わたしは萌

目次:わたしは萌よみびとしらずかわいそうなぞうカナリヤは歌わない うみどり冒険時代

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出だしの2本があまりにも暗い(主人公が死ぬ)んでどうなることかと思っちゃいますが
だんだん明るくなってきまして、終わりの2本はすがすがしささえ感じられる
作品になってます。
「うみどり」では、やっぱり主人公が死んでしまいますが、雰囲気は妙に明るい。

 暗いのばかりじゃ 滅入ってしまいますからねぇ。

しかし、ぼくは最初の2本が断然好きなんだな。 


作品名:わたしは萌

あらすじ:

萌と陽一は同じ孤児院にいたことがあった。
ある日、萌の働いている酒場に泥酔した陽一がやってくる。

===============

連れ込み宿のべッドで

「萌 怒ってないか
 必ず 迎えにいくっていっておきながら
 気にはしてたんだ」

「そんなこといいよ
 陽一にいちゃんが不幸せなときだけ
 きっとあえるんだよ

 ね きょうだって そうだったじゃん
 世の中って すてきなことでいっぱい」

================

「そのとき わたしは幸せな人みるのが
 いちばんの幸せかなって思ったの

 わたしの中でしあわせになっていく人を
 いっぱいいっぱい....見たい」

陽一が眠っている間に去ろうとする萌。
起きあがった萌は吐いてしまった。

=================

陽一に恋人ができたことを心から喜ぶ萌だった。

萌が店にも姿を見せなくなった。
陽一が探しにきた。

「萌ちゃん?
 萌ちゃんのこと なんか知ってるのかい!!
 血をはいてから ここには姿を見せないんだよ」

「血を!! それで萌の住所は!!」

「それがわかれば心配しないよ
 どこかであんな体でお客をとってると思うと... 」

「お客!!」

「変わった子でねえ
 札びら切るやつとは寝なかった
 あんたもお金がないくちだろ」

=================

そのころ、萌のアパートで

「大丈夫よ心配しないでユダ
 いいのよ そのチーズは
 ユダがみんなたべていいの

 大丈夫よ ユダ
 萌は死んだりしないわ

 ちょっと死んだふりをするだけ」

そして萌はこときれたのだった。

*******************

あまりに唐突な幕切れであっけにとられてしまいました。



(月刊セブンティーン 1975/7)

2000/5/4

EDITED WITH TOSHIBA DYNABOOK SS425, ATOK8, VZ EDITOR 1.6 

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作品名:よみびとしらず

 

あらすじ:

 
16歳の高校生、維(ゆい)はもう長いこと入院している。

=================

「わたし 早起きになりました

 病院(ここ)にくるまでは
 おねぼうでおねぼうで
 かあさん てこずらせたものです

 いまは牛乳びんの音と一緒にめざめます

 朝と夜との区切りは牛乳びんの音を境にあるような気がします

 もう朝だと思うと 病院にいるくせに
 せわしい気持ちになるのはなぜでしょう

 いまの自分に気がついて 安堵と退屈がいっしょにやってきます」

(牛乳配達のびんがかちゃかちゃ鳴る。
 そして、くしゃみの音)

「牛乳やさんのくしゃみ? 男の子?」

「そういえば 牛乳を配達する人がどんな人かなんて
 想像したことありませんでした

 あれは男の子のくしゃみ....くしゃみ....
 かわいいくしゃみです
 牛乳びんのくしゃみ...」

===================

「朝食が終わるとモールス先生の足音がして
 おひげの笑顔がやってきます」

モールス先生はむかし 船医だった。
「船医時代のくせでな、わしのモールスは わしのひとりごとさ」

====================

面会にきたともだちがボーイフレンドの話をしたりして
維もうらやましく思うのでした。

====================

回診の時間

「モールス先生ってずいぶん得してると思わない?」

「なにが?」

「だって お医者さまでもなきゃ わたしの胸さわったり
 いいえ 見ることだってできないわ」

「なにいってる こんな未熟な胸見たいことあるか 子どものくせに」

「失礼ね わたし クラスでは大きい方だったんだから
 もう子どもじゃないわ」

「なんのなんの」

モールス先生の独り言

「ハヤクタイインシテ ボーイフレンドデモツレテキタラ
 ミテメテヤルヨ」と。

そんなとき、維が思いついたのが牛乳やさんだった。

==================

維は牛乳やさんに手紙を書き続けた。

「びっくりしたでしょう
 見たこともない女の子からお手紙もらったりして
 
 わたしだってあなたを見たことはないんです
 知っているのは牛乳びんの音とくしゃみだけ

 わたし あなたの牛乳びんの音を聞いて....
 もう半年になります....」

「今朝は雪が降りました....
 寒くって大変だなってちょっと心配です

 でもあなたのくしゃみは聞こえませんでした....
 よかったなって気持ちと残念って気持ちが半分ずつ」

「窓べりに積もった雪を牛乳にいれてのみましょう
 きっと水晶の味がします」

「もう1週間もお手紙を書いているのになんのお返事もありません
 女の子から手紙をもらって返事を書かないなんて失礼だとおもいませんか
 こうなったら あなたが返事をくれるまで........」

