FIJI旅行記 (1991/10)
はじめに…
村の老人から聞いた話である。
ここにはたくさんの観光客が訪れる。ヨーロッパから、アメリカから、
オーストラリアから、そして日本から」」」ッ。
彼らは見ていて滑稽だ。何しろ1日を細かく区切って、いつもいつも忙しそうに振る舞っているからだ。
あるときかわいそうになって、私は彼らに教えてあげた。朝、日が昇り,
小鳥たちがさえずり始めてから、夜、日が沈み、星々が輝き始めるまで、
私たち人間には使い切れないほどの時間があることをュ」」ッ。
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2 3 O C T . 成田
晴。快晴だ。最近にしては珍しいほどよく晴れている。駅で相棒のT氏と待ち合わせる。電車を待つ間ちょっと談笑していたが、T氏が重大な事に気がついた。
何と航空券を忘れたのだ!
ダッシュ!! 家に戻るT氏! だが30分ほどで戻ってきたT氏は差し迫った顔をしている。家になかったそうだ! 会社に忘れてきているかもしれないとのことで彼はあわてて会社へ。
僕は東名上郷バスストップへ向かう。彼は大丈夫だろうか? 航空券が最後まで見つからなくて旅行がおじゃんになったりしないだろうかュ」ッ
上郷で待つこと約20分、来た! 顔にはおもいっきり安堵の表情が広がっている。
やっぱり会社に忘れてきたのだそうだ。とにかく良かった。旅行がボツにならないですんだのだからュ」」。
東名バスの快適な旅が続く。今度実家に帰る時もこれを使おうかなと思うほど楽だ。
首都高がかなり渋滞していたが、ときどきうたた寝をしているうちに東京駅八重洲口についた。ひさしぶりの東京駅そして山手線! 何かこれから海外へ行くという気分はなくなってしまった。懐かしい。変わっているところもあるが、変わっていないところも多い。そしてこの適度な人混み。妙にほっとするんだな、これが。
上野駅には外国人があふれていた。欧米系は少ない。アジア人も少ない。アラブ系の顔立ちがダントツに多かった。そこかしこにたむろしている彼らは何を思っているのだろうか。彼らにとってここは居心地がいいのだろうか。そして地べたに座っている彼らは今晩どこで眠るのだろう?
京成特急で成田へ。ちょうど5時すぎだったせいか勤め人や学校帰りの生徒でごったがえしていた。一部のはしゃいでいる高校生を除けば皆暗く、どろっとした表情で疲れていた。まだそれほど遅い時間帯でもないのに皆疲れていた。
そして皆沈黙を守ったままめいめいの帰る家のことを考えているのだ。
こんな満員電車のなかで仏頂面をしながらおいぼれていくような人生は、僕はごめんだ!
成田空港到着。以前のようにバスを使うことはなかった。
何段もエスカレーターを昇って北ウイングへ。ゴールデンウイークや正月とは違ってすいている。それでも日本人の団体客は目につくけどね。チェックインは超スムーズ。荷物が少ないせいかな。ここでボーディングパスを受け取り、ようやく海外へ行くのだという気分に戻る。
出国ロビーは団体客でごった返していた。オフシーズン、しかも平日だというのに」」。搭乗ロビーも混雑している。だが大半はホノルル行きの便に乗ってしまった。
うわーいやだ。ハワイには毎日あんなにたくさんのジップンナン(*1)が訪れているのだろうか? 考えるだけでぞっとしてしまう。
*1:ジップンナンュ」」」台湾の方言で「日本人」の意。
遅れること約1時間、ようやく飛行機に搭乗だ。そして出発。この離陸の緊張感!
