木の中には、一年のごく短い期間だけ私たちの目を強く引きつけるのに、
その時期を過ぎてしまうと、一体どこに消えたのかと思うほど目立たなくなる
ものがあります。キブシもそんな木の一つといえるでしょう。
キブシは高さ2〜4mくらいの雌雄異株の落葉性低木で、道ばたや川ぞいの、
やや荒れた、攪乱を受けやすい環境によく生えています。早ければ2月ごろから
4月ごろまで、葉のない去年の枝から、長さ数cm、ときには10cm近いひも状の
花穂(かすい)を一列にぶらさげ、小さな、うす黄色の花を咲かせます。
そのようすは、かんざしにつけられた下げ飾りを連想させますし、夕方、
薄暗くなった谷筋でこの木に出会いますと、そこだけほのかな明かりが
ともったような印象をうけます。キブシが早春を代表する木の一つとして
人々に親しまれているのも当然という気がします。
キブシという名前は、むかし、女性が歯を染めるのに、多量にタンニンを含む
この木の果実を乾燥させて粉にし、ヌルデ五倍子(ふし)の代用にしたためと
いわれています。一方、関東地方ではキフジ(黄藤)という名前で呼ばれることも
多いそうで、これは、枝から垂れ下がった花穂がフジを連想させるためでしょう。
キブシは雌雄異株で、花穂をたれる姿はどちらもよく似ていますが、
雄株の方がやや黄色が濃く、なれると色の薄い雌株と容易に区別できるそうです。
しかし、これらの花も、気温が上がって葉が展開しはじめるとその使命を終え、
雄花の方は少しさわるだけで花穂ごと落ちてしまいますし、雌花の方は、
数珠状につらなった緑色の果実をつけ、これもやがて落ちてしまいます。
枝から垂れ下がった花穂や果穂を見てこの木をおぼえますと、目立った特徴のない
葉をつけた夏の姿とのギャップが大きく、まるで関係のない木のように見えてしまいます。