2002.05.30

日本の美人画
美人画は奈良朝の樹下美人画に見られる如く古くから日本にありましたがそれは官のもので、一般庶民が気軽に楽しめるようになったのは江戸時代に入ってからです。世に言う浮世絵がそれです。版画の普及に伴って広く出回るようになりそこそこの金で入手出来たからです。その頃起きた、浮世絵の元祖といわれる絵師は菱川師宣(見返り美人で有名)で美人風俗画を得意とし大衆文化に花を添えました。それというのも徳川3代で天下は安定し庶民の生活も豊かになって娯楽や趣味に気が回るようになったからでしょう。さて、浮世絵というものは絵師のみ成らず彫り師、刷り師、版元と分業制で絵師は絵ができあがるとそれは印刷の方に回され自分の手元には残りません。当然、絵師の地位も職人の域を出ずさして名をあげられませんでした。そこで絵師は自分のアイディンティを主張するために、ただ1枚しか存在しない手書きの肉筆浮世絵を描きました。篤志家(大店の旦那)はこれを買い求め、自分のコレクションに加えることを自慢するのが流行と成ったのです。そしてこの肉筆浮世絵が後世、美人画に継承され明治・大正・昭和と受け継がれてきたわけです。もちろん、版画浮世絵も美人画には変わりありませんが手書きの美人画には版画にない繊細さ、美しさがあります。絵師の息使いが絵のタッチから直に伝わってくるのです。しかもたった1枚というレアものです。肉筆浮世絵がいかに重要かお分かり頂けると思います。
さて浮世絵も明治にはいると西洋文化に押され衰退しました。これを美人画として復興させたのが鏑木清方です。歌川派の浮世絵の門にあり明治時代の風俗雑誌等の挿絵画家として活躍してましたが、やがてこれをもとに現代的な美人画の礎を築き上げました。よって鏑木清方を称して美人画中興の祖というのです。清方の絵は、時代と共に画風が少しずつ変わってきますが顔立ちは、まだ女子はおしとやかにというへりくだった気風が良しとされる時代だったので昔の女性的な感じです(眼が細くはっきり描かない感じ、でも下絵を見ると今と変わりないので時代がそうさせたのだろう)この門下から伊東深水がでましたが、伊東深水は清方が絶賛して止まない弟子だったようです。伊東深水も挿絵画家でもありました。深水の絵は、時代共に画風が少し違ってきます。戦後になると、時代的な美人画よりも現代アート的な従来の美人画と異なった絵も描くようになりました(洋画家と変わりないジャンルも手を染めたようです)単なる古典的美人画から現代美人画へと移行発展していった様です。なお、伊東深水の門下は美人画を否定し模写や下絵を使う描き方を批判する風潮が一部にありました。個性の尊重とその表現が最優先され、下手だという代名詞にこれは美人画だという軽蔑語に使われたことがあるようです。私は、ある本(アトリエ・日本画入門)でそれを知りその執筆した画伯の女性を描いた日本画を見ましたが日本画とはこういうのかという感じでした(上手い下手とは関係なく)私は、今野由恵師の美人画の本を買った後にこのことを知り憮然としました。しかし、伊東深水の門下からは有名な美人画家が出てることは確かです(岩田専太郎、立石春美など)何でそんなことになったか分かりませんが、後に入手した中国の水墨画や中国画(日本画と同じ)に見る仕女画は美人画そのものの画風です。そして王美芳先生の見事な美人画を見てやはり私は美人画をすばらしいと思うし、これからもどうどうと描き続けて行こうと思ってます(誰がどう言おうと我は我という気持ちで・・・)

肉筆浮世絵に関しては、マール社から豆本がでてます。なんと291円(税別)で買えますので是非ご覧下さい。1〜3シリーズありますが、私は(1)東京国立博物館編が一番良いのがそろってると思います。浮世絵というと例の喜多川歌麿の美人版画浮世絵が有名ですが、私は誇張された眼の細い画風は嫌いでした。だから肉筆浮世絵といっても安いからこの本を買ったまでで、さして興味がなかったのですが美人画を描く上で教養として知らぬのもみっともないので買ったのです。でも、けっこう今の美人画でも通用する絵師がいてその絵の見事さにびっくりしました。それは懐月一門の絵です。懐月堂安が開祖で堂々とした健康的な美人画を描くのが特徴です。堂安は、浅草の生まれで肉筆画のみ描き弟子を育成して大店の趣味人が相手で一世を風靡したとか。しかし、大奥の江島生島事件(歌舞伎役者が大奥の幹部級の女性とが密会した事件)で連座し責めを負って事実上失脚した。しかし、その門下から著名な絵師が輩出しその画風は受け継がれたのです。私は着物の図柄がすばらしいと思ってます(右図参照)