何回目でもいいね!(*2) 機内の乗客は30%ぐらいだろうか。
すいていてとてもいい。サービスもいいしね。
*2ュ」」」」」」」」」ッ筆者にとって今回は7か国目の旅行になる。
今 日 の 費 用
愛知環状鉄道 \ 220 東名バス \4600
山手線 \ 150 京成成田線 \ 910
空港使用料 \2000 ビーフカレー \ 900
本 日 の ス ペ シ ャ ル ゲ ス ト
1) 酔っぱらいオヤジ
御殿場あたりから東名バスに乗り込んできた背広連中のうちの一人。車内はすいているのに、俺たちが座っていた一番後ろの席までわざわざやってきた上に、俺たちの荷物をどかして座った。なぜかとても酒くさかった。
2) 修学旅行の生徒たち
「はいはいこちらですよー」というガイドのおねえさんに連れられた高校生らしき大集団。大きな荷物を持って東京駅の構内をぞろぞろと歩いていた。はずかしー。
3) キンキラ帽子にいちゃん
団体さんの中に混じっていたJARO(*3)。金粉を塗りたくったような帽子をかぶっていて、地味な服装がそれをいっそうひきたたせるせいか、おもいっきり浮いていた。妙に軽い足どりだったのはきっと本人がハイだったのだろう。
*3:JAROュ」」」」JAPANESE YAROのこと。ちなみにJALとは
JAPANESE GALのことである。
4) ホリデイツアージップン
俺たちといっしょの飛行機に乗ったジップンナンの団体。若ぞうからじじいまでわり と広い年令層だったが、みんなそろって「ホリデイツアー」のバッチをつけていた。 はずかしいぜ!
今 日 見 た 夢
なぜか俺は一生懸命おにぎりをつくっている。具を入れるんだュ」」。うめぼし、めんたいこ、しゃけュ」」。しゃけがなかなか入らなーいュ」」。
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2 4 O C T . NADYCORAL COAST
5:00AM。揺すられて目が覚めた。熟睡した。相棒のT氏によると、「10回以上つついても起きないからどうしようかと思ったよ。腕つかんで揺すったらようやく起きた。」とのこと。この寝起きの悪いのだけはどうしてもなおらない。
意識がもうろうとしてる中、朝食をとる。何かむりやりおしこむといった感じ。
そうこうしているうちに機はフィジー上空へ。窓の下にはすばらしく青い海と緑の島が浮かび上がる。とうとう来たぜ!フィジー!! 飛行機には「ホリデイツアージップン」も乗っていたが、彼らは降りなかった。そのままオークランドへ行くのだろう。降りたのは僕たちを含めて10名ほどだ。
入国審査は超スピーディ。10分程で終わってしまった。まず銀行、そしてレンタカーだ。本当はバイクがよかったのだが、なぜかレンタバイクがないのだ。
バイクはある程度自分で直せるが、クルマはダメなので安全を考えてAVISで借りちゃう。
さあNADI市内へ! 快適なQueens Rd.が続く。驚いた。
バイクが全然走ってない! アジアの熱帯であれほど見たのに」」」。(*4)
ともかく市内に着き、銀行本屋食堂へ。もう11時をまわっているのにむりやり頼んでモーニングセットを食べてしまう。わりと標準的な味でちょっと拍子抜けした。その後パーキングメーターのオーバーでおとがめがあって$2とられたが、まあ今までトラブルがなかったからこれが唯一のトラブルかな。
*4ュ」」」」」」」」筆者は過去、台湾、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアへの渡航経験があるが、いずれの国でもオートバイは庶民の足となって活躍していた。ちなみにオーストラリアではバイクに乗っているのは日本人旅行者ぐらいしか見なかった。
さてクルマは海を目指してQueens Rd.をひた走る。道が悪くて飛ばせないというようなことも聞いていたが、どうしてそんなことは全然ない。
約70km巡行。快適なハイウェイだ。でも景色がわりと単調でつまらない。そのせいかけっこう眠くなって、目が半分しか開かなくなってしまうことも何度かあった。
途中、少々休憩を入れながらそんな状態で走るうちにSigatokaに到着。
だがこの街はとても小さく、わずか1〜2km走っただけであっという間に通り過ぎてしまうのだった。
一気にCORAL COASTへ。TUBAKURA BEACH RESORTに到着。多少ひなびた感じがまたいい味だしてるぜ。気になるプライスはバンガロー$36、ドミトリー$8。当然のようにドミトリーに決定。
海辺へ散歩に行ってみる。海中の珊瑚はほとんど死に絶え、海岸にはその死骸が流れ着いていた。あまりきれいとはいえない海岸だ。天気も快晴から曇りになってしまった。風が強い。明日は晴れるのだろうか?
