■特別寄稿1
ミレニアムゴジラ形態学

小林晋一郎

 造型専門のホームページに、私のような者が何かを書かせていただくなど、おこがましい限りである。 だが、今回御縁があって、パオパオ・ワンダーランドを主催する松本正人氏に声を掛けていただき、僣越を承知の上で、一文を寄稿させていただいた。 与えられたテーマは、ミレニアム以降のゴジラについて。 読者諸兄の寛容を切にお願いしつつ、思い付くままに筆を進めてゆきたい。

1.紙の上のデザイン
■ビオランテ・イメージスケッチ
 西川伸司氏は才人である。 正確なデッサン力と繊細華麗な描線は、漫画家の中でも傑出している。 シリアスなタッチから、ギャグ的なデフォルメまで、どんな絵を描いても端正で品格がある。 人物も怪獣も実に上手い。 さらなる大ブレークが楽しみでならない。
 傑出しているのは絵の技量だけではない。 かつてビオランテのデザインが混迷をきわめていた頃、クランクインの当日まで決定していなかった最終形態の決め手になった、あの全身のフォルムと「腹部の原子炉」は、西川氏のデザイン案だった。 私のような凡百の頭からは、到底で出て来ない画期的なアイディアに、当時いたく感心したものだった。 田中友幸氏、大森監督、川北特技監督、富山氏らが居並ぶ席上で、あのデザインが回覧された時、一同の中に「これは」という空気が流れたのを、昨日のことのように思い出す。 以来、私は西川氏の隠れファン(?)になったのである。
■ミレゴジ・シルエットイメージ決定稿
 西川氏の武器は、自らも怪獣ファンであり、怪獣の形態に精通しておられるだけでなく、すでにそれらのエッセンスが御自身の資質として血肉と化していることである。 キングギドラにせよ、ビオランテにせよ、形態の何たるかを熟知し、単純明快な線によってその本質を描破する力量を持っている。 それは当然、ゴジラを描かせても同じである。 『ミレニアム』準備段階から、西川氏がゴジラのデザインも担当されることを知り、私の胸は躍った。 この奇才が、これまで培ってこられたゴジラに対する思いを、あの華麗な描線を駆使して、どのように爆発させるのだろうか―――そしてその期待は、見事に報われることとなった。
■同検討稿
 爬虫類の復権、あるいはキンゴジへの回帰。西川ゴジラの最終形態は、シャープな描線を存分に生かした、鋭角的な印象になった。 最大の特徴は、後方に大きく突出した鋭い背ビレであるが、全身の質感、ことに顔面から頸部にかけての前傾気味のシルエットは、背ビレと連動するかのように鋭利である。 端正で華麗、適度の量感を持ち、しかも個性的で品格がある。 西川氏のセンス無しには考えられないデザインと言えるだろう。 このシルエット・デザインは、シナリオ決定稿の表紙からポスターに至るまで頻用され、ミレニアム・ゴジラのイメージを決定付けた。 無論それは、VSゴジラとも、アメリカ版ゴジラとも、決定的に異なる新世紀のゴジラ、を強烈に印象づけるための、最強の武器となった。
 別掲の図のように、ここに至るまではやはり様々な試行錯誤が繰り返されている。 だが、いずれも単なるデザインのためのデザインでないところが素晴らしい。 腰をグッと落とし、思い切り前傾に構えるシルエットなどは、やはりこれまでも絵コンテ担当として度々実作に参加し、どういうゴジラを見せたいか、対決の時の姿勢はどうか、などを明確なイメージとして持っておられた西川氏なればこそ、の感を強くする。 静的なバランスのみならず、動的なバランスにも配慮が行き届いていて嬉しい。
 口角から下方へ流れる首のヒダのラインは、人間で言えば胸鎖乳突筋のラインに相当すると思われるが、生物感を効果的に強調している。 先細りの頭部形態から、眼をはさんで首、全身へと流れるラインまで、理に適った美しさを具えている。 このゴジラが実際に動きだしたら―――高まる期待は、次の段階へと進んだ。

