特許から見たゴルフ
弁理士 遠山 勉 (2001/10/22)

はじめに

 「ゴルフにはいくつもの楽しみがある。第1は技術向上の楽しみ。第2は良いスコアが出るようになった時。第3は各地の名コースに挑戦する楽しみ。そして第4はゴルフを通じて多くの友人ができることである。しかし、それ以上の楽しみは、ゴルフの歴史にまつわる諸々の知識を深めることである。」 とは・・・・・「ゴルフ 5番目の楽しみ」(大塚和徳著、文春新書)である。
 ゴルフの歴史は、ゴルフ道具の歴史でもある。そして、その発展は「特許制度」によって支えられてきた。今やゴルフに関連する特許として、様々なものが特許として保護され、ゴルフの発展に寄与している。 ゴルフボール、ウッドクラブ、アイアンクラブ、シャフト、グリップ、キャディーバック、ゴルフシューズ、手袋、鞄、様々な練習機器、ゴルフカート、ゴルフ場のグリーン、ゴルフゲーム、そして、スコアカードも・・・・ゴルフに関連するもの全て特許出願がされているのが実状です。
 今回、弁理士であるとともに、無類のゴルフ好きの一人として、ゴルフを特許という観点から覗いてみようと思い、「特許からみたゴルフ」を書くことにしました。ゴルフの5番目の楽しみをより充実したものにしていただき、さらに、技術立国日本を支える特許制度について興味を持っていただければ幸いです。

第1話 OUT 1番ホール ゴルフ界最大の発明?<PINGパター>

 朝の練習グリーンでは、多くのプレーヤー達が、今日のゴルフの調子を整えようと、パッティングの練習をしている。パットの種類には様々なものがある。L字型、T字型、マレット型、そして、ピン型。朝の練習グリーンで最も多いのは・・・と、見回してみると、ご存じのようにピン型である。プロのツアーを見ても同様だ。それほどピン型は安定した人気を誇っている。重量をパターヘッドのトゥとヒールに配分して、スイートスポットを拡大したということが、パターの世界に革命を起こしたのだ。スイートスポットを広げることがミスヒットをカバーし、カップインの確率を高くしてくれるのだ。 そんなわけで、昨今のパターは、L字型も、T字型もマレット型もトゥ・ヒールバランスの重量配分とした設計が多い。20世紀におけるゴルフ界で最大の発明として挙げることができるものは、PINGパターであることに異論はないでしょう。

ただし、トゥ・ヒールバランスの重量配分は、Karsten Solheim 氏以外の方も考えたようだ。保国 隆氏の「スイングの科学」NoN Book 祥伝社 によれば、「イギリスの科学者グループがトゥとヒールにウエイトを分散し、スイートスポットを拡げた方が、一般アマチュアには打ちやすいはずだと主張しはじめ、その理論を1968年に発表しました。」とのこと。また、デルタ・ステート大の助教授であるTony Scarborough(トニィ・スカーボロ)博士が1968年にトゥ・ヒール重量配分のパターを出願し、特許を取得したとの新聞発表が1972年にあったとのこと(高野英二氏のゴルフ「80を切る!」日記April 13, 2003 リンク先ページで下の方にかなりスクロールすると●PINGパター余聞)というのが出てきます。)。人間って同じようなことを考えるものだと思う次第。

 ところで、pingのホームページよれば、氏が発明した最初のパターは、1A型と呼ばれ、1959年に出願されている。これは、
細長い箱型のブレード内にシャフトの先端を固定した形状である。すでにトゥ・ヒールバランスの設計思想は導入されていた。ただし、ピン型というとき、その原型は、1A型でなく「アンサー」モデルである。 「アンサー」モデルは、1966年に発明され、翌年3月21日に米国で特許されている。基本原理が1959年であれば、やはり、Karsten Solheim氏の発明が最も早いように思える。
 現在の主なピン・パター、スコスコッティ・キャメロン、ジョン・バイロン、タッド・ムーア、R.J.ベルナルディ等の職人達が作る削り出しのピン型パターもまた、アンサー型を基本としている。 トゥ・ヒールバランスに設計するにしても、どうしてあのような形になったのであろうか。トゥ側とヒール側とに配分された2段あるいは3段構造のウエイト部分、ブレードから垂直に立ち上ったクランク型のネック。これら形状は、トゥ・ヒールバランスに設計する上で必ずしも必要ではない。
 そこで、よくよく考えてみると、そのような形状とすることで、パッティングスタイルを変えさせたという点が、ピン型パターの最大の特徴なのではないだとろうか・・・・・・と勝手に結論づけてみた。L字や、T字、マレットの場合とピン型では明かにストロークが違う。USツアーでのかつての名手達の多くはL字型を使用していた。そのパッティングを過去の映像でみると、腰を90度近く折り曲げ、大きくボールに被さってボールをヒットしている。