部屋に戻り、お昼寝。爆睡した。3時間ほど寝てしまっただろうか。ふと気がつくと、部屋の中がオレンジ色になっていた。もう7時だ。やばい!夕日が沈んでしまう! T氏を起こす暇もなくあわてて浜辺へ行き、速攻で写真を撮りまくった。
夕食はAngies Restaurantへ。Beef Fried Riceを食う。すげーボリューム。うまいぜ! ただ曇っていて星が見えないのが残念だけど
今 日 の 費 用
レンタカー F$200.00 罰金 F$ 2.00
地図 1.95 宿泊 8.80
新聞 0.40 夕食+コーヒー 7.00
昼食 1.80
本 日 の ス ペ シ ャ ル ゲ ス ト
陽気なスイス人たち
夕日の写真を撮っていたとき仲良くなった男女4人組。一緒に夕食を食べに行った。 そのうち2人の男女はスイスでの仕事はやめてしまい、車を売り、家も引き払って、スイスアメリカ東海岸サンフランシスコとまわってきて今こうしてフィジーに来ているのだそうだ。
そしてこれからニュージーランドへ渡り、次にオーストラリア、シンガポールへと行く予定で、金がなくなったらスイスに帰り、また仕事を探すそうだ。すげーうらやましい。やっぱり俺もこうすべきなのだろうか?
ちなみに日本語の漢字やひらがな、カタカナについて彼らは、まるで赤ん坊のいたずら書きみたい、といっていた。そしてアルファベットに相当するひらがなが全部で50音あることにも驚き、タイプを打つときはどうするのか、とても10本の指では足りないではないか、と言っていた。談笑は続き、夜10時過ぎまで皆で話し合った。
いいなあ!! 旅してるぜっ!!
今 日 見 た 夢
自分の車が壊れたので修理に出した。だが約束の時間になっても全然直ってこない。これはもしやはめられたのでは、と思う。連絡先を学校にしておけばよかったなあ。いや待てよ、高校生の分際でそんなことをしたら目立ってしまう(何と俺は高校生になっているのだ)。
家に戻って警察を呼んだりしたがらちがあかない。そして俺はなぜかバイク屋へ向かうのだった。
2 5 O C T . CORAL COAST ⇔PACIFIC HARBOR
T氏のガサゴソやる音で目が覚めた。もう9:50だ。1回8時に僕のアラームで目覚め、8:30にT氏のアラームで目覚めたような記憶もあるが」」」。
予想に反して天気はいい! まず洗濯だ! そしてメシだ! 昨日行ったAngies Restaurantへ。Egg Fried Riceを食う。すごい量だ。
次はビーチへ! 風が強い。泳ぐにはちょっと水が冷たいが、とりあえずちゃぷちゃぷしてしまう。T氏がヒトデを発見。真っ青で作り物みたいだが、いちおう動いている。 しばらく浜辺にいたが、曇ってきたので中断してPacific Harborへ向かうことにする。
道は海岸通りから山あいの中へ、そして峠道が続き、ふもとの村を突っ走る。
ひたすら走る。ポツポツ雨も降ったりした。
Pacific Harborへ到着。Cultural Centerへ。
T氏が腹が減っていると言うのでとりあえずメシ。ここでフルーツポンチを食べていると、隣のテーブルにたむろしていた、あまり人相の良くない連中がいきなり「やるよ」と言って、dalo(タロイモ)をくれた。
見ず知らずの外国人によくこうやって物をくれるなあ。とにかく食ってみる。
さつまいもから少々甘味をとったような感じでけっこういける。
次はTheaterへ。このへんの学校の生徒らしいガキたちといっしょにFire Walkingを見る。勇気あるものが焼いた石の上を裸足で歩くのだ。熱そー!! 白髪の混じった年配者から高校生ぐらいの少年まで全員無事にFire Walkingを終了した。
みやげもの屋を見て歩く。けっこう高い。俺たちには手が出ない。Tシャツでも最低でF$10、普通のはF$12〜13するんだもん。
雨の中を宿まで戻ることにする。up-downが激しく、レンタカーのスターレットは登りになるとあえいでしまう。カーブとかも何も考えないでつくってあるらしく、時々とても曲がりにくいスプーンカーブも出現する。
途中、海岸に降りてみた。小さなカニを発見! すごいすばしこい。砂の保護色になっているので見つけるのが大変である。T氏と僕とで一匹ずつつかまえた。眼がとび出していて角を出しているみたいだ。
さて、宿への道は夕暮れから闇夜へ。センターラインの反射板だけが頼りだ。ガードレールも街灯ももちろんないので反射板に沿って走るだけだ。不安でいっぱいのナイトランもTubakura Beach Resortの看板を見つけてようやく終わりとなった。
宿ではビデオの上映会があった。「Ghost」というLove Storyもの。わー! 白人がいっぱい!! こんなに泊まっているのか!
