等の理論:クレームを中心とした均等理論に対し、実施例を中心とした均等故このように呼ばれる)。

 本件「部品の自動選択及び組み立て装置」事件は、以下の要件の下、逆均等を認めている。

@ きわめて機能的、抽象的な記載の構成要件(発明特定事項)がある(「計測手段と協力する組立手段」)。(要件1:発明特定事項が機能的)

A その記載の意味が、特許請求の範囲の記載自体から知ることができない。(計測手段と組立手段とがいかなる態様で協力すれば、本件特許発明における「協力する」関係となるのか請求項に記載なし)(要件2:発明特定事項が請求範囲の記載自体から不明瞭)

B 当該機能的・抽象的記載の構成要件について、その意味を直接明示した記載が明細書中に存在しない。(要件3:明細書の記載から不明瞭)

C 当該機能的・抽象的記載の用語(ここでは「協力する」という言葉)が本件特許発明の属する技術の分野において特定の技術的内容を摘称する用語として理解され使用されているものではない。(要件4:技術常識から不明瞭)

 このような場合、特許請求の範囲に記載された機能的、抽象的に表現されている構成要件は、明細書及び図面に記載された構成、作用により示されている具体的な技術的思想をもって、これを、明瞭な内容の構成のものとして解すべきものであるとしているのである。

 構成要件の技術的な意味も、図面及び明細書全体の記載から、そこに如何なる特定の技術的思想が開示されているかを合理的に解釈して確定するのである。

 敷衍すれば、きわめて機能的、抽象的に表現された構成要件であって技術的な意味内容が明細書の記載や技術情報から不明瞭な場合、明細書の「実施態様に開示されている具体的な技術的思想」を知ることによって、その意味を確定すべきであり、その具体的な技術的思想とは、一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定されるものではないが、当業者が容易に実施ができる程度に開示されていない技術的思想までをも当然に含むものではない、というのである。

【判例3】「試験管台」事件(S55.6.16大阪地裁 昭和55年(ヨ)1758)

 この事件では、その考案(実用新案登録第1045497号)の請求項の内容「底板のうえに筒子を起立状態に形成し、この筒子の上部筒口をそのまま開放し、下部筒口を適当の手段により外部に開放し、前記底板には前記筒子より半径方向に張出する突条を設けたことを特徴とする試験管台」につき、「下部筒口を適当の手段により外部に開放し」との構成要件は極めて機能的な表現によりクレームされており、本来物品の形状、構造等にかかる考案であるべき実用新案のクレームとしては不適当かつ好ましくないものであって−実用新案法1条参照−、かかるクレームを解釈する場合にはいきおい他の場合にも増してその実施例の示す具体的な形状、構造を重要な手がかりとするほかないわけであるとし、「下部筒口を適当の手段により外部に開放し」の意義を実施例の記載(特に、「開口および筒子を介して管内と外部とが連通しているので、通気作用が積極的に行われ」との記載)に基づき、単に筒子内部が気密でないという程度では足りず、筒子内部の空気の換流を容易にするために試験管台の外部に直接開放された構成の開口部の存することを指しているものとし、筒子の筒口が外部と直接連通していない被告製品の侵害を否定した。

 ここでは、実施例の記載に基づき、技術的思想の範囲を定める点では、「部品の自動選択及び組み立て装置」事件と同様であるが、実用新案の概念が、「物品の形状、構造等にかかる考案」であることを根拠に、具体的な実施例に基づいて限定解釈している点で、異なっている。

【判例4】「防煙用仕切り壁の取付け構造」事件(S62.12.4 東京地裁 昭和58年(ワ)10463)

 この事件では、特許第1023330号の請求項の内容「天井下面に垂設されかつ仕切り壁の幅より大きい長さを有する支持ボルトを介して突き合わせ状に連続した二つの防煙用仕切り壁を挾持するために、前記支持ボルトの下端部に介装せしめた下部支持金具にて両仕切り壁の下縁を支承せしめるように構成したことを特徴とする防煙用仕切り壁の取付け構造」につき、二つの防煙用仕切り壁を「挟持するため」にという機能的な記載の解釈が争点となった。

 この記載について、裁判所は、『「挟持するため」の部分は後段部分に対する目的を規定したものであることが文理上明かであるが、同時にそれ自体としても本件発明の構成を規定したものといわなければならない。けだし、特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているはずだからである。』とした上で、その機能を達成するための構成が明らかにされていない特許請求の範囲の記載について、「明細書中の詳細な説明を参酌した上でその構成を明らかにすべき」とし、「必ずしも実施例と同一の構成に限られるものではない」とした上で、二つの防煙用仕切り壁を挾持するために必要となる、前記支持ボルトの下端部に介装せしめた下部支持金具に対応すべき部材を実施例に即して限定解釈した。

 この例では、「部品の自動選択及び組み立て装置」事件と同様に、実施例を基準にして、合理的範囲での幅をもって技術的範囲を確定している。

【判例5】「電子晴雨計」事件(H2.10.29 神戸地裁 昭和62年(ワ)62)

 この事件の特許第12055105号の請求項の内容は、「大気圧の絶対値を、目盛板上を回転走査する指針により指示する気圧計と、前記気圧計の指針軸に弾力的に緩装され、該指針軸に追従して回転する検出プレートと、前記検出プレートの左右回転角度を一定に制御するための一対のストッパーと、前記検出プレートが前記ストッパーの一方に当接したときと、離反したときと、他方のストッパーに当接したときと、離反したときに電気信号を出力するがごとき位置に対設した2組のインタラプターと、前記インタラプターの出力信号を処理して4通りの表示ランプL1,L2,⊥3,L4を選択的に点燈させるスイッチング回路からなることを特徴とする電子晴雨計」である。