「この頃 いつもより牛乳びんの音がいつまでも聞こえる?
 急に配達が多くなるわけないし?
 わざとならしているのかしら?」

維は牛乳びんの音がモールス信号だとわかった。
そして、モールス信号を学び始めるのだった。

「オハヨウ ヤットキガツイテクレタネ
 コノイッシュウカン キミガダンダン オコッテクルノガ
 オモシロカッタヨ

 ユイ ハヤクゲンキニナレヨ 
 ボクハ ジュン マタアシタ」

モールスを解読した維は、手紙を書き続けた。

「けさ、5回目のモールスを聞いて少し眠りました
 あなたがわたしの病室を訪ねてくれた夢を見たんです

 夢の中でわたし 眠っていました

 いいえ あなたの足音が聞こえたので眠ったふりをしたのです

 いつまでたってもわたしが起きないんで
 あなた心配そうにわたしの息を確かめるように手をかざして
 わたし 息をとめてやりました
 あなたは顔色をかえて あなたの耳を急に

 男の人の顔が急に....

 びっくりしたとこで目が覚めました
 少しはずかしい夢です」

「オシカッタナ モウスコシダッタノニ」

==============

ともだちのモコとオスミが病室の窓にやってきた。
維は面会謝絶になっていたのだ。

「維は試験がなくていいよ
 まあ病気なんだから そのくらいいいことがなくちゃ」

==============
 
「あの数字のお化けに追い回される夢まで
 いまのわたしにはなつかしい気がします

 生きたい....
 たとえ この病院から退院することがなくても

 生きていたい

 あなたの牛乳びんのモールスを聞いていたい」 

==============

回診の時間

「ジュンってなんだい?
 いまの モールスだろ....」

維はかぶりをふった 
「な なんでもない」

==============

「きのう あなたのモールスを聞きはぐってしまいました
 寝過ごしてしまうなんて
 こんなこと初めてです

 だから今晩は徹夜です
 あなたの牛乳びんのモールスを聞いてから眠ります」

「夜の静けさは朝のそれともちがいます....
 終電車を送る警報機の音だけが生き残っています

 空気がゆっくりと沈澱していくよう.... 」

「沈澱してしまう空気を吸おうと
 お魚のように わたし
 手足をバタバタさせてみます

 わたし 死にたくありません」


「平凡でいい 普通以上のことはなにも望みません....
 平凡な暮らしがいちばんしあわせだと知りました

 いままでのつよがりの糸を切ったのはあなたです
 あなたの牛乳びんのくしゃみです

 このごろ身近な人たちがなぜかなつかしく思えます
 昨日会ったばかりでも何年ぶりかに会ったようで」
 
 外国勤務のとうさまかあさまに代わって
 先生もまかないのおばさんもお友達もみんないい人です

 わたしほどいい人をたくさん知っている者はいないと思うほどです

 もちろん あなたも
 いいえ
 あなたは わたしのたいせつな人って言ったほうが当たっています」

「....このごろ急に”ありがとう”ってことばが
 口をついてでそうになります....

 もっともっと励ましてください
 もっともっと優しくしてください

 牛乳びんのモールスさん....」

===================

「とうさまかあさまが3カ月ぶりで帰国しました
 急な帰国です....」

「わたしの胸が切り取られる....
 生き延びられる保証もない」

「こわい.... こわいんです
 わたしはまだしたいことがいっぱいある
 わたしは わたしは.... まだ16歳です!!」

「助けて ジュン
 助けにきて ジュン
 早くここから ここから連れて逃げて....
 ジュン!! ジュン!!」

維はSOSを発信し続けた。

夢の中で維はジュンに抱かれる。

「じゅん....じゅん
 わたしを連れて逃げて」
 わたしの時間 もう 少ししかないの

 その間に ふつうの女の子が一生の間に知るしあわせ
 みんな知りたい!!

 あなたと手をつないで町を歩きたい

 夕暮れの中あなたの口づけうけて
 あなたの腕の中にこの身うずめて....