映画の前半はものすごく眠かったが、後半はけっこう楽しめた。とはいうものの、台詞はほとんど9割がたはわからなかった。
夕食を食べに外へ出る。曇っていて星は見えない。残念。星も楽しみの1つだったのになあ」」」。
夕食はAngies Restaurantの先のSea View Cafeへ。わー白人ばっか。しかも集団だ。Roast Chiken&Saladを食べる。
肉がしまっていてとてもうまい。こういう洋風の店もたまにはいいな。
白人たちはワインを持ちこんだりして食いまくっているようだ。さすが金持ち。ここのシェフはスイスから来て、このレストランを開き、住んでしまっているのだそうだ。とても親しみのある人で、見ず知らずの東洋人にとっても親切にしてくれた。
帰りは雨。明日は止むといいなあ。
今 日 の 費 用
Egg Fried Rice F$2.80 Cultural Center Theater 10.00
Orange Juice 1.20 Chiken Grill & Salad
Juice & Chips 2.00 & Chips & Coffee 10.00
Fresh Fruit Salad 1.50 宿泊 8.80
本 日 の ス ペ シ ャ ル ゲ ス ト
1) ヒッチハイカーその1
Pacific Harborへ行く途中、ヒッチハイクしてきたおじさん。彼はNavuaまで行くのだそうだ。
「フィジーはどうだい?」「すげーいい所だよ」
「フィジーの友だちはできたか?」「いやまだだ」「休みで来たの?何日いるの?」
「たった5日なんだ」ュ」」」」
2) たいくつジップン
Cultural Center Theaterに見かけたさえない男女1組。俺たちもいっしょにFire Walkingを見ていたわけだが、彼らはなぜかとてもつまらなそうだった。その後俺たちがアーケード内をうろうろしていたのに1回も見かけなかったことから、彼らはそのままどっかへ帰ってしまったのだろう。ちなみにフィジーでは空港と超高級リゾートホテル以外でジップンナンを見たのはこれが最初で最後だった。
3) ヒッチハイカーその2
Pacific Harborからの帰り、ヒッチハイクしてきた学校帰りの少女。
2人連れでヒッチハイクしてきたが、なんと俺たちの車に乗ってきたのはそのうち1人だけで、もう1人は「○○ちゃん、車がつかまってよかったねー。バイバーイ!」とか言いながらバイバイしてしまった。
車中いろいろお話しし、途中の村で彼女は降りて行った。しかし彼女らは人を疑うということを知らないのだろうか? 我々には見ず知らずの外国人の車に、それも女の子が1人で気やすく乗ってしまうなんてとうてい考えられない。そしてこんな平和な彼らにはうそをついたり、人をだましたり、物を盗んだりすることは絶対に教えてはならない、と思った。
4) カニカニおじさん
Pacific Harborからの帰り、海岸で小さなカニをつかまえているときにやってきたおじさん。
「どうした?」「ほらカニだよ、カニ!」「どれ、でかいのをとってやる」とおじさんは言うと、砂浜のひときわでかい穴をどんどん掘りおこしていく。
「いててっ」獲物を発見したようだ。おじさんは慣れた手つきで後ろからつかまえる。でかい!! 全長20cmはある! さかんに泡をふいている。
親切にもプラスチックの割れた空きビンを探してくれてそれにカニを入れてくれた。
なんて純粋なおじさんだろう。本当にやさしく、これっぽっちの商魂も持ち合わせていない。 こんなにみんなが純粋でやさしいところに来たのは、生まれて初めてだ。その後、スケッチして、カニは砂浜に帰してあげた。
今 日 見 た 夢
彼女はヤツにさよならを言いに行ったはずだった。浜辺のモーターボートで待っているヤツに。俺はその浜辺を見下ろせる崖の上に立って、彼女の帰りを待っていた.