 ここでは、「インタラプター」が機能的・抽象的であるとしてその解釈が争点となった。

 裁判所は、『特許請求の範囲の記載中には「インタラプター」を定義した文言は存在しない。そして、〈証拠〉によっても、技術用語としての「インタラプター」を直接定義したものが見当らず、断続器又は断続装置についての説明が存在するだけである。〈証拠〉によれば、断続器Interrupterとして、「電気回路の電流を断続する器具でブザのようなもの。」との記載があり、〈証拠〉によれば、継続装置interrupterとして、「信号機の一機構で、カム作用、継電器又は半導体回路により信号を断続し、呼出信号の呼出音、話中音等、各種断続信号を発生させる装置をいう。」との記載があるのみであり、一定の機構を表現する技術用語としては成熟したものとは言い難い。従って「インタラプター」という用語の有する一般的・抽象的概念でもって満足するほかなく、〈証拠〉を総合すれば、〔有接点スイッチ又は無接点スイッチによって信号を断続するもの〕と一応解さざるを得ない。

 しかしながら、右のようなインタラプターの定義は、機能的、抽象的であり、これをもって特許請求の範囲の意義を明確にしたということはできないので、次に発明の詳細な説明を参酌してその意義を明確にしなければならない。実施例を考察するに、〈証拠〉によると、「インタラプター」については、「インタラプター11および12は夫々検出プレートを挟んで一対の発光ダイオードEとフォトトランジスタDを内蔵し」(本件公報3欄42ないし44行)とだけ記載があるにすぎない。・・・・光スイッチ即ち無接点スイッチを意味するという点は当事者間に争いがないところ、右の記載だけからは、「インタラプター」とは光スイッチである旨を示したとも解釈できるし、「インタラブター」の内の一つの手段として光スイッチを例示したものとも両様に考えられるのであるが、・・・・右記載は、「インタラプター」の一手段の例示と解するのが相当である。・・・・従来技術、本件発明の目的、本件発明の効果におけるそれぞれの記載からは、有接点スイッチング機構における接触不良を改善せんとする一貫した技術思想が看取されるのであって、これによると本件発明は有接点スイッチング機構を意図的に排除したものであると解される。・・・・

 以上の通りであるから、本件発明の構成要件(4)の「インタラプター」は「無接点スイッチ」即ち「光スイッチ」と限定して解釈すべきで、有接点スイッチはこれに含まれないと解するのが相当である。』とし、侵害の成立を否定した。

 

 ここでは、次のような手順で機能クレームを解釈している。

@ 手順1:問題となる文言の定義がクレーム中にあるか。

A 手順2:明細書中に用語の定義があるか。

B 手順3:定義がない場合、用語の有する一般的・抽象的概念でもって満足する。

C 手順4:一般的・抽象的概念で充当し、それで具体的になったか否かを判断。

D 手順5:なお機能的・抽象的とされた場合、詳細な説明を参酌し、実施例から具体的な技術思想の範囲の確定を試みる。

E 手順6:従来技術、目的、効果等を参酌し、総合的に判断。

【判例6】「揺動撰穀装置における縦傾斜自動調節装置」事件(H4、12、21 名古屋地裁 昭和63年(ワ) 2711〜2)

 この事件で、請求項の内容は、「A 撰別盤1の盤面を粗雑面となし、一方を供給側H、他側を排出側Lとして、穀物は供給側Hから排出側Lに流動するようにし、かっ、該盤1に穀物の流動方向と交差する方向の斜上下の往復揺動を与えて異種混合穀粒を分離偏流排出するようにした揺動撰穀装置において、B 該撰別盤1には縦の傾斜角βを調節しうる調整装置6を取付け、C また、前記撰別盤1には、盤面分布状態を検知し、かつ、前記調節装置6に信号を送る検知装置5を設け、D 前記調節装置6と前記検知装置5とを関連的に結合して撰別盤1の縦の傾斜角βを自動的に調節しうるごとく構成した、E 揺動撰穀装置における縦傾斜自動調節装置。」である。ここでは、構成要件E及びDが機能的記載であるとして、その意義が争点となった。

 裁判所は、「構成要件E及びDは、その表現が機能的・抽象的であって、・・・特許請求の範囲の記載のみでは到底知ることができない。・・・・(原告らは、実施例等の記載・・・出願当時の周知技術から・・・機能的・抽象的ではない旨主張するが、) 例えば、原告らの主張する『検知装置により盤面上に現われる穀物層の有無、量的な多寡の状態を感知した結果を角度調節の動力源たる正逆転モーターを作動させるに必要なオン・オフの電気信号に変えて送ること』等は、特許請求の範囲の記載からは到底把握し得ないものを発明の詳細な説明等から導き出したものといわざるを得ず、また本件全証拠によっても、出願当時の周知技術から前記各要件が自明のものであると認めることはできないので、原告らの右主張は採用することができない。そうすると、発明の技術的範囲は、特許請求の範囲のみならず、発明の詳細な説明や図面の記載、更には出願経過等を参酌して解釈するほかないことになる。」としている。

  ここでは、「特許請求の範囲の記載からは到底把握し得ないものを発明の詳細な説明等から導き出してはならないとし」、「特許請求の範囲を基準としつつ、発明の詳細な説明や図面の記載、更には出願経過等を参酌して解釈する」としている点に着眼したい。

【判例7】磁気媒体リーダー事件(H10.12.22 東京地裁 平成8年(ワ)22124)

