酒母のサイエンス
ちなみに酒母はともいいます(*1)
酒母は酵母の供給源‥・…酵母がないとアルコールができない。
ブドウ糖(グルコース)→アルコール+炭酸ガス(二酸化炭素)ATP(アデノシン3リン酸)は生体内での難しい化学反応にエネルギーを供給する物質。エネルギーの塊。娑婆の現金みたいなもの。(*2)
C6H12O6→ 2C2H5OH + 2CO2 (+2ATP)
アルコール発酵では酸素を消費しないことに注意。ブドウ糖を不完全燃焼させてエネルギーをとり出している。だからまだエネルギーを含んだ燃え滓が残る。それがアルコール。(ひとりごと:俺たちは酵母の尿を飲んでいる)。
アルコール発酵が得意な酵母をサッカロミセス属と呼ぶ。糖が欠乏すると酸素を摂取して(酸素がある場合)糖を炭酸ガスと水とに分解する(エネルギーが16倍取り出せる)。とたんに小食になる。糖が無くなれば酢酸でもアルコールでも食う。
漬物桶の水面に浮かんで繁殖するのは産膜酵母と呼ばれ、ピキア属、ハンセニュラ属などの酵母である。好気性でアルコールは造らない。酢酸エチルなどのエステルをつくり食品の香味を損なうことがある。(ひとりごと:サッカロは酵母の中のドラ息子)(*3)。
酸がないと醪が腐る(腐造という)ブドウ糖→乳酸 +(副産物)理想的には、ブドウ糖→2乳酸+2ATP となる筈であるが、乳酸菌の種類は多く乳酸以外の生産物をつくるものが多い。アルコールをつくり炭酸ガスを出すものまでいる。しかし生産物の半分以上は乳酸である(乳酸菌の定義)。(*4)
C6H12O6→ 2CH3CH(OH)COOH (+e t c.) (+ATP)
蒸米と麹と水とを混ぜあわせ、そこに天然の乳酸菌が生えて乳酸を生産蓄積するのを待ち、続いて酵母が増殖するように図った。(*5)狙い通りにならないときは変な酒母となり、しばしば醪が腐った。
しかし上手に造った古流の酒母(生もと、山廃)には独特の風味があり、それを使った酒にも魅力がある(魅力などないという説もあるが)。レトロムードの故か最近人気がある。
(1)菩提もと
白米を水に浸し、布に包んだ飯をその中に埋めておくと乳酸菌が繁殖して酸性の水がえられる。これを酒母の仕込みの時加える(乳酸菌のスターター)。そのうち酵母も何処からか侵入してきて酒母ができあがる。夏に酒を造るとき使われた方法。今日では流行らない。(*6)(2)生もと
最も手間のかかる古流。冬にかぎる。蒸米、麹、水を低温(7℃)に仕込み(半切桶(*7)数個に仕込む)。半切桶の中で櫂を使って摺り潰す(もと摺り。そのとき歌う労働歌がもと摺り歌)(*8)。潰した物を壷代(酒母用の仕込み柄)に集める。暖気を入れる(暖気樽に湯を詰めて沈める)。半切に分けて冷却を図る。また合併して暖気入れをする。また分けて冷ます……これを20日もやっていると物料は粥状になる。途中Iしょっちゅう嘗めてみる。甘く、酸味も充分に乗ってきたら、できの良い(完成した)酒母を杓に一杯加える(差しもとという)。暖気をしっかり入れ、酵母の増殖を促進する。数日で出来上がり。半切桶に分ける。1ケ月はかかる。(3)山廃もと
きもとを改良し、労力のかかるもと摺り(山おろしともいう)を廃止した。山おろし廃止もと、略して山廃という。蒸米や麹がとけるのは摺り潰すからではなく酵素の働きによるという科学的根拠によるものである。(ひとりごと:暖気と半切とによる非能率な温度管理をそのままにしておいて、省力の効果は疑わしい)(*9)。(4)古典的酒母の微生物学
酒母の仕込み初期はpHは中性で、酸素もあり、麹からは少量ながら糖やアミノ酸も溶出する。この環境ではあらゆるバクテリアが増殖してくる。低温ではあるが酵素の働きで糖が増えてくると生存競争の結果乳酸菌が優占する。そして酸を蓄積する。その他のバクテリアは死滅するが、その問に亜硝酸を生産する。乳酸と亜硝酸との共同作用により酵母の増殖は妨げられる。乳酸菌は酸が増えると死ぬ。亜硝酸もやがて消滅するが、その時点で酵母が急激に増殖してくる。
酒母の製造工程では、このように微生物の生存競争、優勢な種の繁栄と交替(遷移)がみられる。古典的酒母の風味はこれら微生物の残した各種の生産物に由来する。
