森の王様

--ワライカワセミ--

Kookaburra



Laughing Kookaburra ーストラリアを旅すると実に多くの鳥たちと出会う。無頼なカモメが街中を闊歩し、公園の池にペリカンがユーモラスな姿を浮かべる。目にも鮮やかなインコが車の前を横切り、轢かれたカンガルーを猛禽がついばむ。中でもここに紹介するワライカワセミは知名度、人気ともにオーストラリアでは東の横綱である。シドニーオリンピックのマスコットにも選ばれた(個人的にはあのキャラクターは怖い顔をしていて好きではないけど)。

世界中に45種類(87種という説も聞いた)といわれるカワセミの仲間のうち、ワライカワセミは最大の種類で、体長45センチにもなる。日本のカワセミの鮮やかなグリーンに比べると、茶色い羽にベージュの体、かなり地味な出で立ちである。しかしながら、でかくてもそこはカワセミ、太い胴体に大きな頭とくちばし、そして何より黒くてつぶらな瞳が何とも愛らしい。ずんぐりとした三等身にクリッとた目は、デフォルメされたアニメのキャラクターを彷彿とさせる。ワシはシドニーのタロンガ動物園で最初にそのユーモラスで可愛い姿を目にして以来、すっかりワライカワセミのファンになってしまった。

名前が示す通り「オヘヘヘヘヘー」と人が笑うようにけたたましい鳴き声をする。海外からの短波放送でその鳴き声が流されるテレビコマーシャルを記憶している方もいるのではなかろうか。鳴く時には頭を45度に持ち上げて口を半開きにした姿勢をとる。縄張りを誇示するための鳴き声と言われているが、直接尋ねたわけではないので真偽の程は定かでない。

キャンプ場に泊まるとこの声でしばしば早朝に起こされる。「やかましい」、「頭に来る」と言う人もいるが、これもまたオーストラリアの旅の楽しみである。朝な夕なに鳥の声で時を知る、これこそ最高の贅沢ではないか。また、ワライカワセミの奇妙な鳴き声を聞き、夜空に南十字星や逆さのオリオン座を見ると自分が別 の世界を旅しているのだと実感できる。何だかとてもワクワクするのだ。前回の旅で帰国を前に、あの鳴き声をもう聞けないと思うととても寂しかった。
地元の人達はクッカヴァラ Kookaburraと呼ぶ。クッカヴァラ◯◯◯と名前を冠した店やレストラン、旅館も多い。ワシには発音が難しく、いつも手を焼く単語の一つである。一度で通 じた試しがない。しかし、一旦ワシの意図するところが通じると、人々はこの鳥のことを楽しそうに、そして少し自慢げに話してくれる。いわく、クッカヴァラは森の王様、彼等が水飲み場に現われると他の鳥達は場所を譲る、縄張りを守るためトンビのような猛禽とも戦うなどなど。確かに、愛らしい外見とは裏腹に獰猛な肉食である。昆虫は勿論、トカゲやカエル、時にはへびまで捕食する。日本のカワセミが清流で漁を主とするのに比べ、クッカヴァラは食性が異なる。陸上の生き餌が好みのようだ。"漁"はしないのである。あくまで彼等は"森の王様"なのだ。一般 にカワセミの仲間は英語でキングフイッシャー Kingfisherと呼ばれるが、クッカヴァラと別 な呼び名を持つのはそのためであろうか。

ワライカワセミは、もともとニューサウスウエールズやビクトリアの森林地帯を中心に分布していた。19世紀に人の手で西オーストラリアまで持ち込まれ、今では南海岸沿いの広い範囲で目にすることができる。シドニー等でも少し郊外に行けば民家の庭やゴルフ場に出没する。おそらく、環境への適応力が優れているのであろう。寿命も20年以上と長く、犬や猫より長寿だ。

彼らは、バードウォッチングの経験がなくても、「オヘヘヘヘヘー」と自分の方から居場所を教えてくれる親切な鳥である。しかも、さすが"森の王様"、人前でもおどおどした気配を見せず堂々としている。少し注意して近寄れば、かなり近くで観察することができるだろう。動物園と違い、野性の鳥を直接見ることができれば喜びもまた格別 だ。バードウォッチングの入門には最適な鳥ではなかろうか。ノーザンテリトリー等北部に行くと羽の青いアオバワライカワセミ Blue-winged Kookaburra が生息する。少しだけ鳥を意識して見るといい、茶色の羽から青い羽へ、鳥を見て気候の変化や自分の移動した距離を認識できるようになる。これは旅人がまた一歩自然と同化した証に違いない。

ワライカワセミは単に愛らしいというだけでなく、ワシに野鳥への目を開かせてくれた。一度野性の鳥を見るとまた見たくなる、更には別 の鳥にも興味を持つようになる。そこから始まって、ワシは鳥の特徴や生息地域など新たな知識を吸収し、鳥を被写 体とする新しい経験をすることができた。多くの野鳥たちは大陸の旅に彩りを添えてくれる。オーストラリアの森では今日も「オヘヘヘヘヘー」とあの声が飛び交っているだろう。旅の奥行きを広げてくれた"森の王様"との再会が楽しみだ。


2001.01.23 掲載
2003.01.29 レイアウト変更・写真差し替え