 本件に係る実用新案登録第1802476号の請求の範囲の記載は、「A 磁気ヘッドを媒体に摺接走行させて情報の記録或いは再生を行う磁気媒体リーダーにおいて、B 上記磁気ヘッドをレバーに回動自在に支持すると共に、C 該レバーを前記媒体に沿って走行させる保持板に回動自在に支持することにより、D 上記磁気ヘッドが上記媒体との摺接位置と上記媒体から離間した下降位置との間を移動可能とし、E 上記磁気ヘッドと上記保持板との間に、

F(α) 上記磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、F(β) 上記磁気ヘッドが媒体との摺接位置にあるときは上記磁気ヘッドを回動自在とする回動規制手段を設けたことを特徴とする G 磁気媒体リーダー」である。

 ここでは、構成要件Fに係る「上記磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、」との記載の解釈が争点となった。

 裁判所は、「構成要件Fに係る・・「上記磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、」との記載は、「磁気ヘッドがホームポジション又はエンドポジションで停止しても磁気ヘッドが正常な姿勢でいるようにした」という本件考案の目的そのものを記載したものにすぎず、「回動規制手段」という抽象的な文言によって、本件考案の磁気媒体リーダーが果たすべき機能ないし作用効果のみを表現しているものであって、本件考案の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではないと認められる。

 このように、実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成が機能的、抽象的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが考案の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が考案した範囲を超えて実用新案権による保護を与える結果となりかねないが、このような結果が生ずることは、実用新案権に基づく考案者の独占権は当該考案を公衆に対して開示することの代償として与えられるという実用新案法の理念に反することになる。したがって、実用新案登録請求の範囲が右のような表現で記載されている場合には、その記載のみによって考案の技術的範囲を明らかにすることはできず、右記載に加えて明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該考案の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。ただし、このことは、考案の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく、実施例としては記載されていなくても、明細書に開示された考案に関する記述の内容から当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。 」と判示した。

  ここでは、次のような手順を踏んでいる。

 @手順1:当該用語が機能的・抽象的か否か。

 A手順2:機能的・抽象的である場合、詳細な説明に開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該考案の技術的範囲を確定(理由:開示されていない技術思想に属する構成が考案の技術的範囲に含まると、出願人が考案した範囲を超えて実用新案権による保護を与える結果となる→開示の代償としての保護という法の理念に反する)

 B手順3:考案の技術的範囲の確定にあたっては、明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく、開示された考案に関する記述の内容から「当業者」が実施し得る構成も含む。

【判例8】 「診療受付票発行方法」事件 (H5.11.30 大阪地裁 平成3年 (ワ)405号)

 この事件の特許第1522020号の請求項の内容は、「患者の投入したカードの記録情報を読み込む読み取り手段と、診療科名を入力する入力手段と、各診療科毎の受付番号を印字して排出する受付票プリンターとを備えた1又は複数の受付器と、前記読み取り手段によって読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番号を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によって記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段とを備えた1台の管理装置と、初診患者の受付と診療費用の会計処理を行なうホストコンピュータと、からなり、各受付器が受け付けた再診患者の受付情報とホストコンピュータに入力された初診患者の受付情報を前記管理装置に送り、この管理装直において、各受付器及びホストコンピュータによって受け付けた患者の各診療科毎の受付番号を改定して該当する受付器又はホストコンピュータへ送り、受付器において、その設定された受付番号を受付票に印字して排出するとともに、ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送ることを特徴とする診療受付票発行方法。」である。

  裁判所は、『本件発明の構成要件Aは、「前記読み取り手段によって読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、……とを備えた一台の管理装置」というものであるが、「一台の管理装置」という場合の「台」とは、通常は、「車または機械などを数えるのにいう語」(広辞苑第四版一五三二頁)であり、助数詞(数量を表す語の下につける語、同一二九八頁)として用いられる語であるから、右「管理装置」は、用語の普通の意味からすれば、目視によって数量を表すことが可能な、ホストコンピュータとは別体の、ハードウェアとしてのひとまとまりの機械装置を指称しているものと解される。しかし、本件特許は、コンピュータの応用技術を発明の対象とする、方法特許であり、ハードウェアとしてのコンピュータは、そこに各種のプログラムを載せて実行させることにより多様な機能を実現し得る汎用性のある機械装置であって、しかも、本件特許請求の範囲には「前記読み取り手段によって読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、……とを備えた」という以上に、「一台の管理装置」の構成を限定する記載がないことに照らすと、本件特許請求の範囲の記載だけでは、右「管理装置」が、前示のホストコンピュータと別体のハードウェアとしてのひとまとまりの機械装置の意味のみを有するものとは必ずしも即断できず、ハードウェアとしてのホストコンピュータの機能と同時に、ホストコンピュータに組み込まれたソフトウェア(プログラム)の機能をも包含した、「本件発明の所期する機能を奏せしめ得るひとまとまりの装置」というように、いわゆる機能的クレームを表現するものとして、より広義に解釈する余地が皆無とは直ちに言い切れない。』とした上で、『したがって、本件特許請求の範囲の記載だけでは、右管理装置の具体的内容を確定し難いところがないとはいえないから、更に本件明細書の他の記載等を参酌してその具体的内容を明らかにすることにする。』とした。そして、実施例の記載、課題の説明等を考慮した上で、以下のように判示した。

