2003/03/22

2002年度 都をどりパンフレット
古式都をどりのプログラムは、いろいろあるようですがその道のコレクターも多く、入手するのがきわめて困難である。著者は、7部のみどうにか古書ネットを通じて入手したにすぎない。しかし、いにしえの都をどりを振り返って見るのも往時を知る上で参考になると思いレポートした次第です。この中には、吉井勇先生が企画に直接参加したものがあるので貴重です。是非ご覧下さい

おしながき

★都をどりプログラム2種★追加

昭和29年迄の歌題2002年までで130回を数える都をどりだが、昭和29年版までどのようなテーマだったかを解説
★絵はがきと情景戦前の色つき絵はがき(白黒写真に数色の色を塗った疑似カラー版)で都をどりを特集してある。又その当時の都をどりの舞台風景を画像で紹介
★講師陣と功労者古式都をどり当時の講師陣、都をどりを創設した功労者を紹介
★都をどり
パンフレット7種
大正13.14年。昭和4.7.9.10.29年(29年のみ戦後版)

公開プログラム

☆大正十三年
☆大正十四年
◎昭和四年
☆昭和七年
◎昭和九年
☆昭和十年
◎昭和二十九年

(◎印は現公開)

都をどりプログラムにある活躍当時の吉井勇先生詩歌と挿絵(昭和29年版)

都をどり プログラム 7種紹介

大正十三年版プログラム
大きさ、約15x22cm。このプログラムは豪華版で布ひもでくくってある。写真もセピア色だがかなり載っている。井上春子三代宗家、鈴木ぎん舞踊教師を始め指導陣の写真が出ているのはすばらしい。又、都をどりに出演する戦前の芸妓・舞妓が顔写真でかなり出ているのもすごいが、ここではランダムに芸妓舞妓混ざって出ている。京都の老舗のCFのページ(単色〜2色刷)がかなりある・・・
大正十四年版プログラム
このプログラムは豪華版で布ひもでくくってある。写真もセピア色だがかなり載っている。井上春子三代宗家、杵屋六四郎氏(都をどり創設の功労者)を始め指導陣の写真が出ているのはすばらしい。ここで初めて、井上愛子四代宗家の若き頃の写真も登場する。又、都をどりに出演する戦前の芸妓・舞妓が顔写真でかなり出ているがやはり舞妓芸妓混成の卒業記念のアルバム顔写真風。やや印刷が薄いのが惜しい。京都の老舗のCFのページがかなりある・・・京都の老舗のCFのページ(2色刷り)がかなりある・・・
昭和四年版プログラム
このプログラムは豪華版で布ひもでくくってある。写真もセピア色だがかなり載っている。三代井上宗家、4代井上宗家を始め指導陣の写真が出ているのはすばらしい。又、都をどりに出演する戦前の芸妓・舞妓が顔写真でかなり出ているのもすごい。小学卒業頃から舞妓になって修練した頃の様子を知る上で貴重な資料(おぼこい可愛い舞妓の顔写真が豊富に出ている。おそらく都をどりに出られたのは上クラスの舞妓であったと思う)このプログラムより大丸がスポンサーとして登場する。着物調達が井上大丸呉服店とあるのも興味深い。終わりの部分に祇園のお茶屋が出ているが我がHPと相互リンクしている”吉うた”の名も見える。
昭和七年版プログラム
大きさ 約12.5x18.5cm。このプログラムは簡素で当時はこのようなものだったのかあるいは一般席用のもだったか分からないが、出演する舞妓・芸妓はもちろん演出者の顔写真もない。都をどりの最初に踊る踊り手が2人、疑似カラーで出てる。又、各幕の舞台背景がカラー絵図で出てるのは面白い

 
昭和九年版プログラム

このプログラムも簡素で当時はこのようなものだったのかあるいは一般席用のだったか分からないが昭和七年版より更に薄くなっている、出演する舞妓・芸妓はもちろん演出者の顔写真もない。主として歌舞練場の外観写真(玄関)と各幕場の背景写真(当然モノクロ)が画像として出ているのみである。まだ吉井勇先生も登場してない・・・
昭和十年版プログラム
 大きさ 約12.5x18.5cm。このプログラムは簡素で当時はこのようなものだったのかあるいは一般席用のもだったか分からないが、出演する舞妓・芸妓はもちろん演出者の顔写真が小さく主に上の方に横一行で小さく出てくる。又、都をどり創始者の一力亭当主杉浦次郎右衛門、京都府知事槇村正直男爵の顔写真が出てるのは珍しい。全て写真はモノクロだ
昭和29年版プログラム
第2次大戦後の落ち着いた日本における都をどりを知る上で参考になる資料。
一部カラーになっている、このときは舞妓が絵はがきのような脚色で前面に登場してプログラムに花を添えている。戦前より芸妓の数は少なくややお姉さんが多くなった。舞妓の数は、たぶん総出演だろうが34人を数える。それでも今より多い。


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