PAOPAO WONDER LAND SPECIAL NOTES

ガレージキットの歴史

HISTORY OF GARAGE KIT

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 最近では、私のページを見て初めてガレージキットを知る方も増えてきています。今回のスペシャル・ノートは、そういう方のために、ガレージキットの成り立ちと魅力を怪獣キットの側面から簡単に説明します。

解説

[ガレージキット]
 ディスプレイを目的とした、少量生産の大人向け精密模型。
 トイなどのマスプロダクツでは、安全性やコスト、大量生産の型抜きの問題から様々な省略や置き換えが行われるが、元々一点物の複製品として登場したガレージキットでは徹底したプロポーションとディティールの追求が可能である。 組立て模型というより、彫塑像や粘土像などの立体作品としての側面が強く、複製品を領布する手法として模型という形が選択された。

[プラモデル]
 一般的には、模型といえば真っ先に浮かぶ、模型の代名詞。 金型とプラスチックによるディティールは、技術的にはかなりエッジがきかせられる。 最近は、接着剤不要、多色成型+シールによる塗装不要など、子供に対する有機溶剤対策も考慮されている。 反面、対象年齢3才以上のトイ商品として安全性の面から、特に'95年PL法施行以降意識的に鋭角的なパーツが避けられるようになってきた。

[フィギュア]
 '97年、SPAWNに代表されるアメコミフィギュアのブリスターパック入りの塗装済み完成品が、コレクション・アイテムとして大ブレイク。 スタートレックやスターウォーズ等、映画のアイテムも加わって、一大フィギュアブームとなり、ガレージキットにも影響を与えている。

[展示即売会]
 '85年から始まったワンダーフェスティバルに代表される、展示即売会の充実・拡大もガレージキットの発展に大きく影響している。 アマチュアディーラーが、少量生産のガレージキットを発表・販売する場として、展示即売会は不可欠であり、イベントの常連からプロ化していった原型師や個人メーカーも多い。
 キャラクターの版権問題も、現在は版権元の理解と即売会主催者の努力によって即売会会場内一日限りの当日版権というシステムが確立されている。 発表の場を提供するだけでなく、即売会主催者が申請事務を取りまとめて代行し、参加ディーラーの事務負担を軽くするなど、展示即売会の果たしてきた貢献は大きい。
 現在主なものには、2月と8月に年2回開催されるワンダーフェスティバル(主催:海洋堂)と夏に開催されるキャラホビ(旧C3+旧ホビーEXPO・JAF-CON、主催:アスキー・メディアワークス+ホビージャパン)等がある。


原型師

 リアルさを追求するガレージキットでは、原型が全てと言っても過言ではない。 ロボットであれ、怪獣であれ、美少女フィギュアであれその立体をどう咀嚼し、造型に活かすかが原型師の腕である。 ディスプレイ・モデルのため、モチーフとなるシーンの選択やポージングなども重要な要素となる。
 職業として確立されてからは、メーカーからの原型発注で無難なポーズでまとめる製品もあるが、自己ブランドから製品を販売する個人メーカーを兼ねた原型師は、思い入れのあるキャラクターを、量産を気にせず大胆なポージングで作り込んでゆく。 作家性が強く作品に反映されるガレージキットでは、「どのメーカーから出されたか」より、「誰が作ったか」の方がはるかに重要なのである。
 '80年代中盤には、今見ると明らかに造型の劣るキットが多い。 にもかかわらず、それらの作品からは、「好きだから作る!」という原型師の思い入れが情熱となって、ほとばしっている。 '90年代に入り、怪獣GKは10年前とは比べものにならないくらい水準もあがり、キャラも似てきた。 しかし、2000年以降は市場の衰退から、作品追求とコストパフォーマンスに優れた作品のバランスは、よりシビアなものになりつつある。 筆者は趣味ではないが、GK界全体の熱は、'90年代に入り開花したアニメ美少女キャラへと向っており、怪獣GKはかなりのマイノリティーとなってしまった。
 ゴジラを中心とした怪獣専門の代表的な原型師としては、 '80年代では速水仁司、原詠人、井上雅夫、大石透各氏、平成以降では酒井ゆうじ、畑中正義、山川隆生、浅井篤、竹内信善、山脇隆、丹羽俊介、岡健之各氏が精力的に活動している。
 また、ボークスのOHSも多くの原型師を輩出すると共に、'80年代末には、怪獣無法地帯を原型師として抱え込む等、育成的な役割を果たした。 '90年初頭にパラダイスで活躍した、怪無の高垣利信、柴田幸房、ダイモスの村上寛、元木秀樹各氏は、ブランクを経て'90年代末からRIC、オーバーグラウンド、造型工房パオなどのメーカーで原型を担当。 その後、おまんたワールド、ダイモス、レジンシェフとうけけ団といった個人メーカーに近い形で、それぞれ活動を続けている。
 加えてウルトラ怪獣では、村田幸徳氏の怪獣無法地帯は老舗となり、荒井成一、浅川洋、橋本智、宮崎逸志、森下要各氏などもWFを中心に活動を続けている。
 また、'80年代末から、品田冬樹氏ら映画の特殊美術を本業とするスタッフが、トイやGKの原型製作をする動きも出てきており、ガメラの原口智生氏、高濱幹氏や、クリーチャー造形の竹谷隆之氏(雨宮組)らは、GKの原型師としても活躍している。


