イチイ  Taxus cuspidata

実をつけたイチイ(金剛山:2007.9.26)

実をつけたイチイ (金剛山:2007.9.26)

イチイ科* イチイ属 【*APGⅢ:イチイ科】

Taxus: イチイのギリシャ名(taxos) cuspidata: 先のとがった

イチイは、大阪では日本庭園や個人の庭などでよく見かける、一見ツガに似た葉をもった針葉樹ですが、よく見ると葉の形や色、それに樹肌が全く違いますので区別は容易です。すなわち、ツガは葉に光沢があって硬く、先端がわずかに二又になっていますが、イチイの葉は柔らかく、表面が黒緑色でツヤがなく、先端はとがっています。また、イチイの葉の裏面は中肋をはさんで黄緑色の気孔帯が目だっているのに対し、ツガでは裏面の気孔帯は白色です。ツガの樹肌はマツ科の特徴とも言えるウロコ状になっているのに対し、イチイでは縦にうすく剥がれ、ヒノキのような感じになっています。イチイ(一位)という名前は、古来、貴族や神官たちのもつ笏(しゃく)をこの木の材からつくったので付けられたとのことです。

庭園や庭に植えられているものはそれ程大きくありませんが、自然林の中ではずいぶん大きくなるものがあり、時には直径1m、高さ15~20mにもなるそうです。私が見たもので最も大きいものは西大台の開拓ちかくにあるもので、直径70 cmくらいはあったと思います。はじめ樹肌だけをみてヒノキだと思いましたが、よく見るとイチイでした。

少し前(2011年)にお亡くなりになった吉良竜夫先生が、若いときに川喜田二郎先生とご一緒にある場所の温度環境を示す指標として「温量指数」というものを考案され、それを使って本州中部地方に自生する針葉樹の温度環境(温量指数)に対する分布のようすを調べられたことがありますが、それを見ますと、イチイが多く成育する温度範囲が他種に比べて目だって狭いことが分かります。 (図の説明:中部地方における主要針葉樹の温度分布曲線(横軸は温量指数、縦軸は産地密度(相対値))。各曲線は、その積分値が100%になるように描かれているから、この図からは種間の量の比較は出来ないことに注意。赤線:イチイ。(吉良竜夫:生態学大系第1巻・植物生態学[1], 1954, 古今書院)

セイヨウイチイ2013.1.31.大阪市立大学理学部付属植物園:交野市) イチイ属の樹木は世界に6~7種ありますが、いずれもよく似ており、本来は一種でそれぞれ地域的な変種として扱うべきだという説も有力です。いずれも雌雄異株で、雌株には赤い実がなり、赤い部分(種皮)は甘くて食べられます。私自身何度かおいしく食べた記憶があるのですが、十数年前、イチイの実を殺人の道具に使ったアガサ・クリスティ-の探偵小説を読んでびっくりしたことがあります。イギリスのイチイはセイヨウイチイで、調べてみますと葉や種子にはタキシンというアルカロイドがふくまれており、これを食べると死に至ることがあるそうです。この毒も新鮮な葉には含まれず、葉や枝をつんだあとしおれてくると形成されるのだと書いた本もあり、単純ではありません。日本のイチイが有毒なのかどうか分かりません(有毒と書いた本もあります)が、少なくとも硬いタネは飲み込まないほうが安全かも知れません(右写真:セイヨウイチイ(大阪市立大学理学部付属植物園(交野市):2013.1.31))。

神戸森林植物園(2011.4.10.)  なお、イチイには背が高くならない性質を持った変種があり、それらは「キャラボク(Taxus cuspidata var. nana) 」と呼ばれ、日本庭園によく植栽されています。鳥取県の大山山頂部に群生するキャラボクは「ダイセンキャラボク」と呼ばれ、国指定の天然記念物に指定されています(右写真:キャラボク(神戸市立森林植物園:2011.4.10))