 あなたの残したチョコレートパフェ食べて
 あなたの吐息 耳元で聞いて
 髪の毛にも触れてほしい....
 あなたの指で....

 朝の牛乳配達が寒くないよう
 あなたのマフラーも編みたい
 それから
 それから」

「手製のウエディングドレスも着たいの
 ブーケはシクラメン・すみれ・コスモス・マーガレット....
 四季の花をぜんぶ花束にして

 あなたはしあわせの木漏れ日
 両手いっぱいすくって
 わたしにふりかけてほしい

 ほかのことばはいいの
 耳元で私の名前だけ呼んで
 
 維 維って

 できれば赤ちゃんも産みたい
 あなたに似たかわいい赤ちゃん
 それから
 それから....」

==============

「しあわせを食べてもひもじい....
 女の子ってよくばりです
 パンでおなかがすいたのはがまんできても
 しあわせで胸がすいたのはがまんできないのです

 あなたがいてくれる
 それがいちばんしあわせなのに
 そう あなたがだきしめてくれる....

 あなたを愛して あなたに愛されて....
 これ以上なにを望むことがありましょう

 しあわせです しあわせ....
 ジュン ジュン ジュン」

================

手術台の上の維の最後のことばはモールスで
「ア・リ・ガ・ト・ウ」だった。

================

病室の維のベッドの下には、いちども
出されなかったジュンあての手紙が
段ボールいっぱい詰まっていた。

================

「知る人の なしとてなげかむ 火の胸を
  ひとりつづらむ 少女恋歌
   (よみびとしらず)」


(月刊セブンティーン 1976/2)

*****************


これですよね。真骨頂!


2000/5/4

EDITED WITH TOSHIBA DYNABOOK SS425,ATOK8,VZ EDITOR 1.6

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作品名:かわいそうなぞう

 

あらすじ:

 