材質

[FRP]
 軽量で強い強化プラスチック。自動車のボディなどにも使われる。 流動性の問題から、細かいエッジのきいたディティールには今一つか。 怪獣では、50cm級以上の大型モデルに使われる事が多い。 硬化は1日がかりで、とても臭い。

[レジンキャスト]
 無発砲ウレタン素材。熱硬化樹脂。 常温・常圧で扱え、主剤と硬化剤の2液混合により、数分から10分程度で硬化する。 流動性、再現性、硬化後の強度や切削性とも群をぬいており、現在最も広く利用されている。 硬化時には発熱するため、水分を含んでいると気泡の原因となる。 このため、長期保存には向かない。

[コールドキャスト]
 プラスチックに石膏を混ぜたもの。レジンに比べ、若干強度が落ちるが、廉価なのが魅力。 主に、海外製ガレージキットで使われており、感触は石膏に近い。 切削性は、レジンよりやや落ちる程度。

[ポリストーン]
 近年、完成品等で使われる廉価素材。 プラスチックに石粉を混ぜたもの。 石粉の混合比率にもよるが、かなりもろい。 そのため、切削性に劣る。

[ホワイトメタル]
 レジンキャストの普及でめっきり少なくなったが、低温で融解するため、レジン同様シリコン型で複製が取れる扱いやすさから、少数生産に広く使われた。 強度はあるが、接着が難しく、重く価格も高くつくため、強度とハードディティールが求められる10cm以下の一発抜きフイギュアやパーツに多用されている。 怪獣GKでは、メタルキットの他、海底軍艦のアンテナなどレジンでは再現の難しい径の細いパーツや、キャノン砲等メカパーツに使われた。

[ソフト・ビニール]
 かねてより、子供向けトイ素材として発展したが、ビリケン商会がリアルタイプのガレージキットに導入して、ガレージキットを一挙に組みやすくした。 以前は凝固萎縮率が激く、歪みの原因となったが、海洋堂等メーカーの改良努力で歪みはかなり少なくなった。 熱で柔らかくなる特性を持つ。 一部の塗料とは相性が悪く、ベタつく。

[軟質ソフト・ビニール]
 常温で、かなり柔らかくなるソフビ。 海洋堂の再販原モスラ、M1号のモスゴジ対決セットのモスゴジ、ファルシオンの限定版などが軟質ソフビで出されている。 柔軟性を保つための可塑剤が多く含まれ、塗料との相性はソフビよりシビアになる。


