挽歌(ばんか)、陰欝な海霧、サビタの花。
50年ほど前、一世を風靡した原田康子さんの小説「挽歌」の影響で、何となく物悲しくロマンティックな北海道の植物、サビタとはどんな花だろうかと、ある種のあこがれを持っていました。その後、北海道の森林調査に行き、
これがサビタで、和名をノリウツギというと教えられたのが、何と言うこともない、
どこにでもある普通の潅木だったので少しがっかりした記憶があります。
それはともかく、わたしはノリウツギを北海道を象徴する形で覚えてしまったものですから、
その後、九州の久住(くじゅう)連峰や大阪の金剛山、生駒でもごくふつうに生えているのを見ても素直に納得できず、
このノリウツギは間違っているのではないかとよく思ったものでした。
ノリウツギは暖帯から温帯にかけて極めて広い地域に分布する落葉潅木で、
とくに道路沿いなどの攪乱の多いところや、火山の溶岩地などのガラガラしたところでよくみかけます。
アジサイの仲間としてはかなり背が高く、3メ-トルを越えるものもすくなくありません。
また花の着き方もアジサイやガクアジサイなどのような球形や円板状にはならず、
大きな円錐形になっています。個々の花は両性花でガクや花弁が小さく、
少しはなれますと白い点々にしか見えませんが、ところどころに白い大きな飾り花がついていてよく目立ちます。
この飾り花はその後赤紫色に色づいたままあとまで残っていることが多く、葉のないときに同定する手がかりになります。
葉はふつう2枚が対生していますが、かなり高い頻度で3枚が輪生することがあり、
これも特徴の一つです(右写真:東京小石川植物園(2000.6.3.))。
北海道でサビタと呼ばれるこの木の根は堅く、「サビタのパイプ」をつくります。 一方、標準和名のノリウツギは、この木の師部(しぶ:形成層の外側にあって、植物の同化産物の通路) に含まれている多量の粘液物質を水に抽出し、製紙の糊としてつかったことに由来しています。