房総半島北上ツアー(1991/09)

 

6時間かけて,書いた『房総半島北上ツアー』の記録をFDごと破壊してしまった.。

私は会議室ごとにFDを作っているので,8月初旬以降の内容もおまけになくなってしまったのだ. ('。`;)トホホホ

文章を分割しようとしたのが,原因の一つであった.。今更 書き直そうとは思わないのである.

そこで, 私の書きたかった点だけを箇条書きにして報告に代えたい.

 

1)初めて,島野SPD ペダルを使用したが, 大変調子が好い.

2)Kくんと接触・転倒. ヘルメット の効用を痛感する.

3)民宿『魚三』の玄関のマットに寝そべっている巨大トラネコ「ぶーにゃん」はボトルの水をかけても起きない.

4)九十九里浜の北上は常に向かい風で足に負担がかかる.

5)外房のUP DOWN は思ったほどきつくない.

6)豊里−干潟−多古の県道は車が少なく, UP DOWN も適度にあって大変走りやすい.

7)成田空港から輪行してしまった.(隣に検問不要の東成田駅があるのにも係わらず)

 

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 これ以降は,消え残ったツアー記録の残影である.

 

もう, スペースがないので纏めに入らねばならない.

今回は若い二人に引いてもらってよく走った. 天気が予想外に好く, 有意義なランだった

Sの泰然とした態度は頼もしい. 大抵の事は『ハッハッハ 』と軽く笑い飛ばしてしまう.とても24才の青年には見えない. 一昨日から剃っていない髭もその貫祿を増し, おまけに酒豪である.

一方Kくんは, スラッとしたROAD RACER体型に違わず, 繊細な神経を持った人で,大阪人的ウイットに富んだ発言で, 雰囲気を和らげてくれる.

 

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9月22日, 曇りの朝. トーストとハムエッグという, 気合の入らない朝食を取る.

 

SPD ペダルに付け替えたものかどうか,二人に相談すると, 『絶対付けた方がいい』というので,出発前に慌ただしく工作をする.

靴の裏のゴムを剥がし, クリートを仮留めしたのだが, そのままペダルに嵌めたらクリートが外れなくなってしまい, 往生した.180度回転して, 樹脂製の靴底を破壊してやっと外れた。

クリートを挟み込むだけの余地はあるので, そのままちゃんと締め直して出発.

嵌めるまでが難しいが, 一度嵌まってしまうと, 快適そのもの.

 

 今までのぐずぐず, ぶにょぶにょのペダリングは何だったのか?と, 慨嘆した.。

  (この靴は底が固くて, 全く反らないので, 普通のバレル付のペダルでも充分用をなす. サイクリングを主にやるというのなら, 約\7,000のこの靴は使いでがあるのではなかろうか?)

   Sのアップに付き合いながら, 房総半島最南端の野島崎に到着. 曇っているが, 蒸し暑い.

  更にフラワーラインを行き, ψS☆彡は先行してしまい, Kくんと並走して荷物のやりとりをしているうち, Kくんの後輪に僕の前輪が接触、ぼくは ぐしゃっと転倒してしまった.大した速度ではなかったが, ソフトシェルのヘルメットの左側頭部をガツッと打つ. そして左肩と背中で少し滑った模様.

   ペダルから足は離れている.(SPD のSPRINGを弱めにしてあった)。

 後遺症としては, その晩 酒を飲むと偏頭痛がした事と, 腕の筋肉痛が若干.

 

  普段はただ『暑いなー』と思いながら被っているヘルメットだが, 思わぬところで役に立った. 諸兄も是非ヘルメットを着用していただきたい.

  さて,心配してくれるKくんに『大事ない.行きましょう』とカメラ『写るんです』を渡しながらいう.左肩がひりひりするが,足を打っていないせいか走りに支障はない.

先行して日陰で待っていたSと合流.ちょっと破け気味のポロシャツを脱いでマキロンを撒いてもらう.汗でけっこうしみる.布とこすれて痛そうなので, 絆創膏も張ってもらう.(  ̄ 。 ̄")ウウム。

   鴨川付近で昼となる.7-11で昼食. おにぎり二個では足りず, おはぎなど買ってしまう。それと, 今までジャージの長ズボンで走っていて, 足にまとわりついて気持ち悪かったので, トランクスのパンツ一枚になってみた.(ちょうど無地の水色であった)

すると, 二人は『それではあまりに危険なので, もう一枚下にブリーフを履いたほうがいい』というので, 大枚\650をはたいて, グレー地に英文字の柄のブリーフを購入。

 7-11のトイレで重ね履きしてみると, これは至極調子が好い.

  あまりパンツの事に拘泥してもしようがないので,これくらいにしよう.

 

  さて, 行川 (なめがわ) アイランドのあたりでは, 駐車場を待つ車の列が国道に延々と続いていた.雨だったら, ここか鴨川シーワールドに寄ってみよう, などと言っていたが, イルカならぬ人の列を見ることになってしまいそうな感じ.

