伊豆横道33観音霊場巡り

10回 修福寺・大慈寺・正眼寺・慈雲寺   

2015/02/02

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写真のスライドショー https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=I44BejCuH1A

 

 

アプローチ(バス)

修福寺へは下田駅から休暇村経由の石廊崎行に乗り、「湊クリニック」で降りる

大慈寺と正眼寺は別便の石廊崎方面行でそれぞれ「下流」、「寺坂」にて下車

ただし寺坂へは、「吉祥」行き以外は石廊崎港口で下車し、国道16号を250mほど歩くが100m余りのトンネルがある

慈雲寺は下賀茂温泉九条橋で下車、橋を渡った対岸にある

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伊豆横道33観音霊場巡りは南伊豆の8か所を残して、25か所をすべて済ませています。今日はその南伊豆の4か所を巡ってきました。電車バスを利用しての安易な巡礼で、今回は特に、バスをうまく利用して徒歩の時間は少ない巡礼でした。

 

スタートは修福寺で、弓ヶ浜手前の湊クリニックの近くです。ここから石廊崎港にかけて、バスは南海岸の景勝地を走り、下流(したる)の大慈寺、寺坂の正眼寺、最後に下賀茂に戻って慈雲寺というコースを組んでみました。

 

26番修福寺は鬱蒼とした参道と境内が印象的でした。次に訪れた28番大慈寺はご住職の優しさと気配りが、29番正眼寺は本堂の内壁を飾る天女の絵や、天井に描かれた龍の絵が、そして最後に26番慈雲寺は青野川沿いの、そこかしこに立ち昇る湯煙がそれぞれ心に残りました。

 

とりわけ、下流に残る漁村の風景が青い海原とともに、今脳裏に浮かんできます。今日は一日、好い旅が出来ました。

 

修福時

第26番 修福時

修福寺 (300x200)第26番札所、修福寺は湊クリニックの北側にあって、先ず路地に入ると前方左手に大きな介護施設が目に入る。その手前右への道を行く。ここには「曹洞宗 飯盛山 修福寺」の案内標柱がある。更に前方に3本の道を確認したら、真ん中の道が参道である。なお、左側の道は駐車場に導かれる。

 

左右の山門から石段を上がってゆくと聖域に入った感じになり、厳かで落ち着いた佇まいの本堂が迎えてくれる。境内に上がって庫裏に案内を請うたら、高校生らしき乙女が出てきた。あいにく住職は不在だという。代わって彼女が朱印を押してくれた。

 

ご朱印をもらってから、本堂に回って納経する。ご本尊の脇に文殊菩薩の看板があるが、33観音札所としての本尊は十一面観世音菩薩だそうである。ただし、どこに安置されているかわからなかった。多分、御開帳されてはいないのだろう。

 

天井下の壁面に天女の舞の図が数枚掛けられていた。「知殿、知浴、知客・・・等の文字が貼ってあるが、何の意味かわからない。とにかく、般若心経をひと通り奉納して辞することにした。

 

大慈寺

第28番 大慈寺

 

下流バス停下流で下車。小さな漁村の感じで、人の姿もない。目に入ったのは平屋の建物で、「下流漁業協同組合 天草倉庫」と一字ずつの看板が、この下流の象徴のように存在感があった。

 

一枚の戸が開いていたので中を覗くと,ガランとしてただ柱のみが何本も空間を分けている。今は天草漁の時期ではないのかも知れない。台車のように大きな重量計が幾つか片隅にあった。

 

この隣の真新しい白い建物が伊豆漁協の南伊豆支所下流出張所。現在では伊豆半島は伊豆漁協で統一されているようだ。この脇から山の手に向って細い川があり、それに沿って進むことわずかで川から離れ、左への道を上がってゆくと、長い石段のある大慈寺である。裏山を背負った立派なお寺で、境内には鐘楼があった。

 