幸(さち)は親戚のラーメンやに預けられた孤児。

出前に行ったバーで、「うさぎのしっぽ」
(毛皮のバッグからとれてしまった飾り)をもらった。

「また宝物ひとつ増えちゃった
 これはきっと うさぎのしっぽだ

 しっぽをなくしたうさぎさん
 泣いているかな....」

そして、幸の秘密の場所(廃墟の一角)にもっていった。
そこには、宝ものがたくさんかくしてあるのだ。

「お部屋には
 お耳をなくしたクマさんや
 はだかんぼのお人形
 少し切れちゃったご本とかいっぱいいるんだよ」

=================

そこには職場の上司を刺し殺した少年が身を隠していた。

幸は動揺する少年を見ても、こわがらなかった。

「おまえ、おれがこわくないのか?」

「きゃっきゃっ
 あなたがこわかったらこのクマちゃんだって
 うさぎのしっぽだってこわい」

幸が少年の傷の手当をしていると、
少年は眠ってしまった。

「きょうはとってもすてきな日
 うさぎさんのしっぽも見つけたし
 それにもうひとつ 宝物ふえた
 こんどの宝物は生きてる宝物

 少しおおこりんぼで わがままで
 ....
 しっぽをなくした男の子
 
 おなかすかせてるから
 かわいそうなぞうかな....」

==============

出前にいったのに、おそく帰ってきた幸を
おばさんはなじってたたく。

家を追い出された幸は少年のところへ戻った。

少年は幸のほっぺたにぶたれた痕を見つける。

「ぶたれたのか」

「平気よ」

「や.... やわらかいね
 女の子はみんな ほっぺた やわらかいのか」

「あたしだって 自分のほっぺしかさわったことないもん
 あんまりつよくすると へっこんじゃうぞ
 あたしのほっぺ セルロイド....」

===============

幸は少年に「かわいそうなぞうさん」の話を聞かせる。

「とってもかわいそうなお話よ
 あたし この話読むたびに泣いちゃう

 へへ.... 少しおかしいかもしんないけど
 涙がでてきちゃうの しようがないよね」

それは 戦争中に上野動物園で餓死させられた
象の話だった。

「♪ かわいそうなぞうさん
   芸当をしたまま死んだよ
   
   かわいそうなぞうさん
   おなかの中には一滴の水もなかった

   かわいそうなぞうさん
   きっと泣きたかったよ

   でもでも 涙さえもでなかった
   かわいそうなぞうさん」

幸がつくった歌だった。

「この本 学校のごみ焼き場でひろったの
 かわいそうなぞうさん
 燃されてしまったら もっとかわいそう

 このお部屋にいればさみしくないよ
 同じお友だち いっぱいいるもん」


「おにいちゃんは なになくしたの」

「えっ? さ....幸は?」

「あたいはおとうちゃんとおかあちゃん
 おにいちゃんは?」

「な なにかな」

「しっぽでしょ」

「そ そうだ しっぽだ.... しっぽ」

==================

刑事が聞き込み調査にやってくる。
幸も聞かれて、逃げ出してしまった。

「おにいちゃんは あたしの宝物だ!
 あたしのいちばんだいじな宝物だ」

「さ.... 幸 あったかい」

「えっ なあに」

「幸 あったかい」

「おにいちゃんもあったかいよ
 骨 ゴトゴトしてる」

==================

「あたしのかわいそうなぞうさん
 しっぽをなくしたおにいちゃん
 あたしのいちばんの宝物

 おしゃべりしてくれる
 だっこしてくれる....

 ゴトゴト 骨のだっこは あったかい」

===================


「お....おれさ あんまりしゃべったことないんだ
 ばかだくずだっていわれた 毎日....

 人の前に行くとしゃべれなくなっちゃうんだ」

「あたしのまえだとよくしゃべるよ」

「な....なんだかへんだな」

「あたしのこと好きだから?」

「す....好きだよ」

「いちばん?」

「とうちゃんやかあちゃんより ずっと好きだ」

「あたしも好き ずっと好き」

「なくしたしっぽ見つかるといいね」

===============

幸は少年・洋(ひろし)にセロハンを渡した。

「これ 口にはって おしゃべりしたり
 歌うたったりするのよ

 ね ブルブルひびいて だれかとおしゃべりしてるみたいでしょ
 さみしいときや 悲しいときは こうするのよ」

「さ.... 幸.... 幸
 おれよりずっとちっちゃいのに ねえさんみたいだ
 おとなの女の人みたいだ

 幸 いいにおいがする」

「うふっ きゃっきゃっ くすぐったい」

「幸 おれいかなきゃ」
 さ.... 幸に迷惑かけちゃう」

「だめ!! いっちゃだめ
 迷惑じゃない いてくれなきゃいやだ」

==================

幸が食べ物を持ち出そうとしているところを
おばさんが見とがめてなじる。

おばさんが手をあげようとしたところに刑事があらわれた。

宝物を取り上げられると思った幸はその場から逃げ出した。

「きた!!
 あいつ あたしの宝物とりにきた
 わたさない だれにもあげない」

刑事がおってきた。

「塚本洋だね 
 女の子なんて たてにするな
 卑怯者にはなるな」

「ばかあ あっち行け!! 帰れ〜え」

「洋 行こうか」

「つれて行かないで  つれて行かないで おじさん」

「あたし あたしなんでもする
 おじさんのいうことなら なんでもきく
 だから だから つれていかないで」

「クマちゃんもあげる
 うさぎのしっぽも 小鳥の巣も お人形も
 みんなみんなあげる
 
 ね このお人形かわいいよ
 洋だけは ひ....ひろしだけは おねがい
 あたしの宝物なの....
 
 おねがい....」

「帰ってくる....
 な....なくしたしっぽさがして

 きっと帰ってくる

 きみが大きくなるまで
 ぼくは時をとめる部屋に行く

 何年かして
 きみが 幸がぼくと愛し合えるくらい大きくなったころ
 帰ってくる

 だいじょうぶさ
 ぼくは今のままさ
 時の止まる部屋へ行くんだから」

「行かないで あたしの宝物 いかないで」

洋と刑事がパトカーに乗って去る。

(週間セブンティーン 1976年 9号掲載)

2000/5/5

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作品名:カナリヤは歌わない

 

あらすじ:

 