沈みゆく夕日がモーターボートへ向かう彼女を赤く照らしていた。モーターボートが! モーターボートが彼女を乗せたまま浜辺を離れ、黄金色の海へ動き出した。
どういうことなんだ!! 彼女に何が起こったんだ!?
だが俺の不安を嘲笑するかのごとく、モ-ターボートははしゃいでいるように浅瀬をぐるぐる回っていた。そして俺は拳をかたく握 ったままいつまでも崖に立ちつくしていたのだった。
2 6 O C T . CORAL COAST ⇔SIGATOKA
8:30にアラームが鳴ったのだが、起きたのは9:30だった。ビーチへ散歩に行ってみる。昨日宿の前にいた犬がいた。とても人なつっこい。昨夜の雨は止み、風もそんなに強くない。ヤドカリくん発見! 部屋に持って帰って観察する
ずーっと隠れていたが5分ぐらいすると顔を出して動きはじめた。わりとすばやい。
腹が減っていることだし、Angies Restaurantへ。朝からガーンとステーキを食ってしまう。すごい量だ。こんなにうまいステーキが$6なんて!! 食事が終わったころはもう12時近かった。
さっそくビーチへ! 水の中はそうでもないが、風が強くなってきて水から出るとけっこう寒い。と、浜辺に2人のフィジアン(*6)が来て木に登り始めた。
そしてヤシの実を1個、2個、3個、」」ッと落としていく。ランチなのだ。
僕たちもごちそうになってしまう。上のほうをくり抜いてから中の水をいただく。さっぱりしていてうまーい!! 以前タイのホテルで飲んだことがあるが、あれはとれたてではなかったせいかあんまりうまくなかったが、これは違う!!
ほんの少しスイカの香りがするが、とっても澄んでいる。どうやったらこんなきれいな水ができるのだろう。不思議だ。中の果肉も食ってしまう。しかしこのフィジアンたちもすごい親切で純粋だ。こんな体験は今までなかったことだ。
*5:フィジアン」」」」もともとフィジーに住んでいた民族。フィジーには他にインド系の人々、華僑が住んでいるが、彼らと区別するためにこの言葉を使う。
彼らと別れた後、しばし磯遊び。いるいる、カニ、ヒトデ、シャコ、ナマコ、ウニ、極彩色の魚、様々な貝、ュ」」」。すごい豊かな自然だ。これだけいればまず食糧に困ることはないだろう。我を忘れて珊瑚礁の海で遊んでいたュ」」。
4時をまわるとまた雲がでてきた。少々肌寒くなったので部屋に戻り、そしてSi-gatokaに行くことにする。車で約20〜30分、Sigatokaの街だ。土曜日の午後だからか、ほとんどの店が閉まっていた。だが、中央のマーケットだけは野菜や果物を売買する人達で活気に満ちていた。
しばらく通りをプラプラした後、Chinese Restaurantへ。
やはり店の主人は華僑だ。久しぶりに中国語を話してみる。彼は2世あたりか?
あまりうまく話せないようだ。彼の父親らしいおやじさんは結構話すので今度はこっちがまいってしまった。
ビーフカレーとごはん、そして炒麺もいってしまう。うまい!!
妙に懐かしい中華風の味がした。
腹いっぱいになった後でTubakura Beach Resortに戻る。
センターラインの反射板があるうちはいいが、ないところは本当に真っ暗で全然先が見えないのだ。
今 日 の 費 用
昼食 F$8.00 夕食 F$7.50
おかし 2.10 宿泊 8.80
カセットテープ 8.50
本 日 の ス ペ シ ャ ル ゲ ス ト
野菜売りのじいさん
Sigatokaのマーケットで野菜や果物を売っていたじいさん。
俺たちがそばを通りかかると「これうまいぜ。ほら食いな」と売り物のきゅうりを切ってくれ、「パパイヤはどうだ」とこれまた売り物のパパイヤも切ってくれた。
うまい!! きゅうりは日本の野菜が忘れてしまった野菜本来のアクのような若々しい香りがしたし、パパイヤは充分熟していて南国の太陽がつまっているような味だった。しかしこのじいさん、売り物をこんな簡単に人にあげててちゃんと商売になっているのだろうか。
今 日 見 た 夢
バイト先の塾の生徒たちにテストの結果を返してくれといわれ、約束していたのを思い出す。そうだ! 7時には出発して大阪までとりに行かなくては!