2.立体のデザイン
■酒井ゆうじ造型工房
ゴジラVSキングギドラ
 酒井ゆうじ氏は才人である。 ガレージキットがかつてのプラモデルの位置に取って代わり、大衆の支持を得て久しい。 最大手のおもちゃ会社のリアルホビーシリーズなどをも駆逐して、マニア向けの一商品がこれだけの人気を博した背景には、本物もかくや、と思わせるほどの造形物を再現する異能の一群、「原型師」なる人々の台頭が在った。 手許の「月刊ホビージャパン」誌92年6月号「超獣伝説」なる特集号を見ると、すでに「当代ゴジラ造型の第一人者」として「酒井祐司」氏がその見事な造形物とともに紹介されているが、いずれも溜め息を誘うような出来栄えである。 その昔、映画雑誌に投稿を続ける民間評論家の中から、本物の批評家や脚本家、監督が輩出したものだったが、近年は造型を試みる在野のファンの中から、本物の造型家が輩出しているようだ。慶賀に堪えない。
 ひとくちに「技術」というが、これほど完成度の高い「模写」は、まず徹底的に「見る」ことから始めなければなるまい。 透徹したまなざしと、対象への限りない愛情。表層の形態のみならず、スーツに入る人間の骨格や息遣い、あるいはスーツに込められた造型家の気概さえも写しとらんとする執念。全体と細部の双方に対する優れたバランス感覚。 途方もない時間を費やす決意と根気。そして繊細至極な指先の動き。 このどれが欠けても「技術」は破綻する。
■酒井ゆうじ作ミレゴジひな型モデル
(以下3点)
 それこそ気が遠くなるような時間の中で、対象を見ては作り、作っては見続けた酒井ゆうじ氏は、従来のいかなるタイプのゴジラとも自在に語り合える関係を、自らの中に構築しておられただろう。 その延長上に、酒井氏独自のオリジナル・ゴジラ像が姿を現わし始めたたことは想像に難くない。怪獣ファンであると同時に、卓越した技術を持つ造型家。 その酒井氏に、ミレニアム・ゴジラの「造型デザイン」というべき依頼がなされたのも、きわめて自然なことだった。 プロデューサーの炯眼も天晴と言える。
 シャープな描線による西川氏のデザインを、酒井氏が立体化したらどうなるか。誰もが胸躍らせたに違いない。 同時に、ゴジラ造型のエッセンスを熟知している酒井氏が、西川デザインを単に再現するだけでは止どまるまい、という予感も在った。 果たして、出来上がった造形物は、西川氏のデザインに想を得た、紛れもない酒井オリジナル・ゴジラとして現出することになった。
やや前傾気味の頭部から、全身を貫き、尾の先端に至る流麗な生命のライン。 これだけを見ても、酒井氏の卓越した力量に圧倒される。 背ビレを含め、全身にちりばめられた鋭利なトゲの群れ。 西川デザインのイメージをさらに増幅、パワーアップしている。 刺されば痛い、触れれば切れるこのトゲは、あとから付与されたというよりも、むしろ素材をこの形態になるまで、えぐり、削り込み、彫り出した、といった感さえするではないか。数列の背ビレは、それぞれが互い違いに配置され、側面から見た時の隙間を埋めているようで、全体としての重量感は歴代ナンバーワン。 禍々(まがまが)しき巨大な剣(つるぎ)の山脈、とでも言えようか。 ハリゴジラ―――かつてスネークキングとともにミラーマンと戦ったあの怪獣は、残念ながら「ゴジラ」の名に恥じない出来栄えとは言えなかった。 だがこのネーミングにふさわしい怪獣がもし実在するとしたら……酒井ゴジラを見ながら、ふとそんなことを考えた。
 顔から首にかけての造型も凄まじい。 鬼あるいは般若を意識したという顔面は、狙いどおり凶暴無比の形相を呈する。 西川デザインにはなかった瞳が入り、猫を模したという牙の鋭さや口の開き方、舌のうねり具合は絶品だ。 側貌は、特に上顎部にキンゴジの面影が顕著で、凶暴さの中にも凛々しさがあり、精悍で端正、孤高の帝王の厳粛ささえも表現し得ている。 キンゴジは正貌がカエルのように愛らしく見えることがあったが、酒井ゴジラの正貌は、あくまでも凶相を堅持し、見る角度に関係なく緊張感がとぎれない。