左の美人画は大正期か昭和初期の美人画です。今と違ってボディラインが弱々しいのがその頃の女性の特徴だったのだろう。当時は、美人は結核を患うような弱々しいタイプが好まれたようです。このころ活躍し始めたのが清方以後の現在美人画の2名人といわれる伊東深水と双璧を為す上村松園女史です。松園師は、今野由恵師が目標として尊敬して止まぬ大家であったわけです。
私が、今野由恵、上村松園両画伯を師と仰ぐのはその精神が感じ入ったためで、伊東深水画伯系の思想とは例の美人画の件で一線を置いてます(別に伊東深水の絵が嫌いというわけでありません )
伊東深水は、現実にいる女優とかの特定の女性をモデルにした現代美人画というジャンルへ発展していったのと対照的に古き良き時代の髷と着物風俗に重点を置くのが上村松園でした(古典的美人画とでも言いましょうか、ただ近代美人画にあることを間違えないで下さい、江戸期の美人画そのままではありません上村松園は古典的美人画のアイディンティを重視しました。つまり上村松園の感性が美人画という芸術に哲学を加え美人画道的な考えを確立しました。心の修行のように見る人に感動を与え心の癒しや支えになるのが真の美人画であり時代衣装の古き良き伝統を描くことでノスタルジックなあたたかい故郷に帰ってきたような思いを見る人にさせるのが美人画の精神だということです。 芸術としての意味を持たせた美人画を昇華させていったわけです。ただきれいに描くのと、心を昇華させて描くのとはそう違いないと思いますか?不思議なもので、出来映えは段違いに差が出ます。それは心を持った人が見るからで以心伝心というか、その描かれた絵に対し見た方が持っている求める何かが共鳴するのです。本当に美しいとか心を癒すものとか感性的なすばらしさが伝わるのです。心理療法で絵を描かせるとその人の心の状態が分かるそうですが(これを治療の評価に使ってる)逆に絵を見て心の内にある純なものが呼び覚まされる医学的な意味の心理療法的な役割が美人画には備わってるのではないかと思います。心をを持って丹精に作ったものは絵に限らず見る人が見ればすばらしいと感嘆するのではないでしょうか。ただきれいに描いたのは単ににきれいだと思うだけで心の感動は起こしません。 上村松園の絵が、世の博識者に突出して白眉と激賞される由縁はただ上手いだけでなくそのうちに秘めた哲学が書かれた絵に冴えを放ってるが為です。美人画を描くということは、自らの手で美を具象出来る醍醐味を味わえるからです。この世で美人に出会えることなど宝くじを当てるようなもの。まして仮に出会えたとしても自分とは、格別な魅力と財力でもなければ高嶺の花、とにかく自分なりに美人画を描くと気分的に本当に素晴らしいなあと感じられるものなのです。自分の心を癒すものでもあるのです。喩え、絵の世界であっても人は感動を起こすもの、ましてや自分で描けるのだからこれは楽しいことでもあるのです。美人画の描く意義は、ここにきわまると思います。(注;伊東深水は、吉野太夫などの遊女を題材とした従来の美人画も以前描いていたが画風は現代化していった)

加藤晨明画伯の日本画「小憩」(部分)である。舞妓が座敷に座って鼓をを持ち一休みしているところを描いたという。加藤画伯は1910年生まれであるが失礼ながら今でも十分通用する現代的な描法で描かれてる。舞妓のおすまししたあどけなさが上手く表現されていてため息が出るくらい優秀な出来映えだ。願わくば、私もこの様に描いてみたいと思う。なお、加藤晨明画伯の舞妓絵は、もう1点見たが舞妓の着物が絞り模様の図柄で素晴らしい出来だ。伊東深水の舞妓絵も画集にあるが個人的にははそれほど感動しなかった。
なお、舞妓と裸婦をテーマにした広田多津(女史)や石本正などの有名な画家も現れたが、第1線級のプロの画家が描くならまだしも一介の無名の初心者が描いては、ちまたの低俗画となんら変わりなくなるので私は描かない。特にネットでは、いわゆる”むふふの画像”は何不自由なく見られる。あれを見てしまうと、自分で同じのを描くこと自体なんか寂しくなってしまう。舞妓と裸婦のテーマは心情的に上村松園・今野由恵先達の御霊に対し礼を失するので私は描かないことを誓っている。


私の勉強に使っているサブテキストの紹介
現代美人画全集2
鏑木清方
現代美人画中興の祖である。挿絵画的な雰囲気がする絵が当初は多い。鏑木の絵は、明治初期から大正期に描けての風俗画が特徴だ。髪型はその時代の女性達の髪で一種独特のものがある。その当時の風俗を知るのには貴重な絵が多い。本に下絵が何枚かでてるが、素晴らしいデッサンでポーズの狂いがなく上手いと言うしかない。
現代美人画全集5
伊東深水
戦前(第2次大戦)と戦後では画風が違ってくる。戦前のは日本画的要素が濃い美人画である。戦後は、眼がぱっちりと描かれている感じだ。戦後は、有名な婦人をモデルにした肖像画的現代美人画が多い。特に目立つのは油絵画的な画風があり従来の美人画とは違う方向に進んでいる。しかし、遊女などを扱った美人画では、着物の図柄が素晴らしい出来である。それに遊女の顔も堂々とした描き方でさすがに超一流の名に相応しい作品が目立つ。
現代美人画全集1
上村松園
鏑木清方とは違った画風である。女性らしい繊細さと柔らかさを併せ持つ作品に特徴がある。下絵もずいぶん本に出ていて良い勉強になる。上村の絵の特徴は、女性の髪型にある。通俗な時代劇映画にあるような通り一遍的なありきたりの髪形で済ませず当時の女性の実際結った髪型が豊富に出てきて資料の確かさを感じる。幼き日頃生きた風俗が役に立っているようだ。私が上村松園の絵で好きなのは女性の髪型である。特に鴛鴦(おしどり)の髪型は、白眉である。日経ポケットギャラリー”上村松園”というミニ本には、絵一枚一枚に対し上村自身の評というか感想が書いてある。これは素晴らしいことで何故この絵を描いたか、どういう精神が活きてくるのか良く分かって大変勉強になる。私が美人画を描く上で心のよりどころとして重宝している。


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