差しもと(酵母の接種)について述べたが、では最初の酒母造りのときはどうするか、、だれも答えたがらない。本当ほ差しもとをしなくても湧いてくる(酵母が増殖)ものである。酵母は何処からともなく侵入してくるらしい。(*10)
乳酸がしっかりできるより先に酵母が増殖を始めることもしばしばある。これを早湧きという。最も警戒される現象である。酸不足のため腐造しやすい(*11)
。化学も微生物学もない時代に、経験と勘だけでサッカロミセス酵母をほぼ純粋に培養する方法、それが酒母つくりであった。立派な技術といわねばならない。(ひとりごと:腐造も多かったには違いないが)
微生物学、生物化学が酒造りに導入され、一方では化学工業も興ってきた時点で、酒母は大改良された。酵母は純粋培養され、冷蔵庫に保管される。すぐれた系統の酵母が次々に発見あるいは育種され、試験醸造によって性質が確認される。日本醸造協会7号、9号などは地方銘醸成で発見された優秀菌株である。最近は吟醸酒用にバイオテクノロジーを応用した新菌株が続々誕生している。(*12)
酒母の基本要件は酵母と酸である。そこで仕込みと同時に乳酸と純粋培養酵母とを加え、20℃程度に保っておけば労せずして酒母ができあがる(筈である)。事実その通りなのてあるが、ここで伝統主義者と革新主義者とが激しく争い、大正年間以来まだ戦っている。(ひとりごと:啓蒙主義者でさえも飲食に関しては保守的である。お客がそれだから酒蔵の保守主義も商売になる)。科学的にやれば酒母などいくらでも合理化できる。
(1)速醸酒母
現在最も普及している酒母。仕込み時に乳酸と酵母とを加える。無用なことであるが低温に仕込み、暖気入れを繰り返しては舐めてみて『味が出た』などと楽しんでいる。(*13)10日くらいで使用できる。(2)高温糖化酒母
55℃(麹菌アミラーゼの適温)に仕込み、保温マットなどを巻いて一晩置く。図体が大きいからなかなか冷めない。翌朝は甘酒になっている。乳酸を添加して冷まし、25℃くらいで酵母を加える。数日で出来上がる。
酒母に加えるのは化学製品(合成乳酸)である。合成薬品を使うのは邪道であると誹誘する人もある。(*14)では高温糖化の甘酒に乳酸菌を植え付け、乳酸を造らせ(*15)、必要なら加熱殺菌してから酵母を加える方法がある(誰でも思い付く)。何故か普及しない。(3)アンプル仕込み
日本醸造協会では純粋培養酵母を20ccのアンプル詰めにして頒布している。その中に培養液1リットル分の酵母菌体が入っている。これを最大限に活用して手間を省く。ただし微生物培養の技術や設備が若干必要。
麹 | 5Kg | 麹に水を加え、55℃で数時間保つ。 25℃に冷却した後、酵母(アンプル)と乳酸を添加。麹室に一晩置く。 これを酒母代わりに使う。 |
水 | 10リットル | |
アンプル | 20ml | |
乳酸 | 70ml |
酵母は麹エキス(良好な培養液)中で25℃なら2時間で2倍に増える。24時間では212=4096倍になる。実際には人口過剰のため環境が悪化するから1c cあたり1億個くらいで増殖はとまる。
(4)固形酵母仕込み
清酒酵母をパン酵母(イースト)のように固形化したものが売られている。これを購入し、酒母代わりにする。もちろん計算量の乳酸を加える。その他、変わった酒母は多々あるが感心するほどのものは見当たらない。(ひとりごと:あんまりな合理主義も味気ない)
以下の注釈はこのページの作成者が講義に参加したときの覚え書きです。あくまでも覚え書きですので内容に間違いがあるかもしれませんが、そのときは遠慮なく指摘してください。
*1
むりやり書くとこんな字→「酉元」。
この字はJIS第二水準に入ってないんですよね。漢和辞典にも載ってないことがあります。マイナーな「国字」なので「漢和」辞書に載らないんですね。
余談ですが、きき酒のきき(口+利)も同様の理由であまり載ってないようです。どっちも日本酒党にはおなじみの字なんですが、、
以後はもととひらがな書きします。(ページ作成者)・・・戻る
*2
もっといい表現は無いかなと思って手元の生化学関連の本を開けてみたら、かみ砕いた説明するのにもっと難儀してました。高校の生物で習ったはずなのでまぁ思い出してください。(ページ作成者)・・・戻る
