ネグンドカエデ (トネリコバノカエデ)Acer negundo

ネグンドケデ(京都府立植物園:2012.10.5)

ネグンドカエデ(京都府立植物園:2012.10.5)

カエデ科*カエデ属 【*APGⅢ:ムクロジ科】

Acer: カエデの一種のラテン名
negundo: インド産ニンジンボクの一種(Vitex negundo)の現地名(Hindi語:nirgundi)から

カエデというと、我々はすぐイロハモミジやトウカエデのような「カエルの手」の形をした葉を思い浮かべるが、カエデのなかには全く変わった形の葉をもつものがある。もう何10年も前に信州白骨温泉の裏山で、三出複葉が対生し、異様に大きなカエデの実をつけた小木を見つけた。葉の裏や枝に毛のある初見の木だったが、帰阪後、図鑑を見てメグスリノキだとすぐに分った。日本で三出複葉のカエデは他にミツデカエデしかない。

ミツデカエデやメグスリノキは、例えばウリハダカエデのような3行脈をもつ葉が葉脈のつけねにまで切れ込んだと考えるとそれほど不思議はないが、北アメリカ原産のネグンドカエデ(トネリコバノカエデ)は、3~5、時には7~9枚の小葉をもつ全長15~30cmの大きな羽状複葉を対生させる。多くの翼果をつけた果枝が長く下垂する様子は確かにトネリコに似て、別名トネリコバノカエデはこの木の特徴をよく示す。完全な雌雄異株で、丈夫で成長は早く、高さ10~20m、胸高直径30~50 cmに達するといわれるが、カエデ属特有のプロペラ状の実を見ない限り、これがカエデだとは容易には信じられない。

私が初めてネグンドカエデを知ったのは大阪市大の植物園に勤務したときで、羽状複葉をもつ唯一のカエデとして強く興味をそそられた。ただ、乾燥の強いガラガラの切り土面に植えられた数本の木は幹の上部が枯れ込んで葉も少なく、鉄砲虫に穿孔された株元からは細い枝がたくさん萌芽していて、どう見ても冷涼な地方の樹木を夏の暑い大阪で無理に栽培しているとしか見えなかった。

こんなことから原産地アメリカでの分布はきっと冷涼な狭い地域に限られると思ったが、意外にも東は大西洋側から西は太平洋側まで、北はカナダから南は中米グアテマラ山地にまで及び、その分、多様な気候や土壌の所に生育する(分布図:Wikipedia)。この木は耐乾性がある一方、長期の湛水にも耐え、非常に寒い場所でも生育するとされるが、本来は陽光のあたる氾濫原や川岸など、水分豊富な環境を好み、たとえ幹が折れても萌芽や孫生えから容易に再生する。人による攪乱もこの種にとって好ましく、人家の周りや畑の境界生け垣、空き地などによく生え、農耕地やそうでない場所へも急速に侵入する。欧州をはじめ世界各地に導入されたが、中国東部では野生化し、オーストラリアの涼しい地域では有害外来樹木と見なされている。大阪では考え及ばぬしたたかさを持った木といえよう。

ネグンドカエデは短命で、軽軟でもろい材は用材には役立たず、樹形は不整で景観目的には不向きなのに、フラミンゴ(右写真:奈良市学園南(2007.7.8.)など何種類もの斑入り品種があって、実際はアメリカの街路や庭園などに植えられる最もふつうなカエデに数えられる。

大阪近辺での新植栽の有無は分らないが、昔、尼崎市・近松公園、茨木市・川端公園などの開設時に植えられ、数年のうちに消滅した。新千里北町1交差点に街路樹1本があり、4年ほど前はかなり元気だったが2年前には枯れ込みが目立ち、今夏(2013年)さらに大きく枯れ込んだ結果、8月末に伐倒された(写真下:新千里北町のネグンドカエデ。左から:1999.9.7、2011.10.1、2013.8.11、2013.8.29(切り株、鉄砲虫による大きな穿孔跡が目立つ)

(初出:「都市と自然」451号(2013年10月号))