そしてさらに『以上を総合考慮すると、本件発明も、上述したコンピュータ・システムのオンライン処理化及び分散処理システム化の技術動向に沿うものであり、ホストコンピュータと小型コンピュータである管理装置及び診療受付器を階層的に組み合わせて、単一のオンライン処理システム若しくは分散処理シスムを構築することを主眼としたものと認められ、そのような本件発明の依って立つ設計思想に照らして考えれば、本件発明の管理装置は、全体のシステム構成上、ホストコンピュータの下位にあって、それとは別体の装置として分散配置されたサブコンピュータとして位置づけられるべきものと解される。そして、更に、抽象理論的に右のようにいえるのみならず、<証拠略>によれば、原告が・・病院及び・・病院に納入した本件発明の実施品であるとするコンピュータ・システムでは、「管理装置」は、ハードウェアとして、本件、モニター、キーボード、プリンターから成るホストコンピュータとは別体の装置として構成され、右本体内に受付器の患者の投入したカードの記録情報を読み込む読み取り手段によって読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番号を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によって記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段の機能を実現するコンピュータプログラムが組み込まれ、右管理装置本体は通信回線(電線路)によってホストコンピュータに接続されていることが認められる。

 以上の諸事実を総合して考えると、本件発明の構成要件Aの「管理装置」は、ホストコンピュータと別体のものに限られると解すべきである。』と限定解釈した上で、被告製品は本件特許の技術的範囲に属しないとした。

 この判例では、手順1として、「管理装置」という一見具体的な用語であっても、広辞苑等に記載された「用語の普通の意味」と、コンピュータにおける特殊性を考慮して、請求項の用語が機能的・抽象的か否かを検討している。

 次いで、手順2として、詳細な説明の記載を参酌し、実質的な技術的範囲を確定している。

【判例9】「地震時ロック装置及びその解除方法」事件 H13,5,31 大阪地裁 平成11(ワ)10596

 この事件では、特許第2926114号の請求項に特定された「(a) 家具、吊り戸棚等の本体内に固定された装置本体に

(b) 動き可能に係止手段を設け

(c) 該係止手段が開き戸の係止具に

(d) 地震時のゆれが原因で振動を伴わず係止するロック方法において

(e) 開き戸を閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させ

(f) 開き戸の解除を伴って戻る際に弾性手段の抵抗が作用する

(g) 開き戸の地震時ロック方法」というA発明につき、

『「弾性手段」は、明細書の発明の詳細な説明中にその技術的な意義について明確な記載がなく、出願当初の明細書の特許請求の範囲には記載がなかったところ、当初明細書の実施例の記載に基づいて、補正によって、開き戸の解除の際に「弾性手段の抵抗」が作用するという構成が加えられたものであって、実施例においては、「弾性手段」が、ドア側ではなく吊り戸棚等の本体側に係止手段や解除具と共に設けられ、係止手段ないし解除具が初期状態に戻る経路に位置したものになっている構成しか開示されていない。加えて、弾性手段を有する開き戸の地震ロック装置に関する公知技術が存すること等をも考慮すると、A発明の「弾性手段」とは、A明細書の実施例に示されているように、装置本体に係止手段や解除具と共に設置され、係止手段ないし解除具が初期状態に戻る経路に位置して、係止手段ないし解除具が戻るのを抑える機能を持つものに限られるものと解釈するのが相当である。』とされ、侵害は否定された。

【機能的クレームについての考察】

平成6年改正特許法以前では、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」しなければならず、発明の詳細な説明には、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」とされていた。

 平成6年改正特許法以後では、特許請求の範囲には、「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならないこととなり、発明の詳細な説明は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と改正された。

1) 旧法下における構成的記載の限界

  旧法下、特許請求の範囲において、発明を「構成」で捉えて特定することとしたのは、「構成」が目的や、作用、効果より客観的であり、特許権が対世的効力を有することから第3者保護の観点からも好ましいと考えられていたからでしょう。 しかし、客観的構成でのみしか特定できないとすると、以下のような問題がある。

 表現に限界があり、勢い、堅苦しい、複雑な表現形式にならざるを得ない(明細書が読み辛いという批判の原因ともなる)。発明の有する本来の機能を全て保護できない。すなわち、機能でカバーすべき保護範囲と構成でカバーすべき保護範囲とのずれが生じ、いわゆる均等論の問題を生じる原因となりがちである。

2) 新法下における機能的記載の限界

 平成6年改正法によりこのような問題を回避しうる表現方法が可能となったわけです。

 では、平成6年改正法により、機能的記載の限界がなくなったとみてよいのでしょうか?  この点、平成6年当時の運用指針では、機能で特定した結果、特許を受けようとする発明を当業者が明確に把握できないことになる場合には、36条6項2号違反(発明の外延が不明確:現審査基準では発明の範囲が不明確)となるとしています。

 旧法下での機能的記載の限界につき、特許法概説(吉藤幸朔)では、『機能的記載は不可であるとすべきではなく、構成要件の記載が全体として明瞭である限り、機能的記載は許容されるべきであろう、とした上で、機能に止まる特許請求の範囲、例えば、「くいを無騒音で打込むようにしたくい打法」のようなものは、上述の理由により許されない。・・しかし、発明の構成要件を思想的に表現し発明保護の完全を図ろうとすれば、特許請求の範囲を機能的に表現せざるを得ない場合があるので、このような場合は機能的記載は許されるとし、上記例において、「くいに振動を与えつつ注水して地中に打込むことを特徴とするくい打法」は許容されるべきであろう』としている。このことは新法でも全く同一である。

  旧法と新法とでは、原則をどこに置くかの差に過ぎない。すなわち、

  旧法:原則:「構成」で特定  例外:機能的に表現せざるを得ない場合は可

  新法:原則:表現形式問わない 例外:発明の範囲不明確の場合は不可

  となったのであり、実際上の機能的記載の限界が広がったものではないと言える。

 しかし、原則として禁止されていた表現形式が、原則として許容されるようになったことは、「機能的記載禁止」の呪縛から解き放たれたことを意味する。従って、改正後は機能的記載が増え、その結果いきおい従来よりも観念的に広い範囲で発明が特定されることとなることが予想された。実際、この予想通り、機能的記載のクレームが増えていることは事実である。