 口角から首に流れるヒダの線、そして喉仏。 従来、他の体表部分と同じように処理されることの多かったこの部分に、あえてこだわりを入れたのは、生物として呼吸する「可動部分」を表現するためである。我々の世代で言えば、大橋史典氏の手になる『マグマ大使』のアロンが懐かしく思い出される。 奇しくも、初代やキンゴジあたりまで見られた、顔を動かすために必然的に生じたスーツの首の「たるみ」に通じるようで、温故知新の感もある。
 削(そ)げたような脛(すね)を持つ脚の形態も、大胆にして細かい配慮が行き届いている。 実際に人間が入れるか否かは別として、この脚といい、小さめの腕といい、首、胴、下半身、尾と、すべての形態が呼応し、連動し合っている様は、何度見ても絶品である。 見方によっては、過去の様々なタイプのゴジラが垣間見える造型でありながら、あくまでも新たなオリジナル・ゴジラとして、その存在は屹立している。 このゴジラが、咆哮し、進撃し、大都市を蹂躙するシーンが見たい! そう思わせずにはおかない造型である。

3.ミレニアム・ゴジラ
 若狭新一氏は才人である。 初めて若狭氏のゴジラ・スーツを見た時、私は思わず快哉を叫んだ。 素晴らしい!何という素晴らしい面(つら)構えだろう。 特に「眼」の位置、大きさ、鋭さ、角度など、瞬時にして魅入られてしまう。 美しい。惚れ惚れする。「美形」という点では、過去最高ではないだろうか。
■ミレニアムゴジラ側面図
 歴代の中では、キンゴジに最も近いだろう。特に側貌の形態は近似している。あくまでも個人的に、私はキンゴジのファンなので、この顔貌は嬉しい限りだ。 西川氏のシルエット・デザイン、酒井ゆうじ氏の造型デザイン、それらの意匠を継ぎながらも、決して「そのもの」には止どまらない、紛れもない若狭オリジナル・ゴジラ。 西川版、あるいは酒井版のゴジラがそのままスーツになることを期待した向きも多かろうが、若狭氏もまた、余人をもって代えることの出来ない、造型界の若き巨人なのである。 若狭氏の積年のゴジラへの思いのたけが、存分に吐露された造型であると私は見た。
 側貌のシルエットは、前方へ突出する三角形のイメージだ。 鼻先を頂点にして、すべてのラインが後方へ、下方へと流れてゆく。 眼の位置、口の角度、首のヒダや体表の刺の方向まで、すべての構成要素が三角形に納められている。 そしてこのラインの流れは、実は前傾姿勢になる時、最大の美しさを発揮する。
 『ミレニアム』『×メガギラス』の両作品の中で、特筆すべきはこの「前傾」の美しさであった。 前進する時、泳ぐ時、海から出る時、前方へ熱線を吐く時。 顔から首へのラインは、前傾姿勢に溶け込み、うねり舞う尾に至るまでの長大なラインを形成する。 それは平成VSゴジラが、人類に立ちふさがる魔神のごとく「直立」していたのとは、明らかに「差別化」された造型である。 好評を博し、ビオランテ以降6作品の基本形となった、あのVSゴジラへの決別宣言でもある。 西川・酒井の両デザインよりもさらに大きく、全身のバランスを崩すのでは、とさえ思われかねない若狭ゴジラの背ビレは、実は前傾姿勢の時、地平に対して直角、すなわち天に向かって垂直に屹立するのである。 進撃する時は、巨大な山脈のごとく、海中を泳ぐ時は、あたかも巨大帆船の帆のごとく、それは画面上で劇的な効果を上げる。 もはやこれは単なる背ビレではない。 ゴジラそのものである。
■ミレニアムゴジラ顔アップ