でももう7:30 だ! 電車の駅に向かう。あ! 俺は電車で行くんじゃなくて車で行くんだった! 車は1つ先の駅の家の近くに置いてあるのだった。
俺はそこまで歩いて行くが、道は混んでいるし、信号にはひっかかるし、もう絶対間にあわないュ」」」。
****************
2 7 O C T . CORAL COAST → NADI
8:00起床。荷物をまとめて出発。この宿は安くて良かったなあ。また来たい。
まずAngies Restaurantへ。
あ! 閉まっている。やはり日曜日は定休日らしい。
それでは、とKula Bird Parkへ行った。入口をちょっと探したが、まもなく見つかった。ここのオーストラリア訛の白人のオーナーもすごい親切な人で、最初にかごの中の極彩色のオウムを出して僕たちの手や肩にとまらせてくれたりした。
さて園内へ。たくさんの種類の珍しい鳥たちでいっぱいだ。極彩色のオウム、スズメみたいなの、チャボのすごいの、ハトのでかいの、そして見事なクジャクもュ」」」。
いろいろ貴重な物を見せてもらい、我々はBird Parkを後にした。
やはりAngies Restaurantは開いてなかったので
Sea View Cafeへ。ここでさっきBird Parkに来ていたカナダ人とまた会った。このカナダ人は日本でいう宝くじみたいなのに当たってここへの航空券を手にしたそうだ。
ちなみにくじは1$。これでオーストラリアやニュージーランドにも行くそうだ。いいなあ!うらやましいぜ!
さてここでステーキサンドを食べ終わったところへオーナーのスイス人夫婦がやって来た。我々のことを覚えてくれていてすごい親切にしてくれる。どうしてこんなに親切なんだろう。ちょっと不安になるぐらいだ。
ここのウエイトレスでもあるWATI嬢とも仲良くなっちゃった。
ここもすごい良かった。ちょっと高かったけどねュ」。また来たい。
Nadiへ向かう。Sigatokaを抜け、また山あいの単調な道へ。天候は曇り。もう降り出しそうなぐらいにどんよりしてきた。やっぱり来た!スコールだ!
ものすごい雨! とても運転なんてできない。道端に車を停めて休憩していると、それも5分程で小降りになってしまった。
Nadiに到着。Nadi Hotelへ。けっこういいツインの部屋でF$30。
即決。ここにする。街に出てみたが、日曜日のためほとんどの店が閉まっている。
今日はおみやげを買う予定だったのに。
しかたないのでしばらく車で行ったSheraton Resort
HotelにあるというJacks Handycraft Centerへ
行ってみることにする。河を渡り、十字路を左へ。しばらく進むと検問所があった。
なんだこれは!! 金もとらないし、何のおとがめもないところを見ると、おそらくリゾートホテルに入る前にここで地元の一般人を追い返すためのものだろう。
うわーいやだ!! 誰だ!こんなものをつくったのは!!
またしばらく進み、Sheraton Resort Hotelを発見。
うわー!すげー!! 俺たちの泊まる宿とは全然違うたたずまい。門も玄関もReceptionもロビーも超ピカピカでバカでかい。
中にある店舗もピカピカでまるでここはフィジーではないみたいだ。まさに宮殿。
町中や田舎にはまったくいなかったジップンナンがここにはいた!!
なに考えてるんだこいつらは!!
ここの雑貨を扱っている店舗で少々買物をしたときの会話。
僕: 「ここには日本人は来るのかい?」
店員:「ああ、いっぱい来るよ」
僕: 「彼らはたくさん金持ってる?」
店員:「そうだね、高価なものをたくさん買ってくよ。彼らはいいお客さんだ。
でもどうして日本人はあんなに金持ちなんだ?」
僕: 「うーん。それは毎日一生懸命働くからいっぱいお金をもってるんだと思う」
店員:「じゃあ、あんたは一生懸命働かないんだね、ハッハッハ」
僕: 「ハッハッハ」
ここのCafeでアイスティーとケーキを食べてしまう。おいしい。
けどやっぱり落ち着かないぜ。ビーチサイドは原型を残さないほどきれいに
整備され、プールやバー、そしてショーシアターまで様々な施設がある。
施設だけでなく、敷地も想像よりもはるかに広い。
俺たちはそそくさと退散した。毛唐やジップンナンがゴルフやテニスを楽しむ横では、また広大な敷地を造成中だった。見渡す限り土がむき出しになっているのがとても痛々しい。
こうやって今日もフィジーの美しい自然が破壊されていくのかと思うと残念でならない。我々ジップンナンをその破壊者の一人であることをわすれてはならないのだ。
宿に戻り、夕食を食べに出る。Curry Restaurantへ。
白人の集団がいたせいかものすごい待たされた。待つこと約1時間半!
