2002/09/05
 
古式舞妓と現代舞妓の違い舞妓の移り変わり
おぼこい舞妓まだあどけない舞妓達
格式のある芸妓厳しい修行を経たお姉さん達

特別保存版
古式舞妓と現代舞妓の違い
戦前の京舞妓と戦後の京舞妓は時代の風俗の流れに伴い著しく変化した。まず、年齢が全然違う。戦前は小学校卒業と同時に仕込みさんに入った。戦後は中学校卒業か高校卒業の年に入る。少なくとも3年間の差がある。戦前の舞妓は18才くらいで芸妓になるという。今は、20才過ぎてからだ。だから以前の舞妓は、おぼこい子供のような舞妓だった。今は、大人の舞妓である。着物を見て欲しい、何故舞妓は袖をつめてるか・・・舞妓とは子供だったのである。舞妓の衣裳は本来子供の衣裳である。そこで今様の舞妓が袖を詰めた衣裳を着てるのが理解できよう。
戦前の可愛い舞妓はん戦後の大人の(成熟してる?)舞妓はん
滅多に見られない貴重な写真である、とくと見て欲しい・・・

吉川観方先生(京都日本画の大家)が言うには、現代舞妓と古式舞妓ではだいぶ違うという。時代が下るにつれて(昭和以降?)京風の髪型に、江戸風の飾りや髪型が加味されたのだそうな。意外だが江戸風の流行が逆に流れていったとは・・・髪型が以前よりどの部分をとっても大振りになっている。着物の長さや襟のつきかたも違う。だらりの帯は、今ほど長くはなかった。顔の化粧は、嘆かわしいことに外国女優風の化粧法になったきた。京古来の化粧法が廃れつつある。昔の舞妓の化粧法の方が日本古来でよほど美しい。まあ、花の現代舞妓も形無しであるが、今の化粧法に違和感を感じない私にはどう違うのか分からないが、確かに目の化粧法は今様になってることは確かである。もしかすると、昔の舞妓は目からほっぺにかけて少し赤くする風にしたのであろうか・・・私は思うに普段の舞妓の化粧法はこれでいいと思う。ただ、舞台で化粧映えをよくする為ダンサーの様にアイシャドー濃く入れて本当に外国の女優みたく、つけまつげしたりして厚くする化粧は品がなくなるからあまり好きではない・・・
戦前の可愛い舞妓はん現代舞妓はん(著者実写)
昔の舞妓はいたって地味だった。右の現代舞妓はんは小柄で可愛い方だ・・・

吉川観方先生が言うには、花かんざしもはなはだ気に入らないらしい。特に若年舞妓(われしのぶ)の花かんざしは昔はなかった。暖簾のように顔の横に垂らしてかんざし屋の看板かと思いたくなると不快らしい。私は、花かんざしは元々長く垂らすものだと思ってた。その方が舞妓さんらしいし可愛いと思った。下図を見ると分かるのだが現代舞妓はぐっと襟足が深くなっていて妙に色っぽくなっている。左のは古式舞妓さん、襟足もさほど深くないしだらりの帯もあまり長くないようだ・・・昔の舞妓はやはり子供仕様になってるのだと思う。
戦前の可愛い舞妓はん現代舞妓はん


古式舞妓ライブラリー

上図は、昭和30年代の舞妓はん、当時は祇園と先斗町は二大花街で名が知れてたらしい。共にその当時は、京舞井上流が御流儀だったという。上図2人の舞妓は、同じ人で祇園甲部の若年舞妓(われしのぶ)品子さん。右の写真は正月正装時のかんざしで今とはだいぶ違う。井上流高弟だった松本佐多女推薦の舞妓である。中図の色付き写真は、戦前の舞妓さんで今と比べると花かんざしや着物の図柄、たけ、だらりの帯など微妙に違いますね、いたって地味でした・・・
下の五人舞妓は都をどりのスナップで昭和九年頃の姿です、見たぶんには現代舞妓とそう違わないですね・・・

昭和29年当時の舞妓さん
おぼこい舞妓さんの章と見比べると良いでしょう(祇園甲部舞妓・敬称略)

とも子                 富千代(とみちよ)        かつ勇(かつゆう)

近子(きんこ)                福葉(ふくよう)          子戸美 (ことみ)

孝江(たかえ)              寿栄子(すえこ)              子花(こはな)


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