日本での歴史と考察

[黎明期:79〜82]
 元々模型好きの中には、市販の製品に飽きたず、全てをゼロから自作(フルスクラッチ)してしまう人がいた。 それなりに技術は要求されるが、種々の制限も無く、好きなものを好きなように作れるため、腕自慢のモデラーは挑戦し、写真を雑誌に投稿したりしていた。 特に、主役級しか商品化されないTV番組や映画からのサブキャラクターは、思い入れもあり競ってフルスクラッチされた。
 79年当時は、型取り剤、注入成型剤とも未成熟であったが、プロモデラーの作った一品ものの複製品を求める声も多く、HJ79年8月号において、山野純治氏が、1/35レジン製ロビー・ザ・ロボットを発表し、個人メーカーの可能性を示した。 続いて1/35フライデーが小田雅弘氏によって作られたが、当時は10個分のパーツを輩出するために、60個分のパーツを抜かなければならず、81年までは全国のモデラーが素材の試行錯誤を行っていた。 この頃は、数十万のプレミアが付いてしまったマルサン等のレトロプラモデルを型取りして、組立用や知人に配るための複製も行われている。 一方、比較的成型の簡単なバキュームフォーム(VF)・キットや成型機も徐々に売り出されている。
 81年には、国産初のガレージキットと言っても良い、大阪の川口哲也氏による歯科用レジンの怪獣が次々に発表され、翌年海洋堂が通販を通じてリリースを始める。 ゼネラルプロダクツも、開店と同時にマーシャン・ウォー・マシンをVFキットでリリース開始した。 当時は、SF系の乗り物はVFキットで、怪獣はレジンやメタルでのリリースが多かった。
 この81年から82年に、個人での発表ではエポックメイキングな出来事が起きる。 川口氏と並んで個人メーカーの元祖であり、怪獣のみならずその後のガレージキットの方向性まで決定付けてしまった、「イノウエ工房」後のイノウエアーツの登場である。 FRP製の60cmに及ぶゴジラは、個人のスクラッチは10cm程度という常識をはるかに越えてど肝を抜いた。 82年には50cmバラゴンとともに第2回特撮大会へ出品、大阪ゴジラ団のパゴス、マタンゴ、セミ人間、アレックスの1/35大魔人、ゼネプロのウルトラアイ、ジェット・ビートル、海洋堂の海底軍艦とロボット兵ラムダなどが出揃い、ガレージキットの名がモデラーの中で市民権を得る。
 82年の暮れからは、速水氏の101匹怪獣が海洋堂からリリース開始。 怪獣キットやSFアイテムに牽引されて、ガレージキットの大進撃が始まった。

[繁栄期:83〜89]
 このころから、一般向けにもシリコンゴムなどの型取り剤や「プラキャスト」(ニッシリ)などのキャスト成型剤が販売されはじめる。 ガレージキットは、怪獣、SFキャラやメカを中心に種類を増やす。
 海洋堂では、速水仁司氏、原詠人氏、ボークスでは、圓句昭浩氏など80年代を支える原型師が登場し、プロ化していく。 その中でも、ボークス、内田模型など提携先を替えながら、たて続けに名作を発表していくイノウエアーツ(井上雅夫氏)は壮観であった。 83年海洋堂のGSV、84年海洋堂のリアルホビーシリーズ、ボークスのOHS開始等、80年代中盤は、造型は粗削りだが、怪獣キットの華盛りであった。
 85年1月にはゼネプロ主催で、第1回ワンダーフェスティバルが開催され、アマチュア・ディーラーにも発表の場が提供され、さらに幅は広がっていった。
 82年、レトロソフビやブリキ・トイのプレミア・ショップだったビリケン商会は、井上氏との出会いからガレージキット業界に参入、人形師ハマハヤオ氏を原型師に据え、83年メタルナ・ミュータントを皮切りにオリジナルキットのリリースを開始する。 このメタミュー初版こそレジン製であったが、以後ラインナップをソフビ・キットに移行し、リアル・ソフビ・キットの先駆けとなる。 多くのアメリカSFキャラクターをソフビ・キットとしてコンスタントに発表、素材のアプローチからユーザーを広げ、86年には初の和物となるウルトラマン、バルタン星人、キンゴジを発表している。 ソフビ素材に関しては再現性に難があるものの、低価格と組みやすさが受けて、87年を堺に怪獣GKも一気にソフビ化が進行してゆく。
 この時期、怪獣キットは下火となり、大手トイメーカーとの提携を拒絶したロボット系のFSS(ファイブ・スター・ストーリーズ)が、ガレキ界を引っ張っていった。

