机の引き出しに、ポリ袋に入れた木綿(キワタ)が入っている。ワタといっても、
大阪でもときどき植えられているアオイ科のワタからとったものではない。
あれほどの白さも強さもないが、手ざわりは柔らかく、あたたかい。
去年(1994年)の3月、石垣市郊外のバンナ公園でひろったトックリキワタの実を割ったら、
中から出てきたものだ。このワタを見るたびに、数年前、タイのラチャブリで見かけた
変な木の正体さがしに苦労したすえ、この木と出会って目が開けたことを思い出す。
ラチャブリの木は塀の向こうにあったから根元のようすは分からなかったが、
直立する緑色の幹と輪生する枝はアオギリを連想させた。しかし、アオギリとはまったく異なり、
幹や枝にはカラスザンショウに似た大きなトゲが密生し、葉も数枚の小葉からなる掌状複葉だった。
これほどの特徴があるから名前も簡単に分かると思ったが、手もとのうすい写真集には記載がなく、
また説明不十分のせいか同行の研究者たちにも分からず、迷宮に入ってしまった。
石垣市のバンナ公園は、もとの地形と植生をうまく活かした亜熱帯らしい公園だが、 その主園路を歩いていたとき、突然、その木に行きあたり、直感的にタイの木を思い出した。 タイのものにくらべ、幹ははるかに細く、背も低かったが、緑色の幹と大きなトゲ、 横に広がる枝など、両者が近縁であることは疑いなく、おまけに、この木には長さ12~13cmの紡錘形の 実が枝いっぱいについていた。木には「トックリキワタ」とラベルがあり、 よく見ると幹の下の方がやや急に太くなっていて、たしかに、 徳利を連想できないことはないと思った。
トックリキワタはパンヤ科コリシア属に属するが、日本ではヨッパライノキとして記載されることが多く、 トックリキワタの名で記載のある本を探し出すのに大変苦労した。 パンヤ科はキワタ科ともよばれ、パンヤとカポックという有名かつ重要な熱帯の繊維植物が含まれる。 両者は非常によく似ていて混同される場合が多いが、ラチャブリで見たのはこのどちらかであろう。 いずれも、紡錘形の果実に含まれる種子に長い繊維があり、枕やクッション、救命胴衣の詰め物として利用され、 トックリキワタの繊維も同様の利用がされる。テレビで知ったが、インドでは、 乾期になると裂開したカポック(またはパンヤ)の実からワタ毛が風に乗って運ばれ、 街路にたまったものをかき集めて枕やクッションに詰め、商売にする人がたくさんいる。 もとでいらずの、植物の生活リズムに合わせたおおらかな生き方だと興味深くおもった。
(補足説明)
南米ブラジル原産。トックリノキまたはヨッパライノキともいう。ヨッパライノキはアルゼンチンでの現地名、
palo(木)borracho(酒に酔った)によるが、命名の由来は不明。ボラッチョには赤紫色のという意味を記載する辞書もある。
英名は floss-silk-tree(真綿の木)、またはdrunken-tree。大変美しい花が咲くので、アメリカなどでは熱帯花木として栽培される
(大阪の「咲くやこの花館」や京都府立植物園の温室にも植えられているが、開花記録の有無は知らない*)。
パンヤ科の樹木にはパンヤ(キワタ属)、カポック(インドワタノキ属)をふくめ徳利型の幹をもつものが多く、
バオバブノキや観葉植物として身近なパキラもこの科に属する。
なお、ホンコンカポックの名で売られている観葉植物はウコギ科フカノキ属の植物で、
本当のカポックではない(初出:「都市と自然」1995年4月号(よもやま図鑑24):
写真下は石垣市バンナ公園で(1994.3.18)。初出時はこの写真だけ)。
*)初出後、およそ8年経過した2013年に「は咲くやこの花館」において樹上で裂開した多くの果実を確認している(写真は2013.6.3)。