小学生の頃、八尾市龍華操車場の線路を越えた所にある小さな神社境内は我々の遊び場だった。縄をぶら下げ、ターザン遊びをした木がクスノキであることは自然に知ったが、カン蹴りなどで走り回る狭い広場に立つ直径20~30cmの貧相な木を、誰かが石けんの木だといったとき、何を馬鹿なことをと思った。しかし、丸い飴色の実を割ると中から黒く丸いものが出てきて、それが追羽根の羽根の玉であることにまず驚き、粘り気のある実の皮に水を掛けてこすると、ヌルヌルしてわずかに泡立ち、手がきれいになったから確かに「石けんの木」だと納得した(右写真:ムクロジの果実と種子。2000.12.18.大阪府立大学 )。強烈な印象を受けたこの木の名前がムクロジと知るのは、10年近くもあとだった。
ムクロジの分布域は広く、インドからラオス、ベトナム、中国中~南部から日本中部に至る。属名Sapindus はインドの石けんという意味で、この属に含まれる約15種の樹木は北半球の熱帯~暖帯に分布し、いずれも果皮にサポニンを含み、各地で石けんや洗髪剤として利用された。
ムクロジは川沿いなどで自生しているのを見かけるが、神社に植えられていることも多い。なかには奈良公園の春日大社参道そばにある2本の木のように、幹直径が1mを越える大木になることもある(上写真:奈良公園のムクロジ大木(胸高幹周り3.3m。2012.7.8))。
保全協会の会員の中には、この2本の木がともに幹や太い枝の中心部が完全に無くなり、煙突のような空洞になっているのをご存じの方も多いと思う。一本は幹のほぼ目の高さに10cmほどの穴が空いていて、そこから中へ手を差し込めるし、懐中電灯で中を照らすと思いのほか乾いて平滑な幹の内部が見える(右写真:同じ木の煙突状になった幹の内部。幹に空いた穴からカメラを差し入れ上方を写す。開口部から外が見える(2012.7.9.))。また、もう一方のより太い木は、幹の上部、枝分かれの所から数本の竹が高く伸び出している。
広葉樹の幹の大部分を占める木部は道管や木部繊維などからなる通道組織で、その主成分はセルローズ、ヘミセルローズ、リグニンなどである。通常、肥大した幹の中心部の組織は死んで本来の機能を失っているが、仮に死んだ木部が腐朽し始めてもリグニンなどが分解困難なため組織が完全に分解・消滅することはない。
しかるにムクロジ大木の場合、外側が全く健全な幹や太い枝でさえ中心部が完全に筒抜けてしまうのは、この木の死んだ木部の腐朽・分解が非常に早い証拠といえ、他に例を見ない希有なことに思われる。ひょっとしてリグニン量が極端に少ないせいかと思ってすこし調べたが、満足できる答えは見つからず、ただ、原色木材大図鑑(保育社)に「やや軽軟で脆弱な材である」とあるのがわずかな繋がりを感じさせただけである。
(初出:「都市と自然」2012年8月号/「新・よもやま図鑑・72」)
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【補遺】
1. このページのトップ写真のすぐそばにもっと大きなムクロジ(胸高幹周4.35m:2012.7.8.佐藤測定)があり、幹の上部から数本の竹が伸び出している(下写真:右)。少なくとも20年ほど前にはこんなことはなかったが、10年数前にすぐそばの庭園に竹が植際され、いつの間にかそこから伸びてきた地下茎からタケノコが生じ、ムクロジの幹の空洞を通って、一番高い枝の開口部から枝葉を外へ出した(下写真:左)。3~4年前には庭園内の竹は撤去されたが、より低い開口部からからも伸び出した竹は棹数も増え、今なお衰えるようすはない。
![]() 2001年1月3日撮影。 左側に隣接地の竹林が見える | ![]() 2005年3月30日撮影 | ![]() 2012年7月8日撮影 |
2. 本文には、幹の穴(右写真:2012.7.8.)からカメラを差し入れ、空洞の上方を写した写真を掲載したが、最初の興味は、幹の空洞の底がどうなっているかだった。空洞の内壁から剥がれ落ちた材は完全に分解してしまって、地面が裸地化しているのか、それとも、木片がうずたかく積もっているのか?
残念ながら腕を差し入れると穴がふさがって液晶画面が見えず、カメラの向きをやみくもに回転させながら写したので、撮影された写真が空洞の底なのか、側面なのか、上部なのか下部なのかあまり判然としなかった。ここには写った写真の中から何枚かを紹介しておく。
![]() 多分、中央の平坦部が空洞の一番底。画面下に、誰かが投入した松笠が見える | ![]() 材の細片や未分解の小葉がたまった所 | ![]() 穴の近くの内壁。中央のひっかき傷は撮影時にカメラを当てて作ったと思われる |
![]() 空洞内部の腐朽した材。固結力が弱く、すぐにも崩れそうに見える | ![]() 小さな植物(円内)が写った写真が1~2枚あった(場所はよく分からないが、穴の近くと思われる) | ![]() 拡大したところ、蘚類のようにも見えるが、実際の大きさも分からず、今のところ正体は不明 |