ヤエヤマヒルギ  Rhizophora mucronata

マングローブ(西表島浦内川河口:1999.12.27) マングローブ(西表島浦内川河口:1999.12.27)

浦内川河口部のマングローブ (沖縄県西表島_1999.12.27)

ヒルギ科* ヤエヤマヒルギ属 【*APGⅢ:ヒルギ科】

Rhizophora:rhizo(根)+phora(着ける、担う) mucronuta:微凸頭の

もう10年以上も前のことになってしまったが、八重山の西表島や波照間島を旅行した娘が、何が気に入ったか、石垣島に住むと宣言した。西表島といえば40数年前、まだパスポートのいる時代に森林やマングローブを調べに行ったところだ。娘が石垣島に住むなら、また西表島へマングローブを見に行ける。驚きはしたが、それもまたよしと思った。

マングローブというのは、熱帯や亜熱帯の河口などで、潮の干満に応じて地面が現れたり水没するような浅瀬に発達する森林、またはその構成種をさす。樹木が本来陸上に生え、地中の淡水を利用して生育することを考えると、地面が泥質で通気が悪く、しかも一日のうち何時間かは塩類濃度の高い海水中に没するという生育条件は植物にとってはたいへん厳しく、このような環境に生育できる植物の種類は非常に限られる。いいかえれば、こんな環境でも生育可能なように、形態なり生理を変化させえた種だけがマングローブになれたといえよう。

ヤエヤマヒルギは沖縄だけでなく東南アジアやアフリカのマングローブの主要構成種の一つで、幹や枝からアーチ状にのびた何本もの太い気根が幹が支えているように見える。マングローブといえばまずこの木を思い浮かべるほど独特の樹形をもった木だ。

ヤエヤマヒルギの気根はその形から支柱根と呼ばれるが、本来の機能は、生育環境として非常に厳しい地下部にまで空気を送ることにある。そのため気根の組織は隙間の多い、空気の通りやすい構造になっている。同属のアメリカヒルギでの測定例では、気根体積の40%が空隙だったそうだ。そういえば、昔、われわれが掘り取ったり切り取ったヤエヤマヒルギの気根も隙間だらけで、あっけないほど軽かった。

ヤエヤマヒルギは、同じヒルギ科のオヒルギやメヒルギとともに胎生種子をつけることでも有名である。

ふつうの樹木の場合、種子は木から地上に落ちてから発芽するが、ヤエヤマヒルギやオヒルギの種子は、果実がまだ樹上についた状態で発芽を始める。2枚の子葉は合着して果実の中に半分閉じこめられたままのこるが、伸びだした根(厳密には子葉と根の間の胚軸とよばれる部分。本当の根はまだでていない)は種皮、果皮を突き破り、太さ1-2cm、長さ数10cmに達するまで大きくなる。やがて子葉の部分に離層ができ、種子(もはや幼植物と呼ぶべきもの)は自分の重みで果実から離れ落ち、海水に浮かんで流されたすえ、運がよければ、どこか適当なところで根を下ろして地面に固着する。

マングローブのすべてが胎生種子を持つわけではないが、ヤエヤマヒルギなどヒルギ科のマングローブは厳しい環境に巧みにマッチした能力を獲得しているといってよいだろう。

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西表島・仲間川のマングローブ 西表島南東部に流れ込む仲間川にはわが国最大のマングローブがある(写真:仲間川のヒルギ林の俯瞰。仲間川展望台から 1999.12.28)
 1961年に大阪市立大学・八重山群島学術調査の一環としてわれわれ自然班が調査した結果では、ここの構成種としてはオヒルギが圧倒的に多く、ヤエヤマヒルギ、マヤプシキがこれに次いだ。これらは互いに重複しながらも陸から海に向かってほぼこの順序で分布し、水深(湛水時間)など微妙な環境の違いに応じてすみ分けているように見えた。仲間川にはほかにメヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキの3種があるが、量はそれほど多くない。
 島の北部に浦内川があり、ここにもかなり大きなマングローブ(ページトップの写真)があるが、マヤプシキは分布していない。
(初出:「都市と自然」237号(1995年12月号:写真を差し替え、一部修正)