 細部を見よう。目の下には小さな「突起」がある。 仮に眼窩下突起と呼ぶが、これは特に下方から顔を見上げた時、眼球の形態を狭め、独特の凶相を呈する効果がある。 これまでも、頬の筋肉の盛り上がりなどで、これに近い効果を上げたことはVSゴジラにもあったが、この通称ミレゴジは、前述のごとく三角形が基本の構成要素であり、無用な筋肉を付与することは基本構成の破綻につながる。 鋭角的なイメージをも損なう。結果として付与されたこの小さな突起。 耳の突起も含め、体表のヒダにも共通する「尖った粒」。 その一環として、この突起は自然で、しかも効果的だ。若狭氏の力量を如実に物語っているだろう。
 鼻の穴も単なる円形ではなく、半弧状の細い亀裂として処理されている。 正面から見ても、シャープな印象を堅持している。 それは口角にも言える。どちらかと言えば、哺乳類を思わせる平成VSゴジラに対し、若狭ゴジラは爬虫類のように口が端まで「裂けている」イメージだ。 キンゴジに近似する要因のひとつだが、決定的に違うのは歯、である。 ビオゴジ以来、造型家は歯への周到な配慮をして下さるようになったが、ミレゴジもまた、大小ふぞろいの歯列で、しかも前歯、犬歯、小臼歯のそれぞれがアクセント的に大きく外側に突出している。眼球へのこだわりも凄い。 白目と瞳のバランス、その色調など、選びに選び抜いて選定されている。 採用されなかった多数の候補の眼球はケースに入れて保管されていたが、そのまま行商にでも行けるくらいの量と質であった。
■ミレニアムゴジラ正面図
 正面から見ると、全身のシルエットはキンゴジほど底辺の広い三角形ではない。 頭部の比率は思ったより大きく、下半身のボリュームもキンゴジに比べると少しスリムな印象を受ける。 にもかかわらず、側方から見ると、実に堂々とした安定感に満ちたフォルムを呈する。 太腿部と尾の付け根のヴォリュームのためだろうか。 劇中では、側方からは頭部は十分小さく、安定した三角形に見える。 このあたりの目配りも、流石(さすが)としか言い様がない。 画面の中で、構え、動き、暴れ、戦って、なおいささかの破綻も来さぬ整然とした全身のバランス。 『ミレニアム』冒頭で船をくわえて出現する頭部、続いて根室の街を進撃する勇姿。 名シーンと喝采を浴びたあの場面も、若狭ゴジラの美しさがなければ、果たして同じ評価を得られただろうか。 断じて否!と私は思う。
 『ウルトラマン80』は、怪獣不遇の時代に孤軍奮闘した昭和最後のテレビシリーズだったが、その後につながる大きな遺産を残してくれた番組でもあった。 必ずしも独創的とばかりは言えないデザインが続出する中で、しかし「造型」の部分ではおおいに希望を感じさせてくれた。 少なくとも第二期ウルトラシリーズ後半、『ウルトラマンレオ』などに登場した、当時の制作状況を如実に語る悲惨な怪獣の造型とは格段の差を見せつけた怪獣軍団の充実度。 それを支えたのは、若狭新一氏をはじめとする若き造型集団だった。
 造型会社「モンスターズ」を主催する若狭氏自身も、筋金入りの怪獣フリーク。 ゴジラ・シリーズへの参入は、『vsメカゴジラ』からだった。特にこの時のラドンは、あらたなデザインにもかかわらず「ラドン」であることを十分納得させる出来栄えであり、それは実在の動物かと見まがう卓越した造型の力の賜物だった。 後のモスラ・シリーズにおけるデスギドラ、ダガーラ、キングギドラらもそうだったが、いずれも生物としての自然感にあふれ、端正で品格があり、堅牢で美しい。 若狭氏の手になる「仮想動物博物館」のようなものがあれば、是非見てみたい。 在り得ない動物たちの、精巧無比な標本の宝庫。考えただけでゾクゾクする。

4.GMK版ゴジラ
■ビオランテ