「はじめ
 ベランダのカナリヤが歌ってるのかと思ったよ
 ここであの人の歌声をきくのは
 ぼくの午後の日課さ

 ときどき窓越しに顔を見せて
 洗濯物をとりこんだり
 あいつに餌をやったり

 歌声そのままのきれいな人さ....」

=================

野沢真美は売れない歌手だった。

「レコードにならない歌手なんて
 やっぱり歌わないカナリヤと同じかな....」

「そ.... そんなことない
 そいつだって きっと歌うよ....いつか」

「ぼく この鳥 もらってくれる?
 歌を思い出させてあげて....」

「いいの? ほんとに?
 歌うようになったら つれてくるよ」

「歌うといい.... 楽しみにしてる....」
真美はうつろな瞳で言うのだった。

===============

少年はカナリヤにおねえさんと同じ マミという名を付けて
歌を思い出すように励ました。

「がんばって 早く歌えるようになるんだよ
 そしたらきっと おねえさんのレコードもでる
 おねえさん しあわせになる
 
 それに 声がでるようになったら ぼくにさ....
 おねえさんのこと おしえてほしいんだ

 おねえさんの部屋で暮らしていたおまえ
 おねえさんのこと みんな知ってるんだろう」

================

「走ってきたんだよ
 ....マミにいちばんさきに知らせようと思ってね

 おねえさん レコードがでるんだってさ

 すごいだろ とうとうさ
 きっと すごいヒットになって
 おねえさんの声が ぼくの町中をそめて流れるよ」

「そうだね....
 おまえもがんばらなくちゃね
 おねえさんの部屋にいたころは
 おねえさんの声 カナリヤよりきれいだろ
 
 おまえ 自信なくしちゃったんだろ
 おまえだってもうすぐさ」

=================

「ぼうや!!
 作曲家の先生のとこへ行ってたのよ
 ねえ 見て
 今日 譜面ができたの
 わたしの歌よ 私の持ち歌」

「....あ あいつもがんばってる
 もうすぐ....
 
 ぼくの顔見るとパクパク口動かしてさ

 おねえさんのレコードでるころには
 きっと.... 歌えるようになる....

 もうすぐ.... ぜったい....」

「マミ おまえが歌ってくれたら
 ぼくなんでもしてあげる
 
 空がすっぽりはいっちまう鳥かごだって買ってやる」

「おねえさんのくちびるはやわらかいだろう
 おねえさんの胸はきっと花の香りがする....」

=================


「あ あ 歌っておくれ
 声を出すんだ あ あ

 歌え.... 歌うんだよ!!

 あ 歌わないなら出すとボックスの中に捨てるぞ
 羽をむしられておまえは死ぬんだぞ

 歌うんだ 歌うんだ」

=================

「....おねえさんが
 おねえさんがひっこして行く....」

「さよなら」

「レ レコード....」

「あ あれ だめになったの
 わたし だまされたの」

「あ.... あいつが歌わなかったから....」

「あっ! あなたにあげたカナリヤね....
 あの鳥が歌うわけがない....
 あの時 はじめから おしだったんだから....」

 わたしとおなじよ....
 いくらがんばったって....
 おしのカナリヤ....」


=================

「もういいんだ....
 おまえはもう.... 歌わなくていいんだ.... 」

かごの留まり木には真美が腰掛けていた。

(月刊セブンティーン 1976/6)

*******************


2000/5/5


作品名:うみどり

 


休診日の医院に睡眠薬を求めてきた青年があった。
応対にでたのは医院の娘、高校生の恵子だった。

「薬局のやつ 医師の処方箋もってこいなんて
 売ってくれねえんだ」

「眠れないんですか?」

「うん 眠りたいんだ 
 そんな目をするなよ 薬で遊ぶような年には見えないだろう」

青年のポケットの中でカチャっと音がした。

「それはなんですか
 あなたのポケットにあるもの」

「えっ べつに」

「あててみましょうか
 びんの中に固形の物体がはいっているでしょう

 それはきっと どこかで買い求めた睡眠薬で
 少量ずつため込んで致死量になったら 自殺!!」

青年は微笑んだ。

「(いけない.... これから死のうとする人が
  こんなにニコニコしてるわけないし)」

「あばよ 千里眼さん」

「千里眼....!?」

「じゃあ やっぱり」
 
青年はバイクに乗っていってしまう。

=================

「あいつ単純そうだったから
 おはじきかビー玉かなんかのつもりなんだわ....」

 致死量の睡眠薬が手元にあるなんて
 それだけで心強いのかもしれない

 なんのことはない
 色水に手書きの毒薬のレッテルを貼ってみたころ
 
 初めてナイフをもった男の子の心境?」

恵子は青年のことが気になって眠れない。

=================

喫茶店に友達と恵子が一緒にいるところに
青年がやってくる。

「ああ! あなた!!
 ばかあ!! 心配したのよ
 羊が1000匹もでてきて眠れなかったし
 あれから毎日毎日 もう....」

友達は伝票を残して帰ってしまう。

「恵子 お先....