<機能的クレームについての審査基準>

現行法に基づいた特許庁審査基準(平成12年12月28日改訂審査基準)では、クレームにおける機能的記載は、発明が明確である限り原則として許容している。

 改訂審査基準「機能・特性等による物の特定を含む場合の取り扱い」中の「2.2.2 第36条第6項2号 (留意事項)では、「@第36条第5項の「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載」すべき旨の規定の趣旨からみて、出願人が請求項において特許を受けようとする発明について記載するにあたっては、種々の表現形式を用いることができる。

  例えば、「物の発明」の場合に、発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現方式を用いることができる。同様に、「方法(経時的要素を含む一定の行為又は動作)の発明」の場合も、発明を特定するための事項として、方法(行為又は動作)の結合の表現形式を用いることができる他、その行為又は動作に使用する物、その他の表現形式を用いることができる。

A他方、第36 条第6 項第2 号の規定により、請求項は、一の請求項から発明が明確に把握されるように記載すべきであるから、出願人による前記種々の表現形式を用いた発明の特定は、発明が明確である限りにおいて許容されるにとどまることに留意する必要がある。

  例えば、物の有する作用、機能、性質又は特性(以下、「機能・特性等」という。)からその物の構造を予測することが困難な技術分野では、請求項が機能・特性等による物の特定を含む結果、発明の範囲が不明確となる場合が多い(例:化学物質発明)ことに留意する必要がある。また、請求項が、達成すべき結果や特殊パラメータ(注3)による物の特定を含む場合も同様の留意が必要である。」としている。

   さらに、改訂審査基準「2.2.2 第36条第6項2号違反の類型」では、機能的記載の発明の範囲につき、以下のように述べている。

(6)機能・特性等により物を特定する事項を含む結果、発明の範囲が不明確となる場合(注1)

@ 発明を特定するための事項が、すべて具体的構造や具体的手段等である場合は、通常、発明の範囲は明確であり、請求項の記載から発明を明確に把握することができる。他方、請求項が機能・特性等(注2)による物の特定を含む場合は、必ずしも発明の範囲が明確とはいえず、発明を明確に把握することができない場合がある。

  機能・特性等による物の特定を含む請求項において、当業者が、出願時の技術常識を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できる場合には、新規性・進歩性等の特許要件の判断や特許発明の技術的範囲を理解する上での手がかりとなる、発明に属する具体的な事物を理解することができるから、発明の範囲は明確であり、発明を明確に把握することができる。

  これに対して、当業者が、出願時の技術常識を考慮しても、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できない場合には、発明に属する具体的な事物を理解することができず、通常、発明の範囲は明確とはいえない。

  しかしながら、想定できない場合であっても、当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないときには、想定できないことのみを理由に発明の範囲を不明確とすることは適当でない。この場合、当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できるときには、発明の範囲は明確として取り扱う(注3)。

(注1 )本項においては、機能・特性等による「物」の特定を含む請求項の取扱いについて説明しているが、方法、工程等、物以外のものを機能・特性等で特定している場合も同様である。

(注2 )原則として、物の特定に使用する機能・特性等は、標準的なもの、すなわち、JIS (日本工業規格)、I SO 規格(国際標準化機構規格)又はIEC 規格(国際電気標準会議規格)により定められた定義を有し、又はこれらで定められた試験・測定方法によって定量的に決定できるもの(例えば、「比重」、「沸点」等)を用いる。

  標準的に使用されているものを用いないで表現する場合は、それが当該技術分野において当業者に慣用されているか、又は慣用されていないにしてもその定義や試験・測定方法が当業者に理解できるものを除き、発明の詳細な説明の記載において、その機能・特性等の定義や試験・測定方法を明確にするとともに、請求項中のこれらの用語がそのような定義や試験・測定方法によるものであることが明確になるように記載しなければならない。

(注3 )具体的な物を想定できない場合であっても、特殊パラメータや製造方法等による物の特定を含む請求項のうちには、それによらなければ明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないものもある。産業の発達に寄与する発明を保護するという特許法の趣旨からみて、このような場合にまで、具体的な物を想定できないことのみをもって発明を不明確とすることは適当でない。

  ただし、このような場合であっても、当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できないときは、新規性・進歩性等の特許要件の判断や特許発明の技術的範囲の理解の手がかりが得られないことから、特許請求の範囲が有する機能は担保されるといえないので、当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できる場合に、発明の範囲は明確と扱うこととした。

A したがって、請求項が機能・特性等による物の特定を含む場合において、発明の範囲が明確であるか否かは、以下のように判断する。

当業者が、出願時の技術常識(明細書又は図面の記載から出願時の技術常識であったと把握されるものも含む)を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できる場合(例えば、当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示することができる場合、当該機能・特性等を有する具体的な物を容易に想到できる場合、その技術分野において物を特定するのに慣用されている手段で特定されている場合等)は、発明の範囲は明確である。

他方、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できない場合であっても、

(i)当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないことが理解でき、かつ、

(ii)当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できる場合は、発明の範囲が明確でないとはいえない。

  技術水準との関係が理解できる場合としては、例えば、実験例の提示又は論理的説明によって当該機能・特性等を有する物と公知の物との関係(異同)が示されている場合等がある。

(i)、(ii)のいずれかの条件を満たさない場合は、発明の範囲は不明確である。

B発明の範囲が不明確とされる例

(i)物の有する機能・特性等からその物の構造の予測が困難な技術分野においては、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できないことが多い(例:化学物質発明)。この場合、明細書又は図面に当該機能・特性等を有する具体的な物の構造が記載されており、実質的に当該具体的な物しか記載されていないと認定できるときは、通常、当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないとはいえず、また、出願時の技術水準との関係を示すことも困難であるから、発明の範囲は不明確である。