[円熟期:90〜96]
 大手販売店系メーカーのラインナップ、ワンダーフェスティバル等での当日版権によるアマチュア・ディーラーの10個単位の販売と2極分化され、ガレージキットは完全に商業化された。
 ボークスからは、圓句氏が造型村を起こし、製販分離のシステムを確立する。 若い造型師にも道を開き工業化した功績は認めるが、仕事としてこなす造型に、黎明期のような思い入れたっぷりの情熱が感じられるキットは少なくなっていった。 井上氏や原氏のような、芸術家肌の人間は徐々に居場所がなくなり消えて行く。 一方、90年代初頭には、酒井氏や畑中氏など、プロ原型師が次々と独立して独自の工房を起こし、コンスタントなリリースを開始する。 平成ゴジラ映画も、91年から毎年公開されるようになり、怪獣GKも新陳代謝を繰り返しながら、少しずつではあるが、数を増やしてきている。
 ユーザーの世代交代により、美少女アニメキャラも台頭してきた。 市場は成熟したが、圧倒的な情熱を持って作られる素材は、アマチュアディーラーに移っていった。 しかしそのアマチュアディーラーも、層の薄さからか、対象が偏り、例えばこの年は、ゲーム「XX」のXXちゃん、この年はエヴァンゲリオンのXXというように、一過性の流行りのアニメキャラクターに集中し、消費していく。 原点に戻って、もっと幅広い作品が出てきても良さそうなものであるが、残念ながらそういうディーラーは、ワンフェスでも淘汰されつつある。

[混迷期:97〜]
 キャラクター的には、相変わらずアニメ美少女ブームが続いているが、97年、コレクターアイテムとしてブレイクしたアメリカのブリスターパック入りアクションフィギュア・ブームに影響されて、商品展開は様々な試みがされるようになった。
 一つは、キットの形式を排した塗装済み完成品。 ポリストーンやポリレジンと呼ばれる注型材で成型された、ディスプレイモデルである。 手軽さが受けて売上げを伸ばしており、今後はラインナップが増えていくだろう。 作り込む楽しみがなくなるのは寂しい話だが、業界大手の海洋堂の挙動を見ていると、確実にユーザーニーズは完成品に流れている。
 もう一つは、複合素材に可動間接を埋め込んだアクションフィギュア(AF)。 GKメーカーは、ガレージキットのリアルなシルエットを活かしつつ可動で遊べるフィギュアのクロスオーバー品を試みている。 フィギュア界のこち亀の両さんもすごかったが、海洋堂では、北斗の拳シリーズやデビルマンでAFの可能性を探っている。 アトリエG−1からは、奥田茂喜氏がラテックスを使用しフル可動ガメラを発表。 その造型を損なわない可動性に、ファンは驚き、賞賛を持って迎え入れた。 怪獣キットの新たな方向性として、今後の商品展開にも期待したい。
 ボークスでは、フィギュアというよりドール(着せ替え人形)に近い素材と製品展開をし始めた。 これはもはや、ガレージキットとは言えない世界である。
 怪獣GKは、市場的にはかなり落ち込んできて、大手メーカーによる数千個単位の商品は出せない状況となってきた。 そういう意味では、本当に好きな人間が造った作品を、好きな人間に数十個単位で領布する、個人メーカーの時代に逆戻りした感がある。 しかし、これがガレージキット本来の姿だと考える。

 現在主流の美少女フィギュアは、元々偶像の具現化とはいえ、1/1等身大モデルも続々と発表され、もはやダッチワイフと紙一重となってきた。
→実際、2000年には、ダッチワイフ・メーカーも1/1フィギュアの作成で業界参入している。 参考:2000年7月JAF-CON9より
老舗のGKメーカーは、すでにトイ・メーカーとなり、ガレージキットへのこだわりは無くなってきたように見受けられる。 塗装済み完成品の精度も年々上がってきてはいるが、量産品である以上、使われる型は原型の孫やひ孫の型となり、ソフビ並の再現性しかないものもある。 塗装に関しても、メーカーによりバラつきが多く、作品の複製品という観点から見ればもはや別物と言って良いだろう。 それでも、キットに手を出せなかったトイコレクターからは支持を受けて製品展開が続いている。
 そんな中で、自分で組立・塗装の手間をかけるガレージキットという商品形態が、今後どういう形で生き残るのか、興味のあるところではある。 怪獣GKも、市場が少なくなったとはいえ、怪獣ブームで育った世代が健在な内は、決してゼロにはならないと考える。
 思わずうなってしまう、新たな作品との出会いを夢見つつ、まだまだ続けますよ、GK道楽は。


最終加筆 2011年3月21日

*写真は上より、川口哲也氏のキット('81年ころの学園祭より。撮影:進戸宏樹氏)、イノウエアーツのNATOキンゴジ('85)、ビリケン商会のメタルナミュータント('83)、酒井ゆうじ造型工房のゴジラvsキングギドラ('97)。
参考文献
ホビージャパン社刊「月刊ホビージャパン」1983年10月号、「ホビージャパンエクストラ 1992 SUMMER」

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