●鬱(うつ)について

 うつ病で精神科や心療内科を受診することに不安を感じるという患者さんの声をよく聞きますが、実際の診療は以下のような内容です。
まずは、患者さんがどのような環境で生活していて、今、どんな症状に一番苦しんでいるのかなどのお話を聞くことから始めてい
ます。

 質問の流れとしては、以下1、2、3を患者さんの心身の具合に合わせてお聞きします。

 1. 家族構成、家庭環境、生活史、現病歴、既往歴
 2. 仕事の状況
 3. 現在、困っていること、悩んでいる症状

 うつ病は、突然症状が発症するわけではなく、うつ病の症状が現われる背景には、家庭内での出来事や患者さんの性格(生育歴、ストレスへの脆弱性、プラス思考かマイナス思考か、など)、うつ病の発症に関わるような状況が関与しているため、症状以外にも家庭生活や職場環境などについてもお話をおうかがいします。うつ病の患者さんが訴える症状としては、「眠れない」などの睡眠に関する悩みが多く、また、仕事や家事などこれまで普通にこなしていたことに対する意欲や作業能率の低下も大きな苦しみとなっているようです。

●医師からのワンポイントアドバイスとして

 長文でなく簡単なメモを持参すると、症状を説明するときに役に立ちます。できるだけ、患者さんからいろいろなお話を聞けるように工夫して質問しますが、やはり医師の前に座ると思うように話ができない患者さんもいます。また、うつ病のときは思考力も低下しているため、話したいことを整理して話せないこともあります。
そのため、病院へ来る前に、現在気になっている症状と、そのような症状がいつ頃からおこっているのかをメモに書いて持っていくと、とても役に立ちます。

 うつ病であることが確認できたら、お薬による治療、環境の調整、カウンセリングなどの通院精神療法を組み合わせて治療計画を立てます。

 患者さんのお話を聞いて、うつ病であることが確認できれば、お薬、次に患者さんと話し合いながら治療計画を立てていきます。まず、症状を改善するのに適しているお薬を決めます。しかし、お薬の服用だけでは十分ではなく、うつ病の発症に家庭内や職場の環境が関係している場合はそれらの調整も必要になります。例えば、職場での過労が関係している場合は、休職や仕事量を調整できないかを一緒に考えます。産業医がいる場合は、連携をとりながら患者さんが休養できるための環境調整を行うケースもあります。また、うつ病の患者さんは、責任感が強く何に対しても手を抜くことができません。このような考え方のままでは、治療してもまた、無理を繰り返してうつ病を悪化させてしまいます。そのため、患者さんがこれまで持っていた価値観や考え方などを少しずつ変えていくために精神療法を行うこともあります。

 最初はお薬を調整するために週に1回のペース、それ以降は2~4週間に1回のペースで通院してもらっています。

 初診の後は、お薬の量がちょうどよいか、副作用の問題がないかなどを確認するために1週間後にもう一度通院してもらいます。うつ病の治療に使用する抗うつ薬というタイプのお薬は、飲み始めてすぐに効果が現れるわけではなく、服用後2~3週間頃より徐々に効果が現れてくるお薬です。その後、症状に応じて随時服薬内容を調整します。そのため、抗うつ薬の効果が現れるまでの不眠に悩んでいる患者さんには、睡眠を助けるお薬を一緒に出したり、また不安が強い患者さんには不安を和らげるお薬を一緒に出します。しかし、これらのお薬は、抗うつ薬の効果がみられてきたら、症状の改善に応じて減量したり、または中止、頓服するといった形に調整します。このようにしながら、患者さんにちょうどよいお薬とその量が調整できるまでにはだいたい、1ヶ月くらいかかります。その後は、できるだけ患者さんの負担を減らすためにも服薬を継続する必要がある患者さんは、1ヶ月に1回くらいのペースで通っていただきます。1ヶ月に1回くらいのペースで受診してもらえると、前回の様子がどうだったか、その頃とくらべて今はどうかということがカルテを見なくても分かります。しかし、これ以上受診の期間があいてしまうと、カルテを見ながら思い出していかなければなりません。