(ii)請求項が達成すべき結果による物の特定を含む場合においては、当該達成すべき結果が得られる具体的な物を想定できないことがある。この場合、明細書又は図面に当該達成すべき結果が得られる具体的な手段が記載されており、実質的に当該具体的な手段しか記載されていないと認定できるときは、通常、当該達成すべき結果による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないとはいえないので、発明の範囲は不明確である。

(iii)請求項が特殊パラメータによる物の特定を含む場合においては、通常、当該特殊パラメータで表される具体的な物を想定できないことが多い。この場合、当該特殊パラメータによる物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができないことが理解でき、かつ、出願時の技術水準との関係が理解できる場合(例えば、同一又は類似の効果を有する公知の物との比較が示されている、類似の構造を有する公知の物や類似の製法により製造される公知の物との比較が示されている、等。)を除き、発明の範囲は不明確である。』

 ここでは、機能的記載の可能性と限界をここでは述べています。この点につき、特許庁HPに掲載された、「特許.実用新案 審査基準」(案)に関する主なQ&Aにはさらに以下のような問いと答えが掲載されています。

『【問】 請求項が機能.特性等による物の特定を含む場合、発明の明確性の要件である、請求項の記載に基づいて「具体的な物を想定」できるとは、どのように判断されるのですか。

【答】1.特許請求の範囲の記載は、これに基づいて新規性.進歩性等の特許要件が判断され、特許発明の技術的範囲が確定される点で重要な機能を有しています。今回の改訂では、特許請求の範囲の記載が上記機能を担保するためには、発明に属する具体的な事物の範囲(発明の範囲)が明確であることが必要である旨を明らかとしました。

2.当業者が、請求項の記載と出願時の技術常識に基づいて、当該機能.特性等を有する「具体的な物を想定」できる場合には、発明に属する具体的な事物の範囲は明確であると考えられますが、具体的には、当該機能.特性等を有する周知の物が思い浮かぶ場合、当該特定の仕方がその技術分野で慣用されている場合が、その典型例として挙げられます。

3.なお、明細書に記載されている実施の形態を見て初めて具体的な物が理解できる場合は、そのことをもって「具体的な物が想定できる」とはしません。』

 以上の審査基準につき、相田義明氏は以下のように指摘する。

「このような説明は有効な判断基準を提供しないように思われる。

 第一に、「当該機能による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定できないことが理解でき」るためには、その前提として明細書に開示された発明の実質が把握されなければならない。この作業なしに、それが機能的表現に適したものかどうかの判断はできない。さらに、当該機能による発明の特定が適切であるといえるためには、その機能的クレームが明細書により実質的に支持されていなければならない。クレームが明確なように見えても、明細書に開示された発明の実質と整合しない場合は、クレームされた発明は明細書に基礎を有しないことになり、結果的に、その明確性を失うこととなる。

 第二に、「当該機能・特定等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できる」ことと、特許発明の技術的範囲に入るか否かのメルクマールとして機能するか否かは、関係がない。むしろ、機能的に表現された文言の技術的意義が明かであるか否かが問題なのであり、これが明かであれば、技術思想としての発明は明確なはずである。そして、それが明細書により実質的に支持されているならば、技術的範囲を確定する基礎として十分に機能する。」とした上で、

 クレームに要求される構成要件機能を、36条6項2号の形式的な運用のみで確保するのではなく、36条6項1号の明細書による支持の実質的な運用と併用することで確保すべき旨を提唱している(相田義明:抽象的・機能的な表現を含むクレームの諸問題:知財管理Vol.51 No.12 2001)。

 このような批判はあるものの、審査基準が、請求項に特定された発明につき、これから特許すべきかを審査するときに、「機能的記載」をそのままの形で明瞭なものとして許容するか否かの基準である、とするならば、その基準は便宜的なものであってもよい、といえよう。このような見地からすると、審査基準で示された、「具体的な物が想定できる」との基準はそれなりに評価できるものではないかと思料される。むろん、特許された後に、機能的記載の解釈をするにあたっては、相田氏の指摘するように、明細書による支持を併せて解釈する必要があるのは上記各判例を見ても当然必要である。この点をさらに検討する。

<機能的クレームの特許発明の技術的範囲の確定>

 「部品の自動選択及び組み立て装置」事件は、今となっては古い判例ではあるが、機能的クレームの特許発明の技術的範囲の確定を詳細かつ明確に示した点で、機能的クレーム解釈の原点となるものである。そこに示された、

@要件1:発明特定事項が機能的・抽象的な記載

A要件2:発明特定事項が請求範囲の記載自体から不明瞭

B要件3:明細書の記載から不明瞭:実施例サポートなし

C要件4:技術常識から不明瞭

という要件は、解釈の指針として有効である。

 この要件が揃ったとき、実施態様に開示されている具体的な技術的思想により、その意味を確定することとし、その具体的な技術的思想とは、@「一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定されるものではない」、A「当業者が容易に実施ができる程度に開示されていない技術的思想までをも当然に含むものではない」としている。

