2002/05/04
目玉の十二単はどうしたんじゃいの声をしりめにひたすら他の絵を描き続けてる私です。要するに描けないのだろう、どきっ(*^_^*)夏までには描く予定ですのでもう少しまってて下さい
おしながき
この章は、次のジャンルの作品を予定してます。
源氏物語系の十二単衣、白拍子、奈良朝以前の古代衣装、室町〜江戸時代の髷をつけた和服美人など。
2002年度作品
2001年度作品
源氏絵系参考資料

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2002年度作品

5月4日作品(完成)5月3日作品(2)4月末作品(1)
吉原女御
(よしわら にょご)
2002年5月4日最終完成
P12号サイズに準拠(上記中央と左の作品が正規の大きさ)
使用画材;透明水彩、胡粉など

室町末期頃の京の遊女です。髪は、兵庫髷。かむろもいたそうだから、花魁に相当する身分だったかも知れない。今回は、着物の図柄が当時の図柄にしようと試みたがいい資料が見あたらないのでこんな感じで妥協した次第。私としては、まあまあの努力です。背景は、美人画の基本に則りやや略画調になってる。というより、現在の私の画力不足でごまかしたような感じ・・・・今回は少々足をあらわにして、少し胸をはだけたお色気を強調した初の試みですが、いかがでしょうか・・・帯ひもは、資料に基づきこのようなものにした。足に絡ませて遊女の妖しさを表現してみました。もっと、妖艶さに仕上げたいところでしたが、清楚なかわいい相反する顔立ちにしたいという気持ちが私の心の一部にあった為中途半端な顔になった気がします。オリジナルの下絵は、かつて私がモデル撮影会で自分のカメラで写した写真より立ち上げてます。背景画は、5月2日から3日朝にかけて一気に描き上げて完成です。だいぶ修正しました。手前の花はシャクナゲ、後ろの花は一応牡丹です、いずれも我が家に咲いてた花をモデルに描きました。人物以外は、(当分?)まだ未熟です。このような古典美人画は、舞妓とかなら描く人はいますが、現在描いてる画家は見あたらないと思います。しかし、きまぐれ的技法なので(未熟ゆえ)次がうまく描ける保証がないのが寂しいところ、一応、流れからすると以前の作品を越える感じに今回の完成で出来たと思いほっとしてます
(1)美人画としては基本的には完成した。着物の図柄が簡素になってます。背景は、どうするか悩んだときです。あんどんとか、とっくりとか座敷風に置こうかと考えました。花を基本的に描く気持ちがあったのでなに描こうかと思案。
(2)蓮華の花をかいて、観音菩薩風にしようかと思いましたが、結局その頃庭に咲いてた牡丹とシャクナゲをデジカメで写しあしらってみましたがさっと描いたのでラフな感じです。今回は輪郭描かず人物との差を付けて人物が目立つ風にしたのですが・・・なお、着物の図柄が寂しいので面倒なのを克服して細かい図柄を追加。濃くなり過ぎたのでウオッシング。当初に描いた牡丹の花がでかすぎてグロテスクになったので修正しましたので画面がちと汚くなった。
(完成)上部分が、なんかもの足りぬので日本画風に金でも散らそうかと思い初めての試みでしたがやりました。結構苦心しました。その間、ラフにかいた葉っぱを修正。これで完成です。
 顔のアップを見たい人は左印をクリック、ぞくっとするような美人?になったかも

額田王
(ぬかだのおおきみ)
2002年1月26日製作開始・2月3日完成
B3版・クレセントボード中目
使用画材;水干絵の具、透明水彩
 顔のアップを見たい人は左印をクリック 、日本の絵(HP)では滅多にない飾りに注目

日曜丸1日費やしてどうにか完成させました。。当初、顔をメインに簡単に水彩で終えようかと思ってました。というのも静御前の絵を描き終えた直後だったので少々疲れてました。でも、一休みするとまた絵心がよみがえってきました。やはり、気を引き締めて精一杯描かなければ絵の美人に対して失礼だと思い直し描きましたいてます。今回は、美人画(今野由恵方式)の背景に戻って塗ってあります(日本画調?)今回初めて背景を中国の工筆仕女画技法を取り入れてみました。背景の石と草?は自宅にあるものをデジカメにとってスケッチしたものです。ずいぶん手こずりましたがまあ一応の完成です。今回は水干絵の具を多用しましたが意外と難しいので苦労しました。顔は、例によってうまく行かず、画面ががばがばになってどうしようとさすがに焦りましたが胡粉の白で上塗りしたらきれいになってまあまあになりました。大人びた顔ですがいかがでしょうか?なんとか美人画の体面だけは保てたと思います。とにかく毎回描くたびに苦労してます。どうしてこんなに苦労してまで美人画を描くのか自分でもわかりません。まるで山登りみたいです。気を許せば遭難必至ですからいつでも真剣勝負になります。人生そんなものでしょうかね。額田王は、いわゆる一般的には聖徳太子時代の人ですがこの絵を描くに当たって時代考証的には工夫したつもりです。髪型は樹下美人画や吉祥天と同じです。中国仕女画とほぼ同じ唐朝の時代衣装ですのでこれで仕女画にもなってますよ。
しづやしづ・・・
2002年1月27日(制作日数;約3週間)
使用画紙;B3版・クレセントボード細目
使用画材;水干絵の具、透明水彩、一部アクリル