 トータルの治療期間にこだわりを持ち過ぎないで下さい。
それぞれの患者さんのペースで徐々によくなっていく、それがうつ病です。

 治療を開始したときに、必ずといっていいほど「どのくらいで治るのか?」と質問されます。一般的には、治療を開始して症状が安定し、よくなるのに数ヶ月~約半年、もしくは1年くらいが目安とされています。しかし、これはあくまでも目安であり、一般的な治療期間をそれほど気にする必要はありません。
治療期間にこだわるあまり、症状を悪化させてしまうこともあります。全体的にはよくなっているのに、半年たっても「集中力の低下」はまだよくならない、自分はやっぱりよくなっていないのではないか、どうしてよくならないのだろう・・・という悪循環に陥ってしまうのです。しかし、治療を開始したころに比べれば、夜も眠れるようになっていて、からだのだるさも大分とれているのに、治療期間を気にするあまり、1つの症状に固執し、そのことがかえって状態を悪化させてしまっているのです。
うつ病はよくなったり、悪くなったりを繰り返しながら、徐々によくなっていく病気です。全体として以前よりも少しでもよくなっていれば、心配する必要はありません。

 家族が受診に付き添ってうつ病をよく理解することで、患者さんが安らげる治療の場を作ることができます。

 うつ病では、家族や会社など「周囲の人の理解が長続きしない」という困った面があります。最初のうちは、病気に理解を示していろいろ気遣ってくれるのですが、病気が長引くにつれてどうしても「怠けているだけではないか」、「甘えているんじゃないか」という考えが浮かんでくるようになり、時には患者さんを追い詰めるようなことを言ってしまうこともあります。他の病気や怪我のようにはっきりとどこが悪いのか目に見えないという病気の特徴のため仕方がないことなのかもしれません。風邪で熱が出ていれば周囲の人は無理をさせないでしょうし、高血圧や糖尿病などで高い血圧や血糖値を見れば気遣ってくれるものです。そのため、できるだけご家族の方は受診に付き添って、患者さんが今、どんな状態なのか、どんなことに苦しんでいるのかを患者さんの話を聞いたり、医師の説明を受けたりして理解し、一緒に治療に取り組んでいくことはとても大切なことです。

 患者さんが唯一ありのままの自分を出せる家庭で、病気に対する十分な理解がえられ、ゆっくりとくつろげる環境がつくれることは治療をとても効果的にします。

 医師からのワンポイントアドバイス周囲の人は、前駆症状にも気がついてください。受診に付き添って、病気を理解し、患者さんをサポートしていただけることはとても大切なことです。しかし、治療が必要になるもっと前の段階で、家族の方には患者さんの様子の変化に気づいてもらい、少しでも早く病院へいくことを勧めて欲しいのです。うつ病の患者さんは忍耐強く、我慢するタイプの人が多いため、病院に来るよりもずっと前からうつ病の前駆症状が現われているにも関わらず、我慢してがんばって責任を果たそうとしてしまいます。そのため、多くの患者さんが病院に来た時点では、すでに状態を悪化させてしまっているのです。うつ病は症状が軽いうちに治療を開始すれば、早く治りやすいと言われています。前駆症状の時期は、患者さん本人は気のせいや疲れているだけとやり過ごしてしまうため、この時期にこそ、周囲の人が様子の変化に気づき受診するように助けてあげてください。

 病院へ来ても、治療を強制されることはありません。
治療はあくまで、患者さんの意思を尊重しながら進めていきます。

 病院に行って医師に今、苦しんでいることについて話をするだけでも少しは楽になると思います。
病院へ行ったからといって、絶対にうつ病の治療を受けなければならないというわけではありません。治療は決して強制されるものではなく、基本的には患者さんの意思を尊重しながら進めていきます。医師は、患者さんの症状をよくするため治療計画を立てます。それを受けるかどうかは患者さん自身で決めてよいのです。
ですから、病院に行った後のことをいろいろ心配するよりも、安心して病院へ行き、まずはご自分の状態についてきちんと知って欲しいのです。
うつ病は決して軽い病気ではありません。放っておけば症状がどんどん悪化していくこともあります。もし、1人で受診するのが不安な人は、ご家族に付き添っていただいてはいかがでしょうか?うつ病に悩んでいる患者さんのからだもこころも、実は患者さん自身が感じている以上に苦しんでいるのです。ですから、病院へ行って、まず患者さん自身に早くそのことに気がついてもらいたいと思います。