 すなわち、機能的記載のクレームは、「実施例とその均等物にまでその権利範囲が及ぶ」というのであり、これはまさしく、米国の「逆均等」理論である。

 このような「逆均等」の理論を当てはめることには、賛同する。けだし、特許法(実用新案法)が発明のもつ「機能」そのものを保護するのではなく、解決手段として呈示された、当該機能を反復実施して提供する「産業上利用できる発明」(29条1項柱書きの発明)に対し、保護を与えるものだからであり、さらに、呈示された実施例は、「社会的客観的事実としての発明」を開示するものであり、請求項の記載(権利を要求する意思表示)が不明確である以上、保護に値する真の発明の範囲(すなわち法的評価に値する発明)は、少なくとも明確な実施例記載の客観的事実を基に決定されるべきだからである。また、平成6年改正特許法で、特許請求の範囲には、「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載」することとなったものの、産業上利用できる「発明」(29条1項柱書きの発明)は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(2条1項)であるが故、反復実施可能な再現可能性のあるものであることには変わりない。してみれば、特許請求の範囲の記載事項は、反復実施を可能とするための技術的かつ論理的前提である特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」を少なくとも含んでいなければならない(だだし、発明不可欠事項のみを記載してある必要はない)。逆均等論は、このような見地からも支持されるべきであろう。ただ、「機能的記載のクレームは、実施例とその均等物のみに権利範囲が及ぶ」とする場合と、機能的記載のクレームは、少なくとも実施例とその均等物に権利範囲が及ぶ」というのとでは、大きく異なる。

 機能的クレームの場合、具体的事件毎に、その不明瞭さが異なるであろうし、それに対応する明細書の開示範囲も異なるであろうから、後者のような立場で、事件の性質に応じた柔軟な判断があってもよいのではないかと思料する。(それでは、請求項の公示機能が損なわれるとの批判があろうが・・・)

 なお、審査基準で示された「具体的な物が想定できる」との基準は、特許発明の技術的範囲を確定する場合には、かならずしも機能しないことは、「診療受付票発行方法」事件から明かである。この事件で、『「管理装置」は、ホストコンピュータと別体のものに限られると解すべきである。』とされたが、従来より、ハードウェアとして、端末装置の機能を兼ね備えたホストコンピュータが存在することは、当業者に周知であり、よって、前記事件の請求項において、「管理装置と、初診患者の受付と診療費用の会計処理を行なうホストコンピュータ」とが一体である形態」は、「具体的な物として想定できる」とも言えるのである。

<逆均等の理論は明確な基準を与えるか>

 逆均等の理論は、本来、客観的な構成で特定できる発明にもかかわらず、機能的な用語で特定してしまった場合の機能的クレームの場合には、まさに最適な解釈基準となろう。

 これに対し、発明の本質上、機能でしか特定できない場合には、明確な基準足り得ない場合がある。「機能実現手段」で特定せざるを得ない、ソフトウェア関連発明の場合である。

 ソフトウェア関連発明の特殊性としては、以下のように指摘される。

a ソフトウェア関連発明の多くは、汎用コンピュータ上で稼働できるものであるからハードウェア部分には何等特徴がなく、無体物たるソフトウェア部分に発明の特徴が存するのが通常である。

b 物理的実体たるコンピュータにロードされ、実行されれば課題解決手段たりうるが、それ以前の無体物たるソフトウェアそれ自体では、本来的に現実世界における課題解決手段たり得ない。

c ソフトウェア関連特許発明の効力が及ぶ範囲を画定しようと試みても、無体物であるソフトウェア自体の実施概念は、占有の移転を取引行為の前提とする有体物についての実施概念からは、捕捉困難である。

d ソフトウェアは、ハードウェアの動作させる機能を規定する、ハードウェアに対する命令群であるから、可視的な構造をもってクレームできず、機能的・作用的クレーム記載がある程度不可避的となる。」(特殊なクレーム形式、特殊技術分野における特許要件に関する諸問題(6)−1「ソフトウェア関連発明」小西恵、発明協会:特許審査・審判の法理と課題:竹田稔監修357頁より)という点である。

このような特質を有するソフトウェア関連発明では、「機能実現手段」で特定した発明特定事項の実施例もまた、「機能実現手段」で特定せざるを得ない場合がある。

無体物たるソフトウェアそれ自体を物理的実体たるコンピュータにロードして実行したときはじめて、課題解決手段としての「機能実現手段」が実現されるのであるが、そこにあるのは、従来公知の汎用的なコンピュータそのものである。他方、「機能実現手段」は「機能」そのものではなく、「機能」を実現するための抽象化された技術思想であり、ある程度の具体性を有するものと考えられる。そのような見地からすると、ソフトウェア関連発明では、具体的実態である「プログラム」がどのような「情報」を処理対象としているのかを特定するとともに、それをロードして実行する「ハードウェア」の実施態様を特定し、そのプログラムが処理対象とするであろう「情報」の範囲(米国特許法112条でいう均等の範囲)を、当業者の立場から推定し、また、適用すべきシステム構成を想定した範囲をもって、当該「機能実現手段」の範囲とすることとなろう。例えば、内燃機関が発生させる騒音レベルをパラメータとして、内燃機関の運転を制御するプログラムによる内燃機関の制御装置の場合、騒音レベルの検出のためマイクによる集音する場合だけでなく、内燃機関の振動の大きさから騒音レベルを推定する場合も含むのかは、明細書の開示と当業者の技術水準に負うこととなろう。また、ビジネスソフトのような、純ソフトウェア関連発明では、扱うデータとして、例えば銀行における「顧客データ」の実施例を基準として、病院における「看者データ」まで均等として拡張できるか、等が問題となろう。

いずれにせよ、「機能実現手段」で特定せざるを得ない「ソフトウェア関連発明」では、個々の具体的事件毎に、具体的開示内容に従って、個別に技術的範囲を確定していかざるを得ないことは誤りではなさそうである。

従って、ソフトウェア関連発明において、広い範囲での保護を求めるならば、様々な形態のハードウェア構成(システムやネットワーク等の構成)において実現できることを、明細書に具体的かつ多様な形式で開示することが要求されよう。