ようやく料理がきた。うまい!以前マレーシアとかで食ったのとちょっと似た味だ。
夢中で食ってしまう。
今 日 の 費 用
Kula Bird Park F$10.00 おみやげ F$15.50
ジュース 1.00 おみやげ 8.80
Tシャツと絵ハガキ 14.00 おみやげ 18.99
ステーキサンドと紅茶 6.00 Iced tea & Cake 6.00
Nadi Hotel 15.00 夕食 12.00
本 日 の ス ペ シ ャ ル ゲ ス ト
少年ボビー
Kula Bird Parkで働いている少年(フィジアン)。鷹(Falco)にえさをやるというので見せてもらった。えさはバケツに入ったふ化寸前のヒヨコが15匹ほど。これを4羽の鷹にやるというのだ。僕たちも鷹の入っているゲージの中に入れてくれ、彼らの食事の様子を見せてもらった。こんなの初めてだぜ!!
すごい!! 与えられたヒヨコを足で押さえ、くちばしで引き裂いて食うのだ!
そしてなんと足や頭も全部食べてしまう。時折バキバキッッと頭蓋骨を噛み砕く音がする。本当にすごい食欲だ。少年ボビーによるとこのFalcoは幼少の頃からここで育てているから人が近くにいても安全だが、Hawkは危険でこんなことはできないそうだ。
2 8 O C T . NADI→
7:00起床。8:00にスーパーへ。でも開いてなかったので街中のJacks Handycraft Centerへ。
ここの22歳だという店員のおねえさんは日本語もまあまあうまい。全く英語を話せない日本人も来るので、しかたなく覚えたのだそうだ。
ここでいろいろ買物したあと、MHスーパーマーケットへ。たくさん品物がある。
スナックやジュース、インスタントラーメン、ジャム、などなどいろいろ買った。
昼食へ向かう途中、突然2人のフィジアンが人なつこくあいさつし、握手まで求めて来た。木製の小刀をくれるという。もう1人が俺の名前を聞き、いきなりその小刀に掘り始めたのであわてて断った。こんなものを高い値段で売りつけられてはかなわない。
誰だ!純粋なフィジアンにこんなことを教えたのは!!
昼食はCombination Fried Rice と Tropical
Fruit Juice。もう食えないのかと思うと寂しい。
こんなにうまいメシが!!
空港へ。レンタカーを返し、チェックイン。余った金を日本円に戻した。そして我々
は飛行機へ、この南海の楽園を後にしたのだった。
今 日 の 費 用
おみやげ F$33.04 空港税 F$10.00
おみやげ 8.41 ジュース 1.20
Airmail 0.40 おみやげ 85.00
昼食 12.10 おみやげ 1.00
ガソリン 7.00 コーヒー 1.00
レンタカー余剰金返却 -38.25
本 日 の ス ペ シ ャ ル ゲ ス ト
ハネムーンジップン
Nadiの空港でコーヒーを飲みながら飛行機を待っていると突然どやどや入って来たすごい集団のジップンナン。50人はいるだろうか。一気に空港のロビーが騒がしくなる。
中にはバーのマスターと一緒に写真を撮って騒ぐやつまでいた。
ああ、やめてくれュ」」。僕たちは隣のテーブルで不思議そうにそれを見ていた白人夫婦に話しかけた。
僕: 「こんにちは。どちらまで?」
白人:「ホノルルさ。君たちは日本へ行くのか?」
僕: 「そうですュ」」。しかし日本人が多いですね」
白人:「ああ、団体だね。日本人はいつも団体で行動するね」
僕: 「日本人は団体をつくるのが好きなんですよ」
白人:「へえー、君たちはあの団体に加わらないの?」
僕: 「いや、僕たちは団体は好きじゃないからュ」」」
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あ と が き
珊瑚が赤黒かった。
小魚やカニ、やどかりたちはたくましく生きていたが、珊瑚はヒトデやウニに食い荒らされ、至るところで無残な姿をさらけ出していた。
そういえばここに到着する前、上空からフィジー諸島を見たとき、たいていの島は内部が燃えるような緑の木々、海岸は岩や起伏のないサンドベージュの砂浜、そして豊かな珊瑚礁の息づくエメラルドグリーンの海が広がっていた。
だが、このビチレブ島は上空が灰色にかすみ、木々は色あせ、むき出しになった
茶色い土と冷たいグレーの舗装道路が続き寒々とした周りの海は青黒かったのだ。
海岸で遊んでいるとき、僕たちは海に流れ出る小川を発見した。川は多少曲がりくねっていたが、上流からの土砂と汚水を少しずつ、だが確実に運んでいた。
上流にはなにが? 海岸のそばには道路、その向こうには南の島にはおよそ似つかわしくない光景が!!