「あっ 違うのよ 誤解しないで」

=================

「あんたのせいだ」

「ど どうしてよ」

「このまえの日曜 薬 出し惜しみしなけりゃ
 あわなくてすんだ」

「あ あなた 本当に死ぬ気だったの どうして」

青年は恵子の問いには答えず、自分を修治だと名乗った。

「この喫茶店 いつもくるの?」

「いいえ 名前がすてきだったから お友達と....」

「うみどりか」
 本物 見に行こうか....」

といって、修治は恵子をバイクに乗せて走り出した。

=================

桟橋でうみどりを眺めながら

「もう冗談だって 死ぬなんていわないことね
 命の重さに対して失礼だわ」

「命の重さ?
 どうして命に重さがあるなんてわかるんだい
 腕の重みははずしてみなければわからないだろ」

「でも体の重みははずさなくたって
 体重イコール命の重さかい?

 うでなんてはずすもんじゃないでしょ
 はずしたら死んじゃう」

「土星の輪って知ってるかい」

「?  知ってるわ
 太陽系 水金地火木土 6ばんめの惑星よ

「見たことあるかい?」

「....ない」

「本当にあるんだ クルっとリングがさ
 あれ 感動っていうんだな....
 6年生のとき 兄貴が見せてくれた」

「おにいさん?」
 
「19で死んじまった
 おぼれたおれ たすけようとしてね
 5年前の10月14日」

 おれ もう少しで兄貴の年を追い越してしまう」

黙り込む二人。
修治は恵子の頬にくちづけた。

「ね こんど わたしに土星の輪 見せて」

「ああ いいよ」
 
=================

「兄貴の年をおいこしてしまう
 それがあの人の死ぬ理由だったんだろうか....

 だとしたら....
 わたしがママの年を追い越してしまう13年後
 わたし死にたくなったりするだろうか....」

父は別の女性のところへでかけていた。


「わたし あのとき 
 なぜ 泣いたんだろう
 そういえば....
 わたしの初めてのキスだった....」

=================

修治が望遠鏡をかかえてやってきた。
寄り添って望遠鏡をのぞき込む恵子と修治。

修治は見とがめたばあやに言い放った。

「友だちです
 いや たったいまから恋人です」

=================

修治は恵子を指さして言う。

「たしかに土星には輪があったろ」

笑顔で答える恵子。

「どうもすいませんでした またきます」

=================

「恋人....
 たったいまから

 友だちから恋人にかわる瞬間ってあるんだろうか

 カチンと音をたててグラスの氷が動きをかえる
 そんな瞬間が....」

=================

ある日 恵子は、父が若い女と一緒にいるところ目撃する。

「若い人だった.... パパの恋人?
 パパ.... いつも あの人のとこへ行ってた....

 ママ.... かわいそう」

=================

喫茶店「うみどり」で恵子と修治はひさしぶりに出会う。

「しばらくだね」

「しばらくだなんて
 どこへ行ってたのよ」

「お おれを探してくれたの」

「さがしてなんていないわ
 ただ またくるっていったのに
 ぜんぜん顔見せないし
 おこづかい みんなコーヒー代になっちゃったじゃないか」

恵子は修治の顔を見つめて言う。

「少し やせたみたい」

=================

「パパにだって恋人くらいできたっていいだろ」

「でも内緒にするなんて
 それにあんなに若い人なんて
 おかあさんって呼べないわ」

「........
 恵子のおかあさんいくつでなくなったんだっけ」

「28」

「わかる気がするな
 とうさん 恵子のかあさんの幻影をおいかけているんだ

 きっと10年もの間
 恵子のかあさんなくなったときのまま
 住み着いていた....