 品田冬樹氏は才人である。 随分昔、ある雑誌で小さな写真に写っていた、氏の手になるキンゴジの復元スーツの完成度に舌を巻き、これほどの人材が野にいるのか、と驚嘆したものだ。 その後も造型大魔王を自ら名乗り、造型雑誌での御活躍は存じていたが、あろうことかビオランテの造型を担当して下さることになり、私の胸は高鳴った。 果たしてビオランテ最終形態は、私の期待を何倍も上回る傑作に仕上がった。 一見、まとまりそうもないこの姿を、見事なまでの「機能美」の中におさめた品田氏のセンスは、どんな称賛をもってしても足りない。 この造型がなかったら、恐らくビオランテは細部はともかく、全身のイメージは破綻して収拾がつかず、ただのゲテモノにしかなり得なかったのではないか。 デザインの時でさえあれほどの紛糾を究めた、いわば問題児中の問題児。 だが、ビオランテは、品田冬樹氏という自らにとって最良の造型家に巡り合い、これ以上ないほどの幸福な結果を得たのだった。 感謝とともに、奇蹟とも言うべきこの邂逅を私は思い出す。 若狭湾における最終決戦でのクライマックス、ゴジラに樹液を吐きかけるあのシーンが鑑賞に堪え得る名場面となったのも、背面から頭部へ前方に向かって流れる絶妙のカーヴなしには不可能だった。 まさにそれは、画面の成否を決するほどの造型だったのだ。
■造型工房パオ製レギオンキット
 あれ以降、続くゴジラザウルスも見事だったが、何より私が感心したのは、問題児という点ではビオランテに負けないのではないか、と思われるレギオンだった。 この形態も凄い。 詳述は避けるが、一歩間違うと細部に振り回されてイメージが空中分解し、一切の統一感が失われる厄介なデザインである。 斬新で独創的なればこそ、の困難さという意味だが、過去に参考となるべき形態が見当たらないだけに、造型家の苦労は尋常ではなかったろう。 だが、品田氏は見事にこの空前のデザインをまとめ上げて見せた。 ツノやトゲの細部におけるディテールの見事さは言うに及ばず、何と言っても全身のバランスが絶妙だ。止まって良し、動いて良し。 各部が存分に可動して、どんな形に展開しても破綻がない。どの姿勢でも美しい。 品田氏の造型は現場では余り動かない、との声を聞くが、私にとっては、動き回る造型物のどの瞬間にも現れる「危ういバランス」こそ、品田氏の真骨頂ではないかと思う。 予想外の動きに対しても美しいバランスが崩れないという点で、高山良策氏のエッセンスを最も正しく継承している造形家に、私には思われる。 見事な髭をたくわえた御本人の顔からは意外なほどの(?)繊細無比な造型センス。それは魔術的とも、天才的とも評価されよう。
■GMKゴジラひな型
 その品田氏が、満を持してゴジラの造型を手掛けた。 期待するな、という方が無理だろう。 しかも、キングギドラ、バラゴンも復活させるという。 いやが上にも胸は躍った。その繊細な造型感覚が、どのように発揮されるのか。 危ういバランスはいかに表現されるのか。
 「差別化」は必要だった。 先に好評だったVSゴジラがあり、直前には若狭氏のゴジラがあった。 形態的にはこれらと大きく異なるものを求める空気が満ちていた。 さらに設定が新規だった。過去の設定を覆し、ゴジラの正体を「死者たちの残留思念」の集合ととらえ直した。土壇場になってGMKという3大スターを共演させるために考案された、起死回生の逆転の発想。 ここにゴジラは、生物としての属性を放棄することとなった。 形態の差別化は、いよいよ必然的な要請となった。
 何もない真っ白な状態で、品田氏がゴジラを手掛けたらどうなっていたか。 それはいずれ別の機会に明らかになるかも知れない。 だが前述の「条件」のもと、品田氏が提示した新ゴジラのイメージは、確かに「差別化」を十二分に意識したものとなった。 雛型はまさしく、堂々たるティラノザウルスの体型となった。 名のある3大怪獣を次々となぎ倒す、凶暴無比な獣性の復活。それは多分に「初代」への原点回帰を意図したことかも知れない。存在自身が禍々しく、恐怖の大王として君臨するゴジラ。 重量感も申し分なく、頭部から尾へ流れるようなラインも、美しく生命感にあふれている。 頭部はかなり大きく太腿も十分太いが、両脚の間がかなり離れているためか、正面からの姿は意外にも「軽快」に見える。 躍動的で、巨大感以上に「動きやすさ」「格闘」を意識した造型に見える。