私のゴルフの師匠、東田公一プロによれば、L字型はカップに方向を合わせやすいが、スイートスポットが小さく、外れ出したら外しまくる・・・・、入り出したら入りまくる・・・・とのこと。一方、T字型は、シャフトの先端に対応してスイートスポットがあるから、シャフトでボールをカップに持っていく感じでストロークすればよい、とのこと。ちなみに、私は、このT字スタイルでのストロークが好きだ。マレットはL字やT字にパッティングスタイルとしては準じる。
 これらに対し、ピン型パターでは、パターを吊り下げて持ち、振り子のようにストロークする・・・・というより、ピン・アンサーモデルではそのようにしないとどうもしっくりしないようになっている。丸山茂樹選手のパッティングはまさにお手本である。さらに、片山晋呉選手の変則的なグリップによるパッティングはピン型ならではと思う。片山選手のスタイルでL字やT字型パターを打ってみるとこのことがよく分かる。
 
 話を特許に移そう。

 ピン・アンサーをベースとして、ピン型パターは種々発展していく。以下に紹介するゴルフ用パターの特許は1990年10月1日に米国に出願され(USSN590919:米国出願番号)、この出願を基礎にして、平成3年(1991)4月2日に優先権を主張して日本に出願されたもので、その後の審査の結果、特許すべきものとして、公告番号:特公平8−4644をもって平成8年(1996)1月24日に出願公告されている。
 出願人は、カーステン・マニュファクチュアリング・コーポレーションであり、発明者はもちろんカーステン・ソルヘイム氏です。

 ここで、優先権とか、出願公告とか耳慣れない専門用語が出てきたが、優先権とは、工業所有権の国際的保護のために世界の主要国が批准しているパリ条約の加盟国間において認められる権利で、第1の加盟国で特許出願した場合、その日から1年以内に第2の加盟国で同じ発明につき出願する場合、後の出願は先の出願の日になされたものとして扱ってもらえる権利のことを言う。また、出願公告とは、特許庁で一応の審査が終了し、拒絶をすべき理由が見あたらないとき、その出願に係る発明を特許すべきものとして、公衆に公示する制度で、公示の後に第3者からの異議がなければ登録される。ただし、現在の特許制度では、出願公告制度は廃止され、特許すべきときはそのまま直ちに登録され、登録後に公示されるようになっている。特許権の存続期間は、出願公告の日から15年が原則で、特許出願の日から20年を越えないものとされていたが、出願公告制度が廃止された後は、審査の長短にかかわらず一律に特許出願の日から20年をもって終了するものとされている。
 