そこには山の斜面を切り開いた広大な敷地にゴルフ場がきれいに整備され、白人が地元の人を何人かキャディーに従え、ゆうゆうとプレーしていたのだった!
ジップンナンの姿も数人見かけた。
確かに色とりどりの花とヤシの木に囲まれながら18ホールを低価格でまわれるのだから、毛唐やジップンナンが押し寄せてもおかしくはないのかもしれない。
だが彼らは、後ろに従えたキャディーたちが何を思っているか聞いたことがあるのだろうか?
漁師の老人の生活ぶりを聞いたことがあるのだろうか?
ゴルフ場建設のために流したおびただしい土砂と農薬のことを聞いたことがあるのだろうか?
そして数えきれないほどのヒトデやウニになすすべもなく食い荒らされた珊瑚たちの断末魔の叫びを!!
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ここが知りたい Q & A
1.お金は米ドルを持っていけばいいの?
1F$=約100円と思えばよい。日本ではF$へ換金できないが、フィジーの銀行で日本円をF$に直接換金できる。余ったF$は帰りがけにフィジーで日本円に換金することを忘れずに。ちなみに円→米$→F$と換金すると手数料が余分にかかる。また、現金のほうがT/Cよりレートが良い。
2.日本語は通じるの?英語は?
日本語は全く通じない。ただ、超高級ホテルなどでは通じるらしい。英語は公用語として用いられているのでどこへ行ってもだいたい通じる。しかし人口の40%を占める村のフィジアンたちと仲良くなるためにはフィジ-語のあいさつ程度は覚えておきたい。
3.食べ物は何があるの?
街のレストランででるものは焼飯、野菜炒め、カレーライス、サンドイッチetcと珍しいものはあまりないが、ボリュームたっぷりでうまい! 予想していたような極端な辛さもなく、比較的うす味で日本人の口によく合う。民族料理はかなり探すが、高級ホテル等でないとなかなかありつくことができないようだ。
4.治安が心配なんだけど」」」?
これはもう文句無くバツグンに良い。犯罪の起こりそうな雰囲気がないのだ。これはフィジアンたちがもっているホワッとしたものごし、どこまでも透明で純朴な心のせいかもしれない。
5.ホテルはどんなのがあるの?
リッチ派には宮殿のようなリゾートホテル、長期滞在派にはバンガロー、ふれあい旅行派にはドミトリーなどがある。高級リゾートホテルは1泊約F$300、バンガローはF$70前後、ドミトリーはF$10前後だが、このなかでもピンからキリまである。ちなみに我々は当然のようにドミトリーに泊まったが1泊F$8で清潔で充分に快適な生活を過ごせた。
6.道路事情はどうなの?
島の北海岸沿いを走るキングスロード、南海岸沿いを走るクイーンズロードを中心に道路が拡がっている。これらの道路は予想以上に整備されていて快適なドライブが楽しめる。ただカーブが奥へ行くほどきつくなっていたり、村の付近にはスピード減速用の段差(!)があるので注意!
7.どんな人種の人たちが住んでいるの?
フィジーつい十年ほど前にイギリスから独立した国。農場労働者として入ってきたインド人が今や一番多く50%ぐらい。原住民のフィジアンが40%、残りは中国人、欧米人etcである。植民地時代の影響でキリスト教徒が多い。そのせいか、日曜日はほとんどの店が休みになってしまう。