■GMKゴジラヘッド
 決め手となる「顔」も、歴代のいずれにも似ていない斬新な出来栄えだ。 大きさもさることながら、最大の特徴は「顎の形」である。 これまでのゴジラは、多少なりとも「三角形」を基本形としていたが、この品田ゴジラの顎は、完全に「四角」である。 スーツの方ではこれはいよいよ際立ち、弁当箱のようなしっかりした「四角い顎」が強調されている。 デザイン上、腕を余り大きくするわけには行かないことから、勢い敵の怪獣との格闘シーンに際しては、ケダモノ本来の「噛みつく」顎が重要となってくる。 酷薄な笑いを浮かべる怜悧な表情もいい。 生物を拒絶した「瞳のない眼球」も、設定をよく生かし、不気味な表情の演出に貢献している。 敵を撃破し、殺戮することに無上の喜びを感じるような、そんな狂気めいた凄みも感じられる。 側貌では下顎の付け根が極めて幅広く、たくましさを強調している。 様々な要素を取り込みながら、顔全体としては美しくまとまっている。
 歯の形態も特異だ。 獣の臼歯の形態を十分勉強した跡が伺われるが、最も印象的なのは2本の前歯、これがかなり内側に向いている点である。 このため角度によっては、この口全体が「おちょぼ口」のように見えることがある。 おそらくは噛み付いた後、容易に対象物から離れない、というイメージを与えるためだろう。
■GMKゴジラ
 雛型における全身の重量感は、スーツになってさらに増強された。 当初は、最新恐竜理論のように、前傾姿勢で尾を跳ね上げたまま歩く姿も意識されていたようだが、むしろ下半身はでっぷりとし、腰は低くなり、重心が下がって安定感が出た。 上半身は前傾に適した形態のため、敵怪獣との格闘場面などでは、腰が後方に残って、首が前に出る、というC字型の極めてユニークな全身シルエットを呈することとなった。 特にバラゴンとの決戦シーンではこれが顕著で、その力士のような下半身の安定ぶりは、現場でこのゴジラが「親方」とも「オヤジ」とも呼ばれていたという噂に、説得力を与えている。 眼前に立ちふさがるものを迎撃し、なぎ払い、蹂躙する、という今回の設定にはまさにふさわしい結果となった。 このシルエットは最初から意図されていたものとは思われないが、予想外の動きに伴って現われる形態も、常にバランスが取れ、美しいという点で、品田造型の魅力をよく物語っていると言えるだろう。
 品田氏によるモスラも、キングギドラも、期待を裏切らぬ出来栄えだった。 特にキングギドラの端正な顔の解釈は、若狭氏の堅牢・華麗なギドラとも異なる魅力にあふれ、ぜひ「怪獣の王」として存分に暴れ回る場面が見たい、と切望させるものだった。 首も本来の長さで、翼も十分にひるがえるような設定で、再度のゴジラとの決戦を見たい、と思わせずにはおかない造型だった。 さまざまな斬新な解釈による設定を与えられ、怨霊の支配する暗黒の画面の中では、望まれた役柄を不足なく演じ切るだけでも、その重圧と苦労は並大抵ではなかったろう。 『GMK』という作品自身が、歴代のシリーズの中で際立った異色作なのだから、怪獣という演劇陣もまた異色であって当然だろう。 同時に、さまざまな制約から解放され、完全に自由な状態で作製された品田ゴジラを、またいつか見てみたい、と願うのは、きっと私だけではないだろう。

5.ゴジラ×メカゴジラ
■酒井ゆうじ作ゴジラ2003