この特許公報には、PINGパターに込められた様々な技術が発明の背景としてわかりやすく紹介されている。いかにPINGパターが優れたものかがおわかりいただけよう。以下、公報の内容を抜粋します。
 「30年ほど前に初めて工学ないし科学原理がパターの設計に取入れられ、ヒール・トウ・バランス(hell-toe balanced) として知られるデザインが考案された。この原理のパターはその質量がパターヘッドのヒールとトウに集中している。これによって、慣性モーメントが増大し、その結果として、ゴルフボールがパターのスイートスポットから離れたパターフェース上のポイントで打たれた場合に、パターヘッドのねじれに対抗できるようになっている。こうしたパターが1962年7月3日に特許された米国特許第 3,042,405号に開示されている。
 ヒール・トウ・バランス設計を有する以外に、特許第 3,042,405号に開示されている本出願人のパターのデザインはフェース・バランス設計と呼ばれる別のデザイン特徴を有する。フェース・バランス設計を有するパターは等しいモーメントアームを有するパターである。すなわちヒール及びトウに集中した質量が回転軸から等しい距離にある。これは、パターのシャフトをパターのトウとヒールの中央に連結してシャフトを重心付近に配置することによって達成できる。
 フェース・バランス設計の概念は、1976年5月4日に特許されたデビット・エル・テイラ(David L. Taylor) の米国特許第 3,954,265号にも詳しく開示されている。この場合には、シャフトはヒールに近いところでパターヘッドに取付けられ、シャフトは特別な形状に曲げられている。シャフトの曲がりは、シャフトの直線部によって形成されるシャフトの長手軸がパターヘッドの重心を通るように位置付けする。
 本出願人はフェース・バランス設計概念を取り入れた、特許されていない別のパターのバリエーションを市場に供給してきた。本出願人はこれを”Z”パターと名付けてきた。このパターにおいては、シャフトはその直線部の長手軸が、パターヘッドのフェースから垂直に延びパターヘッドの重心を通る仮想線と交差するように曲げられている。そしてシャフトはホーゼルでなくパターヘッドに直接取付けられている。フェース・バランス設計概念を実現するこの形は、パターヘッドのデザイン技術に、さらにパターヘッドを安定化させるという特性を付加している。シャフトの軸をパターヘッドの重心の前方へずらすことによって、シャフトの回転軸のまわりのパターヘッドの慣性モーメントに新たな距離の要素が加わる。すなわちヒールとトウの重力集中部と軸まわりの距離は、パターヘッドの長さにパターヘッドが軸より後方にずれた分だけ大きくなり、この分慣性モーメントが増大する。もちろん、これによって慣性モーメントは重心を通るような回転軸を有するフェース・バランス設計のパターに比べて増大する。
 上述した完全にバランスのとれた従来型のパターは理論的には理想的であるが、多くのゴルファはセンタシャフトパター(シャフトがパターヘッドのセンターに取付けられたパター)、ベントシャフト付きパター、ホーゼルなしパターを避けている。その理由はいろいろであるが、個人の好みやゴルファが使用するのに何を好ましいとするかということにすべて帰着する。」

 そこで、この発明は、ピン型パターに”Z”パターの設計概念を組み合わせたのです。

 図1、2に発明に係るパターの例を示します。


【図1】この発明によるパターの実施例を示す斜視図である。

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【図2】図1に示されたパターの拡大平面図である。

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10 パター、12 パターヘッド、14 フェース、16 トウ、18 ヒール、20 ホーゼル、22 シャフト、24 長手軸、26 仮想線、28 点、30 脚部、32 カンチレバーアーム、34 ボス、36 交点、38 仮想線(距離)、CG 重心、M1,M2 質量集中部


 このパターでは、3つの設計要素が組合わさっている。

(1)      ヒール・トウ・バランス設計: パターヘッド12のトウ16に集中した第1の質量集中部M1とヒール18に集中した第2の質量集中部M2が設けられる。慣性モーメントが増大し、ゴルフボールがスイートスポットから離れたポイントで打たれた場合に、パターヘッドのねじれに対抗する。

(2)      フェース・バランス設計: 質量集中部M1,M2がパターのシャフト22の長手軸24から等しい距離に位置する。質量集中部M1,M2の距離を実際的な限界内において最大にすれば安定性はさらに改善される。

(3)      フェースと軸のオフセット: ソケット状のボスがパターの重心に対して前方へずれた位置に配置されていること、すなわち、前方に位置する交点36から生じる利点である。重心CGは質量集中点として作用する。この質量集中は重心CGと軸の交点36との間の距離といっしょになって別の慣性モーメントを生じる。この慣性モーメントは中心からずれてヒットした場合に生じるパター10のねじれに抗する。
 

 以上が、ピン型パターの最新の技術内容です。いかがでしたか。これだけ理論的に説明されると、確実にカップインできることに間違いないように思えます。あとは腕次第(・・・耳が痛い)。


 ★本当のトゥ・ヒールバランス理論の発明者は、デルタ・ステート大の助教授であるTony Scarborough(トニィ・スカーボロ)博士だったそうな。高野英二氏のホームページに掲載されたゴルフ「80を切る!」日記に掲載されたApril 13, 2003の記事「 PINGパター余聞 」では、PINGパター以前のトゥ・ヒール型パターの発明者が紹介されております。