  雑踏をすばしこくすりぬけると, 交通のまばらな国道に戻った.

 

  御宿の7-11前で, 休憩していると, 運動会のような放送をやっている. 浜で波乗り の競技をやっているらしい. そういえば,7-11でもその方面のWAX やら小物類を売っている. 湘南より, 人口密度が低そうで比較的快適そうだった. この日は波が高かった。

   いくつかのUP DOWN を繰り返し, 短いトンネルなどをやりすごす. 予想していたより大分楽に外房を通過することができた. これも二人の現役RACER のおかげだと感謝する. また SPDペダルも有効に作用した。

  大原に入ると, 九十九里浜の南端と言ってもよかろう. ここから犬吠崎までの約90キロずっと海岸沿いの平地が続き, いやがうえにもPACEは上がるのである。

   まだ今日の宿が決まっていないので,上総 (かずさ) 一宮の駅でタウンページを開き, 物色する.3時を回っており, 既に90キロ走っている.

いちばん弱い僕を気づかってくれ, あと30キロくらいの地点が適当だろうということになる.

 

  山武 (さんぶ) 郡・成東町の『魚三』にかけてみる. ここはFREE DIAL であり,

 あの門前仲町の安い居酒屋と同じ名前である. そことは関係ないようだったが

1 泊 2食\5500 とリーズナブルなので, 躊躇なく, そこに決める.

 

 『今, 一宮の駅にいます. あと30kmくらいだから, 1時間ちょっとで行きますよ』

 と豪語する.(実際, 遠回りしながら 1時間10分くらいで着いたのである.)

 

  一宮から九十九里町までの15kmほど, 『九十九里道路 (波乗り道路) 』という有料道路があるが, これは自動車専用で, 乗れない. それと平行している県道を走るのが良いのだが,さらに内陸 2kmほどのバス通りを走る. といっても, 殆ど交通のない 長閑な田圃道である. 海岸沿いと違って向かい風が弱く, 28km/hで巡航する.

 

  白子町役場を右に見た所で, 更に道が内陸に向かっているのに気付き, 東北東に軌道修正. 平らで展望が効Kいので思わずアサッテの方向に走ってしまうのである.

南白亀川を渡り, 細草交差点を右折. 県道大網−今泉線を東南東へ向かう.

   南今泉より片側 2車線の真新しい道路を北上. 二人のピッチは上がるが, 僕の足はもう回らない. 22km/hのCYCLING PACEで遅れながら行く.

   片貝のいわし博物館などを横目に見ながら, 九十九里橋を渡って成東町へ.

 バス通りから更に海側の道を 1kmほど行くと, 『SEA SIDE PENSION UOSAN』と書かれた白い 3階建てが見えた.   4時40分頃.

                       本日の走行 約 120km

 

  最後は惰性で走っていたような一日だった. 120km はけっこうきつかった.

 予想外に晴れて暑かったせいもあると思う. 汗まみれの顔で, 女将に 2階の部屋に案内してもらう. 玄関にふてぶてしく寝そべっている巨大トラネコ『ブーニャン』 はボトルの水をかけても起きない.

   夕飯まで時間があるので,風呂に入り, GOLFのTOURNAMENTなどを見ていた.

 岡本綾子が優勝していたが,2位の山本祥子 (25) がLOOKS も良くて有望に思えた.

 

  夕食は, 特に珍しい魚もなかったが, 15センチくらいの鯛の一種だろうか, 塩辛く焼いたやつがいちばんうまかったと思う. それと, ブリカマ?

  量的には充分. 食前にビール 350CC飲んでいるため, 全部平らげるのが苦しかったほどだった.しかし, Sは冷酒『梅一輪』 (山武酒造)300CC X 4を殆ど一人でのみきってしまった.

 

  その晩は海風が涼しく,かといって窓を締め切ると男3人の人息れで寝苦しかった.

 窓際に寝た僕は毛布にくるまっていたが,真ん中のKくんは布団を剥いで,浴衣もはだけていたし,Sの方は布団に絡まって寝こけていた.

 

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  9/23日 (月) 今日もよく晴れている. 朝食はアサリの味噌汁, 塩鮭の切り身, 海苔に生卵と, 別に描写する必要もない, 日本旅館の朝定食であるが, ふだんまともな朝食を取ることのない我々にとって, 心からRICHになれる献立である.

  特に昨日の朝, トースト 2枚でごまかされていた腹は, 昨晩の鯨飲馬食に続き, 飯 3杯で充分満足したことだろう.  これだけ食ったところで, 横っ腹が痛くて出発が遅れるということもない.

 更にでがけにアクエリアスを飲み干して,8時40分出発. 払いは酒込みで各人  \6283 であった.

 

  暫くWARMING UPと称して僕が20km/hくらいで引くが, なかなか辛い. 24〜26km/hと いうと僕にとってはかなり回している, という意識である. (45 X 15,17 くらい)

  Kくん, Sと代わって引いてもらうが, 暫くすると千切れて, 『もういいや』という気分で22km/hのサイクリングになってしまう.