 恵子のとうさんの愛の時計は
 10年間とまったままだったのさ

 それがまた動き出した」

「それにさ 男は情事がなくちゃ生きていけないさ
 空想だけで生きられるのは少年さ」

「情事!?
 し 修は露骨すぎる」

「こんな話 オブラートにくるんだってしかたがないだろう」

「修は.... 空想で生きられるの 生きられないの?」

「....おれ.... おれはおとなさ....」

「じゃあ わたしを情事の対象と」

「見てるっていったら怒るだろうし
 見てないっていっても怒るだろう ノーコメント」

「ねえ こたえて
 わたし あなたに情事の対象として見られたいの」

「見てるよ.... こわしちまいたいほどね....」

=================

父が恵子を呼んで言った。

「恵子 あってくれるね」

「ええ.... でもわたし ママって呼べないと思うわ」

「恵子」

「ママがかわいそうだもの」

「パパだっておまえのママを愛していたさ」

「わたしだったら一生愛し続ける
 きっと一緒に死んだ」

=================

「わたしは身勝手なんだろうか....
 自分の愛だけ肯定して

 いいえ パパが誰を愛そうとそれは自由だわ
 ....でも
 わたしのママはひとりだけよ

 家にきても○○さんって呼んでやる....」

=================

修治が恵子の家にやってくるが、倒れてしまう。

修治は目を覚まして、恵子の父に言った。

「すいません ごめいわくおかけしちゃって」

「かまわんよ.... ここは病院だ」

無言の修治。
「....」

「知っているんだね 自分の病気を」

修治は癌を患っていた。

「恵子のことだが
 ばあやからいろいろきいた....」

「ええ.... きょうはお別れにきました」

「かってな 本当に勝手ないいぶんだが
 きみがそういう気持ちでいてくれるなら
 会わずに帰ってほしい

 これ以上 あれを傷つけないでほしい
 
 .... あれはまだこどもだ
 ....いまなら 忘れられる」

修治は父のことば通りに帰っていった。

=================

「忘れる 忘れられる
 死んで忘れ去られる予感がどれほどつらいことか
 あなたたちにはわかるまい

 この命のあかしをほんの少しとどめることも
 いけないことなのか

 父親としてみれば あたりまえのことばかもしれない

 いや それがいちばんいいことなんだ
 神がおれにあたえた最後のめぐりあい」

=================

修治の消息はわからなくなった。

父を探して入った診察室で、恵子は修治のカルテを
見てしまう。

父が恵子を諭す。

「忘れるんだ あきらめるんだ....
 もうじき死ぬ人を好きになってどうする」

「パパになんかわからない....」

「わかっている!!
 わたしだって美津子を失った!!」

「ぱぱになんかわからない」

恵子は力無くつぶやくのだった。

=================

「あの人は....
 修はあんな体で
 ....あの....あの雨の中待ってくれた

 ....わたし....行く....
 あの人についていく....」

=================

10月14日、恵子は桟橋で待っていた。

「修のおにいさんのなくなった日....
 きっとくる 修はくる きっと」

修はやってきた。かけよる恵子。

「修!! あなたと一緒に生きたいの
 ね 連れていって」

「....恵子...」

「ね わたしひとりで死なせないで
 土星の輪はこの目で見なければあるってわからないもの

 腕の重さははずしてみなければわかならい....でしょ?

 じゃあ 命の重さだって....」

「はい お薬
 わたしの分ももってきたよ」

一瞬戸惑う修治。しかし、恵子の眼に迷いはなかった。
視線で会話するふたり。

「くるか」

「うん」

=================

かりんかり

恵子は睡眠薬の錠剤をかじっていった。

「ね おかしみたいでしょ」

かりんかり

すべての睡眠薬をのみ終えたふたりは
ボートで海に漕ぎだした。

「眠るとき.... 羊が1匹 羊が2匹って
 数えるの知ってる?」

「きょうはうみどり1羽って数えようか」

「うみどり1羽」
「うみどり2羽」
「語呂がわるいな」
「いいの」

「うみどり98羽」
「うみどり99羽」
「うみどり100羽」
「うみどり....」

「ね うみどりがいっぱい........」

(月刊セブンティーン 1976/10)

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2000/5/5

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作品名:冒険時代


未来(みらい)という名の少年がスクラップ置き場で
ボルトナットを探していた。

未来はスクラップたちを使って飛行機を造り、
それで空を飛ぶのが夢なのだ。

見知らぬおじさんが興味を示してついてきた。

「ほう....このスクラップでねえ....

