私が初めてヒカンザクラを見たのは大阪市立大学の付属植物園に勤務したときでした。その時「彼岸桜」と聞き違え、お彼岸にはまだ早い時期にもう咲いている、と驚きましたが、すぐに「これはヒガンザクラではなくヒカンザクラ(緋寒桜)だ」と教えてもらいました。ヒガンザクラは確かにお彼岸ごろにさくサクラで、樹形は立性で花色は白く、ヒカンザクラとは明らかに違っていました。このように「ヒガンザクラ」と「ヒカンザクラ」はよく聞き違えられるので、最近ではカンヒザクラ(寒緋桜)を正式和名として使う図鑑が多くなっています。
ヒカンザクラは台湾や中国南部に原産するサクラですが、沖縄にも野生状態のものがあり、原産地に沖縄を加えている図鑑も少なくありません。大阪付近では、ふつう3月の始め、年によっては2月の終わりから花を咲かせます。花色は比較的濃い桃色ないし紅色で、半分閉じたような形の花が下に垂れて咲きます(変種名の campanulata というのは「釣り鐘型の」と言う意味ですが、これは花の形の特徴を表現したものです)。花が全開するソメイヨシノなどに比べ華やかさは少なく、樹皮が暗褐色であることもあって、私はなんとなくくすんだ花という印象をもっています。ただし、普通のサクラと異なり、萼や苞も花弁と同じように赤く色付きますし、場合によっては花梗(かこう)も赤く色付いていることもあり、見方によっては派手な花というべきかも知れません(右写真:神戸市立森林植物園 2003.4.13)。
最近の分類ではヒカンザクラはヒマラヤザクラ (Prunus cerasoides) の変種とされていますが、保育社の図鑑によりますと、ヒマラヤザクラはヒカンザクラとよく似ているが、花色が淡紅色から深紅色まで変異が多く、またよく開くものから半開きのものまであり、果実の形も先の尖ったものも丸いものもあって、種としては同一とするのがよいと書いてあります。そういえば、花弁はもちろん萼、花梗、苞までびっくりするほど濃い赤桃色のサクラを見ることがありますが、これなどはヒカンザクラというよりは本当はヒマラヤザクラというべきなのかもしれません。
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ヒカンザクラの開花習性については興味深い話題があります。私自身、十分納得しているわけではないのですが、参考までに紹介しておきます。
きっかけは、大阪のある中学校の校長先生が生徒向けに書かれた、
- 「・・・桜をはじめ春の花は、冬の寒い風の後にくる暖かい南の風にふれて咲き始めます。だから、春の訪れの早い九州から次第に北へ、山の場合も気温の高い麓から頂上へと開花していきます。
ところが、日本の中でも沖縄の桜は、全く逆に、北から南へ、山頂から麓へと咲いていくのです。なぜかというと、桜は暖かさだけでは開花しないのです。沖縄のように暖かいところでは、北から吹いてくる冷たい風に 一度当たったときに、初めて咲くのです。ですから、北風に近い北から南へ、気温の低い山頂から麓へ移っていくのです。」
私自身、こんな話は初めて聞きましたので、こんな特徴的な現象については何か書いていそうな上原啓二先生著「樹木大図説」をふくめ手元にある10種類近くの資料を読み返しましたが、ヒカンザクラの開花習性に触れたものは一つもありませんでした。
それで、私も参加しているAll Plants というメーリングリストにこの話題を出したところ、
- 「沖縄の桜は、確かに北から咲きはじめ、開花がだんだん南下します。本部・名護あたりと那覇とでは、1ヶ月以上の差があります。その理由は、校長先生がおっしゃるとおりで、「低温に曝されることによって開花抑圧が解除される。すると、すでに開花に必要な温度になっているので、直ぐに開花する」という説明をどこかで読んだことがあります」
- 「カンヒザクラの開花期は,確かに南下します。奄美諸島や沖縄諸島では12月下旬から1月上旬ですが、石垣島では2月上旬から下旬頃です。たぶん、冬の寒さにあたって開花するのだと思います。沖繩本島では八重岳の山頂近くの並木で最も早く咲きます。
同じような開花パターンを示すものに、ツワブキ(リュウキュウツワブキ)があります。奄美諸島では10月、沖縄諸島では11月、八重山諸島では1月です。オキナワテイショウソウ(キッコウハグマの仲間)もツワブキと全く同じです。
開花期や生物季節に関する印刷された資料は、たぶんありません」
私自身、十分納得しているわけではないというのは、もし、低温が開花抑制を解除するのなら、本州各地に植えられたカンヒザクラは寒さの来る晩秋または初冬に開花してもおかしくないのに、そんな例を見た記憶がないこと、開花時期は確かに早いものの、カンヒザクラの開花はやはり厳寒期を経過した後、春に向かって気温が上昇する時期に入ってからであることによります。
ところで、今朝(2004.2.22.)のNHKテレビ「さわやか自然百景」で沖縄県石垣島の自然を紹介していましたが、その中で島に自生するカンヒザクラの開花を「冬(寒さ?)の到来を告げる花なのです」と表現していました。
うーん、やっぱりそうなんでしょうか?