 上映を終えたばかりの新作、近年には珍しく賛否両論が渦巻く問題作(?)となった。 ご参考までに、私個人としては大好きな作品である。 かつて昭和40年代に、伯父に同伴されて見に行った正月恒例の怪獣映画のエッセンスに通じるものを感じ、気分は青空、映画帰りの昼飯がうまい、というきわめて楽観的な時代の空気を思い出した。 単なる郷愁や憧憬ではなく、複雑になり過ぎて幸福の実感を喪失しつつある自縄自縛の現代に、警鐘を鳴らしつつ、一条の光を投げ掛けてくれた感がある。
 登場する怪獣について簡単に触れよう。 ミレゴジは、前2作と印象が変わった。顔がやや小さくなり、天を仰いで咆哮するためか後頭部と首の境目に段差がある。 頭部から首に流れるかつてのラインは消え、むしろ前傾よりは直立を意識しているように見える。 口も少し「への字」になり、顔全体の鋭さは弱まり、背ビレの大きさも目立たなくなった。 いずれの改変も、対戦相手が「機械」であることと無縁ではあるまい。
■03式機龍
対するメカゴジラの方は、再び西川伸司氏のセンスが存分に発揮された快作となった。 アニメのエッセンスも取り入れ、シャープな描線によって、過去へのオマージュを捧げつつ、怪獣同士の肉弾戦が可能な「軽快さ」も十分考慮し、しかも美しい新メカゴジラを生み出した。 その誕生の経緯については、西川氏自身の解説*1に詳しい。 ご一読をお勧めしたい。 氏がいかに深く考え、悩み、何を意図したか、その謙虚な人柄とともによく伝わってくる。

 以上、駆け足で、ミレニアム以降のゴジラ像を通覧してきた。 今年の新作、そして記念すべき来年の50周年大作など、ゴジラを取り巻く状況は今後も賑やかだ。 70年代、80年代を怪獣とともに生きた人々の中から、多数のプロが輩出したことはすでに周知の事実。 今後も在野から、続々と異能の人々が現われることを期待したい。 たとえプロ中のプロであっても、仕事への情熱が失われたら、もはや素人の敵ではない。素人にとって、あるいはプロでない人々にとって、唯一最大のエネルギー源は、「愛している!」という情熱だけなのだから。そしてその情熱こそが、数々の奇跡を生んできたことも、また事実なのである。 怪獣という特異な分野は、真の愛を持った人々の手によってのみ、育まれて行くのだと信じたい。 プロ・アマを問わず、真に怪獣を愛する人々よ、ともに手を携え、明日の名作のために不断の切磋琢磨を続けようではないか。今、心から、そう願う次第である。

*1)『ゴジラマガジンWEB号外2』に「メカゴジラデザインの秘密」掲載
小林晋一郎:1955年、北海道生まれ。 歯科医師、歯学博士。 ゴジラ原作公募(1985)に『ゴジラVSビオランテ』で佳作入選。 ビオゴジ以降の2重歯列は、川北紘一監督と小林氏の案による。 著書に、アサヒソノラマ社刊「形態学的怪獣論」等がある。
図版出典
  • ビオランテ・イメージスケッチ:学習研究社刊『ゴジラ大百科』より
  • ミレゴジ・シルエットイメージ決定稿:西川伸司著講談社刊『ゴジラ狂時代』巻末付録より
  • 同上検討稿:小学館刊『ゴジラ2000超全集』より
  • 酒井ゆうじ造型工房ゴジラVSキングギドラ:ホビージャパン社刊『月刊ホビージャパン』より
  • 酒井ゆうじ作ミレゴジひな型モデル(3枚目):ホビージャパン社刊『月刊ホビージャパン』より
  • ミレニアムゴジラ側面図及び正面図:小学館刊『ゴジラ2000超全集』より
  • ミレニアムゴジラ顔アップ:小学館刊『ゴジラ2000超全集』広告より
  • ビオランテ:小学館刊『ゴジラ1954-1999超全集』より
  • GMKゴジラヘッド:メディアワークス刊『電撃ホビーマガジン』2001年7月号より
  • GMKゴジラ:東宝スタジオ撮影、金子監督のHPより
  • 03式機龍:ASCII24 2002年10月29日付けニュース『“「ゴジラと科学」展”が日本科学未来館で開催』より