しづやしづ、賤のおだまき繰り返し
    昔を今になすよしもがな・・・・・
鎌倉の鶴岡八幡宮で白拍子の舞を舞っている静御前をモチーフに描いてみました。2002年初めて描いた美人画です。制作中に愚かにも汚れたティッシュで額を拭いて汚してしまい大ピンチでしたが、なんとか削ってどうにか描き終えることが出来ました。私は、描いた絵は途中失敗しようが必ず最後まで描き終える終えることを信条としてます。久しぶりに背景画を描いてみました。これもかきながら勉強する私流の方式なれば、下手だろうと是非もなし・・・右上は鶴岡八幡宮です。なんか古い山門にしか見えないのはご愛敬というところ。顔は、お人形さん風になってしまいましたがまあどうにか最後まで描き通しました。この時期は、パソコンやデジカメが故障続きで心理的にとてもしずんでました。無心で描かなければならないはずが、描きながらあれこれ悩んでました。それでも最後まで描き終えた自分をほめて?やりたいです。美人画を描く醍醐味は、1枚描くたびに美人を創世することです。1枚の絵が、描かれる美人の全てとなれば最後まで描き通すことが描かれる美人に対する礼儀だと思ってます。何でもそうですが、絵においても下手なりにも精一杯描いてやる愛情なくして美人画は描けないのではと考えます。プロの描いた美人画はさすがに比較にならないくらい上手いですが、私は自分で描いた美人画も自分の心の内では負けないぞと思うことにしてます・・・なお白拍子は、舞妓の元祖ですぞ



2001年度作品


荒城の月
B3.2001年11月11日
使用画紙;B3ケント紙ボード
使用画材;ホルベイン透明水彩・さくら不透明水彩
制作日数;約1週間(下描きは早かったが本描きが遅れた)

眼の修正には手こずりましたが、出来てみるとなかなか美人さんで我ながら気に入ってる逸品?です。書道の大家が書くときは気を入れて書くといってましたが、私も描くときは気を入れて描いてるつもりです。それで今回は、終わり頃に気を消耗して(風邪のせいか?)疲れてしまって扇はなにも描かずに終えました。私にとっては初めて描く姫様です。やはり着物の図柄には大変苦労しました。でもどうにか仕上がったので、いずれ京都平安貴族の姫御是にも挑戦するつもりです。ご期待あれ・・・
下書きには、京人形のカレンダーからアレンジして描き上げました。姫様の顔は、出来ればじかに見てもらいたいほど自画自賛してます(^_^;)カレンダーのタイトルは”宴”だそうで、先勝祝いに所望され姫御是が一差し舞ってるモチーフだとか。私は、何か滝廉太郎の荒城の月を連想し城を描いてみました。
「此度の戦には勝ったが、次の戦には又勝てるだろうか、敵は強国の武田と同盟を結び再び攻め来るやも知れぬ。もし破れれば敵兵の虜になるよりかは、潔く自害するほか無い。何が嬉しかろうか・・・しかし、我が将兵はわらわの舞いにしばしの疲れを忘れて見入っている、彼らも明日の命は分からぬ事は百も承知、つたなき舞いなれど彼らのうたかたの喜びに花を添えることが出来うるならば我が身も本望。わらわもこの舞いに、我が身の全てを傾けて舞ってみしょうぞ・・・」こんなイメージで描きました。
私は、自分の部屋にこの絵を立てかけて篠笛にて荒城の月でも吹いてみようかと、今練習中です(*^_^*)
ここをクリックすると顔が少しアップします、まあ良く出来たと自分では思ってます

P12号・市民美術展を意識した初めての作品
使用画紙;アルシュ紙をP12サイズシナベニヤに張りボード板に加工(額装)
使用画材;ホルベイン透明水彩・ファーバーカステル色鉛筆 等
制作日数;約3週間〜4週間(完成後、時々加筆したり修正したりするため)


時代設定は江戸後期のとある城下町。3人の18才前後の仲良し娘達が会って話してるところを描く。内訳は、向かって左の紺の着物女性が500石取りの幹部クラスの武家娘で他の2人より年下、髪髷は奴島田、着物図柄は大炊之守図紋(当時江戸で流行した図柄)中央の娘は3人の中では年長さん、やや大店のとある商家の娘で着物は現在の古河ミス桃娘が着る図柄で、髪髷は結綿。右のてこ舞いの衣装を着けてるのは大工の棟梁の娘で、髪髷は鴛鴦となっている。てこ舞いのデザインは古河女サンバ祭りの先頭で露払いの役が着る祭り衣装を転用す。図柄はそのまま利用したが描いてるときは失敗かなと思ったが、仕上がってみるとみるとてこ舞いの衣装はうまく描けたと思う。
P12号の中に全身像を描くので少し無理がありむすめが小柄になってしまった。頭などがデッサン的に少し変な感じがするのはまだ初心者な証拠。中央のむすめの帯がちょっと下手な気がする。なお、ポイントは江戸時代ながら古河市の特徴(桃むすめ、雪図紋、女祭りに使ったてこ舞いの衣装を応用してる)を意識して描いた点にあり江戸時代にはあの衣装は派手すぎるというのは筋違いである。本当は、古河市の美術展(賞はなく参加料払ってただ参加する方式)に出そうと思ったが平日に出さねばならなかったり、集まって談話を聞かなければならなかったりで忙しいのに面倒なので中止した。。なお、鴛鴦髷は京風で江戸方面ではしてたか不明だがどうしても描きたかったので使った。通の方ならお分かりと思うが髷が左右のむすめは後ろ髪がきりっと尻上がりになってるのに注目されたい。これは現代舞妓に受け継がれてる髪型で風格がありかっこよいものだ。自己評価点75点
古河小町三美人
P12号、2001年10月05日