  今回は, 北東の風が南岸の秋雨前線に向かって吹いており, 北上を続ける我々にとっては常に向かい風だった.これが追い風だったら, 面白いように速度が出ただろうに. 冬場に北風に乗って南下してくると, これはまた痛快なのであるが.

  成東町, 蓮沼村, 横芝町, 光町, 野栄 (のさか) 町, 八日市場市, 旭市, 飯岡町と順調にこなす. 飯岡は漁業の町, 県道沿いに初めて集落を見る. 他の町は中心地が海から 5kmほど内陸に入った総武本線沿いなのだ.

   国道 126号に合流. UP DOWN を 6kmほど繰り返し, 銚子有料道路に入る. 尾根線上 を走る眺望抜群の道路で, 四国の足摺有料道路に似ている.

  この路上で, 館山YH以来抜きつ抜かれつしている, 赤・黄ホンダ ビート の4人組に又出会う.犬吠崎側に下りる.と銚子電鉄を横切る.NHK の朝の連続ドラマ『澪つくし』の舞台となった外川 (とかわ) が近い. そういえば, 昨晩のTV『代表取締役・刑事』に, 『澪つくし』でHEROIN・沢口靖子の相手役だった川野太郎が出ていた.

銚子電鉄は犬吠崎一帯を南欧風に改装して売り出そうとしているらしく, 犬吠崎駅もSPAIN 語で"ESTACAO(エスタシオン)" などと書いて,白塗りの意匠を凝らした門を構えていた。

 犬吠崎は観光地然として居心地のいいところではなかったが,景色は充分にいい.

 三浦半島の城ケ島と比べれば人は少ない方だろうか? 壁の日陰で正午まで寝てしまう

                                    約45km

 

  君ヶ浜をゆっくり走り,銚子市内へ.ホカ弁で簡単な食事.大きな街である.

 国道 356号を豊里まで走り, 西へ向かう県道と国道 296号『成田街道』で帰路に就く.

この東庄 (とのしょう) 町, 干潟 (ひがた) 町, 多古 (たこ) 町を通る県道が全く車が来なくて素晴らしい道だった.今回の圧巻と言ってよいだろう.

  SとKくんがアタック合戦を繰り返し, 僕は。か後方に置いていかれてしまった. 適度にUP DOWN があり,SPEEDに乗りやすいのである.

   通る車もまばらな道だが, 銚子発・東京駅八重洲口行きの高速バスのROUTE となっ ており, 路線バスとは違う新しいバス停留所がところどころにあった. なるほど,

 総武本線にも成田線にも不便な土地柄であろうか. 多古にはバスターミナルもあった.

  国道 296号に入ると, 若干交通量は増えたが, 大里の分岐で佐倉まで走るか, 成田空港に向かうか, 迷った. 既に 3時をまわっている. 佐原まであと20kmほど.成田空港から京成電車に始発で乗って, 座って帰ろうということになり, 北へ向かう

   自転車で走ってみると,空港は広い.OVER PASS で東成田駅 (以前の成田空港駅) を越える. 防音壁に囲まれた高速道路のような道だ.

  どうも駅の入口がないので, フェンスの所で立哨している,警官に聞くと, 検問所を通らねばならない, という. 何か大仰なことになってきたが,もう引き返せないので高速の料金所のような検問所に自転車で向かう.

  (実は, 検問所を通る必要のない, 東成田発の電車もあったのだった, それは乗ってみて,車内の壁に張ってある路線図を見て初めて分かったのだった.)

   『京成電車に乗りに来た』というと, 『あそこのプレハブで身分証明書を提示してきなさい』と言われた. 今回はYHの会員証の代わりに運転免許を持っていたのですんなり通れた.

 

 空港内の道路も広く,大井埠頭を走っているような感じ.中で1キロくらい走らされた.さて,旅客の入口は? と思って,JALのビルの守衛に聞くと,

 南ウイングだ,というので,例の急な坂を登る.南ウイングは出発ロビーで,車の誘導係が我々を排除する.

   北ウイング側の歩道に乗り上げ,そこでおもむろにバラす.

 こんな所で輪行するとは…,佐倉まで走ったほうがよかったよ,と不平が漏れる.

 我々は少しでも風体をまともに見せようと,Tシャツを着,ジャージを履き,クリートの付いた靴を脱いでゾウリに履きかえた (←?).

 

  洗面所で湯で顔を洗い, カートに輪行袋を載せて地下の京成駅へ. 空港利用料を払わずに施設を使ってしまった.

 京成の特急で,Kくんは船橋まで,Sは京浜急行に乗り継ぎ,僕は都営地下鉄で五反田まで輪行して帰宅.   よく走った3日間だった.

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   Aさんのおかげで, 6時間かけて書いた記録が復活し, 感謝でいっぱいのお座敷です.(読み返してみると, 大した文ではないんですが,)

 富士通のSUPPORT 体制に, 今更ながら, 感服している私です.  NIFTY-Serve の効用でもありますな.

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