庫裏に挨拶に回ると、ご住職が出て来られ、自ら直筆の上にご朱印を頂いた。その上、お供物の残りを分けていただき、本堂での納経にも親身な気配りが身に沁みた。

 

漁協の前に戻ると、その建物の一画にある待合所のような部屋に年配のご婦人が三人いて井戸端会議。波がまだ荒いので今朝は船が出ていないという。それから浜辺に干してある物は何かと問うと、あれは“ほんだわら”で、ここでは“モコ”と呼んでいるとのこと。

 

このモコは昔は食用にもしたが、今では正月用のお飾りや飼料、肥料に使われているらしい。しかし、この漁をする家も今は一軒だけと聞いた。持ち時間30分が尽きて、間もなくバスが来た。次は寺坂へ向かう。

 

正眼寺

第29番 正眼寺

寺坂の正眼寺は石室トンネルを潜って直ぐの所にある。未だ時間は充分にあるので、手前の石廊崎港口でバスを降り、石廊崎港でゆっくりすることにした。伊豆に来た当初、石廊崎先端まで歩いたことがあるが、風の物凄く強い日だった。今回は穏やかなお天気で温かい。 

 

駐車場の「長津呂歩道」の案内板を読むと、海に向って左側の小高い山が起点で、約1時間40分のコースとある。石段を上がると、途中に墓石があった。簾とも箸とも読めそうな文字以外ははっきりしない。でも、紋章から高貴な人の墓のようだ。 

 

石段を上がりきれば、城山に出るのだろうが、今回は諦めて引き返す。港をぐるっと回ってから、食堂に入る。トコロテンを注文。出来上がるのを待つ間、昆布茶をいただいた。味が濃く美味い。トコロテンには乾燥した岩海苔が上に載って、これがまた美味である。

 

暫くして、注文以外にもう一つトコロテンが出てきた。大きめのサイコロにきな粉がまぶしてある。寒天自体が柔らかく、これもいける。店主は、この寒天は自信があるという。どうやら自家製らしい。聞けば、暇をみては海に潜るという。店内には重たそうな潜水服用のヘルメットが飾ってある。

 

このヘルメットは真鍮で出来ており、30キロもあるという。彼のオバアサンが使っていたそうだ。こんな重い潜水服を着て潜るのだから、かなり深い所で漁をしたのだろう。この石廊崎ではキンメダイなどの漁は、現在では船が2ハイ、イカ漁などが4ハイでしかなく、漁師は少ない。

 

正眼寺昔、石廊崎港は風待ち港として栄え、上方の廻船問屋の宿泊施設が複数あったそうだ。風が収まるまで自前の宿に投宿したわけだ。現在でも民宿として残っている宿があるという。XXX丸という名の民宿だそうだ。残念ながら、名前を忘れてしまった。 

 

この石廊崎は城山といい漁業といい、もう少し歩いて知識を深める必要がありそうだ。何と言っても、伊豆半島の最南端である。埋もれた史実もたくさんあるに違いない。いずれまた来て見よう。

 

さて、第29番札所、正眼寺は寺坂のバス停の前に参道があり、石段を上がり、緩やかな坂を行くと、数本の大木に守られた先に本堂があった。寺の年配の住職は快く迎えてくれ、燈明も自由にあげて納経してよいと、お許しをいただいた。感謝。ご本尊は聖観世音。ただし、御開帳ならず。

 

慈雲寺

次は第27番慈雲寺。 寺坂から乗ったバスは吉祥から下田行きに変わり、下賀茂で下車する。慈雲寺は青野川を渡った右岸にある。本堂の格子の戸が8枚横に並んで、正面から見て立派な構えである。ご住職はお留守のようで、奥様からご朱印をいただいた。 

 

下賀茂下賀茂はいたる所、温泉の湯煙が立つ。今回は日帰り温泉銀の湯に一浴して帰る。

 

 

 

 

 

 

 

 

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