*3
酵母に有気呼吸をさせる(贅沢から耐乏生活に適応する)には栄養の少ない状態で10時間、もしくはそれ以上かかる。ところが再び糖を豊富に与えるとノータイムでアルコール発酵に戻ってしまう。(過去の講義テキストより)・・・戻る
*4
代謝で半分以上乳酸を生成する菌を乳酸菌と呼ぶそうです。(かなり広い定義ですね。)・・・戻る
*5
酵母は酸性に強いので乳酸を利用して酵母を純粋培養させるわけです。・・・戻る
*6
その昔奈良近郊の造酒できこえた菩提山正暦寺の秘法だったことから来ているとの説がある。
最近奈良の酒蔵数社がこれを復活させているそうです。・・・戻る
*7
桶と言うよりたらいのようなものと思って頂ければいいでしょう。「さかふね」にもこの半切りが飾られてますが、直径1m位で深さ40cm位でしたか。かなり大きいです。(ページ作成者)・・・戻る
*8
今では当然機械ですりつぶしています。
以前ある酒蔵で酒造りのビデオを見たところ、昔の酒造りの紹介で櫂を使ったもと摺りのシーンがありました。「ところであれ、どこのメーカーでやってるんですかね」と、酒蔵の人に伺ったところ、「あくまでも映像で、どこでもしてないでしょう」と返事が返ってきました。(ページ作成者)戻る
*9
昔は暖めるのは暖気樽、冷ますのは小分けしての放冷しかない。夜中の冷え込む時に半切り桶をかついで屋外に出す作業を「亀」といい、かなりの重労働で知られたそうです。
昔の酒造りを書いた本「醸技」(小島喜逸 著)を過去の勉強会の中で紹介されたことがありますが、ここにも「世に名高い」と言う表現がされてました。
「”亀”は名高いというより悪名高いですよ」(永谷先生の説明。)・・・戻る
*10
酵母はショウジョウバエなんかが運ぶものです。これを正しく説明しちゃうと嫌がられますからね。ショウジョウバエというのは、熟した果実とか漬け物樽とか酵母の繁殖に向いてるところで育ってるから体の外も内部もいっぱい菌を付けている。それが新しい繁殖地(酒母のことですね)見つけて空からやってくる。酵母も同時に運ばれる。ハエが酵母を植え付ける現場取り押さえて見た訳じゃないけど状況証拠ならある。(と言ってここからその傍証の話にはいる。以下がその内容)家つき酵母とか言うけど夏場酒造りしていないときに、酒蔵の壁とから、酵母が見つかるかというとそんなのいなかった。乾燥すると死んじゃうものなんだよ。あんまり家つき酵母なんてのも信用したものじゃない。
焼酎のメーカーできょうかい酵母を使わないところがある。そこでは一番目のもとは湧くのが遅い。地面に埋めてあるもと仕込み用の瓶を開けるとショウジョウバエがいっぱい飛んで出た。
ワインのブドウには酵母がついてるけどいつ付くかというとブドウが生長してるときいつ付くかなと観察してもこれがいない。熟してくるとそこらで虫が飛び交うようになる。そしたら酵母も出てくる。葡萄酒の醪なんかでもタンクのそばにショウジョウバエの卵いっぱい付いてるよ。
以前天満宮の梅の実から酵母を取ろうと(宣伝材料のため)したけど梅の実に酵母がいなかった。よく見ると虫が飛んでないしアブラムシもロクにいやしない。殺虫剤いっぱい撒いてるんだろうな。そういうとこでは熟して落ちた実からでも酸膜酵母しか取れなかった。虫一匹いないと酵母も付かないってことだろうね。・・・戻る
*11
酸が不十分なので乳酸菌が死なず、醪の中で再び発酵を始める。・・・戻る
*12
「カプロン酸の香りがやたら強烈なさぁ、、」あまり好感の持てる表現はしていませんでした。(ページ作成者)・・・戻る
*13
実はこの勉強会があった日は蔵元の方も来ておられたんですね。そこの見学会に行ったときは「もと造りでは3℃上げて2℃下げてという温度変化で云々」と説明されました。その人がすぐそばにいたのに「楽しんでる」とか言っちゃうもんなぁ、、(ページ作成者)・・・戻る
*14
合成の課程で青酸を使うのがその理由。・・・戻る
*15
粉末で売られている乳酸菌を使えばよい。ちなみに乳酸菌は整腸剤として錠剤にもなっている(新ビオフェルミン錠)。 乳酸菌から乳酸を得ているのでこれも「山廃」ですよね。・・・戻る