<機能的記載の実務上での注意点>

 以上を鑑みると、機能・作用で発明を特定した場合、以下の点に注意する必要がある。

 注意点1.機能的に記載したからと言ってそれが直ちに発明の保護範囲を拡大することを意味するものではない。

 機能的記載で特定した発明の保護範囲を広いものとするには、発明の保護範囲を支えるに十分な開示がされているかが問題となる。この意味で、発明の詳細な説明で、実施の形態をできるだけ多種多様に説明しておく必要がある。請求項と詳細な説明との間の不一致として、36条6項1号違反とされる場合、権利化後におけるクレーム解釈上、実施の形態に限定解釈される場合などがある。

注意点2.出願手続き上、適性保護範囲確保のチャンスを逃すおそれ。

 これまでは、機能的記載が原則として禁止されていたので、請求項で発明を特定するにあたっては、発明の機能を発揮することとなる客観的な「構成」を、可能な限り広い概念で表現しようとする「努力」をしなければならなかった。この努力をするが故に、明細書作成技術が磨かれるという面があった。そして、「機能」と「構成」とがほとんど同義であるとき、最高の請求項として評価されるわけです。機能的表現が是認されると、このような努力をしなくなる傾向が現れ、ともすると、請求項や「手段」の項で、発明の特定が機能的表現に止まり、思想としての発明を客観的構成で表現することを怠り、客観的な構成は、具体的技術である「実施の形態」になって初めて出てくるという現象が現れることとなる。

 このような明細書に対し、審査において、その実施の形態とは異なるが請求項の機能的表現に含まれる先行技術が引用されたとき、逃げ場は「実施の形態」における「構成」にしかない。

 従って、請求項を機能的表現で特定した場合でも、思想としての発明を客観的構成で表現し、具体的技術である実施の形態よりも上位の概念で保護範囲を確保できるようにしておく必要がある。

<機能表現クレームと均等論>

 特殊なクレーム形式、特殊技術分野における特許要件に関する諸問題、発明協会:特許審査・審判の法理と課題:竹田稔監修335頁には、機能的クレームについての均等論適用の可否が論じられている。その部分を引用する。

「適用否定説はその根拠として、@技術思想としての幅を初めから有する概念である機能表現を行う場合、その機能の範囲のみしか権利範囲は認められない。それが発明を思想として表現した機能表現クレームのリスクであり、むしろ公平の理念や法的安定性に適合する(江藤聡明「機能表現クレームの権利範囲−機能表現クレームへの均等論の適用はあり得るか」パテント1999.vol.52 103頁)、A機能的クレームは発明を作用で特定するところ、ある構成要件の作用が異なれば発明としても異なることとなるので、結局置換可能性の要件を満たさない。B物の形状等で構成要件を特定する場合と比べ、特定が容易であるため必要性がない、等を根拠とする。

これに対し、適用肯定説は、@権利範囲が広い分だけ先行技術の範囲も広がるわけで、公知技術等を含んでいれば無効にすればよく、そのような先行技術がない以上は広い範囲に権利を認めるべきであり、均等を認めない理由にはならない、A各構成要件の作用が変わっても発明の作用としては変わらない場合もありうる(松下正「機能表現と均等論」パテント1999.vol.52 NO.695)と反論する。」

この点につき、相田義明氏は先に紹介した「抽象的・機能的な表現を含むクレームの諸問題:知財管理Vol.51 No.12 2001 1845頁」で、「機能的クレームの文言を明細書に開示された発明の実質に照らして柔軟かつ制限的に解釈することは、まさに、日本においても技術的範囲の確定において裁判所が実践していることである。そうすると、均等論の考え方は機能的クレームの解釈に取り込まれているといえ、これにさらに均等論を重ねる余地はほとんどないものと思われる」としている。

思うに、本来特許発明がカバーしようとしていた機能範囲と、当該特許発明を特定した構成要件の用語の概念範囲とのずれを公平の観点から補填するための理論が均等論である、とするならば、均等論を機能表現クレームに適用する余地はないこととなろう。

しかし、相田氏も指摘するように機能表現クレームは、裁判所で、明細書に開示された発明の実質に照らして柔軟かつ制限的に解釈されているのが実情である。ただし、相田氏のいうようにこれにさらに均等論を重ねる余地はほとんどないかというと、以下の理由からその余地ありと考える。

先に紹介したように、日本の裁判例でも、米国と同様な、「逆均等:機能表現クレーム=開示された実施例とその均等物」のルールでその技術的範囲が確定しているならば、その結果は、いわゆる一般的なクレーム解釈論における、「文字通り侵害の有無」の段階であって、未だ、「均等論」の適用段階ではないことに注意しなければならない。

逆均等の理論を適用して、機能表現の構成要件を、実施例に開示された対応構成からある程度幅をもって特定された具体性のある構成要件に特定し直した場合であっても、その再特定された構成要件の一部に対象物件と異なる部分があったとき、その置換可能性、置換容易性等を判断するのが均等論の問題である。

そうすると、機能表現クレームにも均等論が適用される余地は、理論的に残っていることとなる。実際の事件において、「振動を吸収する手段」とクレームに特定され、実施例では、ゴム製のダンパが開示され、他の例が記載されていないとき、逆均等の理論により、振動を吸収する部材とは、ゴム製ダンパおよびその均等物として評価されたものとする。その均等物としては、せいぜい「スプリングを利用したダンパ程度」であるとする。

このように特定された「ゴム製ダンパおよびその均等物」が「特許発明の本質的部分」である場合は、もはや均等論を適用する余地はないが、特許発明の本質的部分」でない場合、ゴム製ダンパおよびその均等物と置換可能・置換容易な「空気層を利用したダンパ」が均等物であるとして、評価してもよい場合があろう。もちろん他の均等要件も検討すべきことは言うまでもない。


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