 等分布加重の計算もできるんだね すごいね」

未来はおじさんを同好の士と知って、
格納庫へ連れていった。

二人の後をつけてくる少女がいた。

「あの子 きみに用があるみたいだったぞ」

「いいんだよほっとけば
 ガールフレンドにしてくれっていうんだ
 そんなものほしかねえ」

「もてるんだな」

「あいつがものずきなだけさ」

「飛行機が恋人ってわけだ」

「わかってるじゃん」

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川縁の廃屋が格納庫だった。

「俺の親父パイロットだったのさ
 テスト飛行中の事故で死んじまったって
 それでさ 心配するのさ
 
 でも おふくろがいけないのさ

 小さい頃から親父のことばかり聞かせてさ
 いつのまにか おれ 飛行機マニアになっちまった
 
 おふくろが美化して話したのさ
 どんなすばらしい男だったかなんてね

 伝説なんて そんなふうにできるんだろうね」

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おじさんはメカに詳しく、飛行機の改良を手伝ってくれた。

「す すごいね おじさん プロかい?」

「きみと同じ 好きだってことさ」

「でもさ おじさんも物好きだね この町の人じゃないだろ?」

「旅行中さ 人をさがしてね」

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格納庫の外で物音がした。
弁当がおかれていた。

「あいつか」

「あったかいぞ
 ほう 弁当か いただこうよ おいしそうだぞ」

「いいよ おれ」

「いい子じゃないか きらいなのか?」

「べつにきらいってわけじゃないさ」

「女の子に興味がないってわけ?」

「興味? あるさ あるからやなんだ」

「あるから?」

「べつにあいつってわけじゃないけど
 女の子の夢 見るんだ」

「その子 裸だったりするんだろ」

びくっとする未来。

「おれだって見たさ 未来くらいのときはね

 少し安心したか?」

「少し安心した」

「でも それだけじゃないんだ
 かあさん かわいそうでね
 おれ かあさん 忘れちまうかもしれない

 かあさん ひとりぼっちになっちまう

 ねえ 女の人って愛する人がいたってことだけで
 しあわせなんだろうか
 生きてゆけるんだろうか?」

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おじさんと未来は一緒にパチンコ屋に入ったり、
焼鳥屋で酒を飲んだりしていた。

「ねえ あいつが完成したらさ
 思いっきり上昇してさ 滑空するんだ
 エンジンをとめてさ

 きっと風を切る音だけがきこえてさ

 風のささやき聞きながら ぼくは鳥になるのさ」

「ぼくは飛行機なんて好きじゃない....
 親父に見せてやるんだ
 おれは死にやしないって....

 おれがおやじだったら絶対死にやしないもの

 愛する人のために絶対生きてやる....
 死んじまうなんて 根性がないからだ....

 死んじまうなら 最初からいないほうがいい....」

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未来はおじさんのマフラーを借りて帰ってきた。
そのイニシャルをを見た母はとっさに思い出した。

「K.S? わたしの編んだ....」

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未来がしらないうちにおじさんが飛行機を完成させていた。

「飛べるぞ これで飛べる」

しかし、そこにおじさんはいなかった。

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おじさんと母の会話。

「さがすのに13年もかかった
 未来はわたしの子だね....」

「なぜうそをついたんだ
 なぜ逃げ回った 
 周囲の目などなぜおそれた!!」

「でも....どんなことをしても
 あなたのおかあさまはお許しになりませんでしたでしょう
 わたしとあなたとでは」

「きみと暮らすことがわたしのいちばんのしあわせだった
 きみさえいてくれれば....

 もういい....
 さがしあてたのだから....

 13年長かったね」

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その光景を未来は見つけた。

「未来にはわたしからいおう わたしの息子だ」

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「なぜかあさんはうそをついた
 とうさんは死んだってうそをついた....

 なぜいまごろになって帰ってきた
 こんな長い間かあさんを泣かせつづけた....

 かあさん.... ふとんの中でむこう向いて
 泣いて多のもぼうは知ってる
 息を殺してたったひとりでこんなに長い空白の中で

 許さない
 ぼくは許さない....」

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遠くから少女・つぐみが未来を見ている。

いきなりつぐみにつかみかかる未来。
つぐみは未来の頬を張った。

「おれが好きなんだろ
 きみの望むようにしてやる」

「ばかにしないで
 いまのあなたはきらい!!」

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「かあさんがうそをついていたことが許せないのか
 あいつが親切そうにぼくをだましていたことが許せないのか

 あいつが帰ってきたことが
 生きていたことが....
 かあさんをとられてしまう嫉妬なのか」

「信じられるのはおまえだけだ」

飛行機に触れながらいう未来。

「もう なにも考えまい
 こいつを スクラップの中からよみがえるこいつを
 飛ばしてやるんだ....
 こいつはぼくと同じだ
 ぼくも同じスクラップだ....」

ようやく完成した飛行機を川面に浮かべ、
未来は操縦幹を握った。

後ろからかけより、操縦のしかたを叫ぶ父。

「未来 あぶない
 左が重いぞ フラットにしろ フラットに」

 無理するんじゃない とめろとめろ」

「うるせえな!!
 おまえなんかだいきらいだ!

 ばかやろう!!
 おまえのいうことなんか きくもんか」

「最初から回転をあげすぎだ
 重心をやや右にだ 未来!」

浮かびかける機体。

「そこで操縦幹を引くんだ 未来
 ひけ!」

機体が水面から一瞬離れた。

「や やった」
父が膝まで水に浸かって言った。

「飛んだ.... ぼくは飛んだ....
 ほんの数十メートルだけだけど...
 ....ぼくは飛んだ.....」

「とうさん.... かあさん.... つぐみ

 ほんの数十メートル ほんの数秒間....
 .... この間にぼうは大人になったような気がする」

(月刊セブンティーン 1977/1)

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お正月なんで、前向きなテーマにしたんでしょうね。


2000/5/5

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