2003/07/11


☆ 都をどりの章 ☆
昭和29年迄の歌題2002年までで130回を数える都をどりだが、昭和29年版までどのようなテーマだったかを解説
★絵はがきと情景戦前の色つき絵はがき(白黒写真に数色の色を塗った疑似カラー版)で都をどりを特集してある。又その当時の都をどりの舞台風景を画像で紹介
★講師陣と功労者古式都をどり当時の講師陣、都をどりを創設した功労者を紹介
★都をどり
パンフレット7種
大正13.14年。昭和4.7.9.10.29年(29年のみ戦後版)

先斗町
鴨川をどりプログラム

先斗町歌舞練場

昭和11年頃の歌舞練場です、今とそう違わないと思うがいかがでしょう?

1等待合室と同茶室、やはり昔は風格がありました、それ相応の金持ち階級が利用したのでしょう

2等待合室と2.3等客室です、こちらには茶室はないようです


昭和14年版プログラム

鴨川をどりは、京都五花街のうち先斗町歌舞会によって行われる踊りの会で、明治五年京都府参事官牧村氏のお声掛かりで始められたもので都をどりと似ている。振り付けは当時は、篠塚流で祇園甲部と全く同じであったようだ。つまり当時は京舞(上方舞)であったが、篠塚流廃絶後、若柳流が主導を握ったので昭和14年の舞は当然若柳流の舞である。この当時の世相を表す舞台テーマとして建設少女なるモノがあり戦車隊長とか兵士とかの登場人物が出てるのは興味深い

昭和14年版の先斗町歌舞練場発行の鴨川をどりパンフレットです
大きさは、都をどりパンフレットとほとんど同じサイズで内用も大同小異です

芸妓と舞妓の紹介ページ、区別せず混在しているのが特徴、舞妓も大人びてるのが多い

昭和14年度の舞台衣装です。ほかに面白い題目としては、曾我兄弟仇討ち・ジンギスカン・ヤマト朝廷時代の武士姿などがある

歴史を感じます、なんつうか まるで宝塚少女歌劇団ではありませんか?

ここらは、をどりってかんじですが、上の舞台背景は、日の丸の飛行機です。
戦時下近しの時代ですね


昭和11年版プログラム

昭和11年版の先斗町歌舞練場発行の鴨川をどりパンフレットです
大きさは、都をどりパンフレットとほとんど同じサイズで内用も大同小異です



当時の鴨川をどりの舞台風景です、点茶は少女がお茶を運ぶ役目か?
昭和11年ではまだ戦争のにおいがしてません、テーマは弥次喜多道中記で歌舞伎風の関東舞であり
祇園の京舞とは違ってます
当時の先斗町舞妓衆です(当時としては8人でちとこじんまりしてます)
先斗町芸妓衆